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foundation  作者: なみさや
騒擾
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狙撃




御所から西にわずか進んだ所にある京都守護職屋敷は、会津藩が守護職に任じられてすぐに土地確保が始まり、結果三万坪という広大な敷地を持つことになったけれど、会津が黒谷に本陣を構えたことや、のちには守護職が複数藩に兼任されたことなどから、造営は途中で止まっていた。だから火事で焼け落ちていても被害は少ないけれど、真紀が怖れていたのは、飛び火による延焼だったが、延焼はなかったようで。

「御方さま。火も下火にて、延焼もないとのことでごぜえます」

真紀に随伴してきた覚馬の報告に馬上の真紀は安堵の表情を浮かべる。

「そう。ではここは所司代がたにお任せして、我々は」

避難誘導に向かいましょうか、と真紀が言う足下で、玄と珀が聞き慣れぬ唸り声を上げる。

常にあらざる様子に真紀が二頭を見れば、二頭とも一点を見つめて、背中の毛を逆立て、牙を剥き、低く唸り続ける。

「玄? 珀?」

馬の頭を二頭が睨む方向へと、真紀が変えようとした時。

乾いた銃声が響いた。

瞬間、真紀の視界が揺らぎ。

馬の悲痛な鳴き声が響く。

「!」

「御方さま!」

どうと倒れた馬から投げ出された真紀は、左肩を(したた)かに打ち付けて、一瞬息が詰まった。思わぬ激しい痛みに襲われたが、すぐに起き上がり馬に駆け寄る。

馬は目を剥きながら、末期(まつご)喘鳴(ぜいめい)と泡を吹く。真紀は馬の体を陰に辺りを見回した。

「御方さま、さすけねえか!」

慌てて物陰に隠れた一同、真紀に駆け寄ろうとする覚馬が藩士に羽交い締めにされている。真紀と同じように倒れた馬の陰から、やはり玄と珀が唸り声で、何かを威嚇している。

馬の頚には銃痕が見えた。真紀が馬の向きを変えなければ、真紀の腹部に着弾していた。その事に気付いたが、真紀は幽かな息となった馬の体を優しく撫でる。そして静かな声色で言う。

「ごめんね、ありがとう、守ってくれて」

再びの銃声。しかし手前の地面で跳ねた。

右肩が激痛を伴う。触れれば出血はしていないが、明らかに骨折が分かった。

その時、常では聞いたことのない声を上げて、玄と珀が疾走する。

「やめなさい!」

真紀の制止も聞かず、二頭は疾走し道角を曲がれば、人の悲鳴と銃声が響いた。真紀は刀を抜きつつ二頭に続いて走った。

真紀が道角を曲がれば、二人の男が玄と珀に飛びかかられ、振り払おうと必死の様子だった。玄が男の勢いに負けて振り払われるが、すぐに体を返して飛びかかろうとする。しかし真紀が玄の前に入り、刀を抜こうとする男の懐深く飛び込み、男の喉元に素早く刀を突き立てた。

「珀!」

真紀の声にもう一人の男に飛びかかっていた珀がヒラリと飛び退()くのを、血飛沫越(ちしぶきご)しに見ながら、真紀は続いて脇差しを素早く抜き、既に事切れた男の遺骸を押し退けながらもう一人の男の首を薙いだ。

再びの血飛沫と血臭。

だが。

銃声が響いた。

悲鳴のような、声。

真紀は自分の足に軽い衝撃を感じて、ふと見る。

右の太腿が動かない。足下には玄が(うずくま)る。

袴が黒袴故に分からないが、じんわりと血に染まり始め、遅れて強い痛みが襲う。

思わず立つことが出来ないことに気づいて、ズルズルと崩れるように、その場に座り込んだ。

「御方さま!」

悲鳴のような覚馬の声に、真紀は声を張り上げた。

此方(こちら)ではない! 銃手がまだいる!」

すぐに続いた銃声は、座り込んだ真紀の上体を押し倒す程の衝撃を伴い、またも遅れて右肩が痛みを生み出す。

仰向けになった真紀の双眸(そうぼう)に映るのは、見事なまでの蒼穹(そうきゅう)

ああ、雲ひとつないね。

ふとそんな事を考えたが、すぐに自分の脈動を感じる違和感に気付いた。身体が脈打つと同じに痛みが襲い、血も流れ出る。

ダメ。

まだ、ダメ。

まだ、やり残したことがある。

『真紀どの』

ふと脳裡に、容保の声が過る。

『……すまぬ』

自分を抱きしめながら、絞り出すように言った容保の言葉も。

そうだ、あの時、自分はなんと言った?

『容保どののために、いつまでもお傍におります』

傍にいると、言った。

傍にいると、約束した。

だから。

まだ、ダメ。

「まだ、ダメ」

口にすれば、幾分痛みが遠退いた。

真紀はともすれば痛みで崩れそうな左手だけで体を支え、立ち上がる。それに気付いた珀が甘えた声で、真紀に寄り添う。

気付けば目の前に最初に倒した男の遺骸が握る洋式銃が目に入った。引き寄せれば、弾も装填されている。

真紀は、洋式銃を構えて、撃った。





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