表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

1.すたーとあっぷがいど(※取説って長いですよね?)

 白銀のツバメと並ぶようにして、飛ぶ。

 といっても、ミクリは有翼系の獣人ではないから、正しくは『跳ぶ』だ。

 ただし、両肩の上に着けた、底を抜いたバケツにプロペラをはめ込んだような形の航空推力増幅装備スカイクルーザー、通称“扇風機”のおかげで可能な超ロングジャンプは、もうほとんど飛行である。

「おっはよーっ」

 ミクリが声をかけると、ツバメは応えるようにピューィと鳴いて、軽く羽ばたいて見せた。

 それから彼女に近寄り、進路を交差するように、蛇行するように宙を舞う。

 遊び始めたため失速したものの、そこは海岸地域に住む鳥では最速のセグロギンツバメ。ミクリの全速力に対してもまだ余裕がある。

 遠浅の海面上に茂るマングローブ林の、オロチウミヒルギの枝を蹴って、またロングジャンプ。

 金色の髪が風になびく。

 オロチウミヒルギの特徴である際立った伸縮性と反発力を利用しているわけだが、コウベでも指折りの身体能力とセンスを持つミクリでなければ、こうはいかない。

 耳と尻尾、それから両手足の先へ向けてわずかに増えていく産毛に猫科の特徴を示しているだけで、彼女の見た目は希少種のニンゲンとそう変わらない。

 帽子でも被り、尻尾をスカートに隠してしまえば、ニンゲンの若い元気娘にしか見えないだろう。しかも、モテるたぐいの、だ。

 だが、内面となると話が違う。敏捷性や柔軟性は完全に猫科そのものだし、獣人らしく筋力はニンゲンの比ではない。

 好奇心旺盛で気分屋でマイペースなあたりも、猫っぽい。

「あははっ、今日も元気だねーっ」

 踊るように自分の周りを飛ぶセグロギンツバメに笑いかける。

 応えるようにまた羽ばたきをして、ツバメはミクリを中心に一周する。

 抜けるような青空と、足下のマングローブ林の深緑の間に、軽やかに舞う白銀の翼と、駆けるように飛ぶ獣人の少女。

 深緑の先に広がる水面は、夏の日差しで煌めいている。穏やかな波に乱反射して、粉々に砕かれた光が散りばめられているようだ。

 マングローブ林の終わりが近づく。ミクリの前で白銀の翼が羽ばたいて、くるりと身をひるがえした。

「ばいばーいっ、またねーっ」

 引き返していくツバメへ手を振って、ミクリはオロチウミヒルギをもう一蹴り。

 林を抜けて、眼下の景色が様変わりする。

 半壊した灰色の建物たち。斜めに崩れ落ち、あるいは天井を吹き飛ばされ、また、あるいは壁を削り取られて棚のようになった廃墟の群。

 その間を埋めるように、廃墟に絡みつくように、オロチウミヒルギが茂っている。

 ミクリの聞いた昔話では、この辺りは、この灰色の建物が立ち並ぶ街だったそうだ。それこそ、林のように。

 まあ、彼女には想像もつかない話だった。第一、ちょっとやそっとの昔ではない。生き字引のカナコ老師(ミクリは『カナコばーちゃん』と呼んでいる)でさえ最古の記憶となるレベルの大昔だ(“記録”なら、もっと古くまであるらしいが)。ミクリは、もうおとぎ話だと思っている。

 思い切り見上げなければならない灰色の塔が、森のように立ち並ぶ。

 数百人が乗れる飛行機どころか、街そのものが空に浮かぶ。

 天気自体が、心地よく過ごせるよう常に調整される。

 24時間光あふれる、輝く世界。

 そんな世界を、希少種のニンゲンが埋め尽くしている。

 彼女にしてみれは、信じろと言う方が無理がある話だった。灰色の廃墟を前に、全て嘘っぱちだとはさすがに言えないが、盛りに盛った話にしか思えない。

 まあ、これ作った昔の人が凄いのは分かるけどねー。

 廃墟を蹴りながら、ミクリは胸の内でつぶやいた。

 とんでもなく堅いのだ。竜科の人が束になっても傷一つつかない。ロストテクノロジーと呼ばれているが、どうすればこんなものが作れるのか。長いこと調べられているらしいが、さっぱり分からないらしい。

 いや、作り方は老師に訊けば分かるのだが、材料がもうないのだ。

 どうやら、大昔のニンゲンたちが根こそぎ使い尽くしたらしい。

 それに、作るための道具、というか機械も、とんでもない技術のカタマリとのことで、とてもじゃないが今のミクリたちでは再現できない。

 結果、たまに発掘される壊れていない物を、老師に使い方を聞いて使い、できるならその劣化コピーを作る程度にとどまっている。

 それでも十二分に便利すぎるのだが。

「っと、やば!」

 腕時計を見たミクリの口から焦りが転がりでた。配送センターの朝礼の時間が迫っている。ニシノミヤの町を出るのが遅くなったツケだ。配達先で朝ご飯をのんびりゴチになりすぎた。

 反発力のない廃墟を避けて、低く、オロチウミヒルギを連続で蹴り続ける。速度が上がり、飛距離がぐんと伸びた。

 さながら弾丸のように廃墟を突っ切った。

 最後に一度、今度は高く飛ぶ。

 目の前のレンガの壁を越える。

 その向こう側に、見慣れた街並みが現れた。

 山沿いの港街、人口約4万の大都市「コウベ」だ。

 マングローブ林と海、それと山に囲まれた場所にある街。害獣避けのレンガ壁に囲われたコウベは、大きな港を持つ街であり、この辺りでは人も多い大きな街だ。

 山を切り開くことで広がったので、農地はあまり広くなく、山側の壁沿いに畑が広がっている程度。故に、港を使った貿易が生命線の街であり、同時に、様々な物資の一大中継地点でもある。

 港街は早い。レンガ建ての建物の窓やドアは開いていて、往来は人が行き交っている。

 その頭上を、屋根から屋根へと、ミクリが飛んでいく。

 パン屋の扉を開いて、看板代わりの黒板を書き換えている犬科の男が、その姿に気づいた。

「おー! ミクリちゃんおはよー!」

「おっはよー!」

 お得意さんのタケさんが怒鳴りあげ、ミクリは叫んで返しながら通り過ぎる。

 ここまで来れば、配送センターはもうすぐ。

 時計を見て、ほっと胸をなで下ろした瞬間、右肩の扇風機からガリガリッとイヤな音がした。

「あっ!」

 気づいた時には手遅れだ。右肩からガタガタと、明らかにヤバい振動が伝わってくる。

 堅い甲虫でも吸い込んだのか、プロペラがやられたのだ。

 とたんに右の出力が不安定になる。

「わわわっ!」

 崩れそうになるバランスを何とか保って、もう一蹴り。市場を抜けた裏手、目的地の上に出た。

 コウベ港配達運送センター、通称配送センターだ。

「どいてどいてぇーーー!」

 上空からミクリが叫ぶ。墜落、もとい予想着地点にいる者たちが「何だ何だ?」「あ? ミクリじゃね?」と見上げ、次の瞬間には気づいて「避けろおぉっ!」と飛び退く。

「よぉいしょーーーっ!」

 扇風機のレバーを切り替えて逆噴射。続けざまに、地面へ向けてうつむきながら、体がスピンして吹っ飛ばされないように、全体重を左肩へ。

 ドドムッ!!!

 路面が割れて、土埃が舞う。

「……あー、いたた……」

 膝を押さえながらこらえていたが、そのまま尻餅をついた。さすがに、左肩の一機だけでは勢いを殺しきれなかったのだ。軽く、膝が笑っている。

「まぁた、何やってんのよ? ミクリ」

 騒ぎを聞きつけて、配送センターから出てきた鳥科の女が呆れて笑いながら近づいてきた。

 鳥科とはいうものの、外見はミクリと同様、ほとんどニンゲンである。

 腰までかかる長い髪にツッコむところの見あたらない顔立ち、出るところが出すぎ(特に胸のあたりはミクリがいつも妬んでいるほど)の出来すぎたプロポーション、すらりと伸びた華奢で美しい手足と、どこにも鳥っぽいところがない。あるのはただ一点。

 純白の大きな翼だ。

「あはは……おはよ、エル」

「まったく、もう。また給料から天引きされるわよ? ……これで今月分なくなっちゃったりして」

「いやいやいや! これは不可抗力ってやつでね!?」

 笑ってごまかそうとしたところに、さながら天使の姿そのままで笑えない冗談を笑いながら言われて、ミクリがあわてて弁明する。

「わはははっ、不可抗力多いなっ!?」

「つか、ソレ以外聞いたことねーぞ?」

 避けていた者たちが、集まりながら爆笑する。皆、ミクリの同僚の配達人たちだ。

「うー、そう言わないでよぉ、みんなぁー」

 全員にはやし立てられて、子供のように肩をすぼめるミクリ。「……給料、残るかなぁ……」とボヤく彼女に、「基本給は出るだろ。ま、歩合の分は壊滅だろうな」と現実が突きつけられる。

「……でも、歩合のカットだけですむかしら……」

「ええっ!?」

 エルが首をかしげながらつぶやいた内容に、ミクリが悲鳴を上げる。

「ま、また借金が……っ!」

「増えますね」

 ミクリの恐れていることを、あっさりと宣告する者がいた。人垣の向こうから人をかき分けて、小柄な少女、ではなく少年がが現れる。

 魚のウロコのようで、それにしてはずいぶんと細かく滑らかで艶やかな、境目が分かりづらいウロコの皮膚を持った少年が、メガネの位置を正しながら持っていた帳面を開いた。

「路面だけでもアレですけど、その肩のスカイクルーザーは遺物、ロストテクノロジーの純正品ですよ? コピーじゃないんですから。前にも同じことしてますし、その前は貴重品扱いの配送物を紛失してますし、それ以前に探索時に装備一式を大破させてますし……」

 分厚い帳簿をめくながら、少年はミクリの罪状を次々と並べていく。「あ……その……うぅ」と、ぐうの音も出ないミクリを前にして、ぱたんと帳簿を閉じながら一瞥する。

「増えますね。借金」

「あ、あーくんぅ」

 配送センター経理担当のアシクによる再宣告。ミクリの肩がガックリと落ちた。すがるように見上げられても、「あーくんって呼ばないでください」とつれなくフられた。

「エルぅ……」

 フォローを求められたエルは、艶やかに微笑んで、アシクの後ろに回って両腕で抱き寄せる。

「んー? あーくんが言ってるんだから、だぁめ」

「薄情者! 裏切り者おっ! 女の友情はどこ行ったあーっ!」

「女だからぁ、かわいい男の子の味方な・の・よ」

 子供が駄々をこねるように抗議するミクリを、アシクに顔をすり寄せながらエルがあしらう。「ちょ、ちょっとヤメて下さいよエルさんっ」ともがくアシクを意にも介していない。

 が、少し身を引いてから、アシクをのぞき込むようにしてエルが小首を傾げる。

「でも、どうにかならない? あーくん」

「……無理ですってば」

 エルの視線から逃げるように顔を背けるアシク。少し頬が赤い。

 そのとき、人垣の向こうから一声。

「そりゃそうだ」

 場を支配する力のある声。怒鳴った訳でもなく、命令口調でもないのに、全員の耳に間違いなく届き、振り返らせる力があった。

「クロキ所長!」

 人が避けて出来た道を、黒髪の大男が飄々と歩み寄ってくる。

 自分の名を呼んだアシクの頭を右手でポンポンと叩く。小柄なアシクの倍ぐらいは背丈があるので、ちょうど手を乗せやすいらしい。そのまま余裕でつかみ上げてしまいそうなほど大きい手は、見るからに強固な物々しいウロコに覆われている。

 いや、覆われているのは手だけではない。ほぼ全身だ。服の下の体の前面、腹と胸の中心あたりと、顔以外は竜科の特徴である頑強なウロコに覆われている。

 あと、左腕は昔になくしたので鋼の義手だ。ちなみに、有翼系ではないから翼は元々ない。

 それらが盛り上がった筋肉と合わさった姿は、鎧をまとった屈強な戦士そのものだ。

 コウベ港配達運送センター所長、“地竜”のクロキである。

「お、おっちゃん」

「ぶっ壊したもんはどうしようもないわな。気合い入れて稼ぐこった」

 見上げるミクリに、クロキは笑顔で返す。鋭い右目に機械仕掛けの左の義眼、輪郭まで迫ったウロコの中の強面に大きな刀傷まである割には、愛嬌があった。

「稼ぐって言ってもさー……」

 途方に暮れるミクリ。実際のところ、そうそう返済できそうにはない金額になりそうなのだ。

 そんな様子を見て、クロキは笑いながら続けた。

「安心しろ、儲け話がある」

「うそ!? マジで!?」

「探索だ」

 その一言に、場の空気が緊張した。

「……マジ?」

「おうよ」

 『探索』。

 時折、大昔のニンゲンが作ったらしい遺跡が見つかることがある。たいていは見るも無惨な廃墟にすぎないのだが、運良く被害が少なく、結構形を留めている場合もある。

 そういう場合は、色々と残っていることがあるのだ。大昔のニンゲンの技術の結晶。未だ理解しきれない遺物。

 ロストテクノロジーが。

 ただし、残っているからには理由がある。ほぼ、十中八九、遺跡を守る何かがあるのだ。

 ①天然の環境(生物にとって苛烈すぎる)

 ②そこを住処にしている何者か(とんでもない奴が住んでいる)

 ③遺跡自体の防衛システム(この場合は断念されるのがほとんど)

 ④その他

 いずれの場合にしても、うかつに手を出せるものではない。しかし、是非とも入手したいものでもある。

 そこで、遺跡が見つかったときは、選りすぐりの精鋭でパーティーを組んで調査に行くのだ。

 それが、探索である。

「ん、ちょうどいい、全員そろってるな?」

 クロキが見回す。確かに、この騒動で配送センターの配達人はそろっていた。

 クロキが息を吸い込む。

「聞いたとおりだ、お前らぁ! 探索依頼が入った! 出発は明日、ブリーフィングは今からだ! 探索士持ちは事務所にツラ出せ! それ以外は予定通りの仕事をこなせ! 明日のシフト変更は後でやっとくから、帰る前には確認しろよ!」

 クロキの怒号に、場のメンツから「ウス!」と威勢のいい返事が返った。

「よぉし、以上、朝礼終わり! 今日も働け野郎ども! 配達はーーー」

「安全! 確実! 迅速!!」

 クロキのかけ声に合わせて、全員が社訓を唱和する。

「よぉっしゃあー!」

 バタバタと駆け出し、散っていく中でミクリがガッツポーズとともに復活した。

「稼ぎ時だぜ? ミクリ」

「おうよ、おっちゃん! 助かったぁぁぁ」

「期待してるぜ、Aクラス探索士殿?」

「まっかせといてよ」

 クロキが差し出した拳に、ミクリが拳を合わせて応えた。

 探索はハイリスクのため、不要な犠牲者を出さないように、参加は一定の力量がある者だけに限られる。それを認められた証が“探索士”という称号だ。

 また、その力量、探索Lvによってクラス分けある。

 その大まかな目安は、

 Eクラス……Lv1~10、10人以上のパーティーで後衛を務める

 Dクラス……Lv11~20、10人以上のパーティーで前衛を務める

 Cクラス……Lv21~30、10人未満のパーティーで後衛を務める

 Bクラス……Lv31~40、10人未満のパーティーで前衛を務める

 Aクラス……Lv41以上、単独で探索を実行できる

 となっている。

 このLvは体力知力はもちろん、様々な要素と実績によって決まるのだが、何よりも、もっとも評価される要素がる。

 生還すること、だ。

 探索では『調査した結果を持ち帰る』ことが最重要項目である。それ故に、都市の防衛や害獣討伐を担当する“闘士”や、害虫や害草の駆除を担当する“駆除士”とは、求められる要素が違う。

 いや、闘士にしても駆除士にしても生き残ることは絶対に欠かせないのだが、探索の場合はさらに重要だということだ。

 何しろ、調査が目的なのだ。成功にしろ、失敗にしろ、結果を持ち帰らなければ意味がない。仮にD~Eクラスのパーティーで「何も分からなかった」としても、「分からなかった」ということが伝わらなかったら、もう一度同じクラスか、B~Cクラスのパーティーで探索が行われるだろう。

 そこが、実際はAクラスでなければ歯が立たない遺跡だとしても、だ。

 ミクリは探索Lv45。大都市コウベでも20人弱しかいないAクラスの探索士なのである。

「よっしゃ、じゃあブリーフィングだ。いくぞ」

「あいよっ! エル、行こう!」

「はいはい、もう、現金なんだから」

 テンションの上がったミクリを見て、エルが苦笑しながら後に続く。エルも探索Lv42、Aクラスの探索士だ。さらにその後に、配送センターで探索士持ちの数名とアシクが続いた。

「戻ったぞ」

 事務所に戻り、会議用の部屋のドアを開ける。

「お疲れっす」

「何かあったんですか? ずいぶんにぎやかでしたが……」

 中の先客から声がかかる。犬科の男が頭を下げ、ツタをまとう愛らしい少女が首を傾げる。ツタは少女と同化していて、所々に花を咲かせていた。

「ああ、ミクリがやらかしてな」

 笑いながらクロキが答え、ミクリが「ちょ、おっちゃん言わないでよーっ」と慌てた。

「はっはっは! 相変わらずだなあ、ミクリちゃん」

「懲りないな、君も」

 有翼系の竜科の男が豪快に笑った。一方、軽くため息を吐いたのは鳥科の男だ。

 もっとも、男といっても性別上の話で、竜科の男のようにニンゲンの輪郭ではない。見た目は完全にデカい隼だ。

 竜科の男も、ニンゲンっぽいのは輪郭、つまり手足や胴体のバランスだけで、クロキと違い全身ウロコに覆われているし、頭も竜そのものである。

 その竜科の男を見て、エルの目が鋭くなる。

「自衛団のヴァニス団長までおられるのですか?」

 エルが危惧するのも無理はない。コウベの防衛を担う自衛団、Cクラス以上の闘士約3000人を率いるその頂点が同行するとなれば、今回の探索の難易度が知れるというものだ。

「ああ、そんなに心配しなくてもいいと思うよ? エルちゃん。最近平和だから、あっちこっちで生活費稼いでるんだわ」

 手をひらひらと振りながら、ヴァニスは笑った。そして「な、先輩」とクロキの胸を軽く叩き、クロキも「おう、小銭稼いでいきな後輩」とにこやかに返した。

 探索士にしても、闘士にしてもそうだが、とにかく“称号”は定職を示すとは限らない。生産系なら別だが、探索士は遺跡が見つかった時だけ必要とされるのだし、闘士などは出番がない方がいいぐらいだ。都市防衛や害獣討伐は緊急事態なのだから。

 従って、称号持ちで別の職に就いている者などざらにいる。複数持ちで畑を耕しているケースも珍しくはない。実際、自衛団の現団長であるヴァニスは闘士、探索士、駆除士の戦闘系称号でAクラスの猛者だが、普段は港の人足で稼いでいる。

「ですが……」

 それでも、エルの怪訝な表情は晴れなかった。

 通常、パーティーにAクラスが一人か二人いれば、たいていの探索に問題はないとされている。それが、配送センター所属のAクラス3名、クロキとミクリとエルがいるというのに、自衛団最強の男が加わるというのだ。

 大体、先ほどのやりとりで先輩後輩と呼び合っていたように、クロキは自衛団先代団長。探索Lv74、駆除Lv65、闘士Lvにいたっては82の化け物じみた力量を誇る“地竜のクロキ”なのだ。引退したとはいえ、“飛竜のヴァニス”と並ぶコウベ五帝の一人、不足などあるはずがない。

 それに、その隣に控える隼は自衛団副団長のハヤテ。探索Lv58、駆除Lv70、闘士Lv69の、こちらも“撃墜王”の二つ名を持つ、コウベ自警団が誇る冷静沈着な参謀である。

 加えて、自衛団の精鋭で突撃隊長の“黒狼”ケンツ、少女ながら自衛団付き医師でもある“金盞花の遣い”レティアーナ。

 どう見ても、戦闘を前提とした人選である。

「いや、本当にそこまで心配しなくてもいいぞ、エル。今回は新人と素人を連れていこうと思ってるからな」

 エルから不安そうな目を向けられて、クロキが事情を説明し始める。

「新人と素人、ですか?」

「ああ、まず、今回はアシクを同行させる」

「あーくんを!?」

 エルがアシクへ振り返る。自分たちの後についてきたのは、てっきりブリーフィングのアシスタントだとばかり思っていたのだ。

「よろしくお願いします」

「ええ?」

 メガネの位置を直しつつ一礼するアシクに、エルが戸惑う。

「気持ちは分かる。こいつはまだ探索士持ってないからな。だが、本来こいつのスキルは探索向きなんだ。ここらで経験積んで欲しいんだよ」

「あ、そっか、あーくんって反響定位エコーロケーション熱線暗視サーマルイメージングが同時にできるんだっけ?」

 クロキの説明を聞いて、ミクリがアシクを指さす。

「はい。僕はイルカとヘビの因子が強く出ているので」

「広く分かるの?」

「エコーは結構広い、と思います。サーマルもそこそこはいけます」

 ミクリの質問に、すらすらと答えるアシク。その頭に手を置いて「さしずめ“深淵の観測者”ってところだな、おまえのスキルは」とクロキが笑った。

 この世界で生きる獣人にたいてい備わっているもの、それがスキルだ。

 スキルは本人が持つ因子によって決まるので、基本的には系統に合ったものになる。犬科なら犬の、鳥科なら鳥の特徴がさらに発展したような感じのスキルになるわけだ。

 だが、永い間に様々な血が混じりあってきたことで、単一の系統の特徴だけというのは、むしろもう少ない。アシクのように複数の特徴が合わさったスキルになる方が一般的だった。

 したがって、スキルは一人一人固有のものになりがちである。似通っていても色々な点で異なっているものだ。

 その上で、それでも大きく分けるなら、『身体系』と『感覚系』、そして『精神系』といったところか。

 身体系は肉体の機能上昇が主。例えばミクリが該当するのだが、ミクリはむしろ珍しい強化一辺倒タイプで、最大筋力・反応速度・柔軟性が著しく上昇している。その代わり、その他は普通の猫科の獣人と何ら変わらない。

 感覚系は、アシクのようなタイプだ。

 これらに対して意味合いが違ってくるのが、精神系である。

 精神系は、獣人の特徴、というわけではない。大昔のニンゲンが組み込んだ因子によるもの、とされている。精神感応、念動力、透視、発火、予知……。

 当時は『超能力』と呼ばれた類の能力だ。

 精神系は他と比べて発現率が若干低い。また、発現してもあまり強くないことが多い。エルのように突出した精神系スキルを持つ者は珍しいと言っていいだろう。

「と、こいつに場数を踏ませることが一つ。で、もう一つの素人だが……老師、まだかい?」

「はい。もうすぐ着きますが。ごめんなさいね、クロキさん」

 クロキに応える声が室内に軽く響く。テーブルの上の球状の機械が発したのは、柔らかく涼やかな女性の声だった。

「あ! カナコばーちゃん、久しぶりー」

「ふふ、お久しぶりね、ミクリちゃん。元気にしてましたか?」

「うん、ばっちり!」

 球体から響く軽やかな声に、ミクリが手を挙げて返事をする。

「ばーちゃんはどう?」

「相変わらずですよ、この20数世紀ほどは」

 ミクリからの返しに、カナコ老師は楽しそうに応じる。が、その中の桁違いの表現に、レティアーナが「20数世紀って……」と何ともいえない顔になった。

 無理はないだろう。年月の桁が、本当に文字通り違いすぎる。

 カナコ老師。30世紀ほど前とされる『前世界の終焉』からずっと存在し続ける者。歴史の生き証人。不滅の生き字引。“老師”とは、その字の通りの意味なのだ。

「さっすがばーちゃん、タフだねー」

「伊達に全機械化していませんよ?」

 球体が軽やかに笑った。

 カナコ老師の『本体』はコウベ市街の中心からやや北より、自治機関が集まっている行政区の大隔壁の内側にある。

 というより、大隔壁の内側全てがカナコ老師である。

 前世界の超技術で作られた絶対防衛の隔壁に囲まれた内側には、数十世紀を経てなお動き続ける永久機関を動力源として、千を超えるメンテナンスマシンがお互いを修復しつつメインシステムを保持し続けている。

 そのメインシステムに記憶、思考、感情、精神、その人格の全てがインストールされた者、それが“カナコ”だ。

「んでも、スピーカーと話しててもつまんないよぉ」

 ミクリが球体、遠隔スピーカーに向けてぶーたれた。

「やれやれ、仕方ありませんね……」

 苦笑の響きの後、遠隔スピーカーの上部から光が沸き上がり、女性の姿が浮かぶ。描き出された立体映像は、ロングスカートにニット、肩にショールを巻いた、大人びたニンゲンの女性だった。

「これでいいですか? ミクリちゃん」

 子供のワガママに応じるときのような苦笑を浮かべるホログラムに「うん! やっぱばーちゃんキレイだなぁ」と盛り上がってから、ミクリは「いつも出てきてよ、恥ずかしがらないでさー」とまたむくれた。

「恥ずかしいというよりも、違和感がありますからね」

「違和感?」

「この姿は今の体に移る前、30世紀以上前の姿です。そのときに失ったものですし、今の私とはもうかけ離れていますし、もう“自分”とは違うものだと思うのよ」

 首を傾げるミクリに、カナコ老師が答える。

「でも、ばーちゃんなんだよね? この姿」

「ええ、紛れもなく昔の私の姿です。ですが、このころの私と、今の私が同じとは思えません」

「どういうことですか?」

 聞いていたエルが話に加わった。

「今の体である量子演算装置内蔵永続運用機構、通称“ノアの箱船”に移った時点では、私は余すことなく私でした。しかし、その後の永い永い年月の中で、私は自我の一部を凍結させたり、また解凍させたりを繰り返していた間に、色々なものが欠けたと認識しています」

「へ? 何かなくしちゃったの、ばーちゃん?」

「代表的なものは、感情、ですね」

 やや寂しさを浮かべた顔で、カナコ老師は答えた。

「そうは見えませんが……」

 エルの表情が、ピンとこないと語っている。

 そう、どうにも合点が行かない。現に、今カナコ老師の顔に浮かんでいる寂しさは、表現が少々おかしいが“絶妙”だった。“カナコ老師”という人物が、この話の流れで浮かべる表情として、本当に何ら違和感がない。過不足なく、話す相手への配慮をも含めた、心情の機微が的確に表れている。

 とてもじゃないが、作り物には思えない。

「例えば、今のこの表情も、過去の私のデータから算出して再現したものなのですよ、エル」

 エルの心を読んだかのように、カナコ老師が言った。

「永い永い時間の中で、私は幾度となく自我の一部、もしくは全部を凍結し、また解凍しました。絶望感や孤独感にさいなまれた時とかに、ね。そうしなければ私は私を保てなかった。それに、色々考えすぎてしまえるのも問題ですね、自分を見失ったことも数え切れません」

 カナコ老師が続ける。寂しいような、悲しいような、苦しそうな、遠い目で。

 これも作り物だと言うのだろうか?

「そのせいで、ですか? 自分を保とうとした結果だと」

「さあ? 理論的には、私の自己復元プログラムは完全なのです。欠損が起きるはずなどない。理論と現実は違ったのか、それとも自分で壊して消してしまったのか……どうなのでしょうね?」

 エルの質問に質問で返すカナコ老師。穏やかな笑顔で、目元だけに寂しさを浮かべて。

 かえって伝わる、切なさ、辛さ。

 これもデータで算出されたものだと?

「む~、納得いかないっ」

 ミクリが唸る。まるで、エルの心の内を代弁したようだった。

「だって、ばーちゃんは寂しいから、だからそんな顔してるんでしょ? それのどこが欠けてるの? ばーちゃんはばーちゃんじゃんか」

 首をひねるミクリに、カナコ老師がはにかむように「そうだといいのだけれどね……」と語尾を濁したところで、ドアが開いた。

「彼女の言うとおりでしょう、老師」

 一同の視線が集中する。入ってきたのは白衣をまとった若い男だった。見たところ20代半ばぐらいで、クロキには到底及ばないが、ミクリより頭一つは背が高い。細身で顔の印象も無駄がない感じで、メガネの前で黒い前髪が揺れている。

 獣人らしい特徴は、見たところない。

「その表情は貴女のデータの中から算出された。それは、今この時の貴女を、“寂しさ”を示す最適なものとして選択された、ということだろう? ならば、貴女は“寂しい”という感情がどういうものかを理解していることになる。知らないなら、それに適したものを選ぶことは出来ないからだ。失ってなどいない」

 部屋の中へと足を進めながら、男は続ける。

「貴女が気にしている“算出”は、単に、脳が処理していたことをアルゴリズムが処理するようになっただけのことだ。貴女は、貴女の時代に存在した人工知能と自分自身を照らし合わせているのだろうが……」

 遠隔スピーカーの前で止まり、カナコ老師を見る。

 真っ直ぐに。

「貴女は、人だ」

 きっぱりと言い切られて、カナコ老師の口元が緩む。

「……そうね。ありがとう、カイ君」

「事実を言ったまでです」

「でも、遅刻よ?」

「すいません」

 いたずらっぽく笑うホログラムに、男は素直に頭を下げた。

「ふむ、そいつかい?」

 見守っていたクロキがカナコ老師に問う。

「ええ。皆さん、紹介しますね。カイ=アキツ君、研究所の優秀な職員です」

 カナコ老師の柔らかな声にあわせて、カイが一礼する。

「で、話の通り?」

「はい。彼はニンゲンです」

「ええっ!?」

 クロキの質問へのカナコ老師の答えを聞いて、一同が驚きの声を上げた。

「えっと、それは……」

「クロキ所長!?」

「だ、大丈夫なんですか?」

「おいおい、先輩」

「えー?、そーなの?」

 一気にざわつく中、当のカイは平然とメガネの位置を直している。

 が、一同の反応の方が真っ当なのだ。

 ニンゲンだということは、何の因子も現れず、何のスキルもない、ということ。

 つまり、この世界の人種の中で最弱。

 探索に参加するなど自殺行為、それどころか足を引っ張ること間違いなしだ。危険極まりない。

 動揺する一同を、クロキが手で制する。

「素人を連れていくって言っただろうが」

「ああ、それで……」

 クロキの言葉で、エルはようやく納得できた。それでこのパーティーになるわけだ。過剰と思える戦力は、アシクとカイの護衛に必要だからだ、と。

 とはいうものの。

「でも、それにしても大げさでは?」

 エルが再び問う。納得はできたものの、それでも精鋭すぎる感じは否めない。少なくとも、低レベルの遺跡ではないはずだ。

「その辺りを含めて、今から説明する。時間も押してるしな」

「へ? 時間って?」

「お前なぁ。今日はもう仕事無しだとか思ってねえだろうな? シフトずらしただけで、ちゃんと働いてもらうぞ? ミクリ」

 とぼけたことを言うミクリに、クロキがため息混じりで告げる。「いっ?」と、 図星を指されたミクリがひるんだ。

「よし、じゃあ始めに基本のおさらいを……アシク、言ってみろ」

「は、はい!」

 クロキから話を振られたアシクが緊張する。目を閉じて、一息吸ってから、軽く咳払いした。

「まず、遺跡とは、30数世紀ほど前に『前世界の終焉』で滅んだ前人類、いわゆるニンゲンによって作られた何らかの施設のことです。前世界のニンゲンたちは、今の僕たちからは想像も出来ない技術力を持っていて、繁栄を極めていましたが、結局滅んでしまったと言われています」

「へ? 何で?」

 アシクの前振りに、ミクリが首を傾げる。今更なことを言われたアシクが「ミクリさん……学校で習いましたよね?」と呆れて、ミクリが「うっ、ど、ど忘れしちゃっただけだよ?」とばつが悪そうに言い訳した。

「……前世界のニンゲンたちはエネルギー問題さえ克服、無限の電力を生み出すとかですね、それとか自然環境さえコントロールしたとか、まあ凄かったんですけれど、ニンゲンとしての問題を解消することは、ついに出来なかったそうです」

「『ニンゲンとしての問題』?」

「他者の不理解や際限無い欲望、それらによる富の偏在、その奪い合い、争い。ニンゲン同士だからこそ発生する問題です」

 ミクリの質問に、アシクが模範解答を続ける。

「でも、そんなの今も変わらないじゃん?」

「そうですね。ですが、今と前世界では技術力が、力の規模が違いすぎます。結果、起きた争いは壮絶を極めるものだったそうです。この星の形を変えるほど……とだけ聞いています」

 最後のところで、アシクは言葉をぼやかした。そしてカナコ老師を見る。

 『前世界の終焉』の詳細は、生き証人であるカナコ老師が語らないので、誰も知らないのだ。

「そうなの? ばーちゃん」

「その通りです。私たちは愚かでした。結局、大人になれなかったのよ」

 目を閉じて、そのまま口を閉ざす。やはり、カナコ老師は語るつもりはないらしい。

「滅びを目前にしたニンゲンたちは、どうにかして生き残るために、種の保存のために様々な方法を試したそうです。体を機械化してあらゆる環境に耐えられるようにしたり、コールドスリープでしたでしょうか? 超々長期間眠る装置を使ったり、宇宙空間……ってよく分かりませんが、そこへ旅だったりと、僕たちには理解しきれないことも実施されたとか」

 アシクの説明にミクリは反応しなかった。

 いや、出来なかった。頭が処理できなかったのがよく分かる表情をしている。

「……機械化? こーるど? 宇宙? ……えーっと、が、がんばったんだね? あ、でも、機械化って、ばーちゃんみたいな感じってこと?」

 惚けながらも、ギリギリ喰いつける単語があったらしい。何とか分かったところを引っかけるようにして、ミクリはカナコ老師へと振り返る。

「そうですね。概ねは人型の体を作成してそこへ自我を移すものでした。それでも、永い永い年月に体は耐えられても、精神が耐えられなかった。今でも稼働しているのは数名いるかいないか……」

「そ、そーなんだ……」

 淡々としながらも寂しさを醸し出すカナコ老師につられて、ミクリの相づちも力無い。

「コールドスリープは目覚める設定年月が短すぎましたね。元々10世紀以上は想定していなかったシステムですから仕方がありません。宇宙へ旅立った者に至っては、始めから帰還することを考えていませんでしたし」

「……へえー……」

 ミクリの声が完全に棒読みになった。カナコ老師の補足に、もう全くついていけないらしい。

「でも、全てが失敗だったわけではありません。今ここにあなたたちがいるのですから」

「……へ?」

 自分が話題に上ったことで、ミクリが帰ってきた。

「“生き残れる人間”を作る計画。様々な生物の特徴を取り入れ、さらに強化して、人間よりもはるかに“強い”人間を作るプロジェクト。その子孫が、あなたたちです」

「そーなの!?」

 驚くミクリに、カナコ老師は微笑み返す。そして、アシクへと目線を送った。

「ええ。老師のおっしゃったように、前世界のニンゲンは、様々な因子を組み込み、強化して、新しい人種を作ったそうです。それが今の僕たちの祖先とされています」

 カナコ老師からのパスを受けたアシクは、そこまで言ってから「……って、習ったはずですよ? ミクリさん」と冷たいツッコミを入れる。その上、エルから「頭より体を使う方が好きだものねぇ、ミクリは」と茶化されて、ぐうの音も出ずにミクリは力無く唸った。

「とはいえ、前世界のニンゲン自体は『終焉』で滅んでしまいました。そしてその超技術は失われて、今はロストテクノロジーと呼ばれているのですが、遺跡にはその結晶が残っていることが、まれにあります」

 アシクが話を本題へと戻す。

「その結晶、前世界の遺物が残っているかどうかを調査し、可能であれば持ち帰ること。それが探索です」

 そこでアシクは話を切って、クロキをうかがう。

「よし、上出来だアシク。模範的だったぞ」

 アシクへと笑い返してから、「さて、と」と姿勢を正した。

「では本題だ。その遺跡が見つかった」

「どこだい? 先輩」

 真剣になったクロキに、ヴァニスが問う。

「ここから北へ80から90kmほど、キノサキとの間……いや、少し向こうよりぐらいってところかな」

 少し見上げるようにして、クロキは記憶をたどっている。

「へ? そんなとこにあったの?」

 ミクリが目を丸くする。

「そう遠くはないな」

「その辺りなら、一度は調査していそうなものですけど……」

 ハヤテとレティアーナも首を傾げる。

「確かに、コウベ近辺はあらかた調査済みだ。だったんだが、この間、地震があっただろ?」

 クロキが一度うなずいてから話を続ける。

「あ、あったっすね、地震みたいなのが。一ヶ月ちょい前かな。でも、地震っていうにはちょっと変だったっすよ?」

 ケンツが手をたたきながら応える。

「そう。地震にしちゃあ妙だった。一瞬、というか一撃の衝撃って感じだったろ? おかしいってんで調査隊が出張ったんだ。震源地らしいところへと、な」

 ケンツの疑問を受けて、クロキがさらに続ける。

「どうだったんですか?」

「クレーターが出来てたんだとさ」

 エルの問いかけに、肩をすくめながらクロキが答えた。

「くれーたー?」

「おいおい……。要するに、デカい爆発で地面がえぐれてたってことだ」

 口調からミクリが理解できていないことを察したクロキが、呆れながら補足する。

「大きいものですか?」

 エルが話を進める。

「大きいな。爆心地は半径1km超えるらしい。その周辺は木々も吹っ飛ばされて、まあ見晴らしがよくなっちまってるそうだ」

 クロキの答えに、一同が唸る。

「確かに、大きいですね……」

「しかし、なんでまたそんな爆発があったんすかね?」

「空から見る限りでは、ただの森だったと思うが……」

「隕石が落ちた、とかかしら?」

「有りうるな。そこそこのサイズが落ちたか?」

 ざわつく中、ミクリが首を傾げて、一言つぶやく。

「で、遺跡があったの?」

 他の全員が「あ」とあっけにとられた。本題を忘れかけたのに気づいたのだ。

 クロキがにやりと笑う。

「そう、それが問題だ。クレーターの中心地に建造物の残骸が確認された。明らかにこの時代のものじゃない、遺跡に間違いないそうだ」

「降って湧いたような話ですね……」

 クロキの説明に、レティアーナが考え込む。

 そこへ、さらにクロキが付け加えた。

「で、その地下にも遺跡があるらしい」

 一瞬、一同がきょとんとする。

「……あー、先輩? それは地表と地下に遺跡があるってことかい? 2つ? それともひと続きの遺跡が地下から地表まで伸びてるってことかい?」

 ヴァニスが代表して疑問を口にした。

「分からん。見た感じではどっちとも言えんそうだ」

 クロキが軽く両手を挙げる。「そのくらい確認できんのか」と調査隊に厳しいハヤテに、「害獣はわんさと確認できたってよ」とクロキがフォロー代わりに答えた。「巣くうの早ぇな!?」とケンツが驚く。

「……地表の遺跡の大きさは?」

「ざっと300mほどらしい」

「デカすぎるな、先輩」

「ああ。クレーターのサイズに合わねぇな」

 ヴァニスの問いは、隕石のごとく降ってきた仮定である。クロキも意図を理解している。

 仮に、数百mの隕石が落ちたとすると、爆心地のクレーターはそんな程度では済まない。それどころか、コウベですら何らかの被害を被っているはずなのだ。少なくとも、マグニチュード10以上の大地震相当の被害が出るのは間違いない。

 それにしても不可思議な話だった。

 遺跡が一つだとすると、何故唐突に大爆発が起きたのか。数kmに及ぶ被害を出すほどの。そして一部が地表に現れたのは何故か。

 遺跡が二つだとすると、地表の遺跡はどこから現れたのか。隕石のごとく降ってきたにしては被害が小さすぎる。それに、そもそも、何故二つの遺跡が同じ地点にある?

「とまあ、そういうこった。訳の分からんことがあまりにも多すぎる」

 全員の疑問をクロキが代表し、そして腕組みして続ける。

「だから、今回の探索は調査が第一の目的になる。どんな危険があるか分からん。遺跡が生きてる可能性も高い。戦力は多い方がいい」

 生きている、とは、遺跡の機能がまだ健在、という意味だ。ロストテクノロジーの防衛システムが稼働しているのなら、通常なら手出しが出来ない。

 返り討ち確定だからだ。

「遺跡が生きているのでは……」

 探索士なら当然の常識を口にしたレティアーナを、クロキが指で遮る。

「そのために、カイ=アキツ氏に同行願うわけさ」

「え?」

 不思議そうにするエルへ、クロキは顔を向ける。

「こいつはロストテクノロジーに詳しいんだと。遺跡が生きていても、どうにか出来るかもしれんそうだ」

「うそ!?」

「まじで!?」

 エルとミクリが連続で叫ぶ。ケンツも「まじっすか?」と目を丸くし、普段あまり表情が変わらないハヤテまでもが「信じられん……」と唖然としている。

 当のカイは、「おそらく、ある程度は」と平然としていた。それから、クロキへ「カイで結構です」と付け加える。

 ヴァニスがカナコ老師へと目を向ける。

「本当ですか?」

 カナコ老師は静かにうなずいた。

「はい。研究所に来てまだ一ヶ月にもなりませんが、その腕前は確かなものです。実際、現時点で最も優秀な研究者は彼なのです」

「本当ですか!?」

 同じセリフで、今度はエルが驚く。

「間違いなく、ダントツで」

 カナコ老師は笑顔で太鼓判を押した。

「……そいつは、凄いな」

 カナコ老師のお墨付きに、ハヤテがため息をもらした。

 実際、驚異的なことである。もはや誰も理解できない、その末端すらつかめない旧世界の超技術を、ある程度とはいえ扱えるかもしれないなど、超がつく天才としか言いようがない。

「そういうことだ」

 一言言ったところで、クロキは姿勢を正して息を吸い込んだ。

「今回の探索は調査主体、対象は確認された地表および地下の遺跡! 対象の難易度、アシクの育成、カイの護衛のためにこのメンバーで実施する! 出発は明日の朝9時、フル装備でここに集合だ!」

「了解!」

 クロキの号令に、一同が声をそろえる。

「遅れんじゃねえぞ! きっちり準備して来やがれ!」

「はい!」

「おおっ!」

 クロキの檄に、おのおのが気勢を挙げた。

「以上、解散! ……お、そうだミクリ、ついでにカイにそれ直してもらっとけ」

 思い出したように、クロキがミクリの肩辺りを指さす。

「へ? ……あ! そうだった!」

 完全に忘れていたミクリが慌て出した。

「? どうかしたんですか?」

 カイが首を傾げる。

「えっとね、えー……アキツさん? この扇風機なんだけど、ちょーーーっと壊れちゃってて、あ、不可抗力、不可抗力なんだよ? わざとじゃなくってね? その……」

「カイで結構。わかりました。見せてもらえますか」

 子供の言い訳よりもたどたどしいミクリの長セリフを、カイの簡潔明瞭な言葉があっさり断ち切る。

 横でエルがくすくすと笑いをかみ殺していた。

「扇風機? ……ああ、エアリアルの一種ですね。これはまた、骨董品だな……」

 ミクリが肩から外して差し出した扇風機を手にとって、少し眺めていたカイが小さくつぶやく。

「えありある?」

「失礼、こちらではスカイクルーザーと言いましたか。……ふむ。すぐに直りますよ、これなら」

 ミクリの疑問には答えず、その代わりにカイは結論を軽く述べた。

「ホントに!?」

「ええ、別に壊れていませんから」

 平然と目を向けるカイ。対して、ミクリは見るからに不思議そうだ。

「へ!? だって、ほら、壊れてるじゃん? この中のプロペラがさー」

 ミクリが指さす。確かに、プロペラ部分は間違いなく壊れていた。それはもう、誰の目にも明らかに、バッキリと。

「いえ、これはプロペラは重要ではないんです」

「そーなの!?」

 さらっと言われて、ミクリは驚きを隠せない。

「ええ!? だって前に壊した時はもの凄ーく怒られたんだよ!? 貴重な部品に何してくれとんじゃワレ!って」

 過去のイタいシーンが脳裏をよぎった。研究所の整備班のじーちゃんの顔が、眉間のシワの数まで思い出せる。

「……前も壊したんですね?」

「うっ……」

 カイのため息に、ぐうの音も出ないミクリ。

「エアリ……いえ、このスカイクルーザーはプロペラで推力を発生しているのではありません。こちらの、この前の穴から吸い込んだ空気を、後ろの隙間から吹き出すことで推力を生んでいるんです」

「はえ?」

 カイが指さしているのは、扇風機の前の方、外側に4つ空いている大きな穴だ。大きく盛り上がったところに、斜めに削ったように空いて、網が張ってある。

「ここ?」

「そう。ここから空気を吸い込んで、この、後ろの隙間から勢いよく噴射させるんです。もちろん、ただ吸い込んだだけでは全く足りませんから、物理原則調整フィールドを展開させて空気の体積を増加、運動速度も加速させて噴出させる」

「ほえ? え?」

「ただ、いずれにしても吸い込んだ空気量に左右される。だから急激な加速、発進時などには向かない。速度が乗った後、高速航行時にスペック通りの機能を発揮する。なるほど、そう考えるとスカイクルーザーとはよく言ったものだ」

「はえー……」

「通常は高速航行時の補助エンジンでしかないんだが……ほう、前方にも噴出口があるな……このレバーで切り替えて、ふむ、急制動も出来るようになっているわけか……なかなか良くできている。こんなモデルもあったのか……」

「……」

 ミクリ、完全に沈黙。

「あ、あのぉ、カイさん?」

 代わってエルがカイに声をかける。

「ああ、失礼。ですから、プロペラが推力を発生させて……」

 没頭していた自分の世界から帰ってきて、改めて説明しようとしたカイが、そこで言葉を切った。

 ミクリをじっと見る。

 惚けていた。

 眉間を押さえるカイ。何か、こう、彫刻のように。

「……えー、これは、前の穴から空気を吸い込んで、後ろの隙間から吹き出して進むんです。プロペラは、物理原則調整フィールド展開のための補助電力発電用……いえ、とにかく、プロペラ部分は、とにかく回ればそれで良いんです」

 言葉をかみ砕こうとして、うまくいかなかったらしい。カイの説明は、最後は力押しのようなノリになった。

「……まわれば、いい?」

「そう。回れば良いんです、何でも」

 幼児に諭す保父のごとき構図。

「……なんでも?」

「そう、何でも、回れば良い。だから、交換するだけで大丈夫です」

 親指をしゃぶりかねないところまでイってしまっていたミクリが、徐々に帰ってくる。

「大丈夫?」

「大丈夫です」

「ホント? よかったー!」

 いつもの調子に戻ったミクリが胸をなで下ろす。もっとも、それ以上に安堵したのはカイだったが。

「それにしても、本当に優秀なんですね、カイさん」

 傍観していたエルが感心する。が、ミクリの幼児化があったせいで、口調は苦笑混じりだった。

「……知っているだけですよ」

 誰にも聞こえないぐらいの大きさで、カイがこぼす。

「え?」

「いえ。では、これは今日中には直しておきます」

 扇風機を抱えるカイ。

 少々重そうなのは仕方がない。ミクリにとっては全く問題にならなくても、ニンゲンのカイにはそこそこの重さなのだ。

「へ? そんなに早く?」

 ミクリが目を丸くする。

「適当に作ったプロペラと交換するだけですから。夜までには終わりますよ」

「良かったあー」

 事も無げに言うカイの姿に、ミクリは改めてほっとした。エルも「良かったわね、ミクリ」と嬉しそうである。

 和む二人を見ながら、しかし、カイは首を傾げた。

「それよりも、仕事はいいんですか?」

「あ」

 二人そろって固まった。

 周りを見回すと、3人の他にはもう誰もいない。

「もう皆さん行かれましたが。クロキさんは『シフトをずらしただけ』と言っていたと思いますが、急がなくても大丈夫な……」

 カイの言葉が終わらないうちに、二人がはじけ飛ぶように動き出す。廊下を一瞬で、そして仕訳場の受付まで駆け抜けた。

「あ、エルさんミクリさん遅……」

「あーくん、今日の分はっ!?」

 こちらも、受付でシフト表を繰っていたアシクの言葉が終わらないうちに、二人そろって顔を突き出す。

 その剣幕に圧されて、アシクは慌ててシフトを読み上げ始めた。

「はははいっ……、え、えっと、エルさんは封書、速達込みですっ、コウベ市内全域で戸別に151通、他にアリマとヒメジの集配センターへそれぞれ小コンテナ1個配送、今日中の至急扱いですっ」

「うわ、きっつぅ」

 思わずうなだれるエル。

「それから、ミクリさんは小包の配送、市内の北区で44件、中央区で36件、東区で57件、計137件ですっ」

「ひ、ひゃ、ひゃくさんじゅう、なな……?」

 アゴが外れんばかりに絶句するミクリ。

「えっと、明日から探索で人手が減るから、その分働いてもらっておくって所長が……」

 おろおろしながら補足するアシク。

 コウベ市でなら、普通なら一人当たり一日80件程度(手押しの台車で回る)。この物量は繁忙期、それもそのピーク時並みと言っていいだろう。エルにしても、封書はともかく、真逆の方向へコンテナを空輸しなければならない。

 そして時間はもう10時を過ぎている。

「あの、これ、配送先のリストです……」

 アシクが二人へと、紙切れをおずおずと差し出した。

「……おっちゃんの鬼ぃぃぃっ!!」

 ミクリがリストを握りつぶしながらを絶叫した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ