とある男の体験談
やあ、いらっしゃい。
え?僕に恋人がいるかって?
残念ながら居ないよ。いきなりどうしたの?
ああ、これ?昔の恋人の写真。
はははっ、あんまり可愛くないって顔してるね?
そうだな…。あれは僕がまだ小学生くらいの頃だったね。
同じクラスの、全然気にもしていなかった女の子が、いきなり話しかけてきて、
「好きです。付き合って下さい。でも最初はお友達からで結構ですから」
って。
随分大人びてるよね。
それから、しばらくたってね。彼女の家に招かれたんだ。
そう、あれは確か…10歳かそこらのときだった。
「友達になってからもう1年近く経つわ。もうおへんじ聞かせてもらってもいいんじゃない?」
10歳とは思えないね。本当は16位あったんじゃないかと疑うよ。
僕は答えられなかった。恋愛経験の少ない男の子が、咄嗟にいい答えを思いつくはずがない。
「別にいいのよ。いつか答えてくれれば…」
本当、子供のセリフじゃないよ。
で、そのあと彼女に料理を振る舞われて、何事もなく家へ帰った。
本題はここからだ。
僕に婚約者ができた。親が勝手に決めた相手さ。
でも、とくに反抗しなかったよ。
何故かって、そりゃあ相手がとてもいい子だったんだよ。
性格が良くてお淑やかな美人。
文句の言いようがなかった。
だから彼女に、婚約者ができたと伝えたんだ。
お、面白くなってきたって顔してるね。
伝えてから3日後だったかな。彼女の家に招待されたんだ。
扉を開けた瞬間からとても美味しそうな匂いが漂っていたんだ。
彼女が運んできた料理はシチューだった。
いやぁ、今まで食べたシチューの中で一番美味しかったよ。
特にお肉が。食べたことのない味だったんだ。
何の肉を使ったんだと聞いたら、彼女、
「婚約者」
ってさ。一言だけ。
それで、どこの肉かって聞いたら、
「尻と二の腕」
ってさ。またこれだけ。
その瞬間だね。恋に落ちたよ。胃袋を掴まれたってやつかなぁ。
無表情でシチューを頬張る彼女を見ていたら、今まで友達としか思ってなかったのに、
ありえないほどに愛おしく思えてきてね。
「付き合おう」
気が付けば口走っちゃってたね。
そしたら彼女、
「やっとだね」
ってにっこり笑うんだ。
あれ、顔がこわばってるよ?どうしたの?
まあいいや、続けるね。
そう、これが…13歳の頃の出来事。
13歳で婚約者なんて…って顔だね?ははは、許嫁よりはマシさ。
彼女の料理は本当に美味しかった…。
どんどん腕を上げてね…親の料理が食べられないくらいに。
僕はもう彼女がいないと生きていけない、って本気で思ったよ。
それから大分たって…そう、20歳のころ。
突然、彼女が麻酔薬を大量に買ってきたんだ。
尋ねると、
「今までありがとう、私とても幸せだったわ。でももう私長くないの。だからせめて…燃えてしまうくらいなら愛しい人に食べてもらいたくて…」
って言うんだ。
彼女には一つ不思議な力があって、それが自分のかかる病気が分かるってものなんだ。
例えば、ああ、私はこのままだと数日後には体調を崩して風邪をひくぞ、とか。
それで分かったのが、不治の病とされているものだったらしいんだ。
それで、僕に自分の体を食べさせようとしたんだ。
麻酔を買ったのは自分を自分で料理したいからだって。
いや、僕に出す料理は自分で作りたいっていうこだわりかな。
上半身だけになっても料理をし続けた彼女は、一流のシェフを呼んだ。
流石に腕がなくなっては料理はできないからね。
あ、もちろんシェフは人肉料理の数少ないプロフェッショナルだよ。
そして僕は、彼女のフルコースを味わった。
この世で最も美味しいものだったよ、あれは。
ああ、君、帰るのかい?そうだね、話に夢中になりすぎたようだ。
外はもう暗いから、気をつけて帰るんだよ。
じゃあ、さようなら。