ハンターギルド
ザ・テンプレ。
フィーライズ王国は多種族国家である。
小さな集落のひとつから始まったと言われるこの国は、周囲の街や集落を併合する形で国土を広げていった。その中には当然人間以外の人族――主に獣人やドワーフの住む集落もあった。
セインディア聖教とフィーライズ王国の関係が深くなかったのもその理由の一つだろう。
多くの種族、集落があれば信仰するものも多岐にわたる。そのどれもを隣人として許容する方針だからこそ、フィーライズ王国という多種族国家が成立したのだ。
エストア王国、カインラッド公国を含めた現在の三大国家の在り方は、規模の大小はあれど似たようなものである。
さて、そんな成り立ちを持つフィーライズ王国の王都の夕方は喧騒に包まれている。客足の絶えない大通りの屋台や食事処からは、空きはじめたお腹を刺激する良い匂いが漂ってくる。
スコット商店を出て、その大通りを突き進むのはエリスたち一行だ。“角付き”二人と絶世の美少女二人という組み合わせは魔道具で認識を阻害していても、少なくない民衆の注目を集める。
周囲で交わされる会話の話題は大きく分けてふたつ。“角付き”のこと、そして最近のハンターギルドの噂だ。
「グレースのところへ行く前に、ギルドでエリスの登録試験の予約をしておこうか。予約だけならすぐに終わるしね」
エリスたちを率いて歩いているルクスは、王都の正門近くのとある建物の前で立ち止まった。その建物に付けられた看板には大盾の紋章が刻まれている。
この大盾の紋章こそが、ハンターギルドのトレードマークだ。中から食事の匂いと喧騒が聞こえるのは、酒場が併設されているからだろう。
スイング式の扉を開けて入るルクスとそれに続くエリスたちに一瞬視線が集まる。
しかしその視線は、受付から聞こえる怒声によってすぐに散らされることになった。
「ああ?! なんでギルド証が貰えねえんだよ!」
入って正面に位置する受付では、背中に大人の背丈ほどもありそうな大きさのバスタードソードを背負った男が叫んでいた。まるで山賊のような風体だが、相対する受付嬢はその見た目に慌てることもなく冷静に対処している。
「ですからギルド証は身分を証明するものにもなりますので、簡単に渡せるものではありません。推薦と実力試験の後に発効という手順になりますので、どうしても時間がかかってしまいます」
「推薦なんて必要ねえだろ! 実力さえあればよお!」
「ギルド証は実力だけでなく、その人物が信頼できるかどうかも示しておりますので。魔物の素材や魔石の買い取りはギルド証がなくても行えます。それを繰り返していくうちに知り合ったハンターなどから推薦を貰うのが近道ですね」
ギルドの内部にいるハンターたちから漂う雰囲気はやれやれといった感じだ。彼らにとってこのような出来事は日常茶飯事なのだろう。
ルクスとピリカ、ヘイルは知り合いであろうハンターたちに手で挨拶をしながら空いている受付に近付く。夕暮れ時のギルドはそこそこ混み合っている。空いている受付が山賊風味の男の両隣しかなかったのは仕方のないことであった。
ルクスはそのまま受付嬢に話しかける。
「やあ、今日はこの子のギルド証発行のための試験の予約に来たんだけど」
「えっと、エリスです。よろしくお願いします」
エリスはルクスに肩を掴まれ前に押し出された格好で挨拶する。
受付嬢はエリスの頭に生える角を見ても態度を変えることなく微笑む。
「はい、ギルド証発行には試験以外にDランク以上のハンターの推薦も必要になりますが」
「うん。【A-最上位】のハンター、ルクスがエリスを推薦するよ。もちろん実力もね」
「同じく【A-最上位】、ピリカもエリスを推薦する」
「【A-下位】のヘイルも推薦しよう。……自分で言うのも何だが豪華な顔ぶれだな」
「Aランク3人の推薦ですか……。試験を免除してギルド証を渡しても問題ないほどですが」
「いえ、試験はきちんと受けます」
突き抜けた美少女と“角付き”であるルクス、ピリカ、ヘイルはハンターギルドにとって有名人だ。それは目立っている姿かたちだからというだけではなく、その実力が非常に高い位置にあるからでもある。
ハンターギルドはハンターたちをA,B,C,D,Eの5種のランクと、最上位、上位、中位、下位で表される4種の位階で組み合わせて分類している。一番下の【E-下位】から始まり、【A-最上位】が最高位である。【A-下位】ですら、常人なら一生をかけてもたどり着けないと言われている領域だ。
ルクスとピリカの【A-最上位】は言わずもがな。ヘイルもギルドに登録して3年目で【A-下位】にたどり着く化物だ。
そんな人物たちから推薦を受けるのだから、その注目度は計り知れない。ギルドの中はにわかに騒がしくなった。
しかし、それが面白くない人物もここにはいるわけで。
「こんなひょろっちい“角付き”より俺のが実力あるに決まってんだろ! コネ持ってるやつはいいよなあ、実力がなくてもギルド証貰えるんだからよ!」
いちゃもんをつけてくるのは隣の受付口で文句を言っていた、山賊風味の男だ。怒鳴るような大声は目の前で聞くとなかなか迫力がある。
エリスがルクスたちのほうをちらりと見れば、ルクスは笑顔で静観モードに入っていた。止める気はないらしい。どうしようかと悩むが、まだ大事なことを言ってなかったことに気づいた。
「あ、試験は次の空日にできますか? それがだめなら次の聖日に」
「……はい、大丈夫ですよ。では4日後の空日、朝にお越しください」
「おねがいします」
「話を聞け!」
無視された男が手を伸ばしてくる。煽った自覚はあったがこらえ性がなさすぎではないだろうか。エリスは半歩後ろに下がり男の手を避けた。
男は避けられたことでさらに火がついたのか、顔を赤くして掴みかかってくる。それも二度三度と避けていけば、男は背中のバスタードソードに手をかけた。
「……さすがにそれは大人気ないと思うんだけど」
「うるせえ! 避けるだけの“角付き”が!」
ギルド内で暴れるのはいかがなものかと受付嬢たちを見れば、既に避難は完了していたらしい。受付の中には誰も残っていなかった。
ルクスたちはいつの間にか後退して観衆の最前列で見物している。その後ろではどちらが勝つかの賭けまで行われているようだ。
止めるのを諦めてエリスがため息をつけば、それを合図に男がバスタードソードを振り下ろす。巨大な質量の攻撃は、かすりでもすれば大怪我は免れない。エリスは学院の制服のまま丸腰なのだが、怒りでそれすらも見えてないようだ。
きぃんという高い音がギルド内に響いた。
そのまま振り下ろされるかと思った巨大な剣は、その刀身の三分の一ほどを残して切り取られていた。エリスの目の前にあるのは切り取られたまま浮いている刀身と、うっすらと浮かび上がる幾何学的な模様の魔術光。その光は昼間であったなら見逃していただろう程に微かだ。
それを見たハンターたちは、ほぅと感嘆の息を吐く。魔力を定められた陣に当てはめるように操作することで発動する魔法陣タイプの魔法は、余剰魔力が光となって陣を描き出す。つまりこの光が小さいほど魔力操作の腕が高いと言える。
観戦しているハンターたちは、魔法の発動速度と操作の正確さでエリスの実力を理解した。確かにAランク3人に推薦される実力はあるらしい。
目の前の光景が理解できない男は剣を振り下ろした体勢で固まっていたが、エリスが宙に浮かべた刀身の腹を顔面に打ち込まれ気絶した。骨が折れる音が聞こえたが気にする者はいない。むしろ命を取られなかったぶん幸運であると言える。
エリスは宙に浮かせた刀身を気絶した男の上に投げ捨て、観戦していたヘイルたちに近付く。
「……まあ試験の予約はしたし、エリィのところに行こう?」
「そうだな。エリスは見ないうちに魔力操作がずいぶん上手くなったな」
「えへへ……ヘイルにぃの手助けをするためだからね!」
4人が談笑しながらギルドを出ていく。気絶した男はギルド職員に拘束されている。このあと警備隊に引き渡されるだろう。
残されたハンターたちは笑いながら今の出来事について語り合い、併設された酒場では酒を注文する声が相次ぐ。久しぶりの良い見世物と有望な新人を肴に、王都のハンターギルドは騒がしさを増していくのであった。