緑スライムと僕
僕は、クルト・バンスクルは、小川の中から,緑色の光が出ているのを見つけた。
僕は、荒い呼吸をしながら、確かめにゆっくりと川のほとりに行く。光っているのは、13歳の僕の手のひらに握れるほどの小石。緑色で丸く平たい石だった。手にとるとかすかに暖かい。川の水につかっていたのに。
僕は、綺麗な緑色に魅かれ、その石をズダ袋に入れ、家に戻った。
袋の中には、乾燥したカスミレソウが入ってる。僕の病気の薬だ。いつ発作がきてもいいように袋はいつも、持ち歩いてる。
麦の収穫の時期は、僕の病気はひどくなるようだった。村のお医者様がいうには、ヘイフィーバーという病気だそうだ。牧草や小麦の収穫の時に、発作がおこるらしい。”成長して体力がつけば治るだろう”とう医者の言葉は、当たらなかった。
13歳になった今でも、発作は起きる。
発作は苦しい。ひどい時になると、息を吸う事も吐くことも出来ず、眠る事すら出来ない。今日も発作が出て、本当なら夕暮れまでかかる仕事だったけど、途中で僕だけ家に帰る途中だった。
役立たずの自分にがっかりする。
発作が少し楽になった気がする。川岸の新鮮な空気がよかったのかもしれない。
家に戻るとすぐ、煎じ袋を作るため、袋の中のカツミレソウをとりだした。その時、(あれ?少なくなってる)と、思ったけど、火を起こすのに気を取られ、そのままにしてた。
カツミレソウは、煎じて飲むと少しの発作なら、しずめる事が出来る。
薬を飲んで、ホっとしてると、腰に下げてた袋が、もそもそしてる。川で小石を拾った事を思い出し、袋の口を開けると、緑色の何かが、飛び出した。
僕は、その勢いでしりもちをついた。
僕の目の前で、緑色の丸いものが、跳ねてる。こんな動物見たことない。緑&跳ぶ=カエルって事も考えたけど、人間をみたら逃げるだろう。カエルだったら食べる事ができるんだけどな。
(カエルじゃないよ、よく見て、真ん丸だよ。クルト)
声が聞こえた気がした。僕以外に、人は誰もいないのに。
(だから、目の前で飛び跳ねてるのが僕だよ。ちょっと手を広げて差し出して)
よくわからないけど、手を広げると、飛び跳ねていたものが、ポヨンっというかんじで、僕の手に乗った。それは、半分透明の緑の球だった。柔らかい。
(もしかして魔物?)
手をとっさに引っ込めると、その謎の球は、僕の肩に乗った。
(クルト~。僕は魔物じゃないし、人間に危害は加えないよ。人からは”スライム”といわれて、見つかると僕らは、殺されてしまう。さっきは危ない処だった。助けてくれてありがとう)
この球は、スライムという生き物か。でも助けた覚えがないだけど。さっきまで僕は発作で苦しかったし。
(小川で僕を拾ってくれたろ?あの時、僕はハンターに追われていて、とりあえず川に飛び込んだ。けど、あのまま川で光っていたら、ハンターに見つかったろう。石への変化が中途半端のままだったんだ。お願いだよ。ハンターが遠くに行くまででいいから、僕をかくまって)
僕は珍しく、一人っ子だけど、もし、弟がいたら、こんな感じかなっていう、幼い声だった。
悪い魔物にも思えないし、大丈夫だろう。
「じゃあ、助けてあげるよ。ところで名前は?」
(え?名前はないけど・・)
「じゃあ、緑だからミドって呼ぶよ。それと、いちいち僕の心を覗かない。ミドに聴きたい事は、声にだすから。ただし、人のいない所でだけ」
それから、僕とスライムは、いろいろと話しをした。
緑のスライムは、植物を食べる事。石に変化して、今回のような危機をやり過ごすのだとか。冬は食べ物がないのと、寒いって事で石になって冬眠する。秋にたくさん食べて置く。普段は森の奥に住んでいて、さっきはスライムを狙うハンターに見つかって、逃げてた事。それと、こうしてスライムと話せる人間はごく少ないそうだ。心に呼びかけても、聞こえない人間が殆どだそうだ。
僕は、なぜ”ハンター”に追われてるのか聞いたけど、ミドは口(?)ごもった。
ハンターは森の動物を狩るのが仕事。獲物を食べたり、市場で交換して暮らしてる。僕はミドのような生物は、見た事がない。
(僕らは人間にかかわる事のないよう、森でじっとしてるのに。最近、森の木が切られて、どんどん住処が狭くなって・・)
森の木を切ってるのは、僕たちだ。
冬の薪にするためと、後、新しい畑を作るためだ。
僕と叔父家族らが集まり、20人がかりで、木を伐り根をほりだし、草を抜き、耕す。
来年からやっと、少しばかり畑が増えそうだ。
「ミド、秋も終わりだけど、冬眠するまでどうしたい?家で石になってる」
(出来るなら、冬眠するまでクルトと一緒にいたいな。僕、変化も少しなら出来るし、邪魔ならさっきの袋に入ってる。そうだ、カツミレ草、少し、もらった。お腹がすいていたんだ。ごめんなさい)
袋を確かめると、確かにカツミレ草が、半分に減っていた。
「袋に入っていた草は、僕の薬なんだ。今年はカツミレ草がたくさん採れたからいいけど。約束してくれる?袋の中のものを食べない。畑のものを食べない、って。それなら一緒にいていいよ。それと人前には出ないほうがいいかな。」
まあもう、畑のものといっても、半分以上は収穫が終わってる。後はカボチャくらいかな。
(クルトの薬だったんだ。ごめんなさい。クルト。袋の中のものは食べないよ。それに、僕は、畑のものには手をださない。緑の植物でありさえすればいいんだ。)
僕と緑スライム、名前がないというので、緑色というので、ミドと呼ぶことにした。ミドと僕は、冬眠するまで、一緒に過ごす。
*** *** *** *** ***
それから僕は、開墾してる場所へ、行く事が多くなった。ミドは量は少ないけれど、植物ならなんでも食べるので、雑草をみつけては食べ、休憩時間には、森にミドをつれていった。
ミドは植物に詳しくて、食べる事の出来るキノコ、木の実を教えてくれた。話していて、ためになったし、楽しかった。他に薬になる植物も教えてもらった。
「ありがとうミド。キノコと木の実、乾燥させて、これでウチは冬の食料は、なんとか足りそうだだ。それにしても、ミドは物知りだね。植物について、いろいろ知ってるんだ」
(いや、それはなんというか、僕の知識というより。僕たち、スライムの知識かな。僕らは遠く離れていても意識はつながっていて、それで、知らない事でも、フっと頭に浮かぶんだ。)
頭って、......スライムって、体そのものが頭のようだし、?半透明の体の中は、ひときわ濃い緑色の石が光ってるけど、それが頭?心臓のような気もするし。
スライムの仕組みは謎だけど、それども僕たちは仲良くなった。昼は僕の袋の中。誰も周りにいないときは、ミドは秘密の僕の話し相手になった。夜は声をださずに、冗談、いいあったり、そんな時は、一人っ子の僕には、一日のうちで、最も楽しい時間になった。
*** *** *** ***
初雪が降った次の日、ミドをつれて森へ行くのも今日が最後という日。鳥たちがいやに騒がしかった。オオカミが、狩でもしてるのだろうか。早くく森を出よう。歩きかけて、僕はとっさに隠れた。人の声がする。いやな予感もする。山賊かもしれない。
草の隙間から覗きみると、オオカミと同じくらい凶悪な山賊がいた。馬を休ませてるらしい。
「へへ、お頭、今日の村は兵隊もいない、柵もちゃっちいもんだったですぜ。」
「じゃあ、楽な仕事だな。おい、お前達。子供と若い女は殺すな。売りとばせるからな」
「収穫終わったみたいだし、村でたくさん、いただいていこうぜ」
その言葉で僕は血の気がひいた。ここから一番、近い村って、僕んとこだ。
秋の収穫が終わった後の村を狙っているのだろう。
僕は、息を殺して木の陰に隠れ、ミドも袋の中でジっとしてる。
村を襲うのだろうか。はやく皆に知らせないと、食物を略奪され、家を焼かれ、抵抗すると、殺される。
(ミド、どうしよう。村に知らせに行かないと。母さん、皆を逃がさないと。ここから領主様に兵隊さんを頼みに走っても、間に合わない。)
僕は、念のため声を出さずにミドに話しかけた。ミドは袋の中からでるとジっとして無言だ。
なんとかできないのだろうか・・・
(今、仲間に助けを求めた。緑のスライムがここには、結構隠れてたみたいだ)
山賊連中は、10人はいるだろうか、息をひそめる僕。山賊連中は、お気楽な調子で馬を走らせて行った。
(どうしよう、ミド。父さん、母さんが殺されてしまうかも)
ミドはしばらく黙った後、僕に山賊の後を追うように言った。
(クルト、この道は、途中で行き止まりで先は崖になってるって、知ってるだろう?)
(そう、だから途中で右に曲がる道を通る。)
崖といっても、断崖絶壁ではないんだけど。ミドには何か作戦があるのかな。
(クルト、その右に曲がる道の入り口を、仲間のスライム達が、木に変化して通れないように、山賊たちを だましてくれるって。
僕は馬のお尻を叩いて、馬を全力疾走させる。10mもない崖だけど、何人かでも落ちればいい。曲がる場所はわかるよね、そこに行っていて。)
ミドはすごい速さで、山賊を追って行った。でもそう、上手くいくのかな。2人、落ちたとしても、残り8人もいる。
僕はドキドキしながらも、言われた通り、正しい道を進んだ。ここは、殆ど獣道のように、幅が狭い。両側は、松の木にかこまれて暗い処。途方に暮れてると、どこからともなく、ミドのようなスライムが、たくさん、跳ねて寄って来た。大きさはさまざまだけど、一番、大きいのは、僕の腰までの身長(?)が、あった。
「あ、あの、こんにちは、僕、クルトっていいます。助けていただいたそうで、ありがとうございます」
(まだじゃ、これからが大変じゃ)
大きいスライムの声は、長老のように 低く重い声だった。
(あやつらは、ここに戻ってくる、そこでわしらは、馬の顔をめがけて、ツバを吐く。ツバといっても馬には、十分、刺激になるはずじゃ。馬を暴れさせる)
なるほど、馬がなければ、彼らも困るだろう。村に歩いてくるって事もあるだろうか?
徒歩なら、道に詳しい僕のほうが、速く村につく事が出来るかも。
ミドが帰ってきた。
(ごめん、あまり落とせなかった。でも、落馬した奴が3人いたから、今頃、馬探しで、ウロウロしてるはず。でも、かならず、馬を探して戻ってくる。村を襲いにくるだろう)
「ミド、で、僕はどうしたらいい?」
(他の皆が、馬を刺激して足止めしてくれるから、その間、僕とクルトは長老様にのって、村に向かう)
乗るって、球にのって、弾んでいく?想像してるうちに、準備ができたようだ。
(いくよ、クルト、せいの)
その掛け声で、3人は高く飛び上がり、瞬間、長老が球から、敷物のようにひらたくなって、
僕らをのせた。高い、村のほうへ向かってる。大きな鳥にのったら、こんな気分だろうか。
秋の終わり、冷たい風が僕の顔をたたきつける。
(ホホ。しっかりヘリに捕まっておれ、そら、もうついたぞ)
僕らは村の手前で地上に降りた。長老とミドは石になった。ごまかすためと、それと疲れたのだろう。長老の変化した石は、スライムの時の大きさの半分もなかった。僕は二人をズタ袋にいれ、村へと、走って行った。
「皆、大変だ。もうすぐ山賊がやってくる。僕、森で話してるのを聞いたんだ」
それで村中、大騒ぎになった。すぐ領主様へ、兵を出してもらうよう、使いも出てった。
村の人達は、おおあらわになった。すぐに村から逃げ出すものもいた。武器なんか僕たち農民にはない。狩猟用の弓とクワくらいなもんだ。後は石を投げるか。
僕は村の手頃な石を集めた。ヤツラがきた時に、投げるために。手で投げるのではなく、布に石をいれて、振り回して投げるやり方だ。そうだ、石で思い出した。ミドと長老に、何か食べさせてあげないと。
僕は、慌てて家に戻った。
「クルト、ああよかった。無事だったんだね。」
「クルト、母さんと一緒にこの村から逃げなさい」
父さんは、僕の肩を抱いた。ああ、父さんはここに残って戦うつもりなんだ。
「父さん、僕も一緒に山賊たちをやっつけるよ。それより、何か、緑の野菜はない?」
父さんの言う事は聞かなかった。はじめての反抗だ。
収穫したばかりのカボチャをみつけ、ミドと長老にあげた。
(いいの?これ、クルト達の食べ物なのに)
「これくらい平気さ。それよりありがとう。なんとか村への知らせることが出来た」
父さんと母さんは、突然、現れた大小2個の緑の球体に、びっくりしてる。説明してるヒマはない。
「僕たちの味方の、ミドと長老。詳しい事は後で説明する。それより父さん、山賊は10人弱。村の中に入る前に、やっつけないと」
父さん、ちょっとポカンとしてたが、すぐに家の中の戦いに使えそうなものを探した。
村から逃げる人達が、まとまって、荷馬車で出て行った。主に子供と女性。お年寄り達は、足手まといになるからと、自ら辞退して村に残った。
例え、村人で全員逃げたとしても、冬を越す食料がないと飢え死にだ。残って、山賊を追っ払う事が出来たら、村人は助かる。
僕は石になったミドを握り締めた。僕たちが山賊とやりあってる間、領主様の兵隊が間に合いますように。
山賊はやってきた。総勢10名だけど、馬に乗ってるものは5名、残り5名は、はあはぁ走ってだいぶ遅れてついてきてる。残りの5頭の馬は、見つからなかったのかな。
弓を使えるものが、馬上の2人を倒した。残り3人とは、混戦になった。ミドも、”馬の顔にはりつく”という斬新な方法で、相手を馬から落とした。後はもう乱戦だった。徒歩の5人が合流した処で、やっと兵隊が来てくれた。
山賊たちは、兵隊を見て、慌てて逃げ出したが、兵はそんな彼らを容赦なく捕まえ、抵抗するものは、殺していった。村人と兵隊VS山賊。殺すか殺されるかなんだ。
*** *** *** *** ***
戦いは、兵隊が来てすぐ終わった。日はすっかり暮れ、真っ暗だった。逃げていた女性たちも戻り、兵隊たちに夕餉をふるまってる。今夜はここで野宿するそうだ。
万が一、別動隊がいた場合に備えてだといっていた。
僕は家に帰り、両親にミドと長老の事を、くわしく説明した。彼らは魔物でも怪物でもない。
森に籠って生活してる、おとなしい生き物だって。母さんは、僕と同じく、ミド達の言葉がわかったらしく、すぐ理解してくれた。
(ワシらは、あの森で最後の冬を過ごす事にしておったのじゃ。もう人間のいる世界には、わしらは、もう住めない。あの森もいつかハンターに見つかるだろう。春がきたら、”虹のスライム”様の所へ、森にいる仲間全員、行くつもりじゃ。そこは、人間は行く事が出来ない場所でな。)
え!そんな。せっかく仲良くなったのに。そうだ、ミド。ミドはどうするんだろう。
ミドは黙ってる。考えてるのかな。
(ごめん、クルト、僕、長老と一緒に、明日、森へ向かうよ。クルトと一緒でとても楽しかったし、人の生活がよくわかって勉強になった。それでも、あの森も僕らが住むには限界だったんだ。このまま人間界にいても、ハンターに狙われる確率が高くなりそうだ)
まるまる球のミドが、項垂れているように見えた。僕はさんざん世話になって、村まで救ってもらったのに、そのミド達の恩を仇でかえすようで、申し訳なさで一杯な気持ちだ。
「ごめん、ミド。何か僕に出来ることはない?」
(いいよ、クルト。あ、じゃあ、お言葉に甘えて、あの森の所まで、石の状態で僕と長老を運んでくれないかな。明日は雪が降りそうだし、寒いのは苦手だし)
お安い御用だよ。ミド。僕は鼻の奥がツンと痛くなってきた。スライムと一緒に暮らす方法、これから僕、勉強して考えてみるよ。
(わしらは、人とはともに暮らす事など出来ぬかもしれぬ。教会とやらは、わしらのような存在を、認めないだろう。認めないどころか、やっきになって殺しにくるだろう。)
「長老、それはどういう意味ですか?」
(うm、人は異質なものを排除する。まだまだ未熟な生物ってことじゃ、フォフォフォ)
なんだか難しいや。”異質”とか”排除 ”とか。
ただ、”未熟”っていうのは、わかった。人の中にはスライムどころか、人殺しも平気な山賊のような連中もいる。そういう処が”未熟”なのかな・・・多分。母さんはうなづいて、父さんに長老の言葉を伝えてる。父さんもうなづいてる。
*** *** *** ***
森でミドと長老にさよならの挨拶をし、お別れしてきた。春になって、冬眠から目覚めたミド達に会いに行きたいけど、僕は我慢する。そのほうがミド達が安全だろうから。
ミドがいないと、悲しいし寂しい。でも、僕は泣かない。スライムと仲良く暮らすには、どうしたらいいか、考える。いつか会えると信じて。