ホモゲー
光と別れ、電車に揺られる事30分。
―――俺はホモゲーを買いに来ていた。
時刻は三時。世間でいうところのおやつ時だが俺はスイーツといったお洒落な物からは縁遠い街、秋葉原。
オタク趣味を持っている奴らにとっては聖地だなんて呼ばれているらしいこの街はあいにくそういった趣味を持ち合わせていない俺にとってはよく分からない感覚だな。
街のいたるところに現在放映中なのであろうアニメのポスターや旗のようなものが並び立っている。
周りを歩いている人もチェックシャツをジーパンにイン。
変なリュックに頭にはバンダナといった典型的なオタクファッションはもう過去の産物であるらしい。
周囲を見渡してもスーツのビジネスマンやOLのようないで立ちの人が大半を占めていた。
おっとそういえばホモゲーの話だったな。
別に俺はそういう本を読んで楽しむような人種ではないんだ決して。
じゃあなんのためにこんなとこにいるかって?
それは…
「お兄ちゃん!こっちこっちー!」
俺は駅前で待ち合わせした妹に呼ばれてそちらに歩みを進める。
「よう日向。待ったか?」
「んーん!今来たところだよ!」
そう言って柔和な笑みを浮かべているこいつは俺の妹の小湊日向。
母親譲りの子犬のような可愛らしいルックスに制服や髪形も今どきの高校生らしく緩く着崩された制服に派手すぎない茶髪。
まあ身内びいき無しにしても可愛いと言って問題ないであろう。
―――そう、こいつの内に秘める邪悪を除いては。
「そういえばお兄ちゃん、光さんとまた同じクラスだったんだってね」
「おう、残念なことにな。」
「照れなくても良いんだよ?」
は…?何を言ってやがるんだこいつは…
「あいつとは腐れ縁なだけ。あいつの妹の話を毎日聞かされる俺の身にもなってみろってんだ。」
「ほんとお兄ちゃんはツンデレさんだなあ。まあツンデレなお兄ちゃんを優しく攻め立てる光さんの光×陽カプも好きだけど!でもねでもね!日向的にはお兄ちゃんの誘い受けで劣情を抑えきれなくなった光さんが猛り狂ったイチモツをお兄ちゃんのやおいあな目がけて激しくぶっこんで―――!!」
「帰ってこいバカタレ」
このまま放っておくと日向の中の俺がすごく不快なことになりそうだったので日向の頭を軽く小突いてやる。
すると何かにとり憑かれたように異世界へトリップしていた妹が帰ってきたようで
「はっ…あたしは一体…?」
ほんと一旦世界に入ると見境なくなるのは悪い癖だよなあ。
俺だから良いが、他の奴に見られたらまず周りの奴はなんて思うんだろうな…
だが俺の妹の日向は馬鹿だが間抜けではない。
こいつもこのBL趣味は周りに知られたらいけないという事は分かっていて、普段は周りと同じく女子っぽい振る舞いを心掛けているらしい。
日向は見た目自体は可愛いし、人当たりも良いので男女問わず友達も多い。
だがこのBL趣味だけは共有できる友達がいないので、自然とこういう日には俺が駆り出される羽目になってくる。
「んじゃいくか。」
「うん!早くいこお兄ちゃん!早くしなきゃ「手ゲイ部~先輩の針から垂れる白い糸~」売り切れちゃう!」
この手ゲイ部シリーズは腐女子界隈では有名なシリーズらしく、ネット販売では販売開始二時間で完売した超人気タイトルらしい。
いやそれにしてもひっでえタイトルだな…
そんな事を思う俺をよそに日向は目的地に向かって歩き出す。
よほど楽しみなのか日向の歩く速度はいつもより早い。
やれやれ人の事呼びつけておいて勝手に歩き出すなっつーの…
歩く道すがら兄妹で他愛もない会話をした。
今日友達の~ちゃんが髪を切っていてそれが可愛かっただの、今日の夕ご飯は何だろうとかそんな感じだ。
普通の兄妹っぽいだろ?
そうしてしばらく歩き、ある時ふと思ったことを俺は口に出した。
「日向。ちょっとスカートが短いんじゃないのか。」
そこらの女子高校生ならばスカートの丈の長さなどさして気にもならないが、自分の妹となると話は変わってくる。
やはり兄貴としては妹には節度を持った服装をしていてほしいもんなんだ。
他の男たちにそういう目で見られるのもなんとなく嫌だしな。
すると日向は最初ムッとした表情を浮かべたがすぐに何か思いついたようで
「これくらい普通だよ~お兄ちゃんどこ見てるの?」
と煽るようにニヤニヤしながら俺の顔を見上げてきた。
日向は身長が小さいのでいつも俺を見上げる形になるのだが、今日は更に角度をつけてのぞき込んでくる。
その様子は一目で調子に乗っているであろうことが伺えた。
別に妹にからかわれた所で特に思うことは無いが、このまま調子に乗られるのも何か癪だよな。
少しばかりお灸を据えてやるか…
「お前の水玉のパンツにさっきからくぎ付けだ。さっきからみんなずっと見てるぞ。」
「にゃっ!? え!ほんとに!?なんでさっさと言わないのお兄ちゃんのバカあ!!」
日向はその場にしゃがみ込んでスカートを抑えた。
よっぽど恥ずかしいのか少し丸みを帯びた顔をトマトのように真っ赤に顔を染め上げ俺の事を鋭く睨みつけてくる。
しかしその瞳はウルウルと涙をため込んでいて今にも泣きだしそうだ。
そんなに恥ずかしいなら最初っから俺を煽るなよ…
と思ったが口に出すとまた面倒なことになりそうなので胸に留めておきネタバラシすることにした。
「嘘だぞ日向。最初からパンツなんて見えてないしお前の今日のパンツは黒だろう。」
すると日向は予想外の俺の言葉に絶句し、その後すぐに立ち上がり俺を糾弾し始めた。
「う、うそ?―――――――って!変態変態ヘンタイ!!っていうかなんで見えてないのにパンツの色が分かってるの!?おにいちゃんの変態!!ママに言いつけるよ!?」
ハッハッハ、何を言う妹よ。
普通兄貴ってのは普通妹のパンツのローテーションくらい正確に把握してるもんだろ。
実際に妹のいるやつなら分かってくれるよな?
分からない奴は兄貴力が足りてない。そんな奴はお兄ちゃんの風上にも置けん。
ちなみに日向の明日のパンツは水玉パンツだ。
と、兄弟の他愛もないやり取りをしていたら周囲がなんだかざわついてきたようだ。
道の通りでこんなことをしていたもんだから人の視線が少しばかり痛い。
ついでに妹の視線もグサグサ刺さってきていてこっちはもっと痛い。
まあ傍から見たらこんな光景、彼氏が彼女を泣かせている絵にしか見えないもんな…
俺も道端で女の子を泣かせるような最低な男だと思われるのは本意ではない。
はあ…さっさと妹様をなだめて目的地に向かうことにするか…
「可愛い妹の事くらい何でも知ってるもんなんだよ兄貴ってのは。愛情表現の一種なんだ許してくれ。」
「なっっ…可愛い…愛情……?/////」
日向は先ほどまでとはうって変わって人差し指を胸の前で突き合わせ、俯く。
その表情までは伺い知ることは出来ないが、この人差し指を突き合わせる仕草は昔から日向が嬉しい時によくしている仕草だ。
どうやらなんとか正解を引けたようだな…
もちろん家族として妹の事を大切に思うのは兄貴として当たり前のことだ。
さっきの言葉に嘘偽りは無い。
良かった、これで変態兄貴の烙印は押されずに済みそうだな。
あと一押しだ。
「お兄ちゃんって私の事…す、好き…なの?」
安心してくれ日向。お前の兄貴は至ってまともだ。
俺はためらいがちに声をかけてくる妹に対し―――
「日向大丈夫だ。兄貴ってのは妹の体じゃこれっぽっちも興奮しないものなんだ。
それに俺が好きなのは――――ボインでエッチなお姉さん系だ!」
指をビシッと一本空に向かって突き立て、俺は高らかに宣言した。
完璧だ。
やれやれ…やっとこれで日向の怒りも収まるだろう。
まったく手のかかる妹様だぜ!とひとりごち、それから日向の方を振り返る。
すると
「あ、あれ?日向さーん?」
なぜかその妹様はプルプルと震えておりその拳はギリギリと強く握りしめられていた。
あ、あれれ~?おっかしいぞ~?
どこかの小さな名探偵になってみるも妹が震えている謎は解けない。
なんで日向は怒っているんだろう…
妹に欲情する変態兄貴じゃなくて安心してもらえるはずだったんだが…
心の中であれこれ思案してみるが分からない。
するとしばらく震えていた日向は突然キッ!!っとまるで俺を親の仇を見るような射殺さんばかりの眼光で睨みつけ―――――
「ばかばかばか!!お兄ちゃんのベッドの下の「俺の担任がこんなに巨乳で淫乱なわけがない」シリーズご近所さんにバラ撒いちゃうんだからあ!!!」
それはやめてえ!?
ご近所さんもそうだけど厳格な親父にそれがバレようものなら緊急家族会議の末明日から俺には帰る場所がなくなっちゃう!
と俺に言う暇も与えず、日向は脱兎のごとく駆け出していた。
その背中はみるみる小さくなっていき、ついに見えなくなる。
いやそれにしてもBLマニアの変態に変態扱いされるとか、いやマジで意味わかんないでしょ…
しかも結局なんであいつあんなに怒ってんだよ…
年頃の女の子の考えることは分からんな。
言動も表情もコロコロ変わる、女心と秋の空だっけ?
良く分からんけどまあそんな感じなんだろうな。
はあ…このまま帰ったら日向の機嫌治ってたりしないかなあ。しないよなあ。
しょうがない。手ゲイ部だっけ?買って機嫌治してもらうことにするか。
俺は嘆息しながら店に向かうことにした。
店に入り一息ついた後店内を見渡すとあたり一面ホモにまみれで、まるで違う世界に迷い込んでしまったような感覚に陥る。
やっぱり何度来ても慣れないなこういう店は…
そうして店内をおそるおそる歩き回り件のホモゲー見つけ手に取る。
そして次の瞬間―――俺は言葉を失っていた。
そのホモゲーのパッケージは手芸部員にしては筋骨隆々な男がその男とは打って変わってひ弱そうな男に刺繍糸で亀甲縛りにされていたのだ。
異世界すぎる…
改めて腐女子が背負った業の深さを実感させられる。
しかし確かに俺には理解できない世界だが、それでもこんなホモゲーをしながらにやけ悶えている日向の姿を想像すると自然と頬が緩む。
馬鹿な妹を持ったもんだ。これで日向機嫌治してくれるといいな。
そして俺はその手ゲイ部を抱え、それを購入しようとカウンターに行こうとしたその時―――
パシャッ―――
シャッターが切られたような音がし、周囲を見渡したが周りには日向と同じように業を背負った者たちが作品を物色しているだけでカメラを持ったものなどいなかった。
気のせいか…
そう思い俺はそのまま手ゲイ部を購入し店を後にする。
―――それが俺の高校生活の大きな転機になる事はこの時の俺はまだ知らなかった。