王城①
ハンターギルドを出て南下していけば、たどり着くのは背後を山で囲まれた王城だ。沈みゆく夕陽に照らされた城はまるで一枚の絵画のように美しい。その姿を見るために王城の正門前は観光客で賑わっている。
その光景を横目に見ながらエリスたち四人組が向かうのは正門の隣にある衛兵の詰め所だ。王族や貴族たちが入城する際は正門が開き馬車を招き入れるが、それ以外の者たちは正門を使わず詰め所を通る。
ルクスとピリカを先頭にエリスたちが詰め所の扉前に立つ二人の衛兵に近付けば、それに気づいた衛兵の一人が慌てた様子で詰め所の中へ入っていく。残されたもう一人も慌ててルクスたちに向けて敬礼をした。
すぐに扉は開けられ、エリスたちは詰め所の中に案内される。エリスの前を歩いている若い衛兵は緊張のためか青い顔をしていた。
案内された応接室は綺麗に整頓されている。ここまで案内した若い衛兵は全員が入室したことを確認し、少しの間お待ちくださいとだけ言い残して逃げるように退室した。
その後ろ姿を見送りながらヘイルがため息を吐いた。
「……ルクス、なんであんなに怯えられているんだ。俺がついていない間に何をした」
「特になにもしてないよ!? 君はいつもわたしを真っ先に疑うよね」
「他に疑う相手がいないからな」
「……いや、でも今回は本当に違うと思うよ」
言い訳をしようと目を泳がせたルクスは、最終的に何も思いつかなかったのか、困ったような表情で言った。ヘイルもそれ以上困らせる気はなかったようで、ルクスの頭を軽く撫でてソファーに沈む。
勝手知ったるといった様子のピリカは応接室の棚を開け、いつの間にか四人分の紅茶を注いでいる。ルクスとヘイルの会話はいつものじゃれ合いだとわかっているのか、特に気にすることもない。
最後にエリスが魔法の鞄からお茶菓子を取り出して並べれば、ルクスたちもすぐに普段の雰囲気を取り戻した。
ピリカの淹れた紅茶の入ったカップを手に取りながら、ルクスがにやにやとした表情で文句を言う。
「そもそもわたしたちは最近こっちに来ていなかったし。怯えていたのはヘイルに対してなんじゃないのかい? ねえ、史上最年少のAランク到達者君?」
「……ルクスたちのほうが見た目的には下なんだがなー。俺なんかより【A-最上位】のルクスたちのほうが怖いと思うぞ?」
五十歩百歩、団栗の背比べ。ルクスとヘイルのやりとりを聞いていたエリスは、喉に出かかったその言葉を暖かい紅茶と共に飲み込んだ。
突然、応接室の扉が大きな音を立てて開かれた。入ってきたのはハンターギルドでエリスが相対した山賊風味の男より大柄な男性だ。顔だけ見ればこの男の方がよっぽど山賊といった様子なのだが、これでもフィーライズ王国を守護する天狼騎士団の第二団長であり、ルクスとピリカとは長い付き合いがあるうちの一人でもある。
「いやあ悪いな! 新入りがどうにも怯えちまっているようだ。お前たちが来ても喧嘩を売らないようにと武勇伝をいろいろと話していたのが効きすぎたようでな」
「君か! 君のせいかー!」
思わず立ち上がったルクスを残る3人でなだめすかし、どうにか落ち着ける。その光景を第二団長は笑いながら観戦していた。ルクスたちの知り合いだけあって彼女が軽く暴れようとしても動じた様子はない。
その後ろでは扉の隙間からは暇な団員たちが覗いていた。そのため、団長に掴みかかりそうなルクスの様子を見て団員たちの一部が武勇伝に納得し始めたのは彼女のあずかり知らぬところだ。
ルクスが落ち着いたころを見計らって団長が咳払いをし切り出した。
「あー、今日は4人揃っているし、陛下へ挨拶に来たってことでいいんだよな?」
「ん? ああ、そうだね。グレースに会いに来たついでだけど」
「……そこはせめて逆にしてくれよ」
「まあまあ、まずはエド君のところからだよね? さあ行こう!」
ルクスが団長の背中をぐいぐいと押して応接室から出る。廊下にいたやけに人数の多い団員たちに見送られながら、エリスたち一行は王城の中へと足を踏み入れた。
フィーライズ王国の王城は手前から奥にかけて大きく三つの区画に分けられる。
一番手前側にあるのは客人のために用意された区画だ。両開きの扉の先にあるのは大きなエントランスホール。賓客を最初に迎えるこの場所は、フィーライズ王国の威厳を示すため一際豪華なつくりになっている。左右の客室へ伸びる廊下も、そこかしこに高価なものが飾ってある。
次の区画は政治を司る区画だ。ここは文官が絶えず廊下を行き来しているため、王城の中では一番賑やかな区画でもある。ここには過度な装飾などはなく、調度品もどこか落ち着いた雰囲気を放っている。
フィーライズ王国を守護する天狼騎士団の訓練所もこの区画だ。正門脇の詰め所が実質的な集合場所になっている第二隊以外は、有事はこの区画の片隅で訓練をしている。
一番奥にあるのは王族の居住区画だ。限られた人以外が入ることは叶わないため、三区画の中で一番質素なつくりになっている。ところどころに思い出したように調度品が飾られている程度だ。これはこの区画を知るもの以外には明かせない秘密である。
エリスたちが歩いているのは第二区画である。そこを歩いている者はルクスたちを見ると一様に道を譲る。……納得しているかいないかの違いはあるが。
かつてエリスはその特別扱いのような待遇が腑に落ちず、ルクスにそれを伝えたことがある。それに対して彼女はこう答えた。
――実際に特別だしね。わたしたち……もちろんエリスとヘイルも、そういう扱われ方をされる存在だと早く納得したほうが楽だよ。
今ではそういうものとエリスも納得しているが、相変わらず居心地悪さのようなものは残っている。
目の前の光景を見てルクスとの会話を思い出しながら歩いていると、曲がり角でよく知っている顔と出くわした。
ヘンリー・エル・ルウィス。今日会ったヘイルの親友ヒューバートの父である。彼の赤毛は父親譲りのようだ。きちんとした役職についているのだが、エリスは覚えていない。
彼はルクスたちを見て軽く礼をして話しかける。
「おお、ルクス様がた。奇遇ですな、これから陛下のところへ?」
「やあ。金月の間に挨拶に来なかったからね。今日はみんな揃ってるからちょうどいいと思って」
「それは助かります。陛下もグレース様もルクス様がたはいつ来るのかと私に訊いてきましてな、困り果てていたのですよ」
「君はわたしたちのお世話係らしいからね」
「……それはそれは、名誉なのかどうなのか判断に困りますな」
名誉ではないとエリスは思う。お世話係というからには、彼にお世話されるようなことを起こしているわけで。ヘイルも同じように思ったのか、二人でルクスとピリカを呆れたように見る。
ヘイルもエリスも王城に来る機会はほとんどないのだから、何かしているとすれば彼女たちの仕業である。
その視線に気づいたのか、ルクスは誤魔化すように笑ってヘンリーとの会話を閉じ、先導している団長に先に進むよう告げる。ピリカはいま後ろを向くと分が悪いと考えているのか、視線を前に固定したままだ。
急かすように進んでいく困った育て親たちの後ろ姿にため息をつけば、ヘイルのそれとタイミングが重なった。二人で顔を合わせて思わず笑って、先に進むルクスたちを追いかけるのだった。
「そういえばルクス、ヘンリーに息子に会ったこと言い忘れたね」
「あ! ……まあいいか、次の機会に言えば」
まだグレースさんのところへはたどり着きませんでした。なぜだ。