第4話
「んっ……」
混濁する意識、記憶、感覚――そして、自分が今どういう存在なのかを思い出し、その混濁する様な違和感を振り払う。
聖女とまで呼ばれたシスターであるサフィア、悪魔と評される程のシリアルキラーであるレジュナ、平凡な女学生であるミント、超一流のテロリストである陽菜。
それらをメイン素体に、幾多もの死体の部品を寄せ集め、生体改造を施した人造生物フレッシュゴーレム“サフィア・レジュナ・ミント・陽菜”――自身“達”の名前を連ねたのが、今の自分の名前。
「…………ここは、どこ?」
記憶に間違いがなければ、研究所の手術台の様なベッドの上で、寝かされていた筈なのに、自身が眠っているのは一般的なベッドの上で、下着だけだった筈の格好も、見慣れない女性の寝巻らしき衣服に着替えられている。
部屋も研究所の様な無機質っぽい雰囲気などまるでなく、どこか温かみのある一般的な――にしては、奇妙な雰囲気があるが、それでも日常の匂いがする。
ただ1つわかる事は、ここは研究所ではない――しかし、何故ここに居るのか?
研究所から逃げだしたわけでもない――筈だし、最早存在も身体も人間ではなくなってしまった以上、自身に利用価値以外はない。
カチャッ!
「あっ、気がつかれました?」
そこへ、見るからに自身よりも年下の少女――雪のように真っ白でサラサラな髪を、垂れたウサギの耳のようにツインテールにして、その上にウサ耳フードを被ってる少女が、手に湯気の立つ小さな器をお盆に載せ、ベッドの枕元――自身の上の方に歩み寄る。
その姿を見て、内心で保護欲を駆りたてられ、顔は可愛いとほのぼのな笑みを見せ、眼は警戒を露わにし、身体はいつでも飛びかかれるように構える。
「お体の具合はどうですか?」
そんな雰囲気を意にも介さず、にこにこと年相応の笑みを浮かべて、少女――ファティマは、安否を気遣い声をかける。
「――貴方は誰なんですか? 一体ここはどこなんだ!? 私は研究所に居た筈よ! 何故私を見て驚きもしない!?」
「――まずは落ちついてください。サフィア・レジュナ・ミント・陽菜さん」
「……私の名前を?」
「順に説明しますから、まずは落ちついてください。あっ、ミルク粥食べます?」
そう言ってホカホカと湯気の立つ、小さな器をベッドの傍のテーブルに置くと、それを色々と感情が複雑に入り組んだ顔で見つめ――それを1口。
「――美味しい」
「よかった――私の名前はファティマ、この時計塔の住まう時計守の1人です」
「時計塔?」
「――えーっとまずは、そうですね……この世界が、貴方の住んでいた世界ではないことから、ですか?」
「…………どういう事?」
未だ混濁し同調がままならないまま、不明瞭な態度や言葉が出てしまう事が多い。
しかし、眼の前の少女――ファティマが言った言葉が理解出来ない事は一致した。
「――まさか、異世界だとでもいうんですか? 私は世界の垣根を飛び越えたでも言うのか? 小説じゃあるまいし、そんなことある訳がないでしょ? バカバカしい、幾らなんでも突拍子がなさ過ぎる」
「まあ、そう思うのも無理ありませんね――でも正確には“飛び越えた”と言うより“落ちた”なんですけど」
「落ちた、ですって? ちょっと待て、ここは地獄だとでもいうのか? 確かに犯罪者が混ざって入るけど、私は何も悪い事してない! 今の私は生まれてまだ間もないのに!!」
「話は最後まで聞いてください。確かに、この世界を地獄と呼ぶ人もいますよ。何せここは、全ての次元、時空、世界全てをこの時計塔が支える、すべての土台となっている世界なのですから。だから奈落の底とも地獄とも呼ぶ人もいますし、楽園やエデンに桃源郷とも呼ぶ人もいます」
「――世界の、土台? ……ちょっと待ってください。そんな場所に何故私は来てしまったんだ? だって普通に寝た筈なのに! 気が付いたらここに居たのは何故だ!?」
殆ど同じ人間が話しているとは思えない、態度も感情も口調も言葉づかいもてんでバラバラに質問を繰り出す中で、ファティマは冷静に受け答えしていた
「それについては、たまたま世界のつなぎ目に触れてしまった場合か、次元跳躍――ワープ、とでも言うべきですか。それに失敗した場合――大まかにしかわかってないんです」
「…………まさかと思いますけど、帰れないと言う事はないだろうな?」
「ええ、基本的には帰れません。行き来する方法はあるにはありますけど、先ほども言ったように、ここは全次元、全時空、全世界の土台とも言える世界――一体どの次元、度の時空、どの世界のどこかがわからない事には」
「…………」
「一応、この時計塔の周囲には貴方の様な方が集まって、街を作って生活してます――それでですね」
「…………いや、どこでも同じですね……わかった。まずこの世界について教えてください。どう生きるべきか、自分で考えたい」
「――わかりました。では、一通りこの世界に馴染むまでは、ここに居て貰って構いませんので。それと、この時計塔の施設ともう1人の時計守についても説明しなければいけませんので、ちょっと来てください。服は、この世界の割と一般的な物を全サイズ取り揃えてますから、大丈夫ですよ」