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foundation  作者: なみさや
真誠
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安堵の縁




「まことにごぜえやすか!」

黒谷に喜びの声が上がったのは、十二月も半ば。

参与合議から帰ってきた容保の言葉に、広間に集められた一同は色めきたった。容保も笑顔で返す。

「まことに悦ばしい。帝はお慶びになり、年明けにも伝奏とお祝いを届けられるとのこと」

参与合議の場に飛び込んだ書状に、帝は喜色満面に宣言した。

和宮(かずのみや)が男子を生んだそうじゃ。目出度いことである』

秋前には幕府から和宮懐妊の報が届いた。慶事であると、帝は江戸に伝奏に祝いの品を託して、男子誕生ならばなお慶事であろうと手紙を託したが、期せずして願いは現実となった。

「帝のお慶びはいかばかりか、察するに余りありやすな」

内蔵助の言葉に、容保も笑顔で頷き、

「うむ。実は帝から直々に御下命頂いたのだが、伝奏下向の際、会津に警護することになる。早急に準備を整えよ」

一同から響動どよめきが上がる。内蔵助が落ち着けと制して、

「では国許からの交代の者を早めに出立させやしょう。江戸に戻る藩士はそのまま国許へ?」

「よかろう。それに兄上にも早急に連絡を取る」

「御養子のことでごぜえますな」

真紀が容保の求婚を受けたことは内々に家老たちにすぐに知らされた。喜ぶ者がほとんどだったが、内蔵助は苦言を呈した。

『しかし、お噂では御方様はその……』

『皆まで言うでない。わしにも考えはある。高須の兄弟たちに養子を考える旨、書状を認めた。わし以外は子沢山な兄もおる』

すぐに容保にとっては長兄にあたる尾張藩主・徳川慶勝から返事があった。昨年生まれたばかりの八男・完千代(まさちよ)ならば養子に出してもよいと言う。

しかし養子となれば幕府の許可も貰わなくてはならない。

まず養子を願い出、それが許されたあとに容保は真紀を側室に迎えることを表沙汰にしようと考えていた。

黒谷で変わった事と言えば、真紀の部屋が容保の寝所のすぐ側に変わったくらいだった。だから、藩士の中でも容保と真紀の関係が僅かばかり変化したことに気づくものは少なかった。

尹宮邸に出かけていた真紀が、深更、帰宅の報告を兼ねて顔を出した時、容保は養子の事を切り出した。

「昨年生まれたばかりで、母親は産褥で身罷(みまか)ったそうだ。今は母親の里で育っているとか」

「そうですか……」

幾分考えこんだ様子の真紀を見て、容保は言い募る。

「勿論、乳母はつけるつもりだ。そなた一人に育てよとは言わぬ。姉上にお願いして、国許に完千代付きの乳母と右筆(ゆうひつ)を選ぶことにしてある」

「あ、いえ。乳離れしているなら、乳母は要らないでしょう?子育ては随分前ですが経験がありますからそのことを心配しているのではなく」

真紀がさらりと切り出した。

「完千代どの、京都で育てるわけには参りませぬか?」

「京都で?」

予想を超えた問いに容保は思わず瞬く。

「それは故あって?」

「勿論ですが……容保どの、もしや私を江戸に置くおつもりではありますまいか?」

少し睨み付ける真紀の視線を慌てて外す。

「………そのような」

「ではあわよくば、ですか?私は京都でいなくてはなりますまい?違いますか?」

真紀を側室に迎えると家老たちに知らせた時、喜びの声のあとに続いたのは、真紀の立場の変化だった。

真紀が側室になるのならば本来、家老補佐役ではいられない。だが少なくとも京都において『会津藩士・一柳真紀』は人脈が広く、立ち替われる者がいない。それに京都での様々な事件を通じて、真紀の判断の速さは家老たちに真紀が控えてくれているという安堵感につながっているのも無視できない事実だった。

正直、容保は真紀が求婚に応じた時、真紀を江戸に帰らせるか、あるいは会津に帰らせるか、どちらかの選択肢を考えたが、真紀の広い人脈を考えると、特に帝との繋がりを思えば、京都に残すしかないとすぐに気付いた。とは言え家老たちに言い出されるまで、言いたくなかったのも素直な感情だった。

だから渋々、真紀に京都に残ることを了承した。

とは言え養子を迎えるならば、江戸で養育せねばならぬだろうから、真紀を江戸にと再び思えたのも事実だった。呆気なく真紀に言い当てられて、ぐうの音も出ない。

「……容保どの」

溜め息を吐けば、幾分拗ねた様子の容保の言葉が返ってくる。

「しかし、京都に残ることがまことよいのか、わしには分からぬ。そなたがこの黒谷に必要なことは分かるが、それとこれは別な話だ。無体を言うておるのは承知の上。承知だが」

「承知ならばなおのことです。伝奏警護に同行しますが、完千代どの養育をどこでするのかと、私の京都から離れる話は別です」

「分かっているのが、その……」

容保は言い淀んで、項垂れる。

「完千代の養育は、そなたに任せる」

容保の項垂れた様子を見て、真紀は小さく微笑んだ。

「まったく。容保どの、私が完千代どのの養育に江戸に残れば、容保どのの側にいるという約束は誰が果たすのですか?」

真紀の言葉に、容保が顔を上げる。

喜んでいいのか、どうしていいのか、複雑な表情に真紀は微笑んで。

「でしょう?」

「………そう、だな」




令徳元年十二月に生まれた家茂と和宮の長男は、雅千代と命名された。年明けには容保と会津藩兵に警護された武家伝奏により帝からの宸翰と御歌、祝いの品が届けられた。

容保は関白・二条斉敬に所用につき江戸に逗留の許しを得て、江戸にて準備を整え、一月末には幕府より養子縁組の許しを得た。

そして二月となってすぐの、よく晴れた日。

江戸上屋敷の大広間で、容保の養子となった完千代の披露目が行われた。

「皆、面を上げよ」

容保が言えば広間の一同が顔を上げ、しかし静かな中にざわめきが生まれる。

「これ、御前であるぞ。静かにせぬか」

内蔵助の叱責にざわめきは収まるが、一同はちらりちらりと上座を覗く。

容保の幾らか後ろに完千代を抱いた真紀が座っていた。最近の真紀は羽織袴に総髪姿が常であったが、黒紅の小袖の上に、白藤色地に桜枝と鶯の刺繍が散りばめられた打ち掛けを身に纏い、髪は総髪ではなく片外しに結い上げてある。

このような集まりでは真紀はいつも下座の家老たちの後ろに座るのが常で、ましてや着飾ることなど、まずない。その異変に藩士たちはすぐに気付いた。

「皆に申し置く。過日、尾張から養子として迎えた完千代である。幕府より養子の許しと、嫡子とする許しを得たゆえ、心得よ。それから公方さま御嫡子と読み名が近いため、先日穣太郎(じょうたろう)と改名したことも伝える。そして穣太郎の養育は本日、わしの側室となった一柳真紀に任せることとする」

さらりと告げられた、しかしとんでもない話に、広間は驚くほどの静寂に包まれた。だがそれは一瞬で、響動めきに変わった。あまりの騒々しさに真紀の膝の上に座る穣太郎が泣き出した。

真紀は手慣れた様子であやすが、その内に何か気配を感じて顔を上げれば、容保と目が合う。容保は穏やかに微笑むが、真紀はその向こうに広がる光景に思わず身構える。

「真紀?」

容保の不思議そうな顔が、真紀の横に座る照姫の咳払いで怪訝へと変わる。真紀がため息混じりに視線だけで促せば、容保はゆっくりと広間の一同に振り返った。

「殿」

満面の笑顔で、一同が容保を見上げている。

「な、なんだ」

「穣太郎君のこと、また御方さまのこと、おめでとうございやす」

内蔵助が言えば一同が一斉に平伏する。

ようやく泣き止んだ穣太郎が、何が楽しいか、きゃっきゃっと声を上げた。容保は背後に穣太郎の声を聞きながら満面の笑顔で答える。

「これからも頼む」

「ははっ」




「しかし、見慣れぬ光景でしたね……殿のあのような姿は」

ほうとため息混じりに、照姫が言う。真紀は穣太郎をあやしていた手を止めて照姫を見た。

「何がですか?」

「お子が出来たのがお嬉しいのか、御方さまが嫁がれたのかがお嬉しいのか、はたまた両方か」

「さて」

真紀は苦笑するしかない。真紀が容保を受け入れた時から、容保の様子が大きく変わった。常に容保の側にある修理が困惑したように言った言葉を真紀は覚えている。もちろん、真紀と容保の関係が変化したことを、修理は知っている。

『御方さま、殿はなじょなさったので?物静かなお人であったのに』

『……どうしたのかしらね』

真紀と顔を会わせればいつでも微笑んでいる。余程御方さまと一緒になれたのが嬉しいのでこぜえやしょうか。修理の言葉に真紀は苦笑するしかない。

その変化が尾張から穣太郎が来てから加速した。

穣太郎は人見知りが強く、照姫が用意した乳母も最初、泣き叫んで抱かれるのを嫌がった。だが、初めて真紀と対面した時から、真紀を嫌がらず、寧ろ離されるのを嫌がって泣き叫んだのだ。それを容保は微笑みながら見つめていた。その様子を見ていた修理が、困惑して後に真紀に言った。

『下賎な言い方だけんじょも、脂下(やにさ)がると言い方がしっくり来る気がしやす』

真紀は思わず吹き出したのだった。

「でも、本当に宜しゅうございました。殿があのような穏やかな表情をされているのを、終ぞ見た記憶がございませぬ。御方さまのお陰で殿はようやく安堵出来る(よすが)を見つけられたのですね」

ゆったりと頭を下げられて、真紀は微笑むながら頭を横に振った。

「そうでしょうか?まだ容保どのの重荷は山ほどございますのに」

「いいえ。御方さま」

照姫は穏やかに真紀に言う。

「ずっとお側に居てくださる御方さまなれば、殿の重荷を共に背負うてくださるのだと、照は思いまする。どうぞ、殿を宜しゅうお願いいたしまする」






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