4.探査でGO!(その2:→→→アリよさ○ば)
その後の惨状、もとい解体作業については、カイは目をそらしていた。
理屈では分かっているのだが、どうにも生理的に得意とは言い難いのだ。
「ケンツ、そこぶった切って、そこからここまでそぎ落とせ。骨にそってな」
「うっす!」
「レティとエルちゃんミクリちゃんは、小腸の中身抜いてきれいに洗ってくれ」
「あいよー♪」
「はいはい♪」
「了解ですぅ♪」
「あ、先輩、ケンツが小分けにした肉に火を通してくれ。仕上がり加減は燻製並みでよろしく」
「おう!」
「あとは二組に分かれろ。片方はそこら辺で付け合わせになりそうなものを採ってこい! 残りはとにかく洗え! 徹底的に洗え!」
「「「はいっ」」」
意外にも、解体の先導をしているのはヴァニスだった。テキパキと指示を飛ばし、全員が素直に従っている。
まるで、即席の料理長みたいだ。
その指示の中の一言に、カイが引っかかった。
「火を通す?」
思わずクロキへと振り返る。
少し離れたところのクロキが、大きめの石の上に積まれた肉の小山に手をかざし、軽く「ほっ」と口ずさむ。
上る水蒸気。
見る間に、生肉に火が通った。燻製っぽい仕上がりに。
「パイロキネシス?!」
バイザーディスプレイに表示された熱変化、それから導かれる推定に、カイが驚く。
「複合能力者なんですか? 彼は」
「ええ。なかなか珍しいでしょう? それに力加減が絶妙なのよ。あそこまで力を扱いきれる人は他にいないわね」
ちびカナコのお気楽な調子に対して、カイは「……絶妙って……」と驚きを隠せない。
そう、カイがここまで驚いた理由は複合能力だけではない。
その力加減だ。
自然発火能力を料理で使えるほどに加減しきれるとは。カイの常識では神業といえるレベルである。
興味を持ったカイがクロキへと近寄る。
「先ほどのサイコキネシスですが……」
「ん?」
「力の作用の仕方がずいぶんと変わっていました。どうやったんですか? 単純な力加減とは思えませんでしたが」
肉の処理を終わったクロキが首を傾げた。
「んん?、力を通したことか?」
腕組みするクロキに視線を固定するカイ。
「“通した”?」
「ああ」
クロキがこともなげにうなずく。
言い得て妙、と言うべきか。あの瞬間、カイのバイザーディスプレイでは、巨牛の頭の表面に力がぶつかったのではなく、頭の中、つまり脳まで、そして後頭部まで、一定の力場が発生したのが観測されていた。
そう、まさにサイコキネシスが貫通していた。
「お前だって出来るだろう? ロストアーツを修めてるんなら。ほれ、少林拳なら勁を通す技法がいくつもあるだろ? 古流柔術なら鎧を着た相手に打撃を通す鎧通しとか、古い空手の“透し”とかの類な」
「確かに、それはありますが……」
実際、朝にミクリと組み手をしたときに彼女を吹っ飛ばしたのは、安鬼津心意流柔術中伝の“馬抜き”。極めれば、馬の下に潜り込んだ状態から、その馬に乗る武士を吹き飛ばすという技だ。
馬の体を“通して”武士に力を当てて、馬上から相手を下ろす、あるいはそのまま相手を倒す技。
カイの技量では馬を通すような神業はかなわないが、単純に相手を吹き飛ばすぐらいなら十分可能だ。
「な? それと同じだ。サイコキネシスでそれをやっただけだ」
「いや、同じでは……」
こともなげなクロキに対して、カイは複雑な表情だった。
理屈では、分からないでもない。しかし、実際にサイコキネシスをそんな風に使う話など聞いたこともなかった。
だが、事実は事実。実際に、クロキは先ほど実演して見せたのだ。
カイが小さく身震いする。
この事実が意味するところが理解できたのだ。
バイザーディスプレイで警告が出るほどの強大なサイコキネシスを、自在に操り、“通す”ことが出来る。
これは、物理原則自体をキャンセルしてしまうPCPLフィールドを除けば、対生物ならばあらゆる防御を無視する最強の攻撃ではないのだろうか?
同様に、パイロキネシスも自在に操れるとすれば?
「クロキさんは努力家ですからねぇ」
ちびカナコがあっけらかんと言うのに、カイはとっさに返事が出来なかった。
「っつうか、手が空いてるんなら手伝ってくれないか?」
クロキが腕組みを解いて、片手を腰に当てる。
「はあ。何をですか?」
「洗うのを、だよ」
もう片手で示すクロキ。
示されたところ、川の浅瀬へと目を向けるカイ。パーティーの数名が巨牛の残骸を洗っている。
かなりの気合い、というか必死で急いでいるようだ。
「はあ……かまいませんが、急ぎですか?」
やや引き気味に応えるカイ。顔色が若干悪い。
「ああ、急ぎだ。出来る限り面倒事は避けたいからな」
「面倒事?」
「ここらへんには色んなのが居るからな。血の臭いを出来るだけ早く消したいんだよ」
カイの質問に、クロキが眉をしかめながら答える。
「動物は、食い物があると分かれば寄ってくるだろう? さっさとしないと、シマハイエナドリとかは鼻が利くから来ちまうだろうし、クロオニガミアリなんかが来たら面倒だ」
「クロオニガミアリ?」
「ああ。肉食の大型の蟻で、皮が堅い。それに群で行動する。結構な数で、だ」
嫌そうな顔で肩をすくめるクロキ。
PMDでデータ検索するカイ。これも登録されていた。
クロオニガミアリ。体長は1m少々といったところで、この世界の昆虫としてはそこまで大きくはない。
といっても、蟻なのだから十分に巨大なのだが。
体色は黒、外骨殻が異常に発達していて強固、所々に角のような突起が乱立している。まるで鎧が動いているみたいだ。顎も異常に発達していて、鋼鉄でも引き裂けるらしい。旺盛な肉食で、常に群で行動するため、下手に遭遇すれば、先ほどのフタクビアカゲギュウといえども10分もすれば骨しか残らない。
……陸のピラニア、しかもヒドい版だな。
データ表示を先へ送る。危険度はAランク。理由としては、個体としての頑強さ、統率のとれた軍隊のごとき行動、そして群の数が大きいこと。
その数、数百から数千。
「数千?!」
「そうだ。やっっったらと数が多いんだ、アイツ等。堅いしなあ、面倒くさいんだよなあ」
クロキがため息を吐く。心底面倒くさそうだ。
なるほど、それがクロキが嫌がる理由なのだ。個体としては歯牙にもかからない相手でも、それだけの数となれば話も違ってくるだろう。
「しかもな? 蟻だけに地中に巣を作るんだが、これがまた見つけづらいんだ。エコーの利きにくい砂質や粘土質を岩盤が複雑に支えるような地中、しかも深いところに上手いこと住み着きやがる。サーマルじゃ見つからなんしなあ」
頭をかきながらグチるクロキ。「こっちにしてみりゃあ神出鬼没同然だ。しかも、出くわすってことは、十中八九、足下に巣がある」と小さく両手を挙げた。
確かに厄介な話だ。気がつけば数千の害虫の真上とは、地雷源よりもたちが悪いかもしれない。
カイの琴線に、何かが引っかかった。
「……砂質や粘土質を岩盤が支える?」
呟くカイ。クロキが「ん?」と首を傾げる横で、カイは黙り込んだ。
……いや、地質学に詳しいわけではない。大体、そんな地形は珍しくもないはずだ。それに、巣が崩れるようなところを蟻も選ぶはずはない。
……はずはない、のだが。
……川の底って、そんな地形が多かったりしないだろうか?
いや、水没の可能性があるのに巣を作るはずはない。しかし、川の周辺自体、そういう地形の可能性が高いのではないか?
例えば、この川が昔はもっと大河で、長い年月の間に水量が減ったとすれば。
この辺りが、大昔は川底だったとすれば。
その地層は、クロオニガミアリにとって理想的な住処になる可能性は……ある?
悪い妄想だ。しかし、こういう場合、それは前振りになるものだ。
「ちょっとちょっと、二人とも」
PMDの近くに浮いているちびカナコが、人差し指を立てた。
カイとクロキの視線を受けて、ちびカナコが微笑む。
「こういう会話をフラグっていうのよ?」
「うおおぉぉぉっ?!」
「どっから湧いてきやがった?!」
川の浅瀬から悲鳴が上がった。
振り返る二人。
解体の残骸を洗うメンバーへと黒い固まりが群がろうとしていた。
角のような突起をまとう昆虫。先ほどのデータ通りの姿。ギチギチと引っかくような鳴き声。
クロオニガミアリ。
「だあああっ! 出ちまったか!」
思わず天を仰ぐクロキ。それをきっかけとするように、川原のあちこちで地面が盛り上がり、破裂して生まれるようにして、デカい蟻が次々と湧きだしてくる。
「にゃあああっ?!」
「ちょっ、クロオニガミアリじゃない!」
ミクリとエルの驚く声。
「あ、蟻さんの巣の上だったんですか?」
「しまった! マズいぞ先輩っ!」
「次々来るっすよ!」
ケンツの言うとおり、出てきた穴から続いて湧いてくる。
「各自、身を守れ!」
クロキの怒号を待たず、交戦状態に突入していた。
カイも迫ってくる蟻に一撃を叩き込む。
が。
「ギィッ!」
「くっ!」
鈍い音とともに拳が跳ね返された。蟻も少し吹き飛んだが、すぐにまた向かってくる。
「でぇいっ! って堅あっ!」
力任せに殴りつけたミクリが手首を降る。蟻もふらつきはしたが、踏みとどまって立ち直った。
「ミクリ! 忘れるな、力を通せ!」
ミクリへと怒鳴ってから、クロキは「ふんっ!」との一声のもと片手を振り下ろす。
「ギィィィッ?!」
とたんに、クロキの前の数十匹が地面へとめり込んだ。まるで重力が数倍にでもなったかのように潰される。
「うん、おっちゃん!」
クロキに応えて、改めて蟻の頭に平手を打ち込む。先ほどよりも軽い打撃に見えて、しかし今度は明確に昏倒させた。
「っし! おりゃりゃりゃりゃあっ!」
調子を取り戻したミクリ。手当たり次第に打ち込み、片っ端から蟻を倒していく。スピードも乗ってきて、疾風が渦巻いているかのようだ。
ちびカナコがカイの顔の横へ近づいた。
「カイくんは無理をしないでPCPLフィールドを展開しなさいな」
「……ですね」
忠告に従って、PMDをタップするカイ。上空を除く周囲に見えない壁が展開し、蟻の進入を阻む。
反射モード。触れた力の方向が逆転する。単にそれだけなので無敵の壁とは言えないが、単純故にエネルギー消費は少なく、ミクリの真似をするよりはまだ長持ちする。
「よし! エルは上空へ退避、力は使うな! 味方も巻き込んじまうぞ! ハヤテもアシクを乗せて退避しろ!」
「「「「はい!」」」
エル、ハヤテ、アシクが叫ぶ。
「ケンツ、レティアーナを守れ! レティアーナは使えるもんを探せ!」
「っす!」
「は、はい!」
レティアーナを背にケンツの剣閃がひらめき続ける。そのたびに、周囲の蟻が両断されていた。
蟻の超硬を易々と斬り裂く剣技。正真正銘の達人級、ほとんど神業の域だ。
二人の返事を聞きながら、クロキはまた片手を振り下ろす。水際の数十匹の蟻が潰れた。
「川の奴らは退避! 水から上がれ!」
「「「はい!」」」
洗い担当だったメンバーが、クロキが空けた岸へと一気に飛び上がる。
「ヴァニス、撃て!」
「おう!」
かけ声に合わせて、ヴァニスが川へと顔を向ける。
竜の顎が大きく開く。
「オオオオオオォォォっ!!」
閃光が走った。
轟音とともに、瞬時に、何度も折れ曲がりながら水面へと走った紫雷。
「ギィィィ!」
水中に伝わる高電圧にさらされた蟻たちが、一気に絶命した。
「電撃?!」
「ヴァニスさんは電気ウナギの因子も強く出てるから」
驚くカイにちびカナコが応える。
あっさりとした物言いだが、これでは文字通りの落雷だ。カイの知る限りでは、生物に起こせる現象のレベルを完全に超えている。
「そりゃあっ!」
続けざまに、ヴァニスが電撃を放った。
先ほどよりはずいぶんと弱い。が、撃ったのは積んである自分たちの荷物へ、である。
「? 何を……」
カイが言い切る間もなく、荷物の中から飛び出す影。そのままヴァニスへと飛翔する。
つかみとるヴァニス。折り畳まれていたそれを即座に伸ばし、各部を固定。
組み上がったのは、槍だった。
槍の穂先が光り、モーターが回るような音が鳴る。
「っしゃ! おらおらぁっ!」
構える間もなく一閃、軌道上の蟻が無造作に両断される。
「あれは?!」
「ええ、いわゆる遺物よ」
槍の穂先に気づいたカイに、ちびカナコがうなずく。
形状が穂先としてはおかしいのだ。ざっくり言えばチェーンソーの小型版で、それに柄が付け足されている。元々は穂先部分だけの道具であることは間違いない。
「おらよっと!」
ヴァニスのかけ声にあわせて閃く槍。鋭い突きの弾幕、かと思えば滑らかななぎ払いと、間断ない攻撃に蟻たちが見る見る刻まれていく。しかして、ヴァニスの姿勢が崩れる様子は全くない。
「ま、たいていの物は削り斬れるでしょうね」
前世界のものならそうなのだろうが、それだけではない。ヴァニスの技も相当なものだからだ。
見ただけで分かる熟練具合、閃く斬撃。ケンツの剣技にも引けを取らないだろう。
「ヴァニス、あいつ等に加勢しろ!」
「おう!」
クロキが示した方、川から上がったメンバーが固まって戦っているところへと突進するヴァニス。地表を這うように飛翔した後に蟻の残骸を残して到着、即座に群がる蟻たちをまたなぎ払っていく。
それにしても。
「キリがないっすよ!」
ケンツの言うとおりだった。
本当に、次から次へと湧いてくる。
数千というのは誇張ではないらしい。
「レティアーナ、何かないのか?!」
「ええっと……これは……これもちょっと……」
クロキの声を背に、鞄の中身を探り続けるレティアーナ。
そこへ、ミクリの悲鳴が割り込んだ。
「あー! 手を出すなぁっ!!」
カイが振り返る。視線の先では、蟻たちがフタクビアガゲギュウの肉に群がっていた。
食べる傍ら、いい感じに引きちぎって、列を成してせっせと持ち帰ろうとしている。
「てめえら!」
「待ちやがれ!」
クロキが圧し潰し、ヴァニスが雷で撃つも、残った蟻が次々と運んでいく。そもそも、目の前の蟻の大群を始末するのに手一杯なのだ。
いや、冷静に動きを観察すると、蟻たちは攻撃兼足止め班と略奪班に分かれて行動している。単純に群がっているのではなく、しっかりと役割分担して、きっちりと実行しているのだ。
データ通りの、見事な統率。
「あー! もー!」
悔しそうなミクリ。クロキやヴァニスも「ちっ!」「くそっ!」と口惜しそうに悪態をつく。
その惨状の中、一人呟く者がいた。
「…………もういいです」
レティアーナ。
焦った雰囲気は消え去り、鞄の中から小瓶を取り出して立ち上がる。
ゆらり。
ふらつくような、それでいてしっかりとしたたたずまい。
傾いた顔に浮かぶ冷たい笑顔。
目がコワい。
「もう、いいです」
ゆっくりと持ち上げられる小瓶。
口が裂けるように広がった。
「カイくん! フィールドを全包囲に展開! 空間を完全に閉じなさい!」
ちびカナコが鋭く命じる。とっさに、換気用に空けていた上空も閉じて完全密閉へ。
「やばっ!」
「全員退避!」
「にゃっ!?」
「ちょ、待っ……」
ヴァニスが上空へ飛び上がり、クロキが叫び、全員が散り散りに飛び逃く。レティアーナのそばのケンツは間に合わず慌てる。
レティアーナの掌が開く。
落ちる小瓶。
パリン。
軽い音とともに、レティアーナの足下から靄のような薄い煙が広がった。
辺り一面まで、一気に。
「ギ?!」
「ギィィィ?!」
「ギギギッ!」
とたんに蟻たちが一斉に身悶えする。
間髪入れずに次々と悶絶、あっという間にひっくり返っていく。
煙があったのはごく短い間だけで、すぐに消えてしまったのだが、その間で全ては終わっていた。
全滅。
「これは……?」
見えない壁の密閉空間の中でカイが困惑する。一方で、横に浮かぶちびカナコは安堵したように胸をなで下ろした。
「毒が入る前に間に合ってよかったわ」
「毒!?」
「ええ。レティアーナちゃんは薬師なの。詳しいのよ? 良薬も、毒薬も、ね」
真面目な物言いのちびカナコ。赤点の補習をする教師のようだ。
「では、今のは……」
「毒薬よね。揮発性がもの凄く高かったみたいだから、効果は一瞬だけど、見ての通りの効き目だから……」
ごくり、とカイの喉が鳴った。
とっさの指示がなければ、上に空けた換気用の空間から毒煙が入っていたことだろう。AMPSS-038には解毒機能もあるにはあるが、そもそも成分分析しなければ解毒はできない。
一瞬で致死では、さすがに間に合わない。
「あなたたちにはぁ、これもあげるわねぇ。うふふふふ」
当のレティアーナは、鞄から別の小瓶を出してきて、蟻たちが出てきた穴に流し込んでいる。
その笑いが、またコワい。
地中から何か聞こえた気がした。悲鳴のような。
「彼女、駆除士でもあるのよね。害虫の」
ちびカナコが補足する。
つまり、蟻の大量虐殺中なわけだ。
しかし、それよりも。
「……あの様子は……」
カイが目を向ける。
「その、あれよ。キレたら性格変わるのよ、彼女」
目をそらすちびカナコ。
……変わりすぎでしょう。
……聞かないでほしいなぁ。
二人の間で無言の応酬。
そんな二人にクロキが近づく。
「*******」
クロキの口が動く。が、声は聞こえない。
「あ、カイくん、もうフィールド切っていいわよ」
言われて思い出した。完全反射で密閉しているから音も伝わらない。
PMDでPCPLフィールドを解除する。
「……んすまん、先に言っとくべきだったな。で、大丈夫なんだな?」
「ええ。カナコ老師が教えてくれましたので」
安否を問われているのは分かったので、カイは簡単に答える。
「テンパると一番エグい方向へ突っ走るからなぁ、レティアーナは」
「はあ……あれは一体……?」
「うーん、まあ、あれだ、もう一つの人格みたいなもんだな、うん。まあ、お前さんが無事でよかった」
こちらも歯切れが悪い。
どうにも気持ちが悪いが、目の前にクロキがいることで、ふと気づいた。
「あなたは大丈夫なんですか?」
周りを見ると、他のメンバーは戻ってくる途中だ。クロキだけが早すぎる。
ということは、退避していなかったのではないのか?
「ああ、気合いで堪えた」
「気合い?」
カイが面食らう。
周囲の蟻の惨状を見る限り、ちびカナコの話を聞く限り、気合いでどうこうなる話ではない。
「ふふっ、クロキさんの鱗をスキャンしてみなさいな。クロキさん、ちょっと気合い入れて?」
ちびカナコが楽しげに言う。サプライズプレゼントを披露する子供のようだ。
首を傾げながらスキャンモードを立ち上げるカイの前で、クロキが「ん? ほれ」と両拳を握りしめる。
「これはまさか……PCPLフィールド?」
カイが眉をひそめる。バイザーディスプレイに表示されるスキャン結果では、クロキの鱗からPCPLフィールドが観測されたのだ。
効果は、力のベクトルを外方向へ変換する慣性法則制御、酸素や二酸化炭素などの承認された分子以外の存在を却下する選択型反射、その上、分子運動の速度を規定値に安定させる熱制御に、内側の状態を初期状態へ回復させる恒常性回帰等々、鱗ごとに様々に発生している。
それぞれのフィールドは強くはないが、先ほどのカイの単純反射よりも高度で、文字通り十重二十重と重なっていた。
つまり、攻撃は全て外へ跳ね返し、異物は遮って呼吸は確保、火炎や冷気なども無効化し、おまけにダメージ回復までしてしまう複層式バリアである。
センサーが特定の鱗に焦点を当て、スキャニング。
「紋様?」
驚くカイ。分析の結果、鱗に特定の効果を発する物理原則調整のグラフィックパターン、通称“紋様”が刻まれていた。どうやら生体電流が流れることで効果を発するらしい。
これは、つまり、カイのAMPSSー038のPCPLコーティングと同様なのだ。AMPSS-038のように臨機応変に変更はできないが、これだけの様々な効果が付与されているなら、何ら不足はない。
というか、はっきり言って無敵の装甲だ。
もう反則の域である。
「ふふっ、チートでしょう? クロキさんは“陸の不沈艦”とも呼ばれているのよ?」
何故かちびカナコが自慢する。が、まさにその通りだろう。これで負ける方がおかしい。
しかし、この老師のアバターの言語パターンは、いささか偏ってないか? フラグだのチートだの、オリジナルはあまりフランクではないはずなのだが……。
カイの胸の内の苦笑は知らず、しかし、クロキも苦笑した。
「いや、そこまででもないぞ? 気合い入れてる間は歩くぐらいしか出来んし、これはこれで疲れるんだ。もちっと燃費良くて、普通に戦えたりするといいんだがなぁ」
そうグチりながら気合いを解いて、クロキは頭をかくが、正直冗談ではない。全攻撃無効化に完全回復という時点で十分デタラメだ。
まさに、不沈艦。
そうこうしている間に、退避していたメンバーが戻ってくる。
「いやー、やばかったなあ」
「だよねー、焦ったよー」
「ほんと、レティってば見境ないんだから」
ヴァニス、ミクリ、エルが談笑する。
談笑する内容ではないはずなのだが。
慣れている、ということだ。ただ、全員というわけではなく、アシクだけは「い、いつもあんな感じなんですか?」と、おろおろとしている。「うむ」とハヤテにあっさりと肯定され、「えー……」と絶句するアシク。
「お前さんも平気か。その服すげえんだなあ」
ヴァニスがカイを見て感心した。
「さすが、ロストテクノロジー」
「あなたの槍も、でしょう」
ヴァニスの軽口に、カイは淡々と応える。
「ん? 知ってたのか? 便利だぞ、楽に斬れるからな。手抜きが出来る」
槍をかざして笑うヴァニス。「見せてもらっても?」と問うカイに「おう」と槍を差し出した。
「……これは」
槍の穂先をスキャンしたカイがつぶやく。
やはり穂先だけが別のパーツ。データ検索すると、カイのPMDデータベースにもある道具だった。
刃に当たる部分が、電気を流して電流の回路を作る構造。電磁誘導で伝導体を加速させ、刃先を循環させるようになっている。伝導体は砂のような粒状で刀身に内蔵。循環コースの固定、超電磁誘導、粉まで砕けた伝導体の再結晶化にはPCPLフィールドが使われている。
つまり、原理的にはレールガンと同じで、粒が超高速で循環して、触れた物を削り斬るわけだ。
「いやあ、ロストテクノロジーは凄えよなあ。こんな超絶な武器を作れるんだから」
感じ入っているヴァニスを横に、データベースの一文を読んだカイは、ちびカナコへ視線だけ向ける。
アイコンタクト。
……超絶な武器?
……言わぬが花ってね。
ウインクするちびカナコに呆れるカイ。データベースにはこう書いてあったのだ。
『日曜大工を趣味とする人向けに市販されている日用品。置き忘れ防止機能付き』
「……ええっと、貴方の腕も相当なものですよね? ヴァニスさん」
ちびカナコの意を一応汲んで、カイが話題を逸らす。
が、無意味な話題ではない。本当に興味があった。
先ほどの槍の冴えは、十分に達人の域だ。
「ん? ああ、それなりには鍛えてるからな」
当然のように答えるヴァニスへ、ちびカナコが含み笑いをする。
「コウベ自衛団長ですものねぇ。それに、ケンツくんのお師匠様ですし」
「ケンツさんの?」
カイが驚く。
「まあな。しかし、アイツはもう俺よりも強いけどな」
うなずいてから、ヴァニスは軽く不満そうに鼻を鳴らした。
「実際、凄いんだわアイツは。才能はもちろんあったんだが、それ以上に、いや、もうオカシいぐらい真面目なんだよ。教えたことを延々と、そりゃもう延々と繰り返し練習しやがる。弟子に完全に負けちまって師匠ヅラ出来ん。ちょっとは俺のメンツも考えろっての」
そういう割には、ずいぶんと楽しげで自慢げである。
昔、道場で見た父の顔に似ている。
良い師匠なのだな、とカイは思った。
「何を言ってるのかしら? 武具全般を同じように使いこなす人は貴方ぐらいですよ? ヴァニスさん」
ちびカナコがウインクする。
「武具全般を?」
「そう、ヴァニスさんは大体のものを使いこなすのよ。その槍のようにね」
半信半疑のカイに、ちびカナコが力強くうなずく。
「本当ですか?」
「あー、そりゃあなぁ。団員に教えなきゃならんわけだし?」
宙を見ながら顎をポリポリと掻くヴァニス。「そりゃ、そうなるだろ、普通」と言わんばかりの雰囲気だが、もちろん普通ではない。
どこの世界に、全ての武具を達人級に扱える者がいるというのだ。
それを、「だろ?」とばかりに普通に言われる。
この世界の普通が、カイは分からなくなってきた。
「しかし、結局のとこ、一つ突き抜けてる方が強い。ケンツ相手だと、槍を使っても互角に持ち込めるかどうか、全く自信ないわ」
お手上げのジェスチャーをとるヴァニス。
それにしても卑屈な様子は微塵もない。彼的に、よほどの誉れなのだろう。
と、そういえば。
「そのケンツさんは?」
散々話題にしてから、ようやく気づいた。
この場に、当の本人がいない。
「あ」
「いかん、忘れてた」
カイを除く一同が振り返る方へ、遅れてカイも目を向ける。
「……は?」
向こうでひっくり返っている。その、希代の剣豪が。
少女に踏まれて。
「あっちゃー」
「あらあら」
ミクリが天を仰ぎ、エルが困り顔を傾げる。
「ええと?」
困惑するカイを余所に、「戻ってないな、ありゃあ」「ですな」「スゴいテンパってたもんねー」「簡単に戻るかしら?」「どうだろうなぁ、分っからんわ」と話し合う一同。
「いや、ケンツさんは大丈夫なんですか?」
会話の内容は、察するにレティアーナの様子だ。誰もケンツの心配をしていない。
あの毒を浴びたはずなのに。位置的に逃げきれなかったはずなのだ。
「あ、大丈夫大丈夫、ケンツは死なないから」
あっけらかんとミクリが答える。
「は?」
「あの人、すっっっっっっごく死ににくいんだよー」
「はあ?」
ミクリの回答についていけないカイ。
ちびカナコがカイの顔の横に浮かぶ。
「ケンツくんの因子はややこしい組み合わせでね、結果的にナミウズムシみたいな特性を発揮しているの」
ナミウズムシ。いわゆるプラナリア。
その特性は。
「再生能力ですか?」
三つに切り分けると三つの個体として再生してしまうほどの、驚異的な再生能力。
「そう。多くの器官に分化して複雑なシステム化している生命体としては、かなりイレギュラーよね。でも、そんなに良いものでもないわよ? 三つに割ったらケンツくんが三人になるわけじゃないの」
プラナリアほどの完全な再生ではないということか。
だが、その方がむしろ自然に思える。
となると。
「仮に、ですが、割ったらどうなるんですか?」
「本体として再生できた以外の部分は、何だか分からないモノとして再生してしまうのよ」
「…………」
考えないことにした。
別のことを考える。
「しかし、毒では再生能力も通用しないのでは?」
例えば、神経麻痺による心臓停止。それなら、プラナリア並の再生能力とはいえ効くのではないか?
「細胞の自食作用が強いのよねぇ。ちょっと機能不全を起こしたら即刻リニューアルしちゃう感じかしら?」
「いやいや、リニューアルって……」
ちびカナコの言い回しに、カイが思わず首を振る。
そんなアクティブな自食作用、聞いたことが無い。
しかし、ここでちびカナコが難しい顔を作った。
「でも解毒できるわけじゃないの。あくまで再生なの」
真剣そうに言うちびカナコに、はっとするカイ。
「なら」
「そう。死に続けているようなものね、今のケンツくんの状態は」
うんうんとうなずく、ちびカナコ。
いや、うなずいてる場合じゃない。
「では解毒を!」
「そのためにレティアーナを戻さにゃならん」
さすがにキャパオーバー気味になったカイへ、クロキが眉間を寄せながら応える。
「解毒薬はレティアーナしか分からんからな」
一同がうなずく。
「問いかけで素直に戻ってくれりゃあいいんだが……とにかく行くか」
ため息の後クロキが歩き出し、「ねー」と相づちを打つミクリたちが続く。意味が分からないが、とにかくカイも続いた。
そばに近寄る。
「うふふふ、何を言ってるのか分からないわぁ」
「あ……レテ……ィ……ちょ……やめ……」
レティアーナに頭を踏まれ、身悶えするケンツ。
自由が利かないらしく、ピクピクと震えるのみだ。
レティアーナが、もの凄くわざとらしく気づいたフリをする。
「あらぁ、ごめんなさい。わんちゃんが話せるわけがなかったわねぇ。でも、だめよぉ? ちゃんと、わんって鳴かないとぉ」
にやにやと笑うレティアーナ。
顔が上気している。
何か、こう、楽しそうだった。とても。
「や、……あの……解ど……く」
踏まれるままのケンツ。
が、何故だろう、あまり危機感が感じられない。
というか、危機感が、無い。全く。
「なぁに? 欲しいものでもあるの? ならちゃんと鳴きなさい? わんって。ほら、ねえ? 鳴きなさい?」
「あっ……ひう……わ、わ……ん」
「聞こえないわぁ? もぉっと、ちゃぁんと。ほらぁ、ほらぁ」
「わ、わんっ、わんわんっ」
恍惚の表情でグリグリと踏みしめるレティアーナ。
苦痛にまみれているはずのケンツの口の端にも、似たものが少し浮かんでいる、ような。
「そう、そうよぉ、その調子。いいわぁいいわぁ」
「わんわん、わぁ、ああっ……」
…………。
先ほどまでの話が台無しな図に、完全に平静になったカイが冷静な視線を向ける。残りのメンツは、おおむね眉間を押さえる者と、苦笑いする者に分かれた。
「あの……」
「うん、言うな」
カイの言いたいことを間違いなく理解したクロキが、ごく短く応えた。
……まあ、強さと性癖は関係ないしな。
さくっと感想を横に置いて、当初の問題へと戻るカイ。
で、どうする?
クロキとヴァニスが目配せする。
ヴァニスがレティアーナの前へと立った。
「よお。お楽しみのところ悪いんだがな」
「なあに?」
ヴァニスへと顔を向けるレティアーナ。
染まる頬に潤んだ目。瞳孔が開いているというか何というか、目の焦点が怪しい。笑顔の妖艶さは、とても少女とは思えない。
「お前は誰だ? レティアーナ」
まっすぐとのぞき込むヴァニス。
一瞬の緊張が走る。
「………」
「なあ、お前は誰なんだ? レティアーナ」
答えないレティアーナへ、もう一度繰り返すヴァニス。
やがて、くすくすと笑い声が漏れてきた。
「なあに? 私はレティアーナよ? 知ってるでしょう、ヴァニスさん?」
変わらない。
一同の期待が崩れた。
「あちゃー、ダメかー」
「イっちゃったままねぇ」
ミクリとエルからため息が漏れる。「問いかけじゃ駄目か」とクロキがつぶやいた。
なるほど、これが“問いかけ”か。
カイが胸の内でつぶやく。つまり、自身がレティアーナだと思い出させる、自覚させることで元に戻すわけだ。普段なら、我を忘れた状態でもコレで戻れるのだろう。そういう自己訓練、自己暗示をしているのかもしれない。
しかし、戻らない。今回は。
レティアーナの指がヴァニスの胸に触れる。
そのまま、鱗を愛しくなでるように、下へと伝っていく。
「どうしたのぉ? 貴方も遊んで欲しいのぉ?」
「いや、遠慮する。そういう趣味はないんでな」
「あら、つれない人ねぇ。楽しそうなのにぃ」
すっと身を引くヴァニスに、レティアーナが残念そうに口をすぼめた。
カイがクロキへとささやく。
「どうするんです?」
「仕方ない。ショック療法、いくか」
「ショック療法?」
これまた分かりやすい単語が出てきた。
「ヴァニス」
「あー……、はいはい、分かったよ先輩」
仕方ないとばかりに頭を掻きながら、クロキへうなずくヴァニス。そして、「借りるぞ」とケンツの刀を拾い上げる。
「そうだな、カイ、ちょっとレティアーナの前に立ってくれ」
「は?」
「その方が効果的だろうしな」
「はあ」
クロキに言われ、とりあえずレティアーナの前へと移動するカイ。入れ替わりに、ヴァニスはレティアーナの後ろへと回る。
「あらぁ? カイさんだったわよねぇ? 貴方が遊びたかったのかしらぁ?」
艶やかに笑う笑顔。絡みつくような視線は、本当にあのレティアーナとは思えない。
「いえ、結構」
「もう、貴方もつれないのねぇ」
淡々とするカイに、色っぽく頬を膨らませるレティアーナ。
その後ろで、ヴァニスが刀の柄に手をかける。
「怒るなよー……って無理か。でも怒るなよー」
ブツブツと言いながら鯉口を切った。
剣閃。間断なく数度。
納刀の鍔鳴り。
一瞬遅れて、散り散りに舞うレティアーナの服。
「……は?」
「……え?」
反応しきれないカイ。
きょとんとする裸のレティアーナ。
レティアーナのツタは体の所々から生えて、体に絡みついている。着やせするタイプだったらしく、少女にしては発育しているというか、スタイルが良い。ツタに咲く花が愛らしさに、文字通り花を添えていた。
遅れて、自分の裸体とカイとを交互に見るレティアーナ。
見る見るうちに目の焦点が戻り、顔が真っ赤になっていく。
「きゃああああああ! 何をするんですかぁぁぁ?!」
わななく口で叫びつつ、レティアーナが自身を抱き抱えてしゃがみ込んだ。
「す、すみません……って、ええ?」
とっさに謝ってから、言われる理不尽さに気づくカイ。
クロキへと振り返る。
「あー、すまん、レティアーナ。仕方なくだな……」
「だからって!」
ばつが悪そうなクロキをにらむレティアーナ。
涙目である。
そこへエルが割って入った。
「でも、問いかけで戻らなかったからショック療法しかなかったんだから。ね、レティ? こら、男連中はこっち見ない! ミクリ、服の替えを取ってきてくれる?」
エルになだめられたレティアーナが「うぅぅぅ……」と堪える表情になり、カイたちが慌てて背を向け、ミクリが「はいよー」と荷物へと走った。
ミクリが持ってきた服をレティアーナが着るまで、あらぬ方向を向いて待つ一同。
「はい、もういいわよ」
エルの声で、一同の向きが戻る。
エルの横に、替えの服を着たレティアーナがいた。
うつむき気味の顔が真っ赤なままである。目尻にもまだ涙が浮かんでいた。
「……カイさん」
「は、はい」
いつもの控えめな声に呼ばれて応えるカイ。若干固い。
「……忘れてください」
「……はい」
上目遣いで言われて、他にどう答えようがあったと言うのか。カイの意志でしでかしたのではないのに、罪悪感に襲われる。背徳感のおまけ付きで。
「で、だな、レティアーナ、早速なんだが」
「何ですか?」
切り出した瞬間にジト目を向けられて、若干怯みながらもクロキが続ける。
「あー、その、どうにかしてやってくれ」
「何をです?」
「コレをだ」
「コレ?」
クロキの指さすところへ、地面へと目を向けるレティアーナ。
ケンツ、やつれて痙攣中。
「あああっ、ご、ごめんなさいぃぃぃ!」
レティアーナの頬の色が、赤から青へと一気に変わった。既にそれ以上に血の気が引いているケンツの口から「お……思い……出……して、もら……え……ま……した……?」と、正真正銘震える声がこぼれ落ちる。「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」と、大慌てでレティアーナが屈み込んだ。
腰に下げたポーチを探って、メスのようなナイフを取り出す。
いや、取り出しざまに自分の手を切った。
あふれる血。
だが、今一つ生々しさが薄い。
というか色が薄い。妙にとろりとして、どこかキラキラとしているようにも見える。
「!?」
目を見開くカイを余所に、血の滴る手をケンツの口へと押しつけるレティアーナ。
「はいっ! 飲んでください!」
勢いよく突き出された手を、血を、言われるままに舐めるケンツ。
数十秒ほどでケンツの痙攣が小さくなる。そのまま痙攣が止まり、呼吸が楽そうになってきた。見るからに、リラックスし始めているのが分かる。
安堵のため息が、レティアーナの口から漏れる。
……抗体がある?
「そう、彼女の血は彼女の毒に抗体があるから。というより、抗体がある毒を彼女は使うの。でなければ、自分が死んじゃうでしょ?」
カイの疑問を、ちびカナコが先回りして答える。
……飲んでは効かないのでは?
薬学、そもそも医学全般に暗いカイが首を傾げる。が、現にケンツの容態は明らかに良くなっていた。
「レティアーナちゃんの血はちょっと特殊なのよね。詳しく研究したこと無いから、よく分からないけど。半分樹人だからかしらね?」
横に浮きながら不思議そうにするちびカナコ。その一言に、カイの意識が引っかかる。
「樹人?」
「ええ。彼女、半分近くは植物なのよ? 遺伝子的には」
「それは……安定しないのでは?」
「そうねぇ、だからごく珍しいケースよね。ちょっとでもさじ加減が違ったら、彼女は意識ある樹だったと思うわよ?」
相変わらずさらっと言うが、確率的には、おそらく奇跡と言っていいレベルだろう。
それぐらいに、植物と動物の混合は難しい。ロストテクノロジーでも、結局安定した技術は確立しなかった部類だ。
まあ、実用化する有意性に乏しかったのが主な理由なのだが。
「だからね?」
ちびカナコが意味ありげに微笑む。そして、耳元へ近寄ってきて、ひそひそ声になった。
「レティアーナちゃんの寿命は長いかもしれないのよねぇ。まだ成長期みたいだし?」
ちびカナコに合わせて、カイも声を絞る。
「まだ成長期って、いくつなんですか?」
「女性の年齢はお答えできません。けれど、貴方の倍以上はあるわよ、当然」
軽く絶句するカイ。
まさか、そこにいる少女が年上とは思わなかった。それもかなりの。ちびカナコの言うとおりなら、レティアーナは半世紀は生きていることになりそうだ。
「逆に、ケンツくんの寿命は短そうね。普通なら死ぬ訓練とか戦闘をし過ぎて、自食し過ぎ。細胞のリサイクル頻度が多すぎるのよ。ケンツくん、いくつだと思う?」
今度はやや真面目な顔になったちびカナコ。
「見た目的には同年代ですが……」
そう、カイとケンツは同じぐらいに見える。ざっくり20代半ば、少なくとも成人男性だ。
「残念。14歳です」
「は?!」
今度は半分近く短いときた。
……なるほど、先ほどの場面は、実は、成人女性が少年を踏んでいたのか……。
って、問題はそこじゃない。
思わず頭を振るカイ。
いかん、キャパを超えてる。
意識して深呼吸するカイ。
そうこうしているうちに、ケンツの様子がずいぶんと安定していた。
「もう大丈夫そうですね……」
完全に緊張を解くレティアーナ。
「はい、ありがとうございました」
にこやかに笑うケンツ。そして「色々」と小さく続ける。
瀕死をくぐり抜けて干からびているのに、妙に血色が良い。
満足げですらある。どこか。
……性癖は関係ない。うん。
もう一度自分に言い聞かせて、咳払いするカイ。
「しかし、その様子は大丈夫とは言えませんが」
カイが指摘するまでもなく、どう見てもケンツはグロッキーである。体を起こすこともままならない有様だ。
「いや、毒さえ抜ければ問題ない」
平然とするクロキ。
「後は、食えば戻るだろ」
「いや、食えばって」
やせ細ったケンツを目にしては、さすがに納得しかねるカイだったが、クロキは確信している様子だ。
うんうんとうなずくヴァニスが、にやりと笑って、親指で指す。
「だーいじょうぶだって。アレを食えば、な」
示された先へ目を向けるカイ。
フタクビアカゲギュウの肉の山。
半分以上を蟻にしてやられたとはいえ、まだ十分、山のように積まれている。
「だよねー」
「よねぇ」
「ですな」
一同の表情が、蟻との戦闘前へと巻き戻る。身動きする余力のないケンツまでもが「っすよね」と、完全に狩る側の顔になっていた。
ヴァニスが、ポキポキと指を鳴らす。
「っしゃ、仕上げて食うぞぉっ!!」
「「「おおっ!!」」」
ヴァニスのかけ声に、カイを除く全員が気勢を上げた。
そしてケンツの刀を拾い上げる。
「ケンツ、借りるぞ」
「っす」
ケンツがうなずくのを見て、ヴァニスは鯉口を切る。
「刀を使うんですか」
「ああ。槍を使ったら切り口が焼けちまうからな。料理前に変に火が通ったら、味が変わっちまうだろ?」
カイの疑問に答えるヴァニス。
なるほど。粒状の伝導体が超高速で削り切る、ということは必然的に高温になる。言い換えれば、焼き切っているわけだ。
しかし、そもそも、野外の調理とはそこまで繊細さが期待されるものだろうか?
厳つい見た目に反して、細かい性質なのかもしれないな。
そう首を傾げるカイをよそに、ヴァニスはそのまま洗い場まで進み、フタクビアカゲギュウの残骸の前に立った。
「残りを完全にバラすぞ。野郎ども、使えるところは拾え! 先輩はそれ以外を完全に焼却してくれ!」
「「「はい!」」」
「おう!」
その応答の直後、ヴァニスの手から閃く光の筋。続けざまに何度も牛の残骸へと走ったそれは、見る間に残骸を細切れへとしていった。
「「「それ!」」」
崩れ落ちる肉片へと群がる一同。めぼしい塊をかき集めていく。最後にクロキが「そりゃあっ!」と吠えると、本当に最後となった残骸だけが一気に加熱され、あっと言う間に消し炭と化した。
そこからは、ほぼヴァニスの独壇場だった。
「ミクリちゃんとエルちゃんは、背肉と腹肉を叩いてくれ。挽き肉並みにな」
「「はーい♪」」
「レティ、さっき集まった野草とかから食えるものを選んでくれ」
「はいですぅ♪」
「ハヤテとアシクは索敵だ。周囲を警戒しとけ」
「「はい!」」
「あと、誰でもいいから荷物から道具取って来い! たき火する枯れ木も集めろ! 先輩は鉄板代わりになる石を探してくれ!」
「「「はい!」」」
「おう!」
テキパキと指示が飛び、全員が散っていく。
「僕は?」
「まあ、見てろって」
自分を指すカイに、ヴァニスはにやりと笑った。
「道具持ってきました!」
「おう、じゃあそこら辺を均して、鍋を火にかけられるようにしといてくれ」
「こんな石でいいかー?」
「ん、OKだ先輩。それここに置いてくれ」
届いた道具から包丁を取り出しながら、次々と応えていくヴァニス。そして、クロキが置いた平らな石の上で、肉の塊を切り分け始めた。
手際いいな!?
内心で驚くカイ。ヴァニスの体格ではテーブルナイフのようになってしまう包丁が、細々と、しかし実に無駄なく滑らかに動いている。
肉の筋を確認し、それを断つように切りながら、包丁の背で軽く叩く。
まるっきり熟練の料理人の姿だ。
「枯れ木集まりましたー」
「おー、じゃあそこに積んで、鍋に水を汲んで置いてくれー。先輩、着火だけよろしく」
「あいよ」
水を張った鍋がセットされたところで、クロキが「ほっ」と指を鳴らした。小さな種火が揺らめき、次第にたき火になっていく。
その傍ら、レティアーナが近づいてきた。
「ヴァニスさん、こんな感じです」
「おう、ありがとなレティ」
レティアーナが持ってきた食材に目を通すヴァニス。すでに洗いまでは終わっている。
「ふむ、オオノビルに、クレソンモドキ、ベニヤマイモ、カカシメジ……そこそこって感じか」
「はい。ヤマイモは結構取れましたけど……」
食材をにらむヴァニスとレティアーナ。
少し考えていたヴァニスが「よし」とうなずく。イメージがまとまったらしい。
「OKだ、レティ。じゃあ、ミクリちゃんとエルちゃんを手伝ってくれ」
「はい」
離れていくレティ。
そして、ヴァニスは、薫製にしておいた肉をぶつ切りにして、芋の皮をむき切り分け、シメジをほぐし分ける。その合間合間に、包丁を丁寧に拭くおまけ付きで。
それらを鍋に放り込んで、道具箱の小瓶から塩をふった。
「しばらく番をしてろ。火が弱ってきたら、消えない程度に木を足してけ」
「はいっ」
鍋を担当していたメンバーに言い残して戻ったヴァニスは、残りの野菜を捌いていく。
「おっしゃ、先輩、これに火を通してくれ。干し野菜の二歩手前ぐらいの感じで」
「二歩手前ねえ……これぐらいか?」
「おお、上出来上出来。おいっ! 鍋の火は消えない程度っつったろーが! 煮立たせてんじゃねーよ!」
「はいっ! すんません!」
「灰汁も取っとけよ!」
「はい!」
「ヴァニスさーん、叩き肉できたよー」
「お疲れミクリちゃん。じゃあエルちゃんとレティとで、肉を半分に分けて、片方にはこれ、もう片方にはこれを混ぜて、洗っといた小腸に詰めてくれ」
「あいよー♪」
「きっちり詰めてくれよー!」
「あーい!」
ヴァニスの姿は、もう料理長にしか見えなかった。
手早い指示が続き、テキパキと調理が進んでいく。
「おっしゃ、仕上げにかかるか」
そう言って、使っていた石の上から材料を退けて、水をぶっかけて洗い、ヴァニスがクロキへと顔を向ける。
「先輩、石を熱してくれ」
「どれぐらいだ?」
「200℃前後」
って、そんな細かいオーダーが……
「ほいよ」
……通るのか。
カイが内心ツッコミきる前に、あっさりと石が加熱された。さらに、「こっちのステーキ用の肉は、均等に65℃で通しといてくれ」という注文まで「ほれ」と通るのを目にして、もはやカイは驚きを超えて唖然としてしまった。
「よし。で……っと」
石の表面に牛の脂身をこすりつけるヴァニス。
水が蒸発するような音とともに、脂身が見る見る溶けていく。脂身というよりもほとんど脂の塊みたいだ。
辺りに、あの独特の香り、焼き肉の香りが弾けた。
これで、即席の鉄板の出来上がりらしい。
「さてと」
肉が山盛りになっている皿を片手に、鉄板、もとい石板の前で居住まいを正すヴァニス。
連続する、のどを鳴らす音。
いつの間にかメンツが集まっていた。手に手に、取り皿を持って待ちかまえている。
緊張の一瞬。
「まず、は……ほいほいほいほいほいっと!」
と言って、薄切り肉を手早く石板へと並べていく。
弾ける、肉が焼ける音。
「「「おおおおおっ!!!」」」
歓声も弾けた。食欲をあおる肉の臭いに、一同のテンションが跳ね上がる。
「ほほほほほっと。で、ほいほいほいほいほいっと」
並べたそばから、また順番に裏返して、続けて次の肉をまた並べていく。
そして、固くなる前に、始めに並べた肉をすぐに取り上げていくヴァニス。
「おらおらおら、どんどん食ってけ! 野郎ども!」
「にゃあああーーー!」
「待ってましたぁ♪」
「お肉ですぅ♪」
「肉だ肉っ!」
「ごちそうですねっ!」
「いただきやす団長!」
「うおおおっ!」
ヴァニスのGOサインに被せるように、全員が焼き肉へと襲いかかった。
「うっっっまーーー!!!」
「美味しーーーい♪」
「うおお! やっぱ美味ぇな、わははっ!!」
絶叫するミクリに、エルも満面の笑みで応える。クロキまで、口からバカ笑いが漏れていた。
「あ、こらおまえ等、肉だけで食うんじゃねーよ! クレソンモドキを巻いて食え!」
手を止めず、と言うか、もの凄く手早く肉の面倒をみながらヴァニスが怒鳴る。「あ、そうでした」と、思い出したかのようなレティアーナが、クレソンモドキを肉で巻いて頬張り、「んーーー♪」と声になっていない声を上げる。
「おらおらおらぁっ!」
「「「うおおおおおおっ!」」」
次から次へと焼きあがる肉が、そのそばから消えていく。
早送りで見ているかのような、凄まじい争奪戦状態だ。正直、全員、先ほどまでの戦闘よりも速かったりする。
……それって、どーよ?
ミクリについていけるほどのスピードを、この焼き肉に限って発揮してるアシクの姿へ、カイは無言でツッコミを入れた。
「行かなくていいの? カイくん」
ちびカナコが首を傾げる。
「……どこに割り込めと?」
肩をすくめて苦笑するカイ。
と、立ち尽くすカイへとヴァニスの声が飛んできた。
「おおい!」
「ん? っと!」
声だけではない。皿も飛んできた。
「それ、ケンツに食わせてやってくれ! 半分食っていいからよ!」
受け取った皿には焼きあがった肉とクレソンモドキ。思い出して視線を下げると、横になっているケンツが手を伸ばしていた。
プルプル震えている。
涙目である。
もの凄く憐憫を誘う姿だ。
「ああ、すみません……ん?」
その様子に、何故かヒドいことをしている気になって、思わず謝ってから首を傾げるカイ。そんなカイの困惑など気づくはずもないケンツは、ただひたすらに手を伸ばしていた。
「あ、えっと……はい、どうぞ」
気を取り直して、クレソンモドキを肉で巻いて、ケンツの口へと押し込む。
か弱く口が動く。数回の後、飲み込まれた。
「……ふあああぁぁぁ……」
情けない声が代わりに漏れる。
その表情、まさに至福。
「も、もう一口」
ケンツの懇願に「はあ」と曖昧に答えて、カイはまた一つ、また一つとケンツの口へと放り込む。その度に、肉が口に留まる時間が短くなっていく。
ついに、口に入ったとたんに飲み込まれた。
「ぁぁぁああああああっ、っしゃあああ!」
気合い一閃、突然両手を突き上げたかと思いきや、ケンツの体がバネ仕掛けのように跳ね起きた。
「なっ!?」
「あざっした、カイさん!」
驚くカイにケンツが応える。
元気いっぱい、それはもうイキイキと。
空元気ではない。さっきまで枯れていた肉体がガッチリ盛り上がり、完全に回復している。
何より、覇気が違う。
がっつり食べて、がっちり寝て、起きてウォーミングアップもばっちり、と、まあそんな感じだ。
「カイさんも食って下さい! ちょっと! 皆さん、俺の分も残して下さいよっ!」
勢いよくカイに言い残し、そして争奪戦場へと怒鳴りながら、ケンツが突進する。竜巻のごとき奪い合いに疾風のごとく割り込み、狂乱度合いが三割増しになった。
「な、何故……?」
「カイくんも食べてみたら?」
唖然とするカイに、ちびカナコがにこりと笑った。
……何なんだ、この肉は?
得体の知れないものを見る目で硬直するカイ。
少しの間ためらったが、決心して、バイザーを上げて口へと運ぶ。
っ!!!
目を見開いて固まるカイ。
体が小刻みにふるえている。
「……どうかしら?」
ちびカナコが、動かないカイをのぞき込む。
「……まず脂が違う、この軽さは植物油、いやそれ以上に軽くて癖がない。そのくせにコクは非常に濃厚、これは赤身肉そのもののコクか? それにしてもこの甘み、うま味は和牛の最上級並みだぞ? いや、本来の肉のうま味成分以外の成分も入っているのか? 天然で? しかし、でなければ、この調理済みのような複雑なうま味は出ないはず。おそらく調味料は塩だけ、そう、塩をふって焼いただけのはずなのに、この完成品のような味わいは一体何だというんだ。その味わいが、さらりとした脂で一気に口の中で広がり充満する。そして軽く跡を引きながら消えていく。そう、あくまで軽く、だ。しつこさは全く感じられない。絶妙の焼き加減もあって、身もほぐれるように崩れていく。溶けるようと表現されることがあるが、これがまさにそうだろう。これがクレソンモドキとか言う野菜と合わさることで、爽快感が加わり、よりいっそう軽快な食感へと昇華している。そうだ、昇華だ、肉を食べているというのに、重たさは一切感じられない。これこそまさに……」
「あのー、カイくん? カイくーん?」
皿を凝視しながらブツブツつぶやき続けるカイの目の前で、ちびカナコが手を振る。止めに「カイくんってば!」と強く呼びかけられて、ようやく正気に戻った。
「はっ?! ……すみません、失礼しました」
「んー、見事にトんでたわねぇ。そんなに美味しかった?」
ちびカナコの苦笑に、何ともいえない顔になって肩をすくめるカイ。
「ええ。正直、驚きました……何なんですか、コレは」
一体、何がどう進化したらこんなことになるのか。
「生命の進化って面白いわよねぇ。私には分からないけど特級の美味しさで、しかも栄養抜群、疲労回復にももってこいの食材なの」
「疲労回復?」
「そう。ご自身のステータスを確認してみなさいな」
ちびカナコに促されて、自分のステータスをチェックする。
オールグリーン。
「? オールだと?」
各数値に目を走らせるカイ。負傷していないのだから問題などあるわけない、それはそうなのだが、運動量からしてあるはずの肉体疲労、エネルギー減少までクリアになっている。
そう言えば、疲れを感じない。今気づいた。
「グルコースやATP、タンパク質他は標準範囲内で最大値、つまり体内エネルギーはMAX、逆に酸化ストレス他の疲労指標は最小値……? いや、待て待て待て、むしろ筋肉細胞の量が増加してないか……?」
詳細項目を確認して、カイの目が丸くなった。
「これはまさか……しかしそれしか説明が……いやいや、しかしそんなことは……」
「考えてる通りだと思うわよ?」
困惑するカイ。それを楽しそうに見ていたちびカナコが、人差し指を立てて微笑む。
「……超回復、ですか?」
「はい、正解♪」
満面の笑みのちびカナコ。対して、カイは絶句だった。
そんなバカな。
食べただけで疲労が完全解消にエネルギー回復、それどころか即座に超回復だと?
そんな虫のいい食材は聞いたことがない。
しかし、そう考えると、先ほどのケンツの回復ぶりにも説明がつく。むしろ、そう考えないとあの全快ぶりに説明が付かないのだ。いくらケンツが異常回復体質だとしても。
「いやー、面白いわよねぇ生命の進化って。ホント」
……いや、ソレで片づけないでくれ。
ちびカナコの能天気ぶりに、カイの肩がガクッと落ちた。
とりあえず、皿の上には残り三つの肉。
何故か覚悟を決めて口へと運ぶ。
「んぐぅっ!」
腹をくくっていても、それをものともしないインパクト。口の中に広がる強烈、いや凶悪な美食の一撃に、思わず声が漏れる。
二口目だろうが三口目だろうが、衝撃は全く衰えない。そのまま最後の一切れもほおばろうとしたところで、宙でカイの手が止まる。
「ん? どうしたの?」
ちびカナコの声に応えず、小刻みにふるえる手。
相克する本能(食欲)と本能(知識欲)。
しばしのためらいの後、ふるえるままの手がじりじりと下がっていき、腰のパーツのふたを開け、中の保存パックへと肉を仕舞う。
ほとんど決死の表情だ。肉を仕舞うだけなのに。
ふたを閉めたところで、カイが大きくため息を吐く。
ようやく力が抜けた。
「……ふーん、調べるの?」
「はい」
研究者としての知識欲が食欲に勝った。かろうじて、だけれども。
味覚的にもだが、その効能に強く魅せられたのだ。
その一方で、竜巻の中心から叫び声が上がる。
「っと、おまえ等ストップ、ストップだ!」
そのかけ声で一斉に停止。
「えー! なんでよー! 」
ミクリが思い切り頬を膨らませて抗議する。
「うっせぇ! 薄切り肉が終わったんだよ! 先輩、石の温度を上げてくれ」
怒鳴り返してから、ヴァニスがクロキへと顔を向ける。
「んっと、どれぐらだ?」
「230℃ぐらいで」
「ほいよ」
あっさりと答えて、石が加熱される有様を見ても、もうカイも驚かなかった。慣れてきたらしい。
呆れてため息一つになるぐらいには。
「サンキュー先輩」
石の様子を見てうなずくヴァニス。
そして咳払い一つ。
「さあ野郎ども、本命いくぞ! ステーキだ!!」
「「「おおおっ!!」」」
厚切り肉を盛った皿に持ち替えたヴァニスが吠え、一同がそれ以上に吠える。
ヴァニスがもう一度居住まいを改めた。
一同がまたのどを鳴らす。
「せぇの、ほい、ほい、ほい、ほい、ほい」
ヴァニスの手から運ばれる肉。熟練と形容すべき手さばきで並べられる肉は、石に触れた瞬間、続けざまにイイ音を立てていく。
「「「うおおおおおおぉぉぉっ!!!」」」
一同の歓声が、さらに一段階上がった。
そのまっただ中で、ヴァニスの手は「ほっ、ほっ、ほっ」と肉を裏返していく。あらかじめクロキが火を通しているから、焼き目をつけるのがメインなのだ。
したがって、思ったよりも早く焼き上がる。
「っしゃ、それそれそれそれそれっ、おら食えおまえ等ぁ!!」
「にゃあああーーー!」
「待ってましたぁ♪」
「お肉ですぅ♪」
「肉だ肉っ!」
「ごちそうですねっ!」
「いただきやす団長!」
「うおおおっ!」
焼き肉への襲いかかりアゲイン。
とはいえ、薄切り肉とは違って量産されはしない。一瞬の暴風の後、肉を取った者と取れなかったものとに分かたれた。
勝者からは「うっまーーー!!」と歓喜があふれ、敗者からは「だああ、ちっきしょーーー!!」と苦悶があふれる。
「やかましい! すぐに次が焼き上がるから待てっての!」
叫び声と地団太へと怒鳴り返すヴァニス。
彼が言ったとおり、既に下拵え済みの肉はすぐに焼き上がる。が、また、そのとたんに一瞬の奪い合いが繰り広げられ、「うめえーーー!!」と「あああ、ちきしょおーーー!!」と両極端なリアクションが炸裂する。二回とも負けたと覚しき者は、まるで世界が終わったかのような落ち込みようだ。
「だーかーらー、すぐ焼けるんだから順番に待っとれやあっ!!」
第三弾の面倒を見ながら、ヴァニスが叫んだ。そして、「おら、そこに並べ! 並べ!!」と手を振りかざす。
その姿が、何か、段々と、その、欠食児童に給食をサーブする保父さん、のように見えてきた、ような気も。
「こら!そこ、割り込むんじゃねえっ! 先輩も妙なプレッシャー出すなよ!!」
鮮やかな手際は変わらず、園児たちも捌くヴァニス保父。そのおかげで、三度目の正直にありついた者から「あああぁぁぁ……」と、涙とともに言葉にならない感動があふれた。
ぶっちゃけ昇天しかかっとる。
しかし、その有様を見ても、カイは先ほどのように呆れることはなかった。
一度口にしたら、その気持ちが分かる。
「う……む……、っと!」
何とも言えず唸るだけのカイへ、また皿が飛んできた。
「カイ! お前も食べな!」
立場的に何となく遠慮していたカイを、ちゃんとヴァニスは見ていたのだ。
何という気の利きよう。
「ありがとうございますっ!」
思わず叫び返して、肉と向き合うカイ。
深呼吸を一度、そして前回とは違う意味で意を決して、肉を口へと運ぶ。
その様子を、ちびカナコがわくわくしながら見ている。
「……むぐっ!」
カイの目が見開かれた。
「今度はコクが段違いだ。部位によって違って当然だが、それでもこれほど違うとは。本当に同じ牛から採ったのか? いや、この脂の軽さ、このうま味は間違いなく同じ。なら何が? 脂の濃度か? うま味の密度か? いや、それよりも、この柔らかさは何だ? 口の中で勝手に解れていくかのような、そう、まさに溶けるという表現にふさわしい……」
「って、またかーい!」
カイの目前で唐突に閃光が弾けた。
「うおっ?! ……ああ、老師」
目の前のちびカナコに気づいて、カイが正気に戻る。
「ふふふっ、成功成功♪」
「成功?」
楽しげなちびカナコに、カイが首を傾げる。
「一度、ツッコミってしてみたかったのよねぇ。この姿じゃあ触れないから、光ってみたの。上手くいったわ♪」
あまりのご機嫌な様子に、ついていけないカイ。
……あの老師のアバターなのかね、ホントに。
イメージの落差に苦笑するしかないカイに、当のちびカナコが無邪気な満面の笑みで「さあ、お食べなさいなカイくん。次の料理も待ってるんだから」とはしゃぎ、「では」と応えて残りの肉をほおばった。
その後のスープを食べ終わる頃には、カイの胃袋は完全に満タンになっていた。
「これも美味しかったです。具のソーセージ、あの牛の肉なんですよね?」
隣に座るヴァニスへ訊くカイ。
この頃には全員そこそこ落ち着いていて、集まって地面に座り、気軽に談笑しながらスープを口に運んでいた。
スープといっても、具がゴロゴロ入っているタイプで、煮物がつけ汁に浸かっているに等しい。
「ああ。でも食感が違うのがあったろ?」
「ええ。ハーブ……いや、香草を混ぜたようなのがあったかと」
「おお、気づいてくれるか! 嬉しいねえ」
膝を打って身を乗り出すヴァニス。
「同じだと飽きると思ってな、半分は、刻んだクレソンモドキとオオノビルの葉、サイコロ状に切ったオオノビルの根を混ぜといたんだ。根は先輩に軽く火を通してもらって、水気を取り除いてからな」
「ほう」
「葉物は香りが良くなるし味もさっぱりする。根は軽くピリッとして独特の甘みと酸味があるし、ブロックで入れたから食感も変わって楽しいだろ?」
「確かに」
その通りだった。味の違いで、思わず交互に食べ続けてしまったほどだ。
「スープもな、ベニヤマイモを半分ほどはわざと煮崩してんだよ。完全に煮崩すと、イイ感じにとろみになるんだわ、コレが。残りは具だな。ああ、カカシメジはああ見えて味濃いんだぜ? 見た目は枯れた枝みたいなくせにな」
滔々と語って笑うヴァニス。よほど楽しいらしい。
「いやあ、分かってくれる奴がいると嬉しいねぇ。なーんせコイツ等は、がっつくだけで気づきやしねえからよー」
最後は呆れ声になりながら、ヴァニスは周りを見渡す。
「そ、そんなことはないよ? ちゃんとわかってるよ? ねー、エル?」
「え、ええ、そうね、分かってますよ、ねえ、レティ?」
「え? も、もちろんですよヴァニスさんっ」
ミクリ→エル→レティアーナとバトンが渡されていくが、同時に挙動不審さも受け渡されている。
バトンには「分かってないです」と書いてあるらしい。
見れば分かる、というか分からない方がおかしいその様子に、「はいはい」と鼻をふんと鳴らすヴァニス。が、「ま、美味そうに食ってくれりゃあいいんだよ」と笑顔になった。
「男前ですね」
カイが誉める。素直な意見だった。
「そうか? ありがとよ」
大きく笑うヴァニス。
そして、カイと肩を組む。
「それにな、仲間を迎えるには、一緒に美味いもんを囲むのが一番なんだよ」
目の前で、にっと笑う竜人。
「あ……」
言われて気づいた。
いつの間にか、カイは溶け込んでいた。
自然と。
「にへへー」
「ふふふ」
「だな」
「っすね」
笑顔やら含み笑いやらに囲まれるカイ。
どこと無くバツが悪くなって、頭をかく。
そのカイの背中を、ヴァニスがばんばんと叩いた。
「よろしく頼むぜ、カイ」
「はあ」
ヴァニスの笑顔に、カイは、ぎこちないながら笑い返す。
「よっしゃお前ら、片したら出発するぞ! 気合い入れろ!!」
「「「おおっ!」」」
川原の頭上、広がる晴天に、威勢のいいかけ声が通っていった。




