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スコット商会①

 エリスとアリシアは教室棟を抜ける。その先の様子を見て、二人は思わず立ち止まった。

 月初めである1日は聖日であるから、本来ならば学院は休日である。だが今日は入学式があったため、普段の聖日なら誰もいない正門前も貴族たちの乗る馬車で混み合っている。その中でも目立つのは王家の証である翼と狼の紋が描かれている馬車だ。


「ものすごい混雑具合ですね……」

「……私は明日から寮暮らしだから関係ないけど。アリシアとか王都に住んでいる人たちは大変そうだね」

「あら、わたしも明日から寮暮らしですよ?」

「え、なんで?」


 エリスは混雑している馬車たちを見て思わず遠い目をして呟いた。しかしそれに返されたアリシアの言葉に、エリスは驚いて目を見張った。王都に住んでいるのだから、当然いま暮らしている場所から通うのだとばかり思っていた。実は家族と仲が悪かったりするのだろうか? そんな風には見えなかったのだが。


「選抜形式で合格した者の学費や寮賃は免除される。家具などを用意する必要はありますが、寮に移ったほうがいろいろ便利だと思いまして」

「ああ、そういえば……。確かに毎日この混雑に巻き込まれるよりはよさそうだね」

「――今日は遠方からも来ている者が多いから特別混んでいるんだ。いつもはもっと空いているよ」

 

 その声はエリスとアリシアの後ろから聞こえた。聞き覚えがある声に振り向けば、そこにはエリスの予想通り金髪の髪を揺らしたヘイルの姿があった。そしてヘイルの隣にはもう一人。

 赤い短髪で、背はヘイルより数cm低いほどのその男性は興味深そうな表情でエリスを見つめていた。


「うっわ、ほんとに美少女。正直ヘイルが大げさに言ってるだけだと思ってた」

「おいヒューバード、エリスをじろじろと見るな」

「やあ、エリス嬢に、もう一人の美少女さんも。俺はヒューバード・エル・ルウィス。よろしくね!」

「話を聞け」


 名乗ると同時に向けてくる笑顔に嫌な感じはしない。ヘイルとヒューバートの会話の応酬がいつも通りなら、ヘイルが時折言っていた、同学年の気の置けない相手とはこの人なのだろう。


「ええと、エリスです、よろしくお願いします。ヘイルにぃからヒューバートさんの話は何度か聞いたことがあります」

「え、ヘイル俺のことどう喋ってんの」

「黙ってろ。エリスも言わなくていい」

「……ヘイルにぃが黙っていろと言ったので私からは言わないでおきますね」


 挨拶を交わし、じゃれあいのような会話の応酬が終わったところで、アリシアが硬めの声でヒューバートに挨拶をする。“エル”というミドルネームは伯爵家の者であること、貴族の証だ。アリシアが緊張しているのも当然と言える。

 ……まあエリスやヘイルにとってはそれも今更な話なのだが。


「……アリシア・スコットと申します。ルウィス家の方でしたか」

「スコット……と言うとスコット商会のご令嬢かな? ルウィス家を知っているなら噂も知っているだろう? そんな畏まらなくてもいいよ。今はヘイルの友人としての立場だし。それに、スコット商会にはいつもお世話になっているからね」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると父も喜ぶかと」


「……ヘイルにぃ、そのルウィス家って、有名なの?」


 ヒューバートとアリシアの会話を聞いて、エリスはヘイルにそっと近づいた。学院に片手間でも入学できるほどに知識を詰め込まれた自覚があるエリスだが、貴族についてはほとんど全てと言っていいほどに知らなかった。学院入学ギリギリに教えられたエリスの貴族知識は、貴族には爵位に応じたミドルネームが存在していることと、王族数人の名前程度である。彼女の育て親であるルクスとピリカも貴族についてほとんど知らないので、ある意味正しく受け継いだのかもしれない。

 エリスがヘイルに聞いた話によれば、ルウィス家というのは優秀な役人を数多く輩出している伯爵家として有名らしい。ただし厳しい教育方針でも有名らしく、ヒューバートも入学金を積んで貴族形式の入学をするのではなく、選抜形式で合格して入学しろと言われたという噂もある。実際に彼は伯爵家の出身ながら選抜形式で合格しているので、噂も真実なのだろう。

 最後にエリスがアリシアとヘイルを紹介し、それぞれの紹介が済んだところでエリスは話を進めることにした。


「ヘイルにぃ、私はこのままアリシアとスコット商会に行くつもりなんだけど、ルクスたちを呼んで貰ってもいい?」

「ん? ああ、わかった。なら俺は呼んだら合流してそのまま向かうから、ヒューバートを持っていけ。実力だけはある」

「実力だけってひどいなー。ヘイルには敵わないけど、俺も結構出来るんだよ? まあいいや、両手に花状態をくれるっていうなら喜んで二人に同行させていただきますとも。エリス嬢にアリシア嬢、それでいいかな?」

「もちろん」

「ええ、よろしくお願いします」


 エリスたちの同意を得られたヒューバートは大げさに頷いて、意気揚々と歩き始めた。彼の実家のルウィス家でもお世話になっているからか目的地はわかっているようで、歩みに迷いはない。

 いったんヘイルとは別れ、エリスとアリシアも正門前で混雑している馬車の隙間を縫って進むヒューバートに続くように歩き出した。




 フィーライズ王国の王都は国の中心からやや東側に位置し、南部にいくつもの山を背負うように王城が建っている。王城から正面の門まで南北に伸びる大通りは凱旋パレードにも使用されるため、道幅はかなり太い。その太い道を埋めるように、雑多に立ち並んでいるのが宿屋と各種の屋台、露店である。これらの屋台や露店は王都が攻められる際にはそのまま放置され、敵の進軍の妨げと味方の待ち伏せ場所の役割を担っている。

 王城から正門に続く大通りを途中で東西に交差して伸びていく通りは、それぞれ東通り、西通りと呼ばれている。この東西の大通りにも店や露店が立ち並んでいるが、東は装飾品や宝石店など貴族向け、西は食料品や雑貨など平民向けという違いがある。

 東通りは装飾品店などを抜けると貴族たちが住まう貴族街を通過し、王立学院まで伸びている。反対に西通りを辿っていけば平民たちの住む平民街と、北の正門に比べればずいぶんと小さい西門まで続いている。

 アリシアの実家であるスコット商会は西通りではなく、大通りに位置していた。平民向けの店に比べて質が良く高価なものを扱うこの店は、どうやら少し裕福な平民や貴族たちが主な顧客らしい。雑貨もあるが、主な取扱品は食料品らしい。


「……ごめんなさい、招いて言うのもどうかと思うのですが。わたしの実家の店は高価なものが多いですから、場合によっては他の店に行くことを勧めます」

「んん、気にしなくていいよ。私結構お金持ってるから、問題なく買えるよ」

「それならいいのですが」


 実際エリスの懐事情はかなり明るい。育て親から貰うはいいが使う時間がほとんどなかったせいで貯める一方だったお小遣いと、たまに空いた時間に街の住人の手伝いをした際に受け取った給金の多くがそのまま入っているのだ。少し高い食料を買ったところで大きな痛手はない。むしろ、質の良いこの店で定期的に買い物をしようかと思うほどだ。

 エリスが買うものをヒューバートと物色しながらアリシアに伝え店の中をうろついていると、にわかに店の入口がざわついた。

 入口を見れば、絶世や傾国といった言葉が似合う二人の少女。背丈や顔、繋いでいる手から判断すると、姉妹のようにも見える。

 片方は背が高く――と言っても150cmほどである――、腰のあたりまで伸びているわずかに青みがかった銀の髪をした少女だ。彼女は後ろに立っているヘイルに何かを話しかけている。

 もう片方は140cmほどの緋色のショートカットの少女だ。彼女の身長は、後ろにいるヘイルとの対比で余計に小さく見える。髪と同じ緋色の眼は、店の入り口近くの商品を見つめている。

 彼女たちは店内を一瞥して、エリスを認めると二人揃って笑顔を向ける。そのまま固まっているその他の客の一切を無視しながら近づき、エリスに話しかけた。


「おまたせ、エリス。良いお店だね、ここ」

「品ぞろえ品質もいいし、ね」

「うん。ルクスとぴーも気に入ったなら、よかった」

「え……と、い、いらっしゃいませ! エリス、この方たちは……?」


 二人の登場に他の客と同じく固まっていたアリシアだったが、自分の店の中だからか素早く復帰した。だがエリスとの関係が見えないようだ。いや、一般人に言っても信じてくれるかは怪しいところなのだが。


「こっちの銀髪の子がルクスで緋色の髪の子がピリカ。二人が私とヘイルにぃの育て親」

「へえ……え? え?」

「ルクス、ぴー、この子はアリシア。この店のご令嬢で、私の友達」

「おお、アリシアちゃん、ルクスです。これからよろしくね!」

「ピリカです。よろしく」


 なのでアリシアの反応を待たずに一気に紹介してしまう。アリシアのような反応には慣れたもので、ルクスとピリカも便乗して挨拶していく。彼女たちは自分たちが気に入らなければ素っ気ない態度をとる生き物なので、どうやらアリシアは無事気に入られたらしい。

 それはつまり、アリシアはこれからルクスたちと大きく関わっていく、いや、ルクスたちが勝手に巻き込んでいくことになるわけで。その中で彼女たちの滅茶苦茶さを、そういうものだと身に染みて理解していくことになるだろう。

 そのことについてはほんの少しだけ、エリスはアリシアに申し訳ないと思った。

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