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5.34世紀目の遺跡(その1:※鳴いたらスゴいんです←リスですが)

「おー、居るわ居るわ」

「ほんと、うじゃうじゃいるねー」

 野宿明けての翌日昼頃、木々に潜みながら、ヴァニスとミクリが目を凝らす。

 目的地手前の、隠れることが出来る森の端に到着。

 ここから先は更地になっている。

 偵察からの報告通りのクレーターだ。目標の遺跡らしき物まで、1kmはある。

 その目的地に群がる、影、影、影。

 50~60匹? いや、もっとか?

「どうだ? アシク」

「……とりあえず、地表には100匹ぐらいです。中型種以上もかなり、50ぐらい居ますね」

 クロキに答えるアシク。前方を凝視している。

「どんなのが居る?」

「確認できる種類は、飛竜タイプでは小型のヒトコブヨクリュウが31、いや33体居ます。地竜タイプは中型メインですね、ワニクビオオトカゲが20……28体。大型のキバリュウが8体。他に、大型ではサイモドキが13、うわ、リクダコまで居ますよ? 3体」

 カウントしながらアシクが驚く。そして、改めて前へ注目する。

「後は小型で……シマハイエナドリ、ヨツメオオカミ、ダンゴネズミ……スズナリチスイヒルにオオグチハネムカデまで?」

 指さす仕草までしながら困惑するアシク。報告を聞くクロキも軽く首を傾げた。

「種類が多すぎる。まさか……いや、そうだとしても……」

「ねー、あーくん、地表にはって言ってたけど、じゃあ地下は?」

 ブツブツ言いながら考え込むクロキをよそに、今度はミクリが尋ねる。

「それが、見えないんですよ。音は消えちゃうし、熱もぷっつりと途切れてしまうんです」

 振り返りながらアシクが答える。

「音が消えるって?」

「ええ。返ってこないんです。何か、届いたところで吸い取られてるみたいに」

「吸い取られる?」

 ミクリとアシクのやりとりに、カイが割り込む。

「は、はい。その、あれです、イルカが砂浜に揚がってしまうことがありますよね? 砂浜が音波を吸収してしまうから気づかない。あんな感じでしょうか?」

 アシクの顔は不思議そう、いや、不安そうだった。

「熱も同じで、あの遺跡までの地表、それと地面の上にある遺跡は見えるし、跡もたどれるんですけど、地下になると全く見えません。まあ、元々地下はほとんど見えないんですけど……」

 それにしても、全くということはない、ということだろう。

 普通に肉眼では在るのに、エコーとサーマルでは無い。普段感じない光景で、さぞかし気味悪いことだろう。

 話を聞いていたカイが、ちびカナコに視線を寄越す。

「ん、生きてるわね」

「ですね」

 うなずき合う2人。

 その様子にレティアーナが気づいた。

「……何がです?」

「遺跡が、よ」

 おずおずと問いかけるレティアーナに、ちびカナコが簡潔に答えた。

 一同がざわめく。

「生きてるのか?」

 クロキがカイに確認する。

「ええ。ただし、地下の部分だけです。地上のは死んでいます」

 はっきりと答えるカイ。

 エコーもサーマルも通らない、ということは、遮断フィールドが稼働しているのだろう。おそらくはステルスタイプ。攻撃を弾く壁ではなく、センサーに引っかからないための膜が張られている。

「あー、生きてるんすかぁ」

「まいったな」

 ケンツが天を仰ぎ、ハヤテが眉をしかめた。

 この世界の常識では、遺跡が生きているなら撤退。これは常識である。

 しかし。

「けど、だから来たんだよな? カイ」

 ヴァニスがカイへ振り返る。

 残りも、思い出したかのように振り返った。

 そういえば、出発前日のブリーフィングで言っていた。 遺跡が生きていても、多分何とかなる、と。

「何とか出来るんだよな?」

「おそらくある程度は、と言ったはずですが」

 訂正するカイ。

 期待されすぎても困る。

「で、どうだ?」

 改めてクロキが問い直されて、カイは少し考え込んだ。

「……ここからでは何とも言えませんね」

 実のところ、すでにアクセスは試みていた。いたのだが、スキャンしても、まずアクセスポートが引っかからない。

 近距離からのアクセスしか受け付けない設定のか、そもそも短距離電波を回線としているのか、はたまた直接接続しなければいけないのか。

 いずれにしても、ここからの無線通信が出来ない以上は……。

「近づいてみないと、分かりません」

 そう言って、カイは軽く肩をすくめた。

「となると、アレが邪魔だな」

 腕を組んでため息をもらすクロキ。

 見晴らしのいい更地故に、イヤでも目に入る大群。ため息も吐きたくなるだろう。

 カイがデータ検索したところ、中型以下でも危険度はBランク、大型は軒並みA、キバリュウとリクダコはA+と出た。

 +とは、戦闘能力に加え、凶暴性が顕著なことを表している。

 つまり、タチが悪い。

 しかし。

「面倒くせえなあ」

 ため息の後、頭をかくクロキに緊張は見られない。

「リクダコは殴ってもあんまし効かないんだよねー」

「スズナリチスイヒルは斬っても分裂するだけっすしね」

「サイモドキは雷に耐性あるしな」

 他のメンツの愚痴りが続く。

 どれもこれも、緊張感のカケラもない。

 セリフからすると、各自の天敵のような奴がいるということなのだが、誰も彼も平然としている。

 ……余裕たっぷりだな。

 思いつつも、カイも不思議には思わなかった。これまでの戦いぶりを見れば、このバーティでかかれば問題ないのは分かっている。

「でも、何であんなに居るんでしょう? ここ、肉食獣の餌場にはどう見ても見えませんけど」

 アシクが首を傾げて、クロキを見上げた。

 クロキが目を向ける。

「確かにな」

 見事な更地だ。中心の遺跡以外、何もない。

「……あったんでしょうね、良質の食糧が。一ヶ月前には大量に」

 カイがつぶやく。

 その目が暗い。

 横に浮かぶちびカナコが、珍しく黙っていた。

「さて、どうしますかな?」

 ハヤテがクロキに問う。

「風上に回って、レティアーナの毒でも使いますか?」

「そうだなあ……」

 ハヤテの策を考えるクロキへ、ヴァニスが軽く手を挙げた。

「いや、もう俺が片してくるわ、先輩」

「ん? そうか?」

「ああ。俺が削り残したのはハヤテとケンツに片づけさせればいいだろ」

「だな」

 ものすごく軽く、話がまとまってしまった。

 ……削る?

 あの槍で全て斬り伏せるのだろうか。彼の技量なら不可能ではないが、非効率では?

 カイの疑問をよそに、「じゃあお留守番だねー」「のんびり待ってましょ」と座り込むミクリとエル。レティアーナなどは「お茶でもしましょうか」と、水筒を取り出す始末だ。

「“悪食”さんの登場ね」

 いつものいたずらっぽい笑顔に戻って、ちびカナコが冷やかす。

「ちょ、ソレ止めてくださいよ老師っ。アレは“光輪”って名付けてるんですから」

 軽く不服そうに抗議するヴァニス。

「“光輪”?」

「おう、俺の奥の手な。まあ見てなって、カイ。すぐに終わるからよ」

 軽く、いや、今度は気楽そうに言って、ヴァニスはカイへ屈託無く笑った。

「はあ。えっと、いいんですか? 奥の手を使って」

「別に隠すようなもんじゃないからな。それに、ちょっとは格好付けとかないと、お前に料理人と思われたままになっちまいそうだし?」

 少し顔を突き出すヴァニス。にまーっと笑っている。

 ……あー……。

 図星。

「はっはっは! んじゃ、雷切丸を預かってくれや」

 カイの表情を見て気持ちよく笑い、そして槍を差し出す。

「って、“雷切丸”?」

「おう、この超絶武器の名前だ。前世界にあった名槍で、雷をまとって敵を切ったんだったっけ? それにあやかって命名したんだよ」

 ドヤ顔のヴァニスから、ちびカナコへ視線を振る。

 まさにテンプレな顔、横を向いて下手な口笛を吹いていた。

 ……老師?

 何のことかしら~? 私知らないわよ~?

 雷切丸は名“刀”ですよね?

 へ~そうなの~?

 “雷を切った”という逸話でしたよね?

 そうなんだ~?

 貴女が知らないはずないでしょうが!

 い、いいじゃないのっ、本人が気に入ってるんだからっ。

 1秒のアイコンタクトでツッコミまで進み、胸の内だけでため息を吐くカイ。

 これは、ますます言えなくなった。

 雷切丸と名付けた、ロストテクノロジーの超絶武器(ヴァニス談)。

 その商品名が、家庭用電磁加速式ノコギリ『みんなのノッコ(小)』、通称『小ノコ』とは。

 ……結構あるんだよな、こういう感じの商品名。

 何故にこの名前になった……と脱線しかけたところで切り上げる。

 さすがに、もう黙ってる方がいいだろうし。

「クロキさん、お湯沸かしていただけますか?」

「あいよ」

「ありがとうございます」

 カイが悶々としている間に、レティアーナが本当にお茶の準備を進めていた。

 急須に人数分の湯呑み、おまけにカンパンにジャムまで並んでいる。

 ガチで一服する気だ。

 一方で、ヴァニスはワークパンツのポケットを探っている。

「さて、っと……」

「? それは?」

 ヴァニスが取り出した小袋の中には鉄球らしきものが詰まっていた。

 サイズはビー玉かパチンコ玉ぐらいだ。

「雷切丸の仕組みを老師に教えてもらったときに思いついたんだわ」

 そう言うヴァニスの掌の上に、鉄球がふわりと、続々と舞い上がり、速度を上げて飛び回る。

 並んで飛ぶ鉄球が描く、輪。

「んじゃ行くか、ハヤテ、ケンツ」

「はい」

「っす」

 ノリとしては、掃除当番に行ってくるぐらいの3人。待機組も「いってらっしゃーい」「お願いしますねぇ」と、全く緊張感がない。レティアーナに「カイさんもお座りください」と促されて、「はあ」と曖昧に応えながら腰を下ろした。

 同時に更地へと飛び出す3人。

 即座に、ハヤテは上空へ、ケンツは横へと離れて、地表スレスレを飛ぶヴァニスから距離をとる。

 それに合わせて、鉄球の輪が伸びて、高速でヴァニスの体を中心に周り始める。

 土星の輪のようだ。その数、斜めに2つ。

 とたんに騒音が鳴り始める。

 ガガガガッと、工事中みたいに。

「……削ってるのか?」

 騒音の発生源はヴァニスの足下、鉄球が地面と触れるあたり。

 鉄球が地面を砕き、削っているのだ。

 しかも、砕かれた石は輪の軌跡に飲み込まれていく。

 土砂混じりになって、輪が濃くなっていく。

 派手な音をたてて近づくヴァニスに獣たちが気づく。

 鉄球の速度がさらに上がる。

「おらあ! 行くぞぉっ!」

 ヴァニスが叫んだ瞬間、輪が輝いた。

 一番手前に居たダンゴネズミの群に接触、した瞬間に、軒並み木っ端みじんに吹き飛ばしていく。

「!? 何だ?!」

 カイの腰が思わず浮いた。

 堅さだけならクロオニガミアリに匹敵するダンゴネズミの甲羅が、まるで通じない。

 紙屑同然だ。

 ドリルで柔土を掘削したかのごとき跡が残るのみ。

 鉄球+土砂の輪から輝く輪に進化した、まさに“光輪”が、片っ端から切り刻んでいく。

 しかも、段々と光が強く、濃くなって、輪が厚くなっていくようだ。

 バイザーディスプレイのズーム映像に、スキャンを重ねるカイ。

「プラズマで削り斬ってるのか?」

 電流で回路を作り、サイコキネシスでコースを輪状に固定して鉄球を走らせる。ここまでは、電磁加速式の小ノコと大体同じだ。

 違うのは、鉄球の飛ぶ速度を制限していないことだ。

 際限無く加速された鉄球は、触れた物、そもそも空気との摩擦熱でどんどん高熱化し、挙げ句プラズマ化する。そのプラズマが拡散しないようにサイコキネシスで圧さえ込んだ姿が、あの“光輪”だ。

 超高熱超高速のプラズマで削り斬っている。

 いや、正確には焼き斬っているわけだ。

 しかも、プラズマが拡散しないように圧さえ込んでいるなら、触れた物は引きずり込まれることになる。引きずり込まれた物は超高熱でプラズマ化し、結果、“光輪”はさらに輝き、厚くなる。

 触れた物を片っ端から取り込み、“喰らって”力を増し続ける。

「ね? “悪食”でしょう?」

 ちびカナコの笑顔に反論できない。

 確かに悪食だ。しかも、えげつない。

 そうこうしているしているうちに、小型種を“喰らい”まくって、中型のワニクビオオトカゲを半身以上消しとばした瞬間、“光輪”が3つに増えた。

「まだ増えるのか?!」

「そりゃあ、取り込み続けるんだから」

 カイの驚愕に、ちびカナコがあっさり答える。

 倒した分だけ強化とは。

 本当にえげつないな。

「おらおらおらおらあっ!!」

 続けざまにワニクビオオトカゲを喰らう光輪。

 頭を消しとばし、胴体を穿ち、背中から首を舐めるように抉る。

 その度に光輪は厚く、広く、輝きを増していく。

「おー、相変わらずエグいなあ」

 のんきな声に続いて、間の抜けた音が聞こえる。

 クロキが茶をすすりながら見物しているのだ。

「あそこまでキルアップ重ねたら、もう負けませんね」

 エルも同じように湯呑みを口に付けていた。

「キルアップ?」

「ああ、勝手にそう呼んでるのよ。殺った分だけ攻撃力上昇ってことでね」

「はあ……」

 上手い言い方なのか、判断つきかねるカイ。

 その前に、湯呑みが差し出された。

「……まあ、カイさんもどうぞ……」

「あ、はい、いただきます」

 レティアーナに勧められて、カイは湯呑みを受け取った。

 ふわりと立ち上る香り。

 果実っぽい甘さとさわやかさ、隠れている清涼感。

「ん? いい香りですね。ベリー系にりんご、それにミントとかも少し入ってますか?」

 湯呑みからの香りとしては意外だったため、思わず口が滑った。

 レティアーナの顔が、ぱっと華やいだ。

「分かるんですか? ラズベリーとカモミールに、少しスペアミントを混ぜてるんです」

 声の張りが普段の1.5倍ぐらいになる。

「カイさんって、本当に鋭いんですね」

「ホント、よく正確に当てるわねぇ」

 エルも感心していた。

「鼻がいいんだねー」

「いや、あなたにはかなわないはずですよ?」

 目を丸くするミクリへ、思わずツッコミを入れるカイ。

「はっはっは! 違いねえな、言うなあカイ!」

 湯呑み片手に大笑いするクロキ。

 急に矛先を向けられたミクリがうろたえる。

「に、にゃ、にゃんだよー! カイさんのいじわるー!」

「あ、いや、そういうわけではなく、普通にですね……」

「いじわるー!」

 ぶーたれ顔のミクリに、慌てるカイ。

「……ふふっ、まあまあ、こちらもどうぞ」

「あ、はい」

 レティアーナから笑顔で差し出されたカンパンを受け取る。

 ジャムが塗ってあるそれをかじると、口に苺の風味が広がった。

 それと……。

 はっとするカイ。

 視線に気づいた。レティアーナの期待する目。

「……レモンに、少しだけシナモン?」

「正解ですっ」

「「「おおー」」」

 手をたたいて喜ぶレティアーナと、感嘆する一同。

 ……これ、一体何?

 利き茶というか、食材当て会というか、予期せず始まったイベントに、カイは思わず苦笑していた。

 その様子に、クロキが笑顔で茶をすする。

「まあ、直に片づくだろうから、のんびり見物でもしてようや」

 飲み干してから、言ったとおりのんびりと背伸びをした。

 「はあ」と相づちを打って、カイは戦場へと目を戻す。

 地面を舐めとるように、低く乱高下している光輪。「おらおらあっ」と声が響く度に、抉りとられたような、削り取られたような軌跡が現れた。

「おー、いけいけー」

「相変わらず凄いですね」

「さすが自衛団長よねぇ」

 ミクリが拳を握りしめ、アシクが感嘆し、エルが優雅に小首を傾げる。

 そして茶を飲む。

 向こうの光景と、こちらの雰囲気の落差がハンパない。

 実際、もの凄い光景なのだ。

 光輪をまとったヴァニスの凶悪な突進、抉られ、削られ飛び散る獣たち。

 チートキャラが敵軍団相手に無双しているシーン。

 そう、映画だ。お茶の間で、スクリーンでアクション映画を見ているのに近い感覚。

 カイなどはバイザーのスクリーンで拡大まで出来るから、余計に迫力が感じられる。

 バイザーでフォローできる分、カイにはわき役の活躍もはっきり確認できた。

 興味を引かれたのは、地上で、ヴァニスが討ち漏らした小物を相変わらずの業でなぎ倒していくケンツではない。

 空だ。

「あれは……針?」

 いや、握りの無い千枚通しか?

 バイザーが捕らえた細く、鋭く飛ぶ影に目を留めるカイ。ハヤテから飛び立つそれは、見逃しそうなほどの速さで害獣へと突き刺さっていく。

 主に、飛んでヴァニスから逃げようとするヒトコブヨクリュウとオオグチハネムカデが獲物だ。

 一度に数十本が放たれ、逃げる相手を追い、逃さず貫いている。

 まさに閃光のように。

 高速のホーミングミサイルのようだ。

「サイコキネシスで操ってるのか?」

「そうよ。ハヤテくんも凄いのよ?」

 カイの独り言に、ちびカナコが反応した。

「飛針を扱わせたら右に出る者はいないわね。あの速度で、ミリ単位で急所を打ち抜けるのよ。何十本も同時に、ね」

 自慢げに胸を張りつつ、「伊達に“撃墜王”と呼ばれてませんよ?」と、ちびカナコは付け加えた。

 なるほど、見事な、凄腕の射手である。

「けど、それだけじゃないのよねぇ」

「? まだ何か?」

「まあ、見ていなさいって」

 含みのある言い方に引っかかりながらも、カイはアクションシーンのクライマックスへと目を戻す。

 無双中の主人公に立ちはだかる壁。

 フタクビアカゲギュウより一回りは大きいサイモドキ。外見はサイだが実際は猫科の肉食獣で、分厚い鎧のような外皮のくせに猫らしき敏捷さを誇る。

 それよりもさらに一回り大きいキバリュウ。サーベルタイガーのように極端に発達した牙が特徴、怪力を活かした重戦車タイプ。

 さらにその2倍近い巨体のリクダコ。自在に動く8本足の上に乗った胴体が蛸を彷彿させる、データ上は最大の昆虫で、強い神経毒を持つ。

 どれもこれも掛け値なしのAオーバー、間違いなく巨獣揃いだ。群れている様は、正真正銘壁である。

 ヴァニスが羽虫に見えるほどには。

「はっはーーー! 行くぞおらぁっ!!」

 光の球となったヴァニスが突進。

 激突の直前、光輪がさらに輝く。

 ドオォムゥッ!!!

 爆裂音とも破裂音とも聞こえる轟音。

「おおっ!」

 カイが驚く。

 壁に大穴が空いた。

 一撃で、サイモドキやキバリュウを数匹、そしてリクダコの半身以上を吹き飛ばしたのである。

「ぶつかる瞬間に、光輪を解放したのよ。外向けに少し、ね」

 ちびカナコの解説。

 つまり、溜めこんで圧縮されたプラズマを、外へと少し漏らしたというわけだ。

「少し、でアレですか……」

 唖然とするカイ。それほどの威力だ。

 高速でUターンして戻る光の球。巨獣たちの壁に再度ぶつかり、また轟音とともに大穴が穿たれる。

「おおーっ、すっげー!」

「相変わらずもの凄いわねぇ」

 興奮気味のミクリに、エルが応える。「楽しそうですね、ヴァニスさん」とのアシクの言葉に、クロキが「ま、普段あんな技使えんからなぁ」と返して、また茶をすすった。

 そうこうしているうちに、2度3度と繰り返された巨獣たちは、さすがに慌て始めたようだった。

 総数の7割ほどを吹っ飛ばされた群が、ついに崩れる。

「おいおい? 待てやゴルァア!!」

 ヴァニスが縦横無尽に飛び回るも、全てをさらえるのはさすがに難しい。

 その瞬間。

「ケエエエエエエェェェェェェッ!!!」

 引き裂くような声、いや、鳴き声が響きわたった。

 カイのバイザーのディスプレイに、わずかにノイズが走る。

「? 何だ?」

 そのカイの困惑は、ノイズに対してではなかった。

 戦場の害獣たちの動きがおかしい。

 その場に昏倒、ふらふらと迷走。飛んでいるのも、方向感覚が狂ったかのように、見るからに怪しい軌跡を描いている。

 そして、散ろうとしていたはずなのに、何故か集まっていく。

 ヴァニスの前方へと。

「今のは?」

「ハヤテくんの奥の手、マインドウェイブ=ストライクよ。精神波の爆撃って感じかしら」

 カイの疑問に答えるちびカナコ。

「彼の一番強いPSIはテレパシーなの。数キロ離れていようが、心を閉ざしていようが届くぐらいのね。それを利用して、自分のイメージを相手に叩きつけるのよ。怒濤のイメージでパニックにさせることも、上下左右を逆に認識させることも、致命傷を受けたと認識させることも、何でもアリよ?」

 あっさりと言ってのけるが、洒落にならない能力だ。

 耐性が低いなら、即死させることも可能ということ。

 そうでなくても、空中で方向感覚を狂わされる、自分の空間認識を壊されれば、墜落しての自滅。

「アレも含めて、撃墜王ってことね」

 納得の称号だった。

「ただ、自分の知ってるイメージしか、具体的なのは伝えられないから、ねぇ……」

 語尾をボヤかしたちびカナコ。目を向けると、眉間にしわが寄っているように見える。

 自分の知っているものしか、ということは。

 全て、体験しているわけだ。

 動物を恐怖へ追い込む数え切れないイメージも、墜落するイメージも、致命傷を受けたイメージも。

 ちびカナコの悲しげな表情の、その意味が理解できた。

 精神への強撃を喰らって正面へと集まってくる獣たちを前に、ヴァニスがニヤリと笑う。

「なぁぁぁいす、ハヤテぇ」

 不敵な笑みのまま、ヴァニスが両手を前に突き出す。

 閃光。

 ドゴオオオオオオォォォォォォッ!!!

 一瞬遅れて響きわたる、爆音。

 ヴァニスの前に閃いた光は、その先に集まっていた害獣の群を余裕で飲み込み、さらにその先へと吹き抜けた。

 獣の影を消し去りながら。

「にゃっはー! 決まったぁー!」

「相っ変わらず、すっごいわねぇ」

「さすがは団長さんです……」

 特大の花火でも見たかのようなリアクションだ。が、アシクは目を白黒させている。

「な、何ですか、アレは!?」

「ん? お前はあそこまで派手なのは初めてか? ありゃあ溜め込んだ光輪を全解放したんだよ。結局、最後にはどこかでぶっ放さないと、ずっとキープってわけにはいかんだろ?」

 クロキが至極当然といった風情で答える。

 言ってるとおりではあるのだが、カイとしてはアシクの驚きに共感、だ。ちびカナコが苦笑しながら「都合よく範囲を絞れないのが、難点よねえ」と言ったそのセリフが、目の前の光景を物語っている。

 地形が変わっていた。

 空から見れば、おそらくクレーターの中心近くから外へと、扇形に抉れた跡が重なっていることだろう。クレーターの半径を超えて、新たな更地が森まで食い込んでいる。

 二級軽巡航宇宙戦艦の艦載砲クラスと言って良い。

 一個人が出せる威力としては、デタラメだ。

 が、クロキはあくまで平然としている。

 湯呑みを置いて立ち上がり、大きく背伸び。

 まるっきり、映画を見終わって席を立つノリだ。

「さて、終わったから行くか。ゴミは捨ててくなよ?」

「はーい」

 いや、オカシいでしょ、そのノリは。

 カイの心中など知る由もないクロキは、サクサクと指示を出す。

「ミクリ、エル、アシク、カイ、ヴァニスたちと合流するぞ。他は待機だ。俺たちがヤバくても出てくるな、レティアーナを守ることを優先しろ。救護要員に何かあったら洒落にならん」

「ですが……」

 口ごもるレティアーナをクロキが遮る。

「お前はこのパーティーの要だ、レティアーナ。お前がいる限り、死ななければ何とかなる。だろ? 頼むぞ」

「はい」

 珍しく強く答えるレティアーナ。その様子にうなずいて、クロキは遺跡へと向き直った。

「じゃあ行くぞ。ま、見ての通りヴァニスが片してくれたから、まずは気楽に行こうや」

「「「はい」」」

 その言葉通り、普通に歩いて進む。アシクは緊張気味にしていたが、周囲に不穏な気配はない。

 何もない地を、ただ歩く。

 更地と青空との間が、広かった。

 目眩がしそうなほどに。

 向かう先には、ただ一人たたずむ竜人。

 世界に、ただ一人居るように。

 旧友と再会するかのような、感傷的になりそうなシーン。

 だが、居るのはやっぱりヴァニスで、我々はやっぱり我々だった。

「ほい、お疲れさん」

「おつー」

「いやいや、悪ぃ悪ぃ、待たせたな」

 ねぎらうクロキとミクリに、カラカラと笑って答えるヴァニス。「スッキリしたか?」とクロキに小突かれて、「それは無いんじゃね? 先輩」と返しつつ「いやー、久しぶりだと気持ちいいわー」とヴァニスは胸を張る。アシクは「気持ちいいって……」と抉れた大地に呆れていたが、エルは「ですよねぇ」とうなずいた。

 そこ、同意ですか?

 ツッコミは胸の内だけにして、辺りを見渡してから、カイがヴァニスへ顔を向けた。

「ケンツさんとハヤテさんは?」

「あいつらには消火してもらってるさ」

 ヴァニスが森を指さす。

 光輪を全解放した方向だ、よく見ると、上空にハヤテの姿があった。そして、時折木が倒れている。水はないから、木を間引いて延焼を防いでいるわけだ。

「ま、すぐ戻るだろ。それより」

 ヴァニスが振り返る。

「だな」

 クロキも目を向ける。

 更地に唯一、君臨する存在。

 崩れた建造物。

 見る影もない、懐かしい、姿。

「着いたわね」

 ちびカナコの小さな声。

「ええ」

 カイの小さく、暗い声。

 遺跡だ。

 クロキを先頭に、遺跡へ。

 近づくと、やはりというか、それなりに大きい。ざっと300mほど。

 塔が斜めになったというか、ばかデカい矢が地面に突き刺さっているというか。

 もしくは、巨大な丸木船が斜めにめり込んでいる風体。

 あちらこちらが破損、壁が引き裂かれ、大穴が空き、めくれている。

「ふむ、間違いなく遺跡だな、こりゃあ」

 クロキが壁をさわりながらつぶやく。

「ああ。今の材質じゃねえわ」

 ヴァニスもうなずいていた。

「こいつは、やっぱり死んでるのか」

「ええ。それは間違いありません」

 クロキの問いに断言するカイ。

 そう言いながら、カイはPMDで確認していた。

 チェックしているのは船体の状態ではない。

 “N/A”

 PMDが機械的に回答を表示する。無表情のカイに、ちびカナコも無言で漂っていた。

「ねーねー、中、すっごい感じなんだけどー?」

 中を覗きに行ったミクリが、声を上げながら、壁の穴から顔を出した。

「どういうことだ?」

「中の壁、所々なんだけど、返り血かな? 飛び散ってるよ?」

「何?」

 不穏なセリフに、クロキの声が真剣になる。

 ミクリの横に、エルも現れた。

「中の通路の壁に血痕が広がっています。あちらこちらに。かなりの量ですね」

「新しいのか?」

「いえ、もう完全に乾いています。数日前って話ではなさそうです」

「となると、遺跡が現れた一ヶ月ほど前か……?」

 クロキがカイへ目を向ける。

 カイは口を開かない。

 少しの無言の後、クロキはミクリたちへと向き直った。

「害獣の気配は?」

「無いよー。誰も何もいないっぽい」

 手を振るミクリに、また考え込むクロキ。

 そこへ、空からハヤテが舞い降りた。少し遅れてケンツも戻る。

「消火終わりました」

「っす」

「おう、ご苦労さん」

 二人をねぎらうヴァニス。ミクリとエルが戻ってきたところで、クロキへと顔を向けた。

「で、どうするよ先輩。大丈夫そうなら、中を探ってみるか?」

 間が空いて、それから、クロキが顔を上げた。

「……いや、安全の確認が先だ。まだ地下は分からん」

 そして、改めてカイを見る。

「どうだ? 地下はやっぱり生きてそうか?」

「ええ」

 カイは簡潔に答えた。

 それは歩いているうちに分かっていた。近づくうちに、急にアクセスポートが認識できるようになった。いくつかの反応のうち、一つは長距離間無線光通信方式。

 本来なら、惑星間レベルでのリアルタイム交信を可能にする規格だ。高々1km程度で認識不能になるはずがない。

 つまり、推測通り、ステルスタイプの遮断フィールド。ただし、天井である地表部分が物理的に突き破られたことで、上面のフィールドは消滅している。

 つまり、真上に立っている今は、アクセス可能なはず。

 だが、カイはまだ確認はしていなかった。

 痛恨のミス。

 普段ならば無かった。だが、彼の“ゆりかご”が大破しているのを前に、やはり冷静ではなかったのだろう。

 本当に冷静であれば、すでにアクセスポートだけでなく、地下も先にスキャンしていたはずだ。

 アシクがエコーロケーションを使う前に。

「ふむ、じゃあアシク、ちょっと地下の様子を見てくれ」

 クロキがアシクを促す。

 当然だ。そのために、彼はアシクをつれてきたのだ。

「はい」

 アシクが地面に手を置く。

 無言で放たれるアクティブ・ソナー。

 次の瞬間、アシクの目が見開かれた。

「ダメだっ!! 下!!!」

 その声と同時に、世界が揺らぐ。

「わわっ!?」

「えっ!?」

 ケンツとエルの驚きを吸い込んで、地面が崩れる。

 いや、動いた。

 というか、逃げた。

 地面ではなかったのだ。そう思っていたのは、イシバケモグラの群。背中の石そっくりの表皮を使って、石や岩に擬態する。群でつながれば、地面にすらなれるほどの力も持つ。擬態中は仮死状態にまでなるという念の入りようで、目視どころかエコーもサーマルもだまし通せる、その名の通り“石に化ける”モグラだ。

 唐突に足場が消滅。

 とっさに動けたのは二人。

 クロキがカイへ手のひらを向ける。

 ミクリがアシクの腕をつかむ。

「はっ!」

「ていっ!」

 クロキがサイコキネシスでカイを上へと吹き飛ばし、ミクリがアシクを放り投げる。

「うおっ!」

「うわわぁ!?」

 吹き飛ばされたカイはAMPSSの自動防衛機能で宙に浮き、投げられたアシクはエルに抱き止められた。

「ミクリっ!?」

「あーくんをよろしくうううぅぅぅぅぅぅ」

 いきなり登場した大穴に落ちていきながら、ミクリの声が遠ざかっていく。本能的に、条件反射で飛べる者以外、つまりミクリ、クロキ、ケンツの姿が穴に飲まれて、消えた。

 3名ロスト。

「どうなってやがる!?」

「モグラが罠を張ったというのか?」

 ヴァニスの疑問をハヤテが補足した。理解しがたいのだ。

 それもそのはず、本来、イシバケモグラは非常に臆病で、身を守るための擬態以外に特徴は無い。戦闘能力は危険度Dにも及ばない、というか、そもそも害獣と認定されていない、平和的な獣である。

 積極的に罠を張るタイプではない。それも、こんな大群で。

「違います! そうじゃなくて……」

 アシクの叫びは、そこで中断された。

 場慣れしたヴァニス、ハヤテ、エルの勘が、そしてカイのAMPSSが危険を察知。

 ゴオオオォォォッ!!

 下から吹き上がる幾筋かの炎の線を散開して回避。

 上空へと少し距離をとったところに、巨体が穴から飛び出してきた。

 続けざまに、合計6体。

 羽と尻尾まで広げればサイモドキ、いや、キバリュウにも勝る巨体。赤い岩石のような皮のあちこちの隙間から、ちろちろと漏れるように灯る炎。

 周囲の空気が陽炎のように揺れる、大型飛竜。

「ヨウガンセキリュウだと?」

 ハヤテが叫んだ。

 即座に地下の構造スキャンと、併せてデータ検索をかけるカイ。

 地下は複層階になっていて、地下1階は航空機や宇宙船用のドック。かなりのスペースが広がっており、ヨウガンセキリュウが潜むのにも十分だった。その下の2階は倉庫らしき部屋などが並ぶ作業用兼エントランス的な位置づけらしい。

 そこから下は不明。どうやら別のフィールドが張られていて、それはまだ生きているのだろう。

 つまり、そもそも、墜落した船によって1階2階は大破しており、備蓄されていた資材などの誘爆もあったかもしれないが、大穴が空いた状態だったのだ。

 その穴をイシバケモグラが塞ぎ、ヨウガンセキリュウが隠れていた。

 危険度A+++の害獣が、6体も。

 竜どもが息を吸い込む。

 ゴオオオォォォッ!! 

 炎のブレス。先ほど下から放たれた炎の線。

 ヴァニスとハヤテとエルが飛んで回避、カイはPCPLフィールドで熱を遮断。

 竜の体表で揺らめく炎が輝きを増す。

 ボボボボボボォッ!

 四方八方へと細い炎が飛び散り、その雨あられの中を3人が高速でくぐり抜けていく。

 お返しとばかりに、ハヤテから閃く飛針の連射。しかし、堅い表皮に弾かれ、隙間から吹き出す炎に勢いを殺され、ダメージを与えられない。

 一方、一体の竜が宙へ浮くカイへと突進。

「カイくん!」

「くっ!」

 迫る大口を前に、物理防御のPCPLフィールドを重ね掛け。

 が、間に合わない。

 とっさにコマンド入力を破棄、飲み込まれまいと牙をつかむ。

 噛み砕こうとする竜の顎、牙の間で踏ん張るカイ。

 出力レッドゾーン、残存エネルギーが見る見る減少していく。

「おおおらあああっ!!」

 ヴァニスの突進からの蹴りが、その竜の横っ面を叩く。不意をつかれて、竜は体勢を崩してカイを口から吐き出した。

「大丈夫か?」

「助かりました」

「よし。おらあっ!!」

 カイの無事を確認して、すぐさま追い打ちを放つヴァニス。

 雷撃が竜を直撃、したのだが、耐えられた。

 続けざまに、響きわたるハヤテの怒号。

「ケエエエェェェェェッ!!」

 マインドウェイブ=ストライク炸裂。しかし、苦しみながらも、これも耐える竜たち。

 それでも牽制にはなったらしく、竜たちは距離をとった。

「おいおいおい、何でこんなのが隠れてたんだ?」

 忌々しげに毒づくヴァニス。

 その疑問はもっともである。その実力から隠れるような真似をするタイプではない。

 そして、群れないわけではないが、好んで群れるタイプでもない。

 臆病なモグラが大群で罠を張り、空ではトップクラスの竜が地に隠れる。

 不可解だらけだ。

「それは……そこっ!」

 途中で言葉を切って、アシクが穴の縁辺りに右手を突き出す。

 その右手のガントレットの前腕部が弾け飛ぶ、と同時に、中の仕込み弓から飛び立つ矢。

 キュイィィッ!

 矢の消えた先から、小さな悲鳴のような鳴き声が届く。

 ふらふらと現れる小さな影。

 外見はおおむねリスだ。ただし、サイズは大型犬ほどではあるが。

 その姿を見たヴァニスが驚く。

「ナキマネリスだと!?」

「ナキマネリス?」

 カイのつぶやき声に、ちびカナコが眉をひそめる。

「様々な動物の鳴き声を真似するリスよ。他の動物のコミュニケーション音を真似ることで身を守るんだけど、年を経るほどに知恵がついて、バリエーションも増えて厄介になってくのよ」

 ちびカナコの声音は真剣だった。「あそこまで大きいのは、異例ね」と言う通り、通常見かけるのは小型犬ぐらいまでで、あのサイズは規格外だ。

 年を経るごとに大きくなり、鳴き声を多く身につけて、さらに知恵もつける。そして、自分の都合のいいように、他の動物をコントロールしていく。

 実は肉食の、危険度はDからA+++(最大は推定値)の害獣なのだ。

 さすがは規格外、ヨウガンセキリュウまで操るとは。先ほどヴァニスが掃討した地表の害獣軍団の、あの種類の無節操さも、このリスの仕業であればむしろ説明が付く。

「ちっ、やってくれる……」

 ハヤテが舌打ちする。それから「どうします?」とヴァニスへ頭を向けた。

「あれはもう動けん」

 アシクの仕込み弓矢は護身用。ナキマネリスにさえ、たいしたダメージにならない。

 レティアーナのしびれ薬が塗ってなければ、の話だ。

 ヴァニスの言葉通り、ナキマネリスは倒れて痙攣していた。

「それより、目の前の、だ」

「クロキ隊長たちは?」

「先輩はサイコキネシスで飛ばずにわざと落ちたんだ。とっさに全員は難しいだろうから、ケンツとミクリを守るためにな。だから何とかなるだろ」

「しかし、何があるか分からない遺跡の中では……」

 そこで、ヴァニスはハヤテからカイへと目を向けた。

「カイ?」

「行ってみないと……いえ、行けば何とかします」

「よし。それは頼むぜ」

 言い切るカイにうなずくヴァニス。そして前方への敵へと目を戻す。

「なら、早いとこアレを何とかしないとな。しかし、皮は堅くて雷も通りにくい、PSI耐性も高めときた」

「一体に集中してテレパスを叩きつけて、その隙に団長の雷切丸で刻みますか? 私が牽制している間に光輪を使いますか?」

「妥当だが、どっちも時間を食うな……」

 ヴァニスが逡巡しているその時、エルがカイへと近づいた。

「あーくんをお願い」

「え?」

「エルさん?」

 戸惑うアシクを受け取りながら、カイも戸惑った。

 平坦な声。抑揚がない。

 ふわりと離れるエル。

 そして下へと、大穴の縁へと目を向ける。

 燃えた。空気に火花が煌めく。

 キュイイイッ!!!

 同時にナキマネリスの悲鳴が響く。

 そう、同時だった。エルのそばからリスの間に火花が、そしてリスを包む炎が、同時に発生した。

 ふっと消える炎。数秒も保たず、ナキマネリスは消し炭も残らず燃え尽きた。

「おい!? エル!?」

「離れてて。時間が無いの……」

 異変に気づいたヴァニスへ、エルが声だけ寄越す。

 そのイントネーションが標準語ではないのを聞き取って、ヴァニスが振り返った。

「やべっ、下がるぞ!」

「は?」

 事情の分からないカイをヴァニスが引っ張り、ハヤテも慌てて羽ばたいて後退する。

「何が?」

「エルが素になってるのは、マジギレなんだよ! パイロキネシスに巻き込まれるぞ!」

 距離をとりながらカイにヴァニスが応える。

 エルの周りの空気が揺らめいていた。

 その揺らめく縁に、きらきらと輝く火花。

「急いでるんよ……邪魔や、あんたら」

 淡々とした声。

 一人だけ前に出た形になったのを見て、竜が襲いかかろうとした、その瞬間。

 ボゥッ!

 先頭の竜が突如炎に包まれた。

 先ほど同じく、火花の鞭に捕まった状態で、いきなり。

 しかし、先ほどとは鞭の大きさが桁違いだ。エルの身長の倍はある太さである。

「ギャアアアオオオォォォッ!?」

 炎に巻かれた竜が絶叫する。空中で身を悶え、しかし、墜落する間もなく燃え尽きた。

「なっ!?」

 驚愕するカイ。

 ヨウガンセキリュウは炎を纏う竜だ。そもそも火に耐性がある。その上、ハヤテのマインドウェイブ=ストライクを堪えたように、PSIにも耐性がある。

 パイロキネシスは効きにくいはずなのだ。

 それを、易々と焼き尽くした。

 火力の桁が、次元が違う。

 仲間のなれの果てを見た残りの竜たちに、動揺が走った。目の前の敵がどういうモノか、理解したのだ。

 その余波だけで、空気中の塵が燃え、空気に含まれる微細な水分すらプラズマ化して煌めく、異常な灼熱。

 自分たちを遙かに超える、美しき炎の支配者。

 “熾天使”エル。

「あの子に……あたしのミクリに何かあったら、どないしてくれるん?」

「グオオオォォォ!」

 竜たちが恐慌を起こして突進する。

 その竜たちを冷たく見下しながら、エルは小さくつぶやいた。

「消えや」

 エルの周りの火花が、一気に膨張する。

「グギャアアアオオオォォォアアア!!!」

 残り5体が、火花の鞭に捕まった状態で一斉に燃え上がった。

 どれもこれも、落ちる間も許されない。

 光の中に影が飲まれるように、消しゴムで消されたように。

 文字通り、塵も残さず燃え尽きた。

 エルの体勢が、ゆらりと崩れる。

「ちっ!」

 ヴァニスが飛翔、落ちるエルを拾い上げてくる。

「エルさん!?」

「大丈夫なんですか?」

 アシクとカイの言葉が続いた。

「大丈夫だよ、ちょっと気を失ってるだけだ」

「気を?」

「ああ、エルの力は別格だが扱いが難しくてな。細かい制御が利かねぇし、精神力をごっそり持っていかれちまう」

 エルに目を落としながら話し続けるヴァニス。

「廃人覚悟なら、コウベも一瞬で焼き払えるだろうな。場合によっては遺跡を“封印”するために動員されるんだよ、コイツは」

 言葉もないカイ。

 なるほど、あの火力なら、PCPLフィールドが稼働していない遺跡ならひとたまりもあるまい。前世界最硬の複層式鎖状結合チタニウムでも耐えきれるかどうか。

 いや、たとえPCPLフィールドであっても、集中させれば押し切れるかもしれない。フィールド構成のエネルギーがあっと言う間に削られそうだ。

「まったく、ミクリちゃんのこととなると見境なくなるなあ、コイツは」

 ため息混じりにつぶやくヴァニス。

 だが、その目は、駄々っ子をあやすような、優しい目つきだった。

「? ミクリさんのこと?」

 カイが首を傾げる。

「ああ、気づいてなかったか? コイツはミクリちゃんを溺愛してるんだよ。ま、本命は別だけど」

「は?」

「男も女もイケるくちだしな」

「はあ?」

 さらっと口を滑らすヴァニス。そのことに、言ってから気づいたらしい。

「あ、今のはミクリちゃんには秘密な? 言うなよ? 絶対言うなよ? 言ったら焼かれるぞ?」

 ヴァニスが慌てて口止めした。

「いや、そもそも話さないでくださいよ……」

 カイの顔もひきつった。


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