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教室

「エリス」


 たいへん居心地の悪い入学式を終え講堂の外に出た“角付き”の少女は、自分の名を呼ぶ声を聞いた。エリスと呼ばれた少女は自分の胸がどきんと高鳴ったのがわかる。

 呼ばれた方を向けば、目に入るのは肩口で揃えられた金色の髪。その髪をかき分け額のやや上部にあるのは、エリスと同じように生えている白い角。整った顔に優しい笑みを浮かべて“角付き”の青年が立っていた。


「ヘイルにぃ!」


 喜色を浮かべたエリスがヘイルと呼んだ青年に近付く。金月の途中で一足先に王都に戻ってしまった彼に会うのは、およそ2週間ぶりだ。

 ぶつかる一歩手前で立ち止まったエリスは、制服のスカートの裾と黒髪をひらりとはためかせくるりと回った。


「ねえ、ヘイルにぃ、制服似合うかな?」

「ああ、似合っているよ。エリス、入学おめでとう」

「えへへ……ありがとう」


 尊敬する兄であるヘイルに似合っていると言われ、にやける顔が抑えられない。先ほど講堂で行われた入学式のときとは違う意味で少し赤くなった顔を隠すように両手で頬を抑え、エリスはヘイルに満面の笑みを向けた。


「……っ! ……ルクスとピリカは……来ていないのか」

「あの二人は行くと目立つから嫌だって。白月の間はこっちにいるって言ってたけど」

「そうか。じゃあギルドでも会うことがあるかもしれないな」


 制服姿のエリスの満面の笑みを受けて動揺しているヘイルには気づかないまま、ギルドという言葉にエリスはそういえば、と思い出す。

 一般的にギルドと言えば商業ギルドとハンターギルドの二種類を指す。中には盗賊ギルドなど、表には出ないものもあるらしいが。

 エリスの身内と呼べる人たちは、みんなハンターギルドに所属している。そして、目の前にいるヘイルはとある約束をエリスとしていたのだ。


「そうだヘイルにぃ、覚えてる? 私が入学したらギルドの仕事手伝わせてくれるって約束したこと」

「もちろん。俺とエリスじゃランク差があるからすぐに、とは言えないけど。まずはエリスの都合が良い日にギルドに登録しに行こうか」


 ギルドに登録すること自体は何歳からでもできる。しかし渡されるギルド証は身分証の役割も兼ねているため、そう簡単に登録はできない。登録するためには過去に問題がないかどうかを調べられた後に面接や試験、もしくは一定ランク以上のギルド証を持つ人物の推薦が必要になる。

 エリスとヘイルのように身内どうしで紹介することもできるため、抜け穴がないとは言えない。しかし世間では、ギルド証を持つということはある程度信頼ができる人物であるという評価を貰える。

 エリスが今までギルドに登録していなかったのは、それが必要になる場面がなかったことと、エリスたちの育て親――先ほど会話に上がったルクスとピリカのことである――から許可が下りなかったためだ。過保護なエリスたちの育て親は「王立学院に入るまではギルド証貰っちゃだめだからね! わたしたちが構う時間が少なくなるから!」と、親馬鹿満載な理由でエリスとヘイルのギルド登録を阻止していた。登録しても活動できるほどの時間もなかったため、エリスたちは大人しくそれに従っていたのだ。


「ほら、これからクラスでの顔合わせもあるだろうから行っておいで」

「うん、ヘイルにぃ、またあとでね」


 エリスは手を振ってヘイルと別れ、歩き出した。早々に講堂から抜け出したこともあり、まだ周囲には家族や使用人と話している新入生も多い。それ以外の新入生たちが向かっている方向にはこれから4年間を過ごすことになる教室棟がある。

 エリスはその新入生たちの流れにそっと合流した。周りからの視線は相変わらずだが、いちいちそれを気にしても意味がない。そんな育て親の考え方を思い浮かべながら、エリスは教室棟の入り口をくぐった。


***

 

 この王立学院は各学年3クラスからなっている。A、B、Cと分類されているクラスは各30人ほどだ。高い入学金を払って入学した貴族クラスのA、B。入学試験を乗り越えた選抜クラスのCという分け方になっている。

 Cクラスの教室の扉を開けると、中に10人ほどいた教室内の生徒の視線がエリスに集中した。その視線の半分ほどはエリスの角に向けられている。

 エリスは軽く頭を下げて挨拶し教室内を見渡す。二人がけの机が3列5行、計30席。いくつかの少人数グループで固まって座っているところを見るに、好きな席に座っていいらしい。窓側の最前列が空いていたので、エリスはそこに腰を下ろした。


「こんにちは。隣の席に座ってもいいかしら?」

「どうぞ。誰かを待っているわけじゃないからね」


 教室の席の大半が埋まりだしたころ、とうとうエリスの隣に座る人物が現れた。栗色のショートヘアを揺らすやや釣り目の少女だ。


「わたしはアリシア・スコットといいます。お名前を聞いても?」

「えっと、エリスです。姓はないので、エリスと呼んでください。……よろしく?」

「ええ、よろしくお願いしますね。わたしのこともアリシアと呼んでください」


 よろしくしたはいいがここからどうするのだろうか。それがそれなりに濃い人生経験だが友人というものを今までほとんど作ったことがなかったエリスの限界だった。彼女の育て親の責任かもしれない。

 エリスの困惑に気づいたかどうかはわからないが、アリシアと名乗った少女はそのままエリスに話しかける。


「……警戒しているのはわかりますが、ただエリスさんと仲良くなりたいだけなんです。わたし自身の勘がそう告げているの」

「いえ、え、勘?」

「ええ、勘です」

「……あははっ、勘かあ。うん、私も仲良くしてくれると嬉しいな」


 他意など抱かず真面目な顔で勘と言い切ったアリシアに、思わず笑みがこぼれる。こんな始まり方の友人関係が正しいのかどうか、エリスにはわからない。しかしアリシアとなら仲良くやっていけるだろうと思い、二人は笑いあった。




 教室に全員が揃ってから間もなく、担当教員の男性が扉を開けて入ってくる。背は190cmに届きそうなほどで、肩の上で揃えられた金髪がさらりと揺れている。整った顔のパーツの一つひとつは女性に人気がありそうなのだが、気だるげな表情と雰囲気がそれをふいにしている。総評としてはやる気のなさそうな先生、といった様子だ。


「あー、全員着席しているな。俺がこの学年のCクラスを担当するノルベルト・ラスクだ。これから4年間顔を合わせていくことになる。以後よろしく」


 全員を見渡した彼は気だるげな表情を崩すことなく、やはり第一印象からは外れていない声で自己紹介をした。そのままこれからの予定や学院内の規則を説明していく。


「――それと、この学院は規則の上では王族でも平民でも関係なく平等である。が、お前たちはA、Bクラスより弱い立場になることが多い。そういうときは規則を盾にして逃げろよ。貴族のお坊ちゃんたちは規則違反を持ち出して報告すると言えば大抵黙るからな」


 平民が在籍している、なんともこのクラスらしい言葉である。Cクラスにも貴族のお坊ちゃんは数人在籍しているのだが、それを言ってもいいのだろうかという疑問はエリスの頭の中でそっと握りつぶした。Cクラスに在籍している者は優秀な人物ばかりと聞いているから、きっと大丈夫だろう。


「では最後にもう一度確認だ。明日は午後から校舎内の見学。明後日から授業開始だ。なるべく遅刻しないように」


 自己紹介なぞ自分たちでやれと言い、ラスク教員は解散を告げてさっさと教室から出て行った。それを見て、アリシアがエリスに声をかけてくる。


「エリスさん、今日これからお暇ですか?」

「あー、ごめんね。昨日王都に来たばかりで買い物もまだだから、いくつか買い物をしないといけないんだ」

「あら、それなら我がスコット商会をご利用くださいな。よろしければご案内しますわ。……エリスさんは王都住まいだと思っていました」

「それは、私が“角付き”だからかな?」

「……ええ。国によって保護されていたなら、王都で暮らしているのだと思っていたので」


 アリシアは少し気まずそうな表情を浮かべながら、呟くように言った。“角付き”の問題との距離感を測りかねているのだろう。エリスとしては全く気にしていないのだが。それとも当事者と第三者の距離感の問題だろうか。

 だからエリスは気にしていないと伝えるため、アリシアに優しく笑いかけた。


「私たちの育て親が他の街に住まいを持っていたからね。さて、そろそろ買い物に行かなきゃ。アリシアさん、スコット商会まで案内してくれると嬉しいな」

「ふふ、呼び捨てで結構ですよ。喜んで案内させていただきますね」

「なら私もエリスだけでいいよ。よろしくね、アリシア」


 立ち上がって周りを見れば、既に半分ほどの人が教室から去っていた。残っている人たちはエリスたちのように仲良くなった者同士で会話を弾ませているのが大半である。

 エリスとアリシアが教室を抜けて歩きながら話し始めたときには、既にエリスは最後に教室を見て感じた微かな違和感すら忘れていた。

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