ネジが緩む
人が心を傷めた時、私にはまるで何かが軋むような音が聞こえる。
キリキリキリと頭の中で鳴り響くその音が何なのか初めのうち分からなかったのだけれども、そもそもそれは記憶も朧げな幼少期に始まっていた、ある出来事を手掛かりとしてその音の正体を知ることとなった。
それは私が小学校へ入学して半年ほど経った日の出来事で、午前の授業を終えて帰宅した私を出迎えた祖母が「台所におやつがあるから」と言ったので大喜びして走っていったら、腹部を引き裂かれた蛙の死骸が皿の上に載せられていて私は叫び声をあげて気を失ってしまったのだ。目を覚ますと母が私を心配そうに覗き込んでいたがその隣にいた祖母はしたり顔をしていて、結局の所、当時祖母はすでに認知症になっていたのだった。彼女としては蛙は本当におやつのつもりだったのかもしれないけれども、小学生の私にその悍ましい姿はトラウマ以外何物でもない。そうして、その気を失っていた時に私はあの音を聴いたのだ。
瞼の裏の暗闇の中に一本のネジが浮かび上がるように現出し、キリキリキリという音に合わせて少しずつ回転していくのである。ああ、ネジが緩んでいく、私の精神はその音を悲痛な思いで聴いていた。
其れからというものの事ある毎に例の音は私の心中に鳴るようになり、つまるところ祖母の私に対する虐め、私の行動へ駄目を出したり蔑みの言葉を吐いたり先の蛙の死骸のような不気味な悪戯等が日増しに増えていき、やり場のないストレスを抱えて私はただただ自らのネジを緩めていった。母も父も祖母は認知症だからと言うばかりで助けてはくれず要は関わりたくなかったのだろう。そうしてドメスティックに留めておきたいのだ。
そのようにして何年かの幽々たる年月が過ぎていき到頭その祖母が最期を迎えようとする時が来て、病院の個室で彼女の弱り切った老体を目の前にした時、私は内心漸くこれで解放されると心の底から思ったのだった。
ベッドに横たわっていた祖母が私を見て口を開き何かを囁いた。しかし、声量があまりに小さく何を言ったのか分からなかったので、私は首を傾げ祖母の口元にそっと耳を近づけた。その時だった。ああ、私は迂闊だったのだ。もっと慎重であるべきだったのだ。もうすぐ解放されると思った私のその油断を祖母は見逃さなかった。彼女は最後の力を振り絞るように悪魔の言葉を吐き出し、私の緩んでいたネジを外してしまったのだ。
祖母は私の心を喰らうような怖ろしい表情で「私はね、認知症なんかじゃないんだ。認知症の振りをしてお前を」と言ったところで突如咳き込み、そのまま祖母は息を引き取ってしまった。実の所、祖母は認知症ではなかった。認知症の振りをして私の精神の崩壊を目論見、それを最後の人生の愉しみにしていたのだ。そうしてその目論見は見事に成遂げられた。それ以来、私の瞼は閉じられたまま外れて転がるネジをただ見つめる事しか出来ない。