第9話・動き出した恋愛
「花火しようぜっ」
俺があぐらを書いてテレビを見ていると、彼女は鼻息をふんっと鳴らしながらテレビの前に仁王立ちする。俺は、返事や詳細を麗華さんに聞くわけもなく、彼女の向こう側にある隠れてしまっているテレビをぼーっと眺めていた。
「ちょっとばかし時期が遅れたがそんなのは関係ない!」
そんなことはお構いなしにセリフに合わせ右足をどんっと足踏みする。
「やっぱりこういう季節の行事には、ちゃんと参加しないとって思うんだよな」
身振り手振りで自分の中の何かを表現しているらしい彼女。
「やっぱり来たか」なんて思いながら自分の頭を掻くと、「聞いてんのか!」とその頭を軽く叩かれる。
「まぁ予想してたことではありますね」
「なにが?」
「この前の高校生が花火やってるの見てやりたいなーとか思ったんでしょ?」
「おう!」
何の意味なのかはわからないガッツポーズを決めている麗華さん。
あぁ…もう花火やりたくてしょうがないんだな…。
「で?タクナリはやんのか?あん?」
ヤンキーが喧嘩を売ってくるような口調で問い詰めてきた。彼女のこういうような言い方はもう慣れたけど。
「まぁ…いいんじゃないですかね?今なんもやることないし」
「うぉっし!そうと決まればホレ、花火買いに行くぞ!」
言ったと思えばもう玄関で靴を履きはじめている。
「ちょ、麗華さん、慌てない!戻ってきてください!」
「なんだよ?早く行こうぜ」
「いいから、ホラここに座る!」
そう言って麗華さんをソファーに座るように促す。
「なんだよ?」と、不思議そうに言う麗華さんに
「だから、予想してたって言ったじゃないですか」
と、言いながら花火がたくさん入ったコンビニ袋を渡した。
「………え?」
「時期が時期なんで、もう売れ残ってるんですよ、花火。だから店長に言って安く売ってもらったんです」
「マジかよ…さすがじゃんタクナリ!私、お前のそういう所大好きっ、ありがとうな!」
その瞬間誰かに胸を捕まれたように、きゅううぅっとなった。久しぶりの感覚だ。いい歳をした男がこんなこと言うのもどうかと思うが、わかりやすく言えば、俺は今、「胸キュン」をした。
どんなに口が悪くてもこんな美人なのだ。そんな人に笑顔で大好きなんて言われるともう…さ…アレだよね…うん…。
破壊力抜群だぜコンチクショオオオォォ!!!
「麗華さんみたいな美人に大好きなんて言われると、男なんてバカなんだから勘違いしちゃいますよ?はっはっはっー」
心の中の悶えなんてものは一切出さす、あたかも流してるかのように言ってる俺も相当バカだと思う、あぁ自覚してるさ。
「気持ち悪いくらい爽やかなオーラを出してて、逆に気持ち悪いぞ」
ハッと笑う麗華さん。自分のことを知らなすぎるのも程があるだろう…。
「そんなことより!ささっと始めようぜ、はっなっび!」
軽く飛び跳ねながら言う麗華さん。こういうはしゃいでる姿を見ると年上というよりは妹を持ってる気分になる。
「そうですね、あの真向かいの公園でいいですか?」
「おう!っても…これだけの量、2人じゃ余るかな…」
「結構ありますからねー、誰か呼びますか?あ、でも2人の共通の知人っていないか」
あまった花火、大量に買い付けたからな。ちゃんと量も考えておくべきだった。
そんなことを考えていると、麗華さんが口を開いた。
「いるじゃん」
「え?」
「コンビニ仲間」
――――――――――――――――――
「キレーですねー。寿さんの所」
「……」
「ちょっとお、なんで反応してくれないのさー。あ、これ色変わる!すごいなー」
「あ、あぁ……」
「なにー?楽しくないんですかー?折角の花火なのにい」
「……綺麗だなとは思いますよ。えぇ、そりゃ花火は綺麗ですよね、夏の風物詩ですよ。と言っても今は秋になりかけていますけど。でもそんなちょっと季節が遅れてやるのも中々いいものですよね。えぇ、えぇ。花火は好きですよ俺も。でもね、なぜ、何故?何故?」
「そうやって興奮しないのー。もうちょっと落ち着いてー」
「落ち着いていますよ、落ち着いていますとも!でもね?なんで新田さんと2人きりで公園の端っこに縮こまって花火をしなくちゃならないんですかっ」
「しょうがないでしょー。君の『偽』従姉妹が帰って来ないんだからー」
なぜ彼女がいないのか。
なぜ男2人で花火をやっているのか。
まぁ簡単なことだ。
麗華さんが言ったバイト仲間とは、俺のバイト先の人たち。要するに、新田さんと春沼さんだった。本当に奇跡的に俺を含め三人とも夜勤ではなかったために、花火大会を開催することになったわけだが春沼さんが少し遅れるということで、夜に女性一人は危ない!と言って迎えに行ったのだ。
麗華さんが。
わかっている、本当は男の俺か新田さんが行かなきゃとわかっているのだけれど、「俺が行きますよ」と言葉を言う前に、彼女はもう春沼さんのところへ走っていってしまったのだ。
まぁ駅からここの公園はそこまで遠くないから大丈夫だろう、ということで今虚しくも男2人で花火をしてるのだが・・・・・・。
「なぁに、寿さん。俺と花火がそんなに嫌なんですかー?」
「いやね、君と花火がいやとかではなくて、このシチュエーションが悲しすぎるんだよ」
ひざを抱えながら涙目で花火って、親が見たらこれ泣くぞ。
「にしても、新田さんが来るとは思ってませんでした」
「え?なんでー?」
首をかしげながら聞く。普段ゆったりとしているせいか、こういう言動はあまり気にならない。むしろ彼らしい行動だと思う。
「いや、新田さん。こういうの面倒くさいとか言って参加しなさそうなイメージあったので」
「うーん、まぁ俺必要以上に人と関わるの好きじゃないし、無駄にお金使うのも嫌いだし、正直あのバイトもかなり面倒くさいとか思っちゃってるし、つうかそんな人間自体が好きじゃないんだけどー」
まさかこんなネガティブな発言が続くと思わずに苦笑いになる俺。
「でも、メンバーの中にちょっと気になる人がいてねー」
「気になる人?」
新田さんの目線が手元の花火から俺に移ると、心底楽しそうに笑う。
「うん。―――――君の『偽』従姉妹」
涼しい風が、手元の花火をかき消した。
――――――――――――――――――
「にしても、ま、まさかあなたが迎えに来てくれるなんて、おおおお思っていませんでした・・・!」
「あぁ、期待してるようなやつじゃなくて悪かったな。私、ちょっとあんたと話したくてね」
花火大会を開催することになった私とタクナリな訳だが、花火の量が多いと言うことでタクナリのバイト先にいるニッタと恋する乙女にも参加してもらうことになった。で、今その恋する乙女と一緒に駅から公園まで歩いてるわけだけれど・・・気のせいか、すげぇ怯えられてる気がする。
「はははははは話!?ですか!?」
「おう、いやぁ別に大したことじゃねえんだけどさ」
「ごめんなさいぃ!!この前はなんか喧嘩撃っちゃうようなこと言って、生意気なこといて、ほんっとうにすみませんぅ!!!」
「あん?何の話だ?」
「本当にごめんなさい!なんかあれはその場のノリというか、ちょっと自分のなかで盛り上がっちゃって、後先考えずにやってしまったことであってえええぇぇぇ!……って、え?」
「なーんのこと言ってんのかよくわかんねぇな」
そう言いながらニッっと笑うと乙女も安心した笑みを見せた。
「そういや私、あんたの名前知らないんだよね。なんて言うの?」
「あ、私。春沼と…」
「違う違う。私が聞きたいのは下の名前よ下の名前」
「下の名前ですか?ゆうな、です。春沼ゆうな」
「ゆうなかぁ。お前本業は召喚士かなんかか?」
「はぁ?」
「いや、わかんなければいいや」
本当に分かる人だけでいいや、このネタは。
「そかそか、私は麗華っつーんだ。川北麗華。よろしくな、ゆうなちゃん」
「はい、よろしくですっ。麗華さん」
にっこり笑ったゆうなちゃんの顔は、すごく可愛くて女の私でもキュンと来てしまうようなところがあった。まぁ私はそういう趣味はないけど。
「ところで麗華さん、さっき言ってた話って?」
「あぁ……タクナリのことなんだけどさ」
「寿さん?」
「おう、あいつさ。コンビニでどんな感じなの?」
「コンビニって……麗華さんは見たことあるから分かると思うんですけど……」
「あぁ、まぁな。でも私と出会う前とか、私がいない時とか」
「出会う前?今と変わりませんけど」
少し不思議そうな顔をしながらもしっかりと答えてくれる辺り、真面目な人なんだろうなぁ、と思う。見た目も男受けしそうな可愛らしい顔だし、性格もよさそうだし。まぁちょっと猪みたいになっちまうところがあるみたいだけどさ。こりゃ、モテだろうなぁ。いや、今もかな?
「うーん、なんかめっちゃヤンキーだったとか、そういうのないのか?」
「っそんな!寿さんは、優しくて真面目で、他人のことを考えてくれるし、いつも助けてもらってるし、かっこいいし、笑った顔とかがすこし可愛いかったり、失敗するといつも励ましてもらったりして、逆に私は寿さんに対して何も出来てないって言うか寧ろ迷惑かけてばっかりで……。でもそのことをいったら『気にしすぎだよ』って笑ってくれて、それがまた可愛くて……って!私はななななななんの話を!!!」
うん、やっぱりこの子は周りが見えなくなっちゃって突き進んじゃう猪みたいな子だな。
なんだか可愛くなって、笑っていると彼女に怒られてしまった。
「なに笑っているんですか!!」
「いや、ゆうなちゃん可愛いなぁと思って。クックック」
あぁ、あぁ。赤くなっちゃって。私が男だったら確実に惚れていたね、こりゃ。可愛いもんなぁ。いじめたくなっちゃうね。
「笑わないで下さいぃ!……でも、なんでそんなこと聞くんですか?寿さんがヤンキーかだなんて」
「いや、気にするな。ゆうなちゃんは、タクナリのどんなところが好きなんだ?」
「どんなところって言ったら、そ、そりゃ全部…って!私、寿さんのことなんか好きじゃありません!!」
またもや真っ赤になりながら否定するゆうなちゃん。妹を持つとこんな気分なのかなぁなんてぼんやり考えていると、彼女のほうから質問が来た。
「じゃ、じゃあ麗華さんは、今好きな人とかいるんですかっ!?」
「私ぃ?……そうだなぁ。もうここ3年くらい、一人の男しか想ってねぇよ。不思議なことに、どんなに離れても時間が空いても、違う奴と付き合ってもそいつ以外想えないんだ。未練がましいだろ」
吐き出すようにハッと笑った。
「なんか、すごく意外です」
「だろうっ?私でも意外だもんなぁ。でもずっと好きなんだよ。しかも驚いたのがさ、そいつとこの前偶然再会してね」
「それって、もしかして」
「あぁ。―――――――だよ」