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foundation  作者: なみさや
京都
32/81

襲撃




声を上げたのは、手練てだれの藩士だった。

「秋月さま」

「なんじゃ」

「先ほどから妙な(やから)がついてまいりやす」

言われて秋月はさりげなく振り返る。

花街から離れて幾分少なくなった行灯の明かりを頼りに、数名の影が見えた。

「妙か」

「はい。つかず離れっずで」

「目をつけられたか。殿、御方さま。先を」

急ぎましょうと秋月が言う間もなく。前方の道角から走り出てくる者がいた。容保と真紀が足を止める。すると、背後にいた数名が走り寄ってくるのが見えた。

「何者じゃ!」

「きさんら、どこのもんか! 会津もんなら斬る!」

四人を囲みながら、八名ほどが一斉に抜刀する。秋月は内心舌打ちをしながら、抜刀し、容保を背後に回した。

「若様はお動きにならぬよう」

「秋月」

「長州のお人ですか? 我らを切ったところで」

秋月と同じように容保を背後に回しながら、真紀が静かに言う。

「何もなりませぬよ」

「おのれ、奸賊(かんぞく)!」

斬りかかる賊を、鞘走らせた刀で受けて真紀が言う。

「若様はそのままに」

それは真紀と秋月と手練の藩士で決めていたこと。万が一襲われた時は、容保を『若様』と呼ぶこと。間違えてでも『殿』などと呼べば、賊に容保の素性(すじょう)が知れることにもなりかねない。

容保は刀に手をかけつつも、小さく頷いた。

受けた刀を僅かにずらせば、賊は簡単に体勢を崩した。

それが合図となったのか、賊は一斉に切りかかった。





そぞろ歩いていた斎藤一さいとうはじめは耳を澄ませた。

「どうした?」

「いや……ああ、呼び笛か」

土方の問いに応えた斎藤は鞘の下緒(さげお)を鞘越しに握り締める。

聞こえるは、異変を知らせる市中見廻りの呼び笛。

「行くか」

「ああ」





それは一瞬だった。

秋月と藩士の間に間が空いた。いつでも抜刀できるように刀に手をかけた容保との隙間が。

既に数人切り伏せていたが、未だ無傷の賊が一人。

賊はその隙を見逃さなかった。

「奸賊め!」

その声に真紀が気づく。

三人目をこともなげに袈裟懸けに切りつけて、賊の前に飛び込む。

そこに至って、容保も初めて自分に迫る刀に気付いた。

視界に広がる、真紀の背中。

そして、刀が肉を裂き骨で止まる、音が響いた。

「真紀!」

「動くな!」

聞き慣れない真紀の怒声に、容保の動きが止まる。

だが崩れ落ちたのは、真紀に斬りかかった賊だった。

血泡を吹きながら、容保の視界から消える。

返す刀で、真紀は秋月と斬り合う賊の首元に刀を滑らせ、藩士と斬り合う賊の背中に刀を突き立てた。

末期(まつご)喘鳴(ぜいめい)を聞きながら真紀は自らの袖で刀の血潮を吹きとり、刀を鞘に収めた。

「御方さま!」

「真紀、肩が」

容保に強い口調で言われて思い出す。左肩に手をやれば、返り血ではない暖かい(ぬめ)りを感じた。

もちろん痛みはある。灼けつくような、痛み。

だがそういうものに、自分が無頓着(むとんちゃく)になっていることに、今更ながらに思い出して真紀は苦笑しながら言った。

「まあ、すぐに治りますから」

「馬鹿を言うな! 真紀、座れ」

懐紙を押し当てたのは容保だった。

純白の懐紙があっというまに、真紅に染まる。

「手当を」

「良いから、帰りましょう。傷はさしたることはない」

「無体を言うな、このような深手で」

容保が自分の襦袢(じゅばん)の袖を引き破り、懐紙の上に押し当てると、秋月が自分の手ぬぐいを細かく裂いてつなぎ、真紀の肩から脇まで通してきつく縛る。

その時。

「貴様ら、何をしておる!」

鋭い誰何(すいか)に顔をあげれば、抜刀しながら走り込んできた男、二人。

「壬生浪士組である、神妙にいたせ!」

その呼ばわりに、秋月が立ち上がる。

「土方どのか、わしじゃ、秋月じゃ」

秋月の知己だったらしく、二人は刀を収めた。

「これは秋月さま……これはいかなる」

「知らぬわ。突然斬りかかってきた。連れは会津の者たちじゃ。すまぬがあとを頼んでよいか、怪我人が」

土方が薄明かりの中で目を細めれば、確かに左肩を真紅に染めた者が座っている。

「それは構いませぬが、手当を」

「よい。本陣に戻る」

「は。あとはお任せあれ」

「うむ」





「すごい手練(てだれ)がいたようだ」

秋月とその連れを見送った土方に、斎藤がぽつりと告げた。

「手練?」

「見ろ。こっちは袈裟懸(けさが)け。こっちは首撫で。あの中の御仁が殺ったんだろ?」

「ふむ」

八体も転がった賊の遺体の中で、あちこちに切疵がある者もあるが半分は一太刀で絶命しているのが薄明かりの中で見えた。

「見事だな。俺たちでもこうは出来ない」

「会津にも手練はいるってことだ」

手合わせしてみてえな。斎藤の独白(どくはく)に、土方は小さく笑って。

「まあ、いずれな。とにかく、これを片付けねえと」

「そう、だな」

待ち合わせの場所には、修理が迎えに来ていた。

幾ばくかの返り血を浴びた容保の姿に、一瞬動転しかけてこらえる。

「こはいかなる仕儀!」

「大事無い、返り血じゃ。それより医者を呼べ、真紀どのが」

「容保どの、大事ないから」

「いや、しかし」

「だから」

真紀は固く結ばれた手ぬぐい紐を取り、傷を見せる。

「ほら」

真紀の穏やかな指摘に、容保は瞠目する。

「どう、して」

そこに深々と口を開け、脈打つように真紅の血を吐き出していた筈の傷は。

全くなかった。

思わぬことに、容保も秋月も一瞬呆けた。

「あれほど斬りつけられ」

「だって、私は時知らずの身を持つのですから」

まるで自嘲(じちょう)するようにしかし、力なく微笑みながら、真紀は言う。

「あの程度の傷なら一刻も置かずに姿を消します。とはいえ、少しばかり……」

血を失い、過ぎました。

それは意識を失いながらの、真紀の声で。

その場に倒れ込もうとする真紀の身体を支えたのは、容保だった。

「御方さま!」

(かご)を持て。本陣に帰るぞ」

「しかし」

「医者はいらぬと、真紀から何度も言われた。少し、休ませた方がよい。本陣で休ませよ」





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