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foundation  作者: なみさや
騒擾
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坂本龍馬



帝の御前で参与七名が揃って合議が始まったのは、日付が変わった頃だった。

急を要すること故に、国事参与たちは許されて羽織袴姿での参内になり、既に東の空が白み始めた頃に一度休会となった。

「昼にはもう一度参内することになる」

慌ただしく控えの間に座った容保は、深い溜め息を吐いた。真紀が穏やかに問う。

「いかようなことが決まりましたか」

「まずは九門六門警護の強化、新撰組と見廻組による市中警護を一層厳重にすること、公方さまは二条城での待機。帝に二条城に遷御(せんぎょ)を奏上申し上げたが、帝が御所を動くわけには参らぬとのことで、祐宮さまを始め、皇子方に二条城に一時お移りいただくことまでは決した」

「事を起こさせぬのが上策、ことが起こる間際に止めるが中策、ことを起こしたあとに制するが下策ですが……」

「もう既に時と手段が決まっていて、あとは集合するのみというのが、手がつけられぬ」

京都に入る道中には関所がない。大人数で動けば風聞から探すことは出来るが、少人数で動かれては探す手がない。まして警護の藩士の上洛など、今般珍しいものではない。京都にあっても福井、薩摩、伊与、土佐が京都守護職に急遽着いたため、藩士の宿舎を藩邸では収まりきらず、市井に借り受ける状態が続いていた。少人数で部屋を間借りしていても、やはりおかしなことではない。

「今の京都が判っているからこそ出来たことでしょう。ならば、決起の日にちまで集まるようなことはありますまい」

「だが、市井の探索に秀でた新撰組と見廻組を使わぬ手はあるまい」

会津藩預かりだった新撰組は、松平春嶽が京都守護職総代に就いて以降、再び幕府預かりになってはいるものの、会津とのつながりが深いため、秋月が子細を記した急ぎの書状を昨晩のうちに送っていたので、もう動き始めているはずだが。

「一つ気になることが」

「?」

「確か、長崎よりの書状では小型の大筒を仕入れたとありましたね」

「しかし小型ならば持ち運びは容易いのではないか?」

「いいえ、そうではなく小型とはいえ大筒の弾は数がなければ意味がないでしょう?」

容保が瞠目する。

「弾薬か」

「小銃ならばある程度嵩張る程度でしょうか、大筒の弾薬はそうもいかぬでしょう。それを探索させては」

数日後の夕刻。

真紀は市元屋にいた。

真紀が来れば、心得ている女将はちょっとした

食事を用意してくれるだけで、あとは帰るまで顔を出さない。だが珍しい真紀の注文に首をかしげた。

「お連れさんどすか?」

「ええ、肴程度で構わないけれど、酒は多めに運んでくれるかしら。熱燗がいいわね、手酌で飲むでしょうから」

「へえ、お連れさんのお名前、伺うてよろしいおすか?」

「土佐の坂本さんと仰るでしょうね」

大して待たず、真紀の部屋の障子が荒々しく開いた。

足音高く真紀の前に座り、

「おまんが一柳か?」

「はい。一柳真紀と申します」

頭を下げれば、呵呵(かか)と笑う声が響いた。

真紀が顔をあげれば、まず目に入ったのは癖の強い髪。総髪にしているが、癖が強すぎて収まりがついていない。幾分よれた羽織袴だが、真紀が知る『史実』通りの風体に真紀は思わず笑みこぼす。

「なんや、おかしいかや?」

「いいえ、西郷どのから伺っていた通りの風体でしたので」

「ほうかや?まあ、薩摩藩邸に駆け込んだ時も大してかあらん格好やったきのぉ。おまんもそうや。西郷さんから聞いた通り、おなごやったか」

真紀にとって、『懐かしい』土佐弁に真紀は出来るだけ表情を変えずに、

「酒を準備してますよ。私は飲みませんので、お好きにどうぞ。熱燗を頼んでおきました」

「すまんのぉ、こればぁ寒かったら熱燗ひっかけてあったまりたいと思いよったわ」

真紀が女将に言ったように、坂本は手酌で数杯明けて。

「よっしゃ、一息つけたちや。さて、話とやらを聞こか」

真紀が西郷に長州襲撃の一報を知らせた坂本に会いたいから、市元屋に来てほしいと連絡を取ったが、坂本からの返事はなく、来るかどうかも分からなかった。

だが、真紀には内心確信があった。

坂本は来るだろうと。

だが、どうして来るのかは、確信はなかった。だから、

「その前に、一つ聞いてもよいですか?」

「かまんが、なんじゃ?」

「今日、どうしておいでたか、です」

「おまんが呼んだがやろうが」

本当にきょとんとした表情で応えた坂本だったが、すぐに表情を変える。

「分かっちゅうわえ、おまんがそんなことを聞きたいがやないがは。今度の一件、土佐浪士に、操練所崩れが関わっちゅうがやったら、わしも疑われても仕方がない。罠やと思わんかったか、いうことやろう?」

「ええ」

「まあ、思わんかったいうたら、嘘になる」

坂本はニヤリと笑って、

「けんど、おまんに一回会うてみたかったがや。会津に懐刀あり、決して表に出たがらん、隠し珠やと(もっぱ)らの噂や」

「……」

「その隠し珠と評される一柳言うのが、向こうから名指しで会いたい言うてきたら、興味唆(そそ)られるやろうが」

「なるほど」

「で、話ちゅうのを聞かせてくれんかえ。わしもいられやきのお」

坂本の言葉に頷き、真紀も単刀直入に切り出した。

「此度の騒動ですが、やはり止めることはできませぬか」

「そんな話やと思うたわ、けんどどうにもならんき、薩摩に話を持ち込んだがじゃ。わしの知り合いで荷担しちゅうもんは神戸に閉じ込めちょったがやけんど、いつの間にやら逃げ出しよって」

「……そうですか」

酒の力を借りてなのか、坂本は饒舌(じょうぜつ)に語った。

最近、土佐では先代藩主・山内容堂による粛清が進行しつつあるという。容堂は尊皇を重んじて、条約勅許を薩摩藩主・島津斉彬らと幕府に何度も働きかけた。 結果、安政の大獄で蟄居を命じられたために、容堂の復権と尊皇攘夷を受け継ぐべしと結せられたのが、土佐勤王党だった。

やがて、容堂の蟄居が解かれたことで、土佐勤王党の目的は尊皇攘夷のために薩長土の藩主による上洛に変化を遂げるが、保守的な家老たちにその上申が(ことごと)く斥けられるうちに、一人の家老格を暗殺。この事件により、容堂より解党の命が下り、暗殺の首謀者として、党首の武市半平太が幽閉されているという。

「あぎぃは勤王党の要石やった。あぎぃがおらんと、激派は暴走する。わしの知っちゅうだけでも、土佐から脱藩したのは十人。勤王党は庄屋も多かったき、支援の金銭(かね)はそこから出ちゅうろう。けんど、百五十挺も洋式銃、あと大筒もいうたら、勤王党だけやない」

「つまり、銃の調達を土佐浪士が行い、資金と兵は長州が出すと?」

「捕まえちょった者も、そう(ほの)めかしちょった」

「ふむ……」

真紀は小さく溜め息を吐いた。

「日時は漏らしませんでしたか?」

「そこよ。わしも口を酸っぽうして聞いたがやけんど、口を割らんかった。けんど」

坂本は不意に思い出したように、

「そう言えば」

「?」

「醍醐の桜が咲きだいたら、とかなんとか言うちょったな」

真紀の視線が見る間に変わる。その変わりように、坂本は思わずたじろぐ。

「お、おまん」

「醍醐の桜が咲き始めたら、と?」

「お、おう。その先は言わざったが」

「他には?」

心地よかった酔いが冷めていく。坂本は浪士と交わした会話を思い出す。

「……帝に楯突くかと聞いたら、玉体になど畏れ多いと言うたにゃあ」

「狙いは、帝に非ずか……あるいは祐宮さまの拉致か、あるいは参議たちの(くび)か」

真紀は静かに立ち上がり、坂本を見下ろした。

「もし何か思い出したことがあれば、黒谷に連絡を」

「何がどうなっちゅうがや?」

「少しだけですが」

真紀は障子を開けた。

「分かったような気がします」




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