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foundation  作者: なみさや
京都
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市井の声




目的の茶屋はすぐに見つかった。

何度も足を運んだことがあるのだろう、真紀が迷いなく茶屋の表戸を叩く。

「お邪魔しますよ」

「あれ、一柳はん。お待ちしておりんした」

「少し早く来たけれど、いいですか」

「へえ。豆華もまもなく着きましょう」

茶屋の女主人が案内した部屋はさほど広くはないけれど、当世流行りだという香の匂いが漂っていた。

「お料理とおぶ、あとは鳴り物もご不要でよろしいとお聞きしてますよって」

「ええ、そのように」

「では運ばせていただきます、豆華もおっつけまいりますよって」

上座に容保を座らせ、固辞する藩士を別室に促し、真紀は秋月と向かい合わせに座った。

「ここは私が懇意で時々来る茶屋です。最近では長州や土佐の者が出入りはしていますが、それほど無頼の者ではないようですし、まあ騒動を起こしても女将がいなしてくれますからね」

「……真紀、わしは」

「ともかく。芸妓も参りますよ」

食事には酒はなく、女将がおぶをどうぞと差し出したのは茶であった。

「あれ、ささの方がよろしおしたか?」

「いいんですよ」

真紀が小さく頷いて、急須ごと貰い受ける。

「あとはこちらで」

「そうどすか。ああ、豆華も参りました」

女将の促しで入ってきたのは、黒の引きりを身につけた芸妓だった。

綺麗な所作で、豆華と名乗る。容保に丁寧に頭を下げて、上げた顔で真紀に微笑む。

「一柳はん、久方ぶりどす」

「元気そうで何より」

「はい。お陰様で」

「こちらは」

真紀の言葉を引き受けて、豆華は嫣然えんぜんと微笑んだ。

「会津のお方でありましょ?」

秋月が一瞬強張った表情を見せるが、豆華が言う。

「先だって、上洛された時にお見かけしましたのえ」

容保は思い出す。江戸にあっても、国許にあっても、ご尊顔を拝しては恐れ多いと、領民も町民も武家も、頭を垂れる。故に顔を知られていることは多分に少ないのだが、上洛の際、何より驚いたのは都の民は頭を垂れるどころか、平伏することもない。思い返せばあたりまえだ。彼らの傍には、主上がおわすのだから。

「会津はんがお見えになって、賑やかやった都が少うし、静かになりんした。ありがたいことどす」

容保の前から、真紀の横に座り直して豆華が言う。

「そうか」

「へえ。尊王やら攘夷やら、何やら難しいことを叫ぶお武家はんが多うて、昼のさなかから道の真ん中で刀振り回されて、怖い思いもしおしたけど、会津はんがいらっしゃってから、そういうのも少うなって。けど、逆に夜の方が怖おうおす」

「夜?」

「うちらは、夜のお勤めどす。茶屋を回るのがお仕事どすけど、その道中にやっとうに巻き込まれることが何より怖おうおす」

「やっとうとは」

「斬り合いのことで」

秋月の耳打ちに容保は頷く。

「他に難儀していることは」

「そうどすなぁ。ここもどすけど、お武家はんはお茶屋でも気に入らんことがあったら、やっぱりやっとうにならはりますから。そんな雰囲気になったらさっさと逃げよしと女将さんからは言われてるんやけど、外から飛び込まれて、肝を冷やしたことは何度かありますえ。ちょっと前から、浪士隊おっしゃるお人たちがいらしゃるけど、あてらにしたら、おんなじように見えます」

「同じ、とは」

「へえ。やっとうするのは、申し訳ないけど、おんなじに見えるんどす」

容保は眉をひそめる。その様子を見て、言いすぎたと思ったのか豆華は口をつぐんだ。代わりに真紀が問う。

壬生浪みぶろは、そんなにおっかない?」

「怖おうおす。今日も市中見回り言うて、旗立てて回ってはりましたけど、みなさん、うちの目ぇには人斬りみたいに見えて。おっかないなぁって。会津はんお預かりのお人たちを言うのは失礼やけど。長州はんも、薩摩はんも、みぃんな怖おすけど、それはやっとうの所為やとは思いますけどなぁ」





「容保どの、あれが市井(しせい)の声です」

帰路、真紀が静かに言った。

容保は黙って歩を進める。

「長きに渡って安穏の時代を過ごした京にあって、強い主義主張はどちらにあっても恐ろしいものなのです。都は自分たちの思いですら真綿に包むようにしか表現しない。参内すれば、同じような公卿(くぎょう)の言葉を聞くこともあるでしょう?」

「……確かに」

真紀の言うように、真綿に包んだ公卿の京ことばは耳に涼やかだが、だからこそ容保の心を(えぐ)ることがある。

言外(げんがい)に、雅を知らぬ(さか)しらな田舎者と言われていると感じることも多い。

その度に主上を、御所を守りたもうは会津なりと叫びたい衝動に駆られるが、それすら帝に対して不敬だと言質(げんち)を取られては、会津の、徳川の沽券(こけん)に関わる。

「ここは、江戸でも会津でもありませんよ。容保どの」

静かな真紀の言葉に。

容保は小さく溜息を落とす。

「わしは、何のためにここに来たのか」

御家訓は言う。宗家の守護者たるべしと。

京都守護職こそ、宗家の守護者たる会津のみに頼れると、松平春嶽に告げられれば、守護職辞退が叶わぬことは明白で、()してや御家訓を引き合いに出されては、容保には受諾しか道はなかったと、今でも思う。

当初は反対していた家臣たちも同じく御家訓を示されては、受諾するしかない、京都を枕に死するしかないとの決意の中で、会津は京都守護職を拝命した。

騒がしい京を平らげれば、宗家のためとなる、そうすれば会津に帰れようと説いて。

だが、不穏な空気は容保が上洛しても振り払えず。

真紀の言う『毒を以て毒を制す』で、浪士組結成を決めたが。

それすら、市井は『怖おす』と十把一絡(じゅっぱひとから)げに評する。

「ですが、容保どの。それは詮無きこと」

真紀の応えは静かだった。

「京は、遠いところにあるものにて」

「遠い、ところ」

「江戸や会津とは違う、時間を生きているとでも言いましょうか。それを知るには、未だ時間がかかりましょうね」







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