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foundation  作者: なみさや
禍乱
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募る不安




数日後、真紀は黒谷の外れにある小さな宿坊にいた。僧侶が差し出した茶を飲みながら、間近に迫る竹林のさやさやと揺れる様子を眺めていると、障子の向こうで密やかな声がした。

「御方さま、よろしゅうごぜえやすか」

障子を開けたのは修理、その後ろに軍服姿の男が二人控えていた。

修理と一人は作法通りに丁寧に、残る一人は堂々と真紀の前に座り、頭を下げる。

「見廻組改め、御所守備隊隊長の佐々木只三郎と、新撰組改め京都守備隊隊長の近藤勇でごぜえやす」

平伏する二人に真紀は穏やかに自らの名前のみを告げて、

「此度のお役目、ご苦労なことです。ですが、観兵式に参動することだけが名誉なことではありませぬ。新たな帝をお迎えして新たな政権が(ひら)かれた今、乗じて賊に付け入られるようなことはあってはなりませぬ。御所守備隊、京都守備隊共に力を合わせて、お役目を果たされてください」

佐々木は(かしこ)まって平伏したが、近藤はまっすぐ真紀を見つめている。真紀は穏やかに問う。

「何か仰りたいことがあるのですか? 近藤どの」

「……一柳さまは会津藩家老補佐役を女性の、それも御側室の身でお務めと伺っております。無礼と承知の上で申し上げますが、我々二人をお召しになったのは先程のお言葉を賜るためのみにございましょうや」

「近藤どの」

修理の制止を、真紀は右手をあげて止める。

「よいのです、そう、それならば可笑(おか)しな話です。あなた方がお仕えするのは帝に委任された国防大臣たる松平容保どのであるはず。しかし一介の側室が口を出すことではないとお思いなのですね」

「……いかにも」

「近藤、控えんか」

平伏したまま、佐々木が低く唸るように言った。佐々木は会津出身で幕臣の養子となった経歴を持つ故に、真紀という存在を無条件に受け入れている。だが、近藤は違う。京都に来てからは新撰組で会津と関わることが多くなったとは言え、やはり真紀の立場を理解しているとは言い難い。だが、真紀は修理や佐々木に自分の本当の立場を説明させなかった。真紀は微笑みながら、

「差し出がましいことは承知していますよ。ですが、聴いていただきたいのです。蛤門の折、賊の捜索に尽力された方々として」

佐々木がようやく顔を上げ、真紀は続ける。

「幽霊の噂が増える一方なのです」

修理が言葉を繋いだ。

「ここ何年か、様々な家中で改革を叫ぶ者が脱藩し、後に行き方知れずになり、江戸や京都に潜伏することが多かった。無論、にしたちの働きで目出度(めでた)く平らげ、あるいは国許に帰った者も多い。だが我らが腑に落ちぬのはそうした脱藩浪士の中に、死んだとされたにも関わらず、江戸や京都で見かけられた者が最近とみに多数いると言うことだ」

「多数とは、いかほど」

「二百は下らぬ」

佐々木が唖然とした表情を浮かべ、近藤が声を上げる。

「いつぞやと同じ、でござるな」

真紀は小さく頷いた。

少し前から気にかけてきた。

坂本の話を覚馬が持ち込んだことで、真紀の中にあった疑惑は確信に変わった。変わったけれど、確たる証拠が見出だせぬまま、今に至る。だが疑惑の芽に気付いて数年。確実に『死んだ筈の者を見た』という話は増え続け、真紀は焦燥感を感じながら新政権発足、即位の礼を迎えた。

市井の状態を探っていた公用局が新政権発足と共に事実上解散されたことで、情報は格段に真紀の元に集まらなくなり、不確かな噂だけが真紀の耳に届くようになった頃に、容保から観兵式の骨子を説明され、真紀は具体的な話は何一つ容保にはせず、別動隊設置を促した。だが、別動隊にはその『幽霊』話を伝えておきたいと、修理に二人の訪問を依頼したのだ。

「で、では御方さまは先のようなことが再び起こるとお思いで?」

佐々木の言葉に、真紀は再び頷いた。

主だった家中に声をかけて、『死んだ筈の者を見た』噂をさりげなく探らせた。上がってきた数に真紀は眉をしかめた。それぞれの藩では多くても十人ほど。ここ数年の騒乱を考えれば不思議はない数だが、藩を超えて総すれば二百を越える。これは明らかに多すぎる。

蛤門の変の記憶があるからか、脱藩浪士の話に敏感になっているのかも知れない。騒乱の中で、誰も知らぬ間に息絶えた浪士も真にあるやも知れぬ。だがそういう者が含まれているだろうと考えても、二百は多い。多すぎる。これが町民や農民ならばいざ知らず、藩に籍を置いたことのある武士は、身分もその動きも本来ならば承知されている筈なのに、だからこそ尋常な数ではない。

そして、真紀の心中の何かに触れた事実。

修理が現在解っている出来事を説明した後を真紀が継ぐ。

「気になることが一つ。数多くの『幽霊』の中に数名、届けられた死亡日時が蛤門の変の前となっている者がおります。土佐藩士・溝渕喬太郎(みぞぶちきょうたろう)、薩摩藩士・真井昭行(さないあきゆき)、福井藩士・松添勘兵衛の三名です」

真紀は懐から三名の特徴を記した紙を取り出し、佐々木と近藤に渡した。

「三名とも攘夷激派であったのは間違いなく、蛤門の変の折り、その姿を見たという者も多く、捕縛された者から三名とも先導者として名前が出たこともある。もし何かあるならば、内情をかなり知っていると考えていいでしょう」

渡した紙には三名の特徴などが記されているが、決して確かな情報ではないと前置いて真紀は言う。

「この京都でたった三名を探し出すのは、海辺の砂浜から一粒の砂粒を見つけ出すように、難しいことでしょう。ですが、蛤門の折りのように、思わぬことで事態を把握することが出来るやも知れませぬ。それ故にご足労を願いました。僭越であったなら、お許しください」

真紀がいつもの微笑みのまま、軽く頭を下げれば佐々木は慌てるが、近藤は黙ったまま深々と頭を下げ、

「こちらの無礼こそ、どうぞお許しあれ。それがしの考え違いでござった。知恵者と評判の御方さまにそのようなお考えあること伺っておらねばこその、苦言とご理解下さい。お知らせ頂き、(かたじけ)ない。このお話なくば、ただただ闇雲な追手になるところでござった」

修理が判っている限りの話を二人に伝え、佐々木と近藤は心に留めて、手を打つと頷いて帰っていった。

帰りしな、近藤がそう言えばと声を上げた。

「過日、花街で秋月さまと賊に襲われた折り、見事な剣術で賊を切り捨てられたのは、御方さまにございますか?」

突然の話に、真紀は思い出すように数度瞬いて、

「……そのようなこともありましたね」

「秋月さまに伺いました。見事な剣術の使い手であられるとか。僭越な申し出ではありますが、一度、京都守備隊を御指南いただけませぬか?」

近藤の申し出に真紀は微笑んで頷いた。

「いずれの時か、叶うなら」

「お待ちしております」





「準備は整うたか」

容保の言葉に、真紀は頷く。

衣桁(いこう)に特注の衣紋掛(えもんか)けでかけられた軍礼服は三日前にようやく長崎から届いたもので、普段身につける軍服とは違い、深黒色の正衣の襟元には金糸の刺繍、肩章は同じ金糸の房飾り、右胸には金の飾緒がつき、華やかな趣を見せている。

「毳々(けばけば)しいな。何とも面映ゆい」

容保の言葉に真紀は思わず苦笑する。

「仕方ありますまい、権威を見せるとはこういうことでしょう?」

「確かにそうだが」

房飾りに触れて、容保は言う。

「粗大な形は出来たが、とりあえずは明日の観兵式だ。恙無(つつがな)く終わることを望むしかあるまい」

真紀は微笑みながら答えた。

「出来ることは全て行ったのでしょう? ならば必ずや良き首尾となりましょう」

微笑む真紀の顔を覗きこんで、容保が静かに問う。

「何か、あるのか?」

「え?」

「真紀がそんな顔をしている時は、何かわしに黙っているな。何か言っておかねばならぬことはないのか?」

数度瞬いて、真紀は思わず苦笑する。

「容保どのは、私のことをよく見てらっしゃいますね」

「それが良人(おっと)というものなのだろう? そなたはわしのことをよく見ていてくれるからな」

蒲柳の質で線の細い容保は、よく体調を崩した。かつては激務と精神的疲労から身体が悲鳴を上げるのを無視して、激務を(こな)そうとするから病が悪化することも多かった。だが、真紀を(めと)って以降、容保の些細な体調変化を真紀が見抜くので、寝込むことは少なくなってきている。それが真紀のお蔭だと判っているからこその容保の言葉だった。

「あるのだろう? 気にかかることが」

ならばと、真紀は姿勢を正して容保を見た。

「容保どの。私の気にかかることとは、『幽霊』のことです」

「やはりそれか」

容保は溜め息を落としながら真紀の前に座る。

「御所守備隊と京都守備隊が手を尽くして捜索しているが、何も手がかりが掴めぬようだな」

「……御存知でしたか」

容保に対して全てを内密に話を進めるつもりなど、真紀には毛頭ない。もし『幽霊』の話が真紀の杞憂でしかないならばそれに越したことはないのだ。だが何か証拠が出てくれば、佐々木と近藤にも自分には報せるに及ばぬ、直ぐ様に上に話を上げよと伝えてあった。

「わしは仮にも大臣だぞ? 幽霊話は上がってきている。京都守備隊はかなり手を広げて捜索しているようだが、御所守備隊は名の通り、御所守備が主な役目だ。かなりの負担を強いているよう故、真に幽霊は居るのかと疑問の声が上がっている」

「………」

真紀が幾分渋い表情で容保を見る。

市井の警護を主たる役目とする京都守備隊ならば総力を挙げて幽霊捜索に動くだろう。だが御所守備を主たる役目とする御所守備隊には、負担を強いることになるだろうことは先般承知の話で、隊長の佐々木もそれは疎かに出来ぬが、協力は惜しまぬと確約してくれた。だが、やはり真紀には想像出来ていた、いや想像したくない状況だった。

容保は穏やかに微笑みながら、

「上がっている、と言うだけだ。見廻組からの古参たちは蛤門の折りをよく理解している。だが、あの時以降に参加した者達からの声と聞く。隊長の佐々木が一喝したそうだ。ありもせずと思い込めば見落とすこともあると」

「一喝、ですか」

「それから、国防省に籍を移しておらぬ会津の者を御所守備隊に貸し出すことにした。二十名ほどだが、福井、薩摩、土佐、伊予からも同じほどの数を貸してくれるそうだ」

「ならば」

「百名に届かぬが、別動隊設置を今日付で決めた。とは言え、元々は屋敷警護を担う者達故に、とりあえずは御所守備隊に組み入れ、余剰となった御所守備隊員を幽霊捜索に回すこととなった」

「そうですか……」

「どうした、まだ懸念があるか?」

「……判りませぬ。判りませぬが、今一番の好機は明日の観兵式なのです。帝も行幸なさり、外国の領事も、知らしめる為の新聞記者も多数訪れると聞きます。ならば何かを仕出かすには最も効果的なのが明日なのです。それがずっと心に引っ掛かっているのですが……」

「そなたの心配は(もっと)もだと、わしも思うぞ。それはそなたが言う『女の勘』ではない。長年生きてきて、世の騒乱を見てきたからこそ働く勘だと思うのだ。だからそなたの心配は杞憂ではないだろう。だから今出来ることは全て行う。行うが、そなたならば如何する。まだ手を打てると思うか?」

真紀は静かに立ち上がり、縁側に立つ。縁側の端に立てば、雲一つない漆黒の夜空を、居待月(いまちづき)の光がほんわりと照らしていた。真紀はしばらくそれを見上げていたが、やがて振り返り、

「いいえ、今出来ることはもうないでしょう。」

「そうか」

「明日の観兵式、無事に終われば何よりですが」

容保は、頷きながら微笑んだ。




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