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foundation  作者: なみさや
京都
43/81

国事参与掛



夕刻、真紀は自室で座していた。

「御方さま、いらっしゃるかよ?」

「どうぞ」

覚馬の声に応えれば、覚馬だけでなく二人の若者が入ってきた。

「御方さま、この二人、昨日上洛して参りやした。御方さまに御挨拶したいとのことで」

梶原平馬(かじわらへいま)にごぜえやす。この度、公用局詰となりやした」

山川大蔵(やまかわおおくら)にごぜえやす。兄……梶原さまと同じく公用局詰を拝命しやした。よろしくお願いいたしやす」

梶原の若々しい声と、山川のまだほんのり青い月代を見て、真紀は微笑む。

「一柳真紀です。家老補佐役のお役目を頂いております。お二人ともお幾つになられましたか?」

「は、それがしは二十二に、大蔵は十九になりやした」

「まだまだお若い」

「平馬の妻は、大蔵の姉にごぜえやす。それがしはこの者たち、幼い頃から知っておりやすが、それがしよりも日新館で活躍しておりやした」

「覚馬さん、そったらことはねえ」

「んだ、おらたちは江戸と長崎まで学問に励むなんぞ出来やせん」

「だどもにしらの歳で公用局詰を命じられるは、よっぽど出来がよくなくちゃなんねえ」

「だども」

「三人とも会津の為になろうという皆の衆の期待の表れでしょう?謙遜よりもなさねばならぬことがありましょう?」

真紀の苦笑しながらの言葉に、三人が頷いた。

「そうでやした」

「山本どの、容保どのはまだ御戻りにはなりませぬか?」

「は、いつもでしたらとうに御所をお下がりになる刻限なのですが、家老の方々も何ぞあったのではないかと、気を揉んでおりやす」

「……でしょうね」

早暁、将軍・家茂の御所参内に随伴するために容保は少ない供揃えで二条城に出掛けていった。 いつもならば直衣か狩衣でもよいのだが、昇叙の参内である。容保が黒平絹の束帯(そくたい)で騎乗の人になるのを見送った。

『真紀どの、行って参る』

道中恙無(どうちゅうつつがな)きように』

普段の見送りだった。だが、容保はまっすぐに真紀を見つめて言った。

『これは始まりでしかないのだな、真紀どの』

『……ええ、もちろんです』

そう、容保の言う通り、始まりでしかない。真紀は小さく溜め息を吐いた。




文久4年1月。

将軍・家茂の従一位昇叙の日、孝明帝の勅命により、朝議の附属機関として国事参与掛が新設され、国事参与に一橋慶喜、松平春嶽、松平容保、伊達宗城(だてむねのり)、山内容堂、島津久光、そして岩倉具視の七名が任じられた。

同日、関白となった二条斉敬より勅命が下されると、七名はそのまま御前にての合議を行い、最初に定まったのは京都守護職の福井藩、会津藩、伊予藩、土佐藩、薩摩藩による共同就任であり、春嶽が守護職総代を勤め、尚且(なおか)つ幕府直属の京都見廻組などの総括も引き受けることとなった。

「それはつまり、我が藩は守護職はそのままなれど、かなりの数の藩士を国許に帰すことができると言うことでやすか?」

内蔵助の言葉に、かなり疲れきった表情だったが、容保が頷いた。

「当面、黒谷に三百、常駐すべしということで、意見が合うた」

「三百。では七百も国許に戻せますな」

内蔵助の声に喜びが加わる。

「みな、遠く京まで出でて、よく励んでくれた。この期に残る人数も国許に待機する者と徐々に交代させてはどうか」

「そうでごぜえますな。皆の衆で話を詰めまする」

容保が黒谷本陣に帰りついた頃には、日付が変わる頃で、内蔵助は容保から今日の御所での出来事をかいつまんで聞いた後、流石に容保の疲弊(ひへい)した様子に気付き、あとは我らでと休むように促され、容保は重い体を引きずるように寝所に入った。

最近、とみに成長著しい玄と珀は二頭一緒に容保の寝床に入り込むことは少なくなった。今日も珀だけが寝床に入り込み、容保は珀の温かさを感じながらあっという間に寝入ってしまった。

深々と冷える合議の場には、容保が寝入ったと側仕えから報告が届き、一同は安堵の溜め息をもらす。

「よがった。お疲れであったっかんの。寝入ってくださったなら、一安心だべ」

極度の疲労が容保の体調不慮(たいちょうふりょ)を招くことが多いことを一同は知っている。まして不眠が最初の症状なのもよくわかっていた。

「では御一同、夜は更けておるけんども、決めねばなんねえことが山ほどあんべ」

内蔵助の言葉に、あちらこちらからあれも決めねば、ならばあれもと声が上がるのを真紀は黙って聞いていた。ふと思い至ることがあり合議の場を離れれば、廊下で頼母に声を掛けられた。

「御方さま」

「ん?」

振り返れば、頼母は深々と頭を下げる。

「ありがとうごぜえやす」

「ん?」

「此度のこと、御方さまが御口添えになられたのではねえですか?こったらこと出来るのは、御方さましか知んねえ」

真紀は小さく微笑んで。

「私は大したことはしていない。寧ろ、容保どのが心を定めて、さる御方に申し上げたことが何よりよかったのだと、私は思うけれど」

「殿が?」

「容保どのは、私に言った。京都守護職、御辞退奏上を考えていると」

頼母が弾かれたように顔を挙げた。真紀が続けて言う。

「確かあの時、容保どのは頼母どのに御加増の返却を検討せよと命じたと聞いたけれども」

『頼母、御加増御下賜されたものを還すこと、叶わぬか?』

『しかし、今の藩財でそれらはなくてはならぬものでごぜえやすが』

『……そうか。しかし、京都常駐の藩士が減れば、それも叶うか?』

『いかがでしょう。いかほど減るかにもよりやしょうが』

『検討せよ。いかになるやも分からぬが、心積もりはあってもよかろう』

「あれは、では殿が何かなさるおつもりで」

「何をしたかは言えないけれど、ね」

だが真紀の言葉に、答えとなる言葉があることに頼母はすぐに思い至る。

「そったら」

「これは他言無用に。色々とあるから」

「は……」

「忙しくなるわよ、頼母どの。今こそ頼母どのが藩士の心を一つにしなくては」

真紀の静かな言葉に、頼母の背筋が伸びた。

「心してかかりやす」





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