3.探査でGO!(その1:出発→→→レア牛発見!)
深緑の森の中をすり抜けていく、いくつかの影。
それは影というのにふさわしかった。大木の間を縫い、茂る草むらをかき分けて進んでいるのに、大した音がしない。
そのくせ、速度はかなりのものだ。道無き道にもかかわらず、平地を長距離走で競うが如く走破していく。
各自、レティアーナでさえも、かなりの大荷物を背負っているというのに。
もっとも、このぐらい出来なければ、今回の探索には加われなかっただろうが。
コウベ選抜探索パーティーである。
「おー、ホントにすごいねーカイさん」
木々の間を跳ね飛ぶように進むミクリが、振り向きながら気の抜けた声を上げる。拍子抜けしたような口調は、正真正銘の驚きが表れたものだ。
「言ったでしょう? そこまでご迷惑にはならないと思います、と」
いつものように淡々と答えるカイ。強者たちの行進に混ざりながら、しかし、息が上がっている様子はあまりない。
「そうなんだけどさー」
「いや、実際ここまでとはな。たいしたもんだな、その服は」
ミクリに続いて、クロキも賞賛を口にした。
「ロストテクノロジー、ですからね」
胸に手を当てて応えるカイ。黒いコーティングの下の超高密度人工筋肉繊維が、手の力をはじき返す。
朝、このスーツを着て現れたカイを見た一同が、何とも言えないリアクションだったのが思い出された。
数時間前。
「あれ? カイさんそんな体格良かったっけ?」
ミクリが口火を切った。こういうとき、素のまんまなミクリがまさに適材である。
他のメンツが唖然としている時は。
全身黒ずくめと言っていい服はタイツのようにぴっちりと、それはもうぴっちりと体にフィットして、微妙にテカっている。
さらに腕やら肩やら腰やら足やら、至る所に金属性の防具というかパーツというか、とにかく何かがくっついていた。
頭には半端に兜っぽいものが乗っかっていて、顔の前はガラスのような透明なカバーが覆っている。
そして、妙に体格が良い。
いや、ムキムキの筋肉だるまではないのだが、初対面のときのカイは明らかに細身だったはずなのに、マッチョだが細身ぐらいまで印象が変わっていた。
「このスーツのせいですよ」
「すーつ?」
「ああ、この服のせいです」
首を傾げるミクリへ、カイが言い直す。
「服なの? それ」
「ええ。このAMPSS-038、対全環境型生命維持用強化スーツは超高密度の人工筋肉繊維の上にPCPLコーティングで物理法則調整フィールドを発生させています。衝撃などの慣性は制御されますし、標準的な人間でも持つ微細なPSIにも感応するナノチップが加えられているので、シームレスな反応速度で、着ている感覚すらない程です。また、ヘッドギアのバイザーディスプレイには周囲の環境などをリアルタイムで表示し、それに基づいて最適の身体状況を保つように自動的に各種機能を実行しますし、あらかじめデータをインストールしておけば様々な行動パターンを再現することも可能です。例えば、データさえあれば格闘技などでも自動的に達人級の動作が可能となり……」
ミクリの一言の質問に対して、スラスラと回答するカイ。しかし、ロストテクノロジー専門用語混じりの回答は、ミクリにはあまりにも長く、流ちょうすぎた。
はたと気づいたカイ。
ミクリの表情から、魂が抜けている。
咳払いが一つ。
「あー……つまり、薄い筋肉が一枚乗っているようなものです。どんな状況でも大丈夫になりますし、運動能力も高まります。戦闘もOKです」
言い直すカイ。専門用語は一切抜きで、内容も一気に圧縮、意訳しまくって簡単にまとめる。
「……えーっと、うん? そうなんだ? なんか凄そうだね……って、戦闘もOKって、大丈夫なの? ソレ」
昨日よりは対応が早かったため幼児化は免れたミクリが、最後の言葉に気づいて驚く。
ニンゲンは戦闘力が無い。それが一般的な認識だ。
「試してみますか?」
あっさりと言うカイ。
「えー……?」
見るからに戸惑ったミクリは、クロキをうかがう。
「ま、本人が言うから大丈夫なんだろう。確かに、試すのが手っとり早いわな」
軽くうなずくクロキ。そして「まず、普通に殴ってみろ」と付け加えた。
「いいのー? いくよー?」
半信半疑を全面に出しながら、不安そうに首を傾げながら、ミクリが軽く構える。
間合いは3歩分ほど。すでにミクリの間合い内。
拳を軽く握る。
ミクリの表情から迷いが消えた。
「ふっ!」
かけ声と同タイミングでたたき込まれた右の正拳。距離を詰める姿も、踏み込み打ち込む動作も見えない、コマ落としのように拳を打ち終わったシーンになるほどの、修練された一撃。
それほどの速度と技の一撃なのに。
「あ、あれ?」
面食らうミクリ。
拳は間違いなく届いている。
というか、届いているだけなのだ。めり込むはずの位置まで踏み込んだのに、ミクリの拳はカイの胸に届いたところで止まっている。
そう、止まった。ミクリの感触では、カイの胸に届いたところで、そこで自分の拳が止まった、そんな感じだ。
インパクトの瞬間に、拳が当たったところに、なんだかよくわからない光の模様みたいなものが浮かんだ、ように見えた。
「あれれ?」
「大丈夫でしょう?」
自分の手とカイの顔を交互に見比べるミクリへ、カイが声をかける。いつも通りの、全くもって普通の口調。
「うー、なんか気持ち悪い」
何とも言えな表情のミクリ。手を抜いたつもりはないのに、無かったことにされたかのような手応え。無理もないだろう。
「ほー、なるほどなるほど。よし、次は普通に戦ってみろ、ミクリ」
クロキの声が軽く弾んでいる。面白がっているのだ。
「う、うん。じゃあいくよ?」
「どうぞ」
右足を一歩後ろに引いて両拳を構えるミクリ。やや前のめり、拳は肘を曲げて前へ、右の拳を引き気味にして、軽く半身に。
対するカイも構える。左足を前にして腰を、重心を落とす。背筋は自然と伸ばしたまま、手は開いたままで、左手を目の高さに、右手は腹の前に。体は正面を向いている。
「ほー」
「これはこれは」
「へえ」
クロキ、ヴァニス、ケンツの近接肉弾戦の熟練者から感嘆の声が挙がった。
ミクリが実戦経験を積んだ天然物とするならば、カイは修練を積んだ武芸者といった風情だ。構えに無駄な力みが無く、それでいて隙がない。
ある意味、美しいといっても良いたたずまい。
そこから、3人は察したのだ。カイの言葉が強がりではないことを。
それは目前のミクリが一番感じていた。
安直に突っ込めない。
「むー……、ええいっ、いくよおっ!」
逡巡の末、結局ミクリは正直に突っ込んだ。
「はああああああっ!」
怒濤のラッシュ。ミクリの左右の拳が交互に、瞬くように繰り出される。決して単調な連撃ではなく、ストレート、フック、アッパーを顔やボディへランダムに打ち分けている。
が。
「おおー」
「うそぉ」
「凄い……」
「やるな」
当たらない。
宙を切り続けるミクリの拳。カイの上半身は微動だにしていない。
その両の手で全てをいなし、受け流している。
「これはこれは、見事なもんだ」
「しっかし、ミクリちゃんは相変わらず大ざっぱだな」
「そっすね、モーションが大きすぎっす」
面白がるクロキに続いて、ヴァニスとケンツがミクリの批評を始めた。
「もちょっと、こう、コンパクトに打たねーとな」
「っすよねー、ここを打ちますよって言ってるようなもんっすよねー」
近接エキスパートが軽口をたたきながら笑い合う。もっとも、ミクリの技が雑だというのではなく、二人から見れば、という意味なのだが。
「おーい、ミクリちゃん、そのまんまじゃ当たらないぞー」
「カイさんを見習って、もっと小さく、小さく」
「やっかましい! 外野ぁ!」
ヴァニスとケンツの茶々に怒鳴り返すミクリ。
「このおっ!」
焦れたミクリが思い切り右の回し蹴りを放つ。
と、それに合わせるように、カイの体が独楽のように回転しながら沈んだ。
ミクリの蹴りが空を切る。
同時に、地を這うカイの右後ろ回し蹴りが、ミクリの左足首を刈る。
「にゃっ?!」
中空に転ばされるミクリ。その下に、屈んだカイ。
カイが突き上げた両手に、ミクリの体が乗る。
その瞬間、ミクリの姿が弾け飛んだ。
「にゃあああああぁぁぁぁぁ?!」
悲鳴が尾を引く中、ミクリが高々と空を舞う。
「おー」
「たーまやー」
クロキとヴァニスののんきな声の後、落下するミクリ。その体が、地面に激突する直前に翻る。
「にゃふっ」
猫科らしく、とはいえギリギリだが、体勢を立て直して着地するミクリ。
「しっかし、たいしたもんだな」
「っすね」
ヴァニスとケンツが頷き合う。
「どういうカラクリなんだい?」
クロキが改めて問う。
「先ほど言ったとおり、このスーツには格闘用のデータが既にあります。攻撃に対してスーツが最善の手を判断して、自動的に実行するんです」
「それにしても、ニンゲンの反射神経ではアイツの速さにはついていけんだろう?」
「このヘッドギア、頭のこれですが、相手の動きから次の瞬間を瞬時に計算して予測します。その予測される光景がこのバイザーディスプレイに表示されますから、その予測される動きに合わせればいいんです」
少し宙へ目を泳がせるクロキ。それから首を傾げる。
「つまり、未来予測みたいなもんか?」
「簡単な、ですが。ミクリさんは予備動作がやや大きいので、0.5から0.6秒ほど先読み出来ていた状態ですね」
「ずるいっ! そんなの反則だにゃあ!」
ミクリが両手を突き上げて抗議した。
「なるほどねぇ」
「凄い服なんですね……」
エルとレティアーナが顔を見合わせる。
話を黙って聞いていたハヤテが、ここで、「なら」と口を利いた。
「それを着れば誰でも出来るのかね?」
「そうなんですか!?」
アシクが身を乗り出す。
「それは……」
期待を込めた真っ直ぐな目に、珍しくカイの回答が濁る。
その間に、別の声が代わって答えた。
「それは無理ですね」
その場の全員が虚を突かれた。カイをも含めて。
「これはカイくん専用のものだから。それに、使いこなすまで相当な訓練が必要なのよ、アシクくん」
声とともに、カイの左手から、正確には左手首と肘の間にある金属パーツから光が溢れ、像を結んだ。
「あー! カナコばー……ちゃ、ん?」
声から相手を察したミクリの声は、しかし、途中で腰砕けの疑問系になった。
現れたホログラムは、昨日同様にショールを巻いたロングスカートの女性なのだが、サイズがおかしい。
いや、身長15センチ程なのだが、そこではなく、頭身がおかしい。
おおむね3頭身ほど。まるでおもちゃの人形のようだ。
「えっと、ばーちゃん、だよね?」
愛らしい人形さながらに笑顔を浮かべるちびカナコ。
「ええ。といっても、そうね、分身みたいなものかしら? 邪魔にならないように小さくしてみたの」
くるりと回って見せるちびカナコ。
「老師!?」
やや険のあるカイの声。
「大幅に劣化コピーしていますから、あなたのPMDの容量を食っていませんよ」
「しかしですね、勝手に人のデバイスに……」
「堅いことは言わないでくださいな。後できれいさっぱりデリートしていただいて結構ですから」
眉を寄せてにらむカイと、あくまでにこやかなちびカナコ。
ちびカナコがウインクする。
「約束でしょう?」
数秒後、カイの口からため息が漏れた。
「……あの、誰でもは使えない、んですか?」
決着がついたと見て、アシクが改めて問いかけた。
ちびカナコが、くるりと振り返る。
「ええ。これは完全にカイくん用に調整されていますから。それに、さっきの格闘も、カイくん自身が鍛錬を積んでいるからこその芸当なの」
「鍛錬を積む?」
「そう。スーツが動くのに合わせて動けないと、カイくん自身が邪魔物になってしまうでしょう? それに、合わせられかければ邪魔物以前の問題、スーツに体が無理矢理引っ張られた結果、筋肉や腱を痛めてしまうわ。最悪本人の体が壊れてしまいます」
話を聞いていたハヤテが「なるほど」と納得した。
外側が迎撃しようとしているのに内側が逃げようとすれば、確かにお話にならない。スーツに無理矢理引っ張られ続ければ、体を痛めることになるだろう。
「それにしても、このアプリはテスト段階で非効率と判断されて汎用化はされなかったはず。あくまで特殊なオプションなのに、よくここまで使いこなして……。しかも、この武術データは私のデータベースにもありません。オリジナルですか?」
「ん? 老師の武術データにも無いのかい? 手技や最後の一撃なんかは、ロストアーツの南派少林拳っぽい感じがしたんだが」
やや驚いたようなクロキだったが、そのセリフを聞いたカイの方が意外そうな顔になった。
「前世界の武術をご存じなのですか?」
「ああ、少しな。以前、老師にデータを閲覧させてもらったことがあってな。ま、少しかじった程度だ」
どことなくばつの悪そうなクロキ。その様子に、ちびカナコがくすくすと笑う。
「何が少しかじった程度ですか。片っ端から試しまくっておいて」
「やめてくださいよ、老師」
カイが唖然とする。カナコ老師のデータベースは前世界で集められた情報が、可能な限り全て納められているはず。遺失武術、ロストアーツと呼ばれる武術系のデータもその例外ではない。それを片っ端とは、容易には信じがたい話だ。
「そういえば、全体的には少林拳っぽくなかったな。立ち居振る舞い的には、古流柔術って感じか?」
カイが疑問を口にする前に、クロキが話を元へと戻した。察したカイも、沸いた興味を引っ込める。
「……安鬼津心意流柔術です。お察しの通り、南派少林拳の一派の影響を受けた柔術、武術史の隅にも挙がらない、極マイナーな流派ですよ」
「ん? アキツ?」
ミクリが最初の単語に引っかかる。
「ええ。家伝の流派です」
うなずくカイ。
クロキの目が細くなる。
「ほう……」
「家伝、と?」
ハヤテの声も少し冷たい。
前世界から断絶したこの時代に、家伝として受け継ぐ?
前世界の武術を?
……何者だ? この男。
ハヤテがにじり寄る前に、ちびカナコがふわりと前に出た。
「そういうことで、対人用の格闘技では活躍は出来ないとは思うけれど、まあ、あなたたちのお荷物にはならないでしょう。納得いただけたかしら?」
3頭身のマスコットのごとき笑顔を向けられて、ハヤテの気が削がれた。
「……ええ。十分です、老師」
緊張を解いたハヤテの声。しかし、その横から困惑気味の声が続いた。
「……えっと、それはいいんですけれど……」
レティアーナがおずおずと切り出す。
「その格好は、ちょっと、その……」
「何か問題が?」
カイが首を傾げる。
カイにしてみれば、AMPSS-038の有用性は十分に証明できたはずだった。未だ異議を唱えられる理由に、見当が全くつかない。
カイがレティアーナをうかがう。しかし、レティアーナの方は、目線を合わせては外すというか、目のやり場を決めかねているというか、とにかく、直視していない。
「……着ていないみたいで、その……」
「は?」
もじもじしながら、そう、恥じらいながら言われて、カイが珍しくきょとんとした。
「あ、レティもそう思う? やっぱり、そうよねぇ」
エルがレティアーナへ顔を向けて声を上げた。我が意を得たり、といった風情だ。
「? ええっと?」
「うーん、何かね、まるで裸みたいな感じで、セクシーなのよねぇその格好」
まるで要領を得ていないカイへ、エルが苦笑しながら答える。とたんに「あー」「なるほど」「ホントだー」と、妙に納得した声が沸きだした。
確かに、強化スーツは薄い筋肉をまとうもので、いわゆる服っぽくはない。金属パーツは、あちこちに付いているが、何かを隠すような配置ではない。全くない。
言われてみれば、締まったガッチリ筋肉の体格の良い体に、黒い塗料を塗っただけに見えなくも、なくはない。
そう思うと、光沢があるのも考え物だ。黒くテカっているみっちりした肉体。
ぶっちゃけ、エロいのだ。
「ええ?」
完全に想定外だったカイが、普段しないであろう声を上げた。その珍しい様子に、ちびカナコがくすくすと笑う。
「着慣れていると分からないですものね。確かに、今の世界では無い格好ですから」
そこまで言って、いたずらっぽく笑い「ええ。素敵ですよ? とってもセクシーで」と付け加える。「老師まで」と、カイは軽くうろたえた。
カイにしてみれば、ミクリたちの方が薄着に見えるのだ。レティアーナでも少女の夏服ぐらいだし、エルは翼があるため背中は全て出している。胸元もかなり開いていて、色や素材はともかくとして、裾が短めのナイトドレスのようだ。
ミクリに至っては、両腕の鱗のような手甲を除けば、上半身は水着同様である。その上、サイズがあってないのか、緩い。下も、ぶかぶかのワークパンツのようだ。
そして男性陣は上半身裸。全身を覆っている自分がされる評価としては納得いかないのだ。
軽く、カルチャーショックに打ちのめされるカイ。ため息が一つこぼれ出た。
「……で、どうすればいいんですか?」
己を納得させつつ、カイが両手を上げた。
「うーん、要するに下よねぇ」
「ですね……」
「何か履けばいいんじゃない?」
女性陣の意見が一致する。「あら、せっかく素敵なのに」と唇に指を当てるちびカナコを除いて。
「でも、履くっつっても、金具とか邪魔そうっすよ?」
「先輩サイズのズボンを、穴あけたり詰めたりすればいけるんじゃないか?」
ケンツの疑問にヴァニスが応える。
「ふむ。よし、アシク、備品から一つ取ってきてくれ」
クロキに言われて、アシクが「は、はい」と配送センターへ向かい、すぐに一着持って帰ってきた。
「所長のサイズです」
アシクが差し出す。
「おう。ほれ、ケンツ」
クロキが広げてみせるワークパンツとカイを「ええっと……」と一度見比べて、刀の柄に手をかける。
一閃。
納刀の鍔鳴りと共に布切れが散る。全くの自然体からの無造作な斬撃は、しかしアシクの目には留まらず、見事にワークパンツを切り刻んだ。
「こんなもんっすかね?」
「だろう。よし、履いてみな」
軽く投げ渡されるワークパンツを「はあ」と受け取るカイ。履いてみると、切れ込みが絶妙で意外と邪魔にならない。
ただし、仕上がりはミクリ同様、ぶかぶかな感じだが。
「うん、それなら気にならないわ」
「です」
満足そうなエルとレティアーナ。
カイは複雑そうな顔で応えた。
『こちらハヤテ、こちらハヤテ。隊長?』
突然の声に回想が断ち切られる。
正確には声ではない。頭の中に声が響いている感じ。
ハヤテのテレパスだ。
「おう、どうした?」
クロキが応える。
頭で考えればハヤテが読みとるのだが、周りのメンバーにも話の流れを共有させるためだ。
『進行方向に生物らしきものを確認』
「どんな奴だ? 距離は?」
『視認はまだですが、アシクくんのエコーロケーションでは、まぁそこそこ大型ですね。距離は約1kmです』
ハヤテからの情報が続く。翼のあるメンバーは上空を飛行しつつ索敵している。アシクはハヤテの背に乗っているのだ。
「対象を確認、回避ルートを探して誘導しろ」
『了解』
テレパスによる念話が切れる。そしてクロキが部隊を止めた。
「全員停止だ。ハヤテからの報告を待つ」
「ほーい」
「っす」
足を止めて、一同が集合した。
「しかし、進みませんね」
「ですね……」
ケンツが腕組みしてぼやき、レティアーナがうなずく。
出発してから同じことを何度も繰り返している。そのたびに立ち止まり、ルートを変えていた。
思ったよりも、グネグネとした道のりになっている。
「めんどくさいなーもー、ぶっ飛ばして行こーよー」
「狩りじゃねえんだぞミクリ。避けれるならそれが一番だろうが」
ぶーたれるミクリをたしなめるクロキ。
クロキが正論だった。これは討伐ではなく探索、害獣を倒すことが目的ではない。余計な戦闘は避けるべきだし、下手に戦えば、その騒ぎで更に余計な害獣が寄ってくる可能性だってある。
「まあ、ハヤテならすぐに連絡が……」
『隊長』
言ってるそばからテレパスがきた。
「っと、どうだった?」
『えっと、結構大型で、いや立派な……しかし単体でいるのは珍しい……』
要領を得ない。ハヤテにしては非常に珍しい。
「おい? 何だ、はっきりしろ」
クロキが首を傾げた。
『あ、すいません、でもツいてますよ隊長、フタクビアカゲギュウですっ』
「「「「何ぃっ!?」」」」
一同の声がそろった。カイを除いて。
「フタクビアカゲギュウ?」
「頭が二つある、赤毛の牛だよっ! デカくてタフで強いんだけど、この肉がまた旨いんだよっ!」
カイの疑問に、ミクリがテンション高く答えた。
カイのPMDが光り、ちびカナコが現れる。
「データ検索してみなさいな、カイくん」
「あるんですか? データが」
「確認できた情報は私のデータベースに追加していますから。閲覧権限は付けておきましたよ」
ちびカナコのウインクに促され、カイは左腕からPMDを取り外し、画面をタップする。
目の前の空中にウィンドウが展開、メニューリストにデータベース検索が追加されていた。
検索ウィンドウを開いて、検索。
結果画面。デジタル化された3Dモデルが浮かび上がり、横に詳細データが表示された。
フタクビアカゲギュウ。その名の通り頭が二つある牛。角は各頭に一角で鋭く堅く、全身を覆う赤い剛毛はしなやかで強靭、牛らしいパワーを持つ。
そして、成体は一戸建てぐらいの大きさになる。
「巨獣じゃないですか?!」
驚くカイ。しかし、それ以外のメンツの目つきは変わっていた。
爛々と光っている。レティアーナまでも。
まるっきり、闇夜に獲物をねらう肉食獣の目だ。
「ふっふっふ、らあっきぃぃぃ」
「ツいてる、ツいてるっすねぇぇぇ」
「今日はご馳走ですぅぅぅ」
ミクリ、ケンツ、レティアーナと続く不穏な声。
獣の目で歯を剥いて笑う口元。
もう、アブナい集団である。
「……老師?」
やや引き気味で指さすカイ。
「うーん、どうもお肉がとっっっても美味しいらしいのよ。私は食べられないからよく分からないんだけど」
肩をすくめて苦笑するちびカナコ。
携帯食料はあくまで携帯用、味よりも持ち運びの利便性や栄養価が優先されている。目の前に美食がちらつけば、まあ無理もないのかもしれないが。
……人格まで変わらんでも、なぁ……。
カイの胸の内の呆れもどこへやら、人格が変わった指揮官が低い声を挙げた。
「おぉい、ハヤテ、近くの水場を見つけろ」
『もう見つけてますよ隊長。ヤツの進行方向に川、水を飲みに向かってるんでしょうね。距離はそちらから左前方約1.5km』
「パーフェクトだ軍曹ぉ」
クロキの口が笑いに歪む。
「……軍曹って、何でそんな単語知ってるんですか……」
「彼、私のデータベースにある古い戦争映画に凝ってた時期があったのよねぇ」
こめかみを押さえるカイと、笑いをこらえるちびカナコ。
「よっしゃ、やるぞお前ら!」
「「「おおっ!」」」
「全員全力使用を許可! 後先考えんじゃねぇぞ!」
「「「イエス、サー!」」」
「何が何でも仕留めるぞ!!」
「「「イエス、サー!!」」」
クロキの怒号に、ミクリを始めサポートスタッフまでが一丸となって気勢を挙げる。
もはや、本来の目的は見失われていた。
「仕留めるって、Aクラスの害獣ですよね?」
「まあ、このメンバーなら問題ないでしょ」
ウィンドウを指さすカイ。データでは危険度の項目にAと赤々と表示されているのだが、ちびカナコは平然としていた。
「ケンツ、俺と共に水場へ先行して待機! 残りはこっちのポイントまでヤツを追い込んでこい!」
「「「イエス、サー!」」」
クロキの指示が飛び、全員が応じる。
「俺はどうすれば?」
「クロキさんに付いていけばいいんじゃない?」
蚊帳の外のカイには、ちびカナコが応じた。
「全員、行動開始!!」
「「「ヤー!!」」」
全員が一斉に走り出す。カイもクロキの後を追った。
「っ!」
カイの歯ぎしり。
速いっ!
クロキとケンツの後ろ姿が見る見るうちに離れていく。
先ほどまでとはまるで違う。カイの存在をすっかり忘れた二人の速度。
これが、彼らの“普通”なのだ。
……まだまだ遠慮されていたわけだ。
思わず失笑して、カイは全身に力を込めた。
カイの意志に反応し、人工筋肉繊維が軽く盛り上がり、引き締まる。バイザーのディスプレイの出力メーター表示がレッドゾーンに突入した。
一蹴りで、カイの体が弾け飛ぶ。
二人との距離が段々と近づく。
AMPSS-038は“生命維持用”強化スーツだ。戦闘用ではない。レッドゾーンの出力は10分と持たず、エネルギーが尽きれば再充填まで強制セーフモードになる。
尽きたエネルギーは背中のエネルギーパックの自動充填機能で徐々に回復するが、所詮は超コンパクト仕様、カナコ老師の、“ノアの箱船”の永久機関ほどの出力は到底望めない。フル充填までは丸1日はかかる。
が、問題ない。
たかが1km少々なのだ。この速度で。
カイがそう思う間もなく、森が途切れた。
目前に広がる、川。
せせらぎではなく、ちょっとした水量がある。そして、蛇行しているせいか、意外と川原も広い。
「よし、お誂え向きだな」
クロキが満足げにうなずく。それから「お? ああ、こっちに付いてきたのか。忘れとった、いやぁすまんすまん」と笑った。
「いえ」
簡潔に応えたカイだが、さすがに呼吸が荒い。しかし、一方でクロキとケンツも少し息があがっているのを見て、カイは軽く安堵していた。
全く及ばないというわけでもない、と。
『隊長』
ハヤテからのテレパス。
「いいタイミングだハヤテ。で、どうなってる?」
『もう始まってますよ。順調に追い立ててます』
「気の早い奴らだな。こっちの位置は把握してるな?」
『はい。アシクくんのエコーで』
「よし。ミクリたちに伝えて、正確にこっちへ誘導しろ」
『了解』
念話が終了し、クロキが「さてと」と振り返る。
「ケンツ、森に寄って待機だ。カイは俺の後ろに下がってろ。すぐに来るぞ」
言ってるそばから、遠くから音が近づいてきた。何かを打ち叩くような音、何かが倒れる音、他によく分からない音まで。
ケンツが「はいっ」と答えて進む。カイもうなずいて下がった。
とたんに小さな地響きが伝わってくる。
音もはっきりしてきた。打撃音、木々の倒れる音、それから。
「……爆裂音?」
耳を疑ったカイが、バイザーのサーチレベルを上げる。スキャニング結果からディスプレイにモニタリング画像が表示された。
「…………」
言葉もないカイ。
モニタリング画像は単色の線だけで描かれたコンピュータグラフィックで、輪郭が分かる程度のものだが、大体の様子は分かる。
こっちに向かっている牛。大きく、確かに頭が二つある。その周りを飛び回る、いくつかの小さな人影。
人影が牛の像に触れる度に、牛が体をゆがめる。唐突に皮膚一部の温度が急上昇し、牛が身もだえする。と思えば、今度は足下が爆発した。
「……一体何を持たせてるんですか!?」
カイの声が少し荒っぽい。
AMPSSー038の出力全開並みの打撃に、レーザーライフル並みの熱量、それにC4改並みの爆裂。
これでは完全武装の集団だ。
しかし、ちびカナコは平然と首を横に振った。
「何も。皆さん一芸も二芸も持ってますから」
「芸って……」
やや困惑気味のカイ。モニタリング画像では牛が逃げまどっている。
そう、逃げているのだ。まっしぐらに、こちらへと。一戸建てサイズにもなる巨獣が。
センサーが拾っている音量が大きくなったとたんに小さくなるのが繰り返される。バイザーが接近する音源を調整しているのだ。
急速に近づいている。
「にゃっはっはっは!! 待てやオラあああっ!!」
「うふふふふ、待ちなさいお肉ちゃん」
「逃がさないわよぉぉぉ」
「オラオラオラぁぁぁ!!」
「そのまま前へ、前へ!」
音声もはっきり聞こえる。ミクリの声など二重になっている。センサーが拾う音と実際に聞こえる音が重なっているのだ。
惨状が想定出来る。
カイはセンサーを切った。
と、目の前の森で爆発、木々が大きくなぎ倒され、巨大な姿が躍り出た。
「モオオオオオオオオオオッ!!!」
……想定通りだな。
カイが胸の内でつぶやく。おそらくは立派であっただろう赤毛はあちこちが黒こげになって禿げ落ち、地肌が見えるところはアザだらけ、所々に針のようなものが突き刺さり、片方の頭の角は叩き折られ、後ろ足の片方は引きずっている。
凶悪なはずの顔の、その目に浮かぶ涙。
……哀れな。
牛の顔を見たカイの率直な感想だった。
「ケンツ!!」
「っす!!」
躍り出てきた位置に控えていたケンツがクロキに応える。
一閃。
一閃にしか見えないニ太刀が牛の両前足を切り飛ばす。
「モォッ?!」
支えを失った巨体が、勢いのままに前へ、滑るように突き進む。
クロキの正面へ。
足を開き、腰を落としたクロキが、両手を引き絞る。
「おりゃあああっ!!!」
突き出された両手。
触れていないのに、牛の両方の頭が圧されるように歪む。
「ヴモォッ?!」
巨体が見えない壁にぶつかったようにつんのめり、転がるように弧を描いた。
「サイコキネシス?!」
バイザーディスプレイの表示に驚くカイ。念動力と計測されたが、カイが知るものとはまさに桁が違う。
そのままカイの頭上を巨体が飛び越えていく。
「オオオオオォォォォォ…………」
後ろの川に突っ込む牛。
ボロボロの姿。
「……哀れな」
今度は口に出し、カイは何となく手を合わせてしまった。




