暮夜の道行
「ほら」
真紀の穏やかな指摘に、容保は瞠目する。
「だって、私は時知らずの身を持つのですから」
穏やかな真紀の言葉が、なぜか容保の耳には哀しげに聞こえた。
言い出したのは、容保だった。
修理は難しい表情で、幾分言葉を選んで、
「なりまぜぬ、殿」
「……無理か」
「万がいづのことがあっては。市中は騒がしゅうごぜえますゆえ」
「……うむ」
幕府が江戸で京都の治安維持を名目に募り、集まった浪士集団が上洛したが、結局その役目を果たせぬままに解散を命じられることとなり、浪士たちの陳情を受けた公用局が、浪士集団を会津藩御預かりにしてはと上申したのは一昨日。
家老たちと諮り、許可を出そうと決したのは先ほど。
家老たちが書面を御作りするんべ、と下がってまもなく。
独白のように、容保の言った言葉が、
「それほどまでに京は荒れているのか、見てみたいものだが」
であり、修理は一瞬瞠目して、応えたのだ。
「それゆえの、浪士隊でごぜえます」
「したが、市井のことを何一つ知らぬままに、決してよいものか」
「殿」
公用局詰の秋月悌次郎の話によれば、浪士集団とは名ばかり、武士ですらない者もいるという。一端とはいえども、主上のおわすこの都の警備を、そのような者たちに担わせてよいものか、と容保は躊躇っていた。家老たちと公用局は、それでも使い途はあると勧めたので、預りを決めたものの。
容保は不意に、修理に言う。
「真紀どのは」
「御方さまなれば、別室に御控えですが」
「呼んできてくれぬか」
「はい」
促されて入れば、容保は聊かなもの憂げな表情で中空を見つめていた。
真紀は静かに御前に進み、見事なまでの所作で礼を尽くして、顔をあげる。
京都守護職を拝命して上洛してからというもの、容保の憂いを帯びた表情は日ごとに倦みを含んでいることを真紀は気づいていた。だがそれには何も触れず、声をあげる。
「修理どのに聞きました。市中に御出になりたいとか」
「……まこと、市中はそれほどに騒がしいのか」
「会津といえども、兵は千。公方さまに後見職が率いられた諸藩の藩士もおりましょうが、市中は広うございますから。尊王攘夷を叫ぶ血気盛んな御仁たちだけでなく、ただただ力を持て余している者も入り込んでおりますね」
「ふむ」
「浪士隊を会津お預かりとすると聞きました。一歩間違えば力を持て余す者の側にいく者たちです。会津藩御預かりの表書きが、彼らの御印になるでしょう」
「……毒を以て毒を制すると仰るか」
浪士隊の行く末を真紀は知っている。だがそれは明かさず、
「容保どのが参るとするならば、お預かりを表してすぐ後がよろしいかと」
「万喜の御方!」
修理の悲鳴に近い制止を聞かず、真紀は穏やかに笑んだまま、瞠目する容保に言う。
「いつ頃になりましょうか?」
「明日には会津預かりの書状を下そうと思うているが。しかし帝行幸の折にそのようなことをしても構わぬものか?」
「まことはよろしくないでしょう。しかし、夜長のそぞろ歩きに過ぎませぬ故に。では四日後の夜。私も御供します。供は秋月どのとと、もう一人。腕が立つが会津ことばがあまり出ぬ者をお選びください」
「……よいのか」
恐る恐るの確認に、真紀は小さく頷いた。
「市井を知ってことの、まつりごとにて」
「なしてとめてくださらなかった!」
修理の憤る声に真紀はいつもの笑顔を消して、修理に問う。
「止めて何も見せずによいと? 今、会津が都でどのように思われているのか、容保どのには知る必要はないと?」
真紀の言葉に、修理は言葉を飲んだ。
「主上に如何に頼みとされたところで、会津がよいように使われているのは必定。都の民草にまで慕われるべきとは言わぬまでも、会津と都が乖離しては守るものも守れぬ。敏い修理どのなれば、私の言いたいことが分かるでしょうが」
「しかし」
「さすけねえ、と言いますよ。私は」
再びの真紀の笑顔に、修理は深いため息で応えた。
「……腕のたつ者を選びます」
花街へ、参りましょうか。
約束の夜、修理の手引きで都に着いた容保たち一行は二条城の外れから花街を目指すことにした。
空は夕闇に包まれ始めているけれど、あちらこちらで行灯のあかりがともされて、そぞろ歩く者たちも多い。
「賑やかだな、都は夜でも」
「そうですな。このあたりは花街の端ですが。不穏な者たちは過日、一掃されたので幾分静かになりましたな」
秋月が辺りを見回しながら言う。
容保は首を傾げる。
「それは会津によるものか」
「はい、少し前ですが。気勢を吐く者たちが多い場所でしたが、我が藩に訴えを起こした者が多かったのもこのあたりに仮住まう者たちでごぜえました」
京都に長らく居を構えたことのある秋月悌二郎は、京都の世情のみならず、西国にも詳しく、公用局詰めでも、最も頼りになった藩士の一人だ。会津が当初、不逞浪士たちを懐柔すべく取っていた言路洞開策の中心を担っていた。
二月始め、公用局からの進言を入れて容保が関白に言路洞開策を行うと建言すれば、黒谷本陣には、多くの攘夷派浪士が殺到し、私見を明らかにし、秋月を初めとする公用局詰めの藩士がその対応に忙殺される光景がしばらく見られた。
「まあ、聞き届けるよって国許に帰るべしと、所属の藩に帰藩許可の口添え状を渡してやれば帰っていった者が多かったということで」
しかし、目に見える結果は弱かった。
確かに攘夷を胸に抱いて上洛する浪士も多かったのだが、京都の治安を悪化させているのは、黒谷に足を運び、攘夷を声高に叫ぶ浪士たちだけではない。尊皇とは即ち、倒幕であると信じる浪士も多い。
夜間の巡察を容保が制度として定めた矢先に、事件は起きた。
等持院に安置されている、足利三代の将軍の木像の頚が持ち去られ、賀茂川の河原に晒されたのだ。
すぐに犯人は拿捕された。尊皇攘夷派の浪士だったが、幕府が会津に強硬態勢を望んだのは、晒されたのが徳川ではないにしても、『将軍の頚』だったことに他ならない。
会津は言路洞開策よりも実力行使の治安維持に切り替えざるを得なくなった。
そんな折、壬生に屯所を置く浪士隊から嘆願書が寄せられた。上洛したものの、何の役目を果たさず、江戸に帰るのはあまりに無念。市中警護の役目を会津藩お預かりの上で行いたいとの嘆願だった。
とはいえ、挫折に近い言路洞開策だったにしても、結果が出ていたことに容保は僅かな喜びと驚きを持って辺りを見回す。
「そうだったか」
「ですが、殿。この先は、訴状も出さず、刀のみに頼る無頼の者共の巣窟ですが。よろしいので?」
秋月の言葉に、真紀が頷く。
「大丈夫。私もおりますよ」
普段と変わらず総髪に羽織袴の真紀は、しかし常と違って佩刀していた。普段は重いと厭い、脇差すら佩かぬが、今日は見慣れぬ二刀佩きで容保は心を引き締める。
「失礼ですが、振るわれることがあるのですか?」
秋月の問いに、真紀は小さく笑って。
「私にとって時は有り余るほどあります。書を読むにも、刀を振るうにも」
容保はいつか国許の道場で、余興のように真紀が手練の藩士と稽古をしていたのを思い出した。まるで舞うように、しかしその一太刀一太刀は偉丈夫の藩士をも打ち据えるもので。
「秋月」
「は」
「真紀の腕ならば、わしが知っておる。黒河内の高倉信兵衛を知っているか」
「黒河内の師範代でいらっしゃる高倉さまですか?」
「あれを打ち破った」
「へ」
後ろに控える手練の藩士も瞠目する。
「し、失礼をば」
「いいえ。普段刀すら佩かぬ故に、そう思いましょうね」




