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foundation  作者: なみさや
京都
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大きな渦の中




真紀が襖を開けると、先程の女官が蝋燭立てを渡したが、一言呟くように言った。

「いつものお部屋、用意してますよって」

「ありがとう」

「いいえ」

後ろに控えていた修理には届かないほどの密やかな声だった。

真紀に誘われて、来た廊下と違う廊下を歩き、小さな部屋に通された。

「とりあえず、一息いれましょう。ああ、伊織どのがお茶の準備をしてくれています」

確かに片隅にまだ湯気が上る茶碗が三つ添えられていた。真紀は容保と修理にそれを差し出す。

「先程、部屋の外にいた女官が伊織どのです。容保どの、覚えていますか?市元屋で会うた豆華、あの芸妓の叔母にあたるんですよ」

謁見で疲れはてた容保の脳裡に、やっとうするお人は怖いと言った芸妓の声が浮かんだ。

「伊織どのは高位女官ではありませんが、帝の側仕えです。私が来るときは伊織どのがいつもいてくれるので助かるのですよ」

真紀の話を聞きながら、容保は出された茶を一息に明けた。飲み干した後に、緊張の余り喉が痛いほどに枯れていたことに気付く。真紀が自分の茶碗を飲んでいないからと差し出したのも遠慮なく飲み干して、ようやく安堵の溜め息が漏れた。

「一息つけましたか?」

(かたじけ)ない…」

「殿、よろしければそれがしの茶をどうぞ」

「うむ、済まぬ」

修理が差し出した茶碗は幾分ゆっくり飲み、容保は修理の声を久しぶりに聞いたことを思い出した。

「すまぬ、修理。そなたを連れてきたのに何一つ話させてやれなんだ」

「殿?いや、それがしは後ろに控えるのが勤めにて。宮さまや()してや帝が御座(おわ)す所で発言など…いえ、寧ろ御方さまは今日の謁見をそれがしに御見せになりたかったのではないかと思うのです」

真紀を見れば、小さく頷く。

「今日の謁見、宮が言ったようにしばらくは内密な話になるでしょう。ですが、帝の御心は定まった。朝廷が帝の御心をまことに実現させるのであれば、年明けにも動き出すでしょう。時は短い、されど心積もりと準備を整えることは出来るでしょう?」

「その為に、修理を?」

「容保どのの片腕、このような時に使わずして、いつ使うのです?」

真紀の穏やかな視線と、修理の決意に満ちた視線が絡み、修理は力強く頷いた。

「承知しやした」

「宮が退出される時に御所を出ます。着替えてくるので、少しお待ちくださいね」




「わしの言葉は、間違っていたのだろうか」

小さな部屋に二人残されて、容保は呟いた。しかしすぐに修理が応える。

「いいえ、殿は間違うたことなど申し上げておりやせぬ」

「修理」

「殿は帝や宮さまがお聞きになりたかったことを仰せになったと、それがしは思います。それに殿のお言葉は、会津の為になりやしょう。確かに御加増、下賜金を幕府より頂いていたとしても、会津にとって京都守護職は重い責務。恐らく御方さまが何度となく御口添えをされているのではありますまいか?重い責務をいつまでも会津に背負わすのは忍びないと、帝が思われたようにそれがしには聞こえました」

諭すようにゆっくりと告げられて、容保は深く溜め息を吐いて。

「まことそれがしの言葉が会津の為にはよかったやも知れぬが…宗家の為になったのであろうか」

「それは分かりませぬ。分かりませぬが、何か大きな動きがあるやもしれやせぬ。そう感じやした」




文久3年は何事もなく、終わった。

年末に江戸を出た将軍・家茂は幕府所有の翔鶴丸に乗船して大阪に入り、正月10日に二条城に入った。

明日には御所参内という日に朝廷は家茂に対し、従一位に叙することを発布した。明日の参内には容保も随伴することが決まっていて、将軍従一位昇叙の旨を報せる春嶽からの書状を幾分物憂げに見つめていた。

「目出度いことでごぜえます。やはり帝の妹宮が御台所に入られた故の帝の御叡慮にごぜえましょうか?」

内蔵助の言葉に、容保は小さく頷く。

「昇叙のみならず右大臣任叙もめでたきこと」

だが春嶽の書状には同じ日、随伴して参内する島津久光の昇叙についても書かれていたが、ただ淡々と認められているだけだったことに、容保は違和感を覚えて眉を顰めた。

「なにか?」

「島津久光公も昇叙されるそうだ」

「さようで。今までの功を認められてでごぜえましょうか?それが何かあるので?」

「いや……」

内密にと言われてから、容保は真紀と修理としか夜半の謁見で語った内容は話していない。真紀は帝が関白・近衛忠煕(このえただひろ)から内々に関白辞退の意を受けていること、次代の関白として二条斉敬(にじょうなりあき)に内定していることを聞かされていた。

『二条どのは宮さまにかなり親しい公卿と聞いていますよ。公方さま御上洛の頃には関白に任じられましょうね』

淡々と認められた春嶽の書状にもう一度目を落とし、容保は思った。

もしかすると春嶽は何か聞かされているのかもしれない。

いや、もう何か大きな動きが始まっていて、自分はその渦の中にいるのではないか。

そこまで思い至って容保は微かな身震いを感じた。




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