欲しい? 欲しくない?
「私は、本の持ち主が彼女を作るためのお手伝いをするために存在しているんです。」
改めて望美さんはそう告げた。
「そ、それはわかりました。
でも、別に僕は彼女が欲しいなんて言ってもいないし、思ってもいないですよ。」
「そうなんですか? う~ん、それはおかしいですね」
望美さんは首を傾げた。
「おかしい? なにがですか?」
「だって池内さん、その本を手に取って、なおかつ買いましたよね? それは彼女が欲しいと思っているから。
そうですよね?」
「っ! そ、それは偶々、目についた本を買っただけというか、なんとなく買っただけというか、そ、そうですよ、あれです、暇潰しに買ったんです。安かったし。」
嘘である、10000円もしたのだ。
俺は富豪ではない、ごく一般庶民である。
俺にとって、10000円という金額は食費にすると1ヶ月分くらいに相当する。
本を買うために10000円なんて普段なら絶対に出すことはない。
「安かったから買っただけなんです、彼女なんて欲しくないです。」
少し苦しい言い訳。
「いいえ、この本は池内さんにとって、決して安くはなかった筈です。」
金額まで知られているのか。
やはり、俺が本を買うところから見られていたんだろうか。
この本の精というくらいだから、そうなんだろう。
「値段を知っているってことは、僕が、本を買う所から見ていたということですか。」
疑問を望美さんに投げ掛けてみる。
「いいえ、池内さんがこの本を、いくらで手に入れたかまでは知りませんよ。
この本は、本を必要としている人から人へ渡っていくんです。
そして、新しい持ち主の方が、本を手に入れる時に、その方が、その時に、ギリギリ出せるくらいの金額が必要なんです。
それはいつ、誰が、この本の持ち主になる場合でもそうなっているんです。
そういう決まりになっているんです。」
確かに本を買って、財布の中はスッカラカンになってしまった。
そして今月は、俺の数少ない友人が立て続けに3人も結婚式を挙げていて、そのご祝儀で出費が嵩んでいた。
つまり、さっき払った10000円は俺のなけなしだったのだ。
「なんで、そんな決まりになっているんですか?」
純粋な疑問だった。
「池内さんはこの本を買ったことで、経済的な余裕が無くなりましたよね?」
「そ、そうですね。」
懐事情を知られるのは、恥ずかしいが、決まりによって分かっているらしいなら隠しても仕方がない。
「つまりそれだけ必死に、彼女が欲しいと思っているということです。
この本を買うことで、経済的に困っても良いと思えるくらいに本気、本の内容にそれだけの期待を込めているからこその購入。」
続けて望美さんは言う。
「そういった、心の底からこの本を必要とされている方の所にだけ、本は、私達は現れます。
その方の心の叫びとも言える情念が本を引き寄せる。
決まりと言うより、法則と言うべきかもしれません。
つまり池内さんは、表面上は彼女なんか欲しいと思ってないとは言っても、心の底では彼女が欲しい筈なんです。」
「そ、そんなことはない! 僕は彼女なんて欲しくないです。
彼女なんて必要としていない。」
慌てて、大きく手を振りながら俺は否定した。
そう、彼女なんて必要無いんだ……
「拗らせちゃってますね~ 素直じゃないんだから。」
望美さんはそう言いながら苦笑した後、いたずらっ子のようなニヤリとした笑顔になった。
「これはやりがいがあるな~ まずは意識から……」
望美さんは聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。