釘をさす言葉
子に心配かけたくない気遣いの言葉を、自分の都合の良いように理由付けして、逃れようとするする悪行。分かってはいるがあの女の自分本位の振る舞いに憤ってしまう。お袋にそう言うように仕向けたのではないかとまで考えてしまうのだ。
「何を言ってるんだよ、そりゃあタバコを止めろって言っても聞かなかった親父だけどね、それでも育ててくれた親なんだよ、心配して来るのは当たり前だろ。」
お袋に取り入るつもりなど、毛頭ない。子として当然の言葉である。少しでも苦しいお袋の状態を軽く出来ればそれで良いのだ。この時は、これから先のことを自分がやるようになると覚悟してはいなかった。親の面倒をみるのは大変だということは、やってみないと分からないと言われるが、確かにこの後になってやっと分かったのである。
俺は既に、お袋の余りにもの不憫さに泣きそうになっていた。しかし、そんな感情はまだまだ甘いものだったのだ。
「それじゃあ、先生から話を聞いてくるからね。」
そう言っても親父を心配して返事をしないお袋、その姿から目を移して病室を出た。
#「取り合えず今回の応急の対応で、何とか持ちこたえていただいたので、大丈夫でしょう。今後経過をみて、出来るだけのことはやります。しかしもうお年ですから、手術となった時、その体力があるかどうかは心配なところです。」
医者は、遠回しにやんわりと言ってくれたが、いつ最期となるかもしれないから覚悟しておいたほうが良いということである。お袋は口先だけであろうが、医者の言うことは、やはり裏付けられた忠告である。入院の申請書や誓約事項書類への記入、それから支払いなど手続きについて担当職員から説明を受けるよう指示された。そして最後に、釘を刺された言葉、これが一番肝心なのである。
#「ご存知の通り、うちは診療の病床しかありませんから、術後の経過が安定し、症状が固定したら退院していただきますので。」
症状が固定・・・何と無く理解したつもりでいたが、実に不可解な意味の言葉である。それはどういうことか、後になって分かった。その時は、親父がまた家に帰れるよう回復したらということだと勝手に思っていた。とにかく全てが初めてのことなので、入院については、流れに任せ、言われるままに対応したのである。
それからふた月程で病院の事務担当者からさっそく連絡が来た。
#「お父様の転院のことで、ご相談があります。」