不潔な家
℡「それじゃあ、取付の日が決まったら連絡するからね。手続きとか、支払いとか俺がやったから、お袋は何もしなくて大丈夫だからね。」
実はこのことが、これからお袋に介護サービスを受けさせていく上で、初の月面の着陸ではないが、重要なそして価値ある偉大な第一歩であった。
その後、器具の設置が終わり、親父の容態も安定し、一時的ではあるがしばしの平穏な時となった。俺は、取り付けた器具の様子の確認と親父の見舞いにまた帰郷するのであるが、変わりつつあるのではないかと思われるお袋の日頃の生活実態を細かく観察することが一番の目的であった。
# ピンポン ピンポン
#“来たよ、開けてくれる。”“ちょっと、待っててくれる。今、服を着ているから。”
『服を着る?、どういうこと?』
そうチラッと疑問を持っているところに、玄関の鍵を開ける音がした。
# ガチャガチャ・・カチャン
#“入って来ていいよ。”“ただいま・・・! ”
一瞬声がでなくなった、というのも目の前にいるお袋の姿に気後れしてしまったからである。一緒に来ているカミさんも驚いている。
「こんな恰好でごめんなさいね、最近寝てばかりだから、ちゃんとした格好じゃないのよ。」
つまりお袋は、下着に打掛を羽織ったのみの姿だったのである。そして、顔をしかめてしまう衛生的ではない異臭が家の奥から漂ってきていた。玄関には、カビて黒ずんでしまったサンダルや穴の開いたナイロン靴が転がっている。また、埃が積もる下駄箱の上に数本かの除菌液のボトルが置いてあった。
#「それじゃあ、あがるからね。」
俺とカミさんは、比較的清潔そうな石張り床を選んで、靴を脱ぎ、玄関口の板張りに足を踏み入れた。
『!・・・・や、ヤバイ、ベタベタする。』
床に粘り気があるのである。
#“きゃ!”
カミさんの驚いた声、床隅に数匹の黒い物がはい回っていたのだ。




