親切の落とし穴
前述したようにお袋は、この俺でも煩わしいと思う程遠い病院へ献身的な見舞い通いをほぼ毎日やるのである。さらに、親父の具合が芳しくない様な日は、そのまま病室に寝泊まりすることもあったという。そんなことをすれば、間違いなく精神と体力は疲弊していくはずである。いくら夫婦の絆の強さいとはいえ、そこまで人につくせるものなのか。俺がまだ学生であった頃、親父の不甲斐無さを時折り口にしていたお袋からは想像も付かない忠犬、いや忠誠である。
残念ながら遠方に住んでいた俺には、そんな日頃の状況を知る由もなかった。つまり、お袋の異変に気付き始めたのは、ずっと後になってからである。
親父が入院してから3ヶ月程経った。
#“M病院のケアマネの山田ですけど。”
随分と回りくどくなったが、ここでこの話の最初の方へに戻る。
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俺は、お袋に電話を掛けて再び転院させられる事情が分かっているかを確かめた。
℡「ふうん、そうなるみたいだねえ。」
℡「えっ、親父が何処に転院するのか聞いていないんだ?」
℡「聞いてないけどねえ、その時はどうにかなるんだよ、心配しなくても良いんだよ。」
これまで、何も分からないままであっても、病院の職員の言うがまま書いて、判をついていたに違いないことはおおよそ分かっていた。やはり誰かがやってあげないと相手の思うつぼに操られるだけである。このところお袋は、人に親切にされると警戒心をなくし信用してしまっていると思われるふしがよくあるのだ。そしてそこにかこつけて、とんでもない奴等がいる。親切心を装って訳の分からない物を売り付けてくる訪問業者である。お袋もその巧みな口車に乗って買ってしまう例に漏れず、大量の冷凍カニを買わされたことがあった。老人2人で十数ぱいのカニを食うには、ひと月はかかるだろう。“冷凍保存しておけば何日でももちますから、心配無いって言われたんだよ。色々と教えてくれるし、親切な人なんだよ。”いくら食いたくなったといっても、そんなに売りつけるのは常識外れである。結局最後には、業者がボロを出してしまった。また注文させたのであるが、そのことをスッカリ忘れてしまっていたお袋が、“まだ前のがいっぱい残っているのに、買いませんよ。”と配達員に届けを断った。途端に、脅しまがいのクレームを掛けてきたことで、もう二度と業者の甘い話に乗らないと学んだのである。




