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foundation  作者: なみさや
騒擾
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騒擾の結末



容保が凝華洞に戻ったのは、夜半を過ぎた頃だった。

市中の火事は鎮火し、被害も少なくは無かったが焼け出された民の救済処置を参与合議で定めた。残党狩りは暫く続くが、御所警護と二条城警護を今暫く強化することを定めて、散会となった。

とりあえず朝には黒谷に帰る許しも出たので、安堵しながら凝華洞に戻った容保を出迎えたのは、顔色を無くした家老達だった。

「いかがした?」

「御方さまが、大変な怪我で」

内蔵助の言葉に部屋に駆け込めば、意識なく蒼白な顔色で昏々(こんこん)と眠る真紀がいた。

「なにゆえに」

「申し訳ごぜえやせん!」

額を床に擦り付けながら、覚馬が詫びを口にする。

「こったらことになったのは、それがしの」

「詫びを聞きたいのではない! 何があったのだ!」

聞いたことのない容保の叱責(しっせき)に、覚馬は一層小さくなる。

秋月が説明する。

「守護職屋敷を火付けした者は、火消しに来る者を狙っていたようでごぜえやす。最初馬が狙われ、連れていた玄と珀が賊に飛びかかり、御方さまはこれを止めようとしたか、賊を仕留めようとしたか、定かではありやせんが、とにかく賊二人を仕留めやしたが、離れた所にいた賊の銃手に撃たれた由」

「……」

「右太腿に一発、右肩に一発。馬が倒れて落馬の折りに左肩の骨が折れておりやす。医者の話では、この状態で銃を使うことなど無理なことと」

「……撃ったのか」

「はい。御自分を撃った銃手の足を。この銃手は覚馬が仕留めやした。それと玄が撃たれて、事切れておりやした」

「そうか……」

容保は深く溜め息をはく。真紀の額を冷やすための手ぬぐい越しに触れれば幾分熱っぽく、枕元に置かれた手桶で真紀の額に乗せられた手拭いを冷し、再び置いた。

「覚馬」

「は、はい」

「よい。そなたのせいなど、一つもない」

「しかし」

「……席を外せ」




静まり返った部屋のなかで、容保はただ真紀の様子を見つめていた。常人であるなら、死に至るほどの怪我だ。だが、真紀の『時知らずの身』ならば、いずれ何事もなかったかのように回復する筈。

去年、目の前で容保はそれを見た。それでも目覚めるまでに三日を要した。だがその間、容保はジリジリと焦燥感を感じながら真紀の目が覚めるのを待っていたのを、思い出した。

「まったく……真紀どのは」

その時、浅い息を繰り返していた真紀が大きく息を吸い込んだ。

「?」

覗きこめば、ゆるりと真紀の目が開いた。数度瞬いて穏やかに微笑もうとして、顔が歪んだ。

「深手だ。暫く休まねば動けぬ」

容保の言葉に頷いたが、ついぞ聞いたことのない(しわが)れた小さな声で、水と告げた。

「水か、少し待たれよ」

枕元にあるのは、水差しと湯呑み。湯呑みに水を次いだが容保は一瞬考えて、それを自らの口に含み、真紀に口付けた。

ゆっくりと真紀の唇が開き、頼りない様子で一口二口と水を含む。

二度ほど口移しで水を飲ませれば、真紀が微かに(しわぶ)いた。

「大丈夫か?」

「………容保どの、手をいかにされました?」

先程聞いた声よりも幾分平素の声に戻ったことに安堵したが、自分よりも明らかに軽症である自分の火傷を案ずる真紀に、一瞬呆れる。

「まったく、それがしの火傷より、己が身を心配されよ。時知らずの身であっても痛みはあると仰ったのは真紀どのだぞ」

「……すみませぬ」

「この前の怪我よりも遥かに重い怪我だ。ゆっくりと眠られよ」

「……玄が」

真紀の言葉に、容保は小さく頷く。

「丁重に弔う」

「……はい」

目を閉じた真紀のまなじりから一筋涙が流れ落ちるのを、容保は黙って見つめていた。




翌朝、玄の遺体をどうしたかと容保は修理に訊ねたが、修理は言い淀んだあと、珀が玄の遺体に近寄る者を許さぬのだと告げれば、容保はすぐに腰を上げた。

「なあ、珀よぉ。そうやっとっても玄はもう起きねえ。眠らせてやんべ」

呼びかける声に容保は足を止めた。

「御方さまの中間で作兵衛と申す者でごぜえやす。子犬の頃に随分と手をかけた者にて、珀も聞くかと思いやしたが、やはり無理でごぜえやした」

修理が説明し、声を挙げた。

「殿の御出であるぞ」

「へ!」

作兵衛が慌てて後退り、地面に平伏する。

「畏れ入りやす、わしは失礼を」

「よい、そこにおれ」

作兵衛の向こうに珀が身構えているのが見えた。珀の向こうに横たわる玄も。

容保は足袋が汚れるのも構わず地面に立ち、珀の前まで歩いていく。珀が牙を剥き、聞いたことのない唸り声を上げる。

容保は珀の前に膝付いた。

「珀、済まぬ。玄を、そなたの兄弟を死なせてしもうた。詫びても玄は生き返らぬが、わしには詫びてやることしか出来ぬ。済まぬ」

頭を下げても、唸り声は止まらない。

「許してもらえぬやも知れぬが、わしは真紀どのに約束したのだ。玄を丁重に葬ると」

容保は膝付いたまま、進もうとすると珀が唸り声を上げて、容保の左腕に噛みついた。

「殿!」

「大事ない、動くな」

噛みついたままの珀に、容保が静かに言う。

「わしは何もせぬ。ただ、玄を弔いたいだけじゃ」

珀は数瞬噛みついたままだったが、やがて口を開き、後退り、小さく項垂れる。何時ものように甘えた声を上げながら、自分が噛みついた容保の腕をしきりと舐め始めた。

「わかってくれたか」

容保は何時ものように珀の頭を撫で、立ち上がり、玄の遺体の前に座った。

小さく丸くなった玄の体に触れれば、既に冷えきっている。何時ものように体を撫でてやれば、毛並みはところどころ血と泥に汚れて乱れていた。

「玄よ、御苦労だったな。真紀どのをよく守ってくれた。有難いことだ」

作兵衛が啜り泣く。

容保は自分の羽織を脱ぎ、玄の遺体を包んだ。

「作兵衛、湯灌(ゆかん)の準備を」

「へ、へえ、出来ておりやす」

作兵衛の手で湯灌を済ませ、容保の羽織に包まれた玄の遺体は棺桶に入れられて、黒谷の一角、会津家中が埋葬される片隅に埋葬された。

珀は玄が埋葬されて数日は、玄の墓の前で過ごしたが、ある晩容保の寝床に帰ってきた。

容保は何も言わずに迎え入れ、珀の暖かさを感じながら寝入ったのだった。






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