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foundation  作者: なみさや
京都
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熱に潤んだ双眸




「真紀どのが直接出向くのか」

それまで黙っていた容保が口を開いた。

公用局新設の話のあと、長崎に数名の遊学希望の藩士を短期ではあるが遊学させること、幕府より借り受けの数万両を会津の軍制改革に充てること、その為に必要な銃火器を洋式に変えるために修理と真紀が長崎に出向くことが話し合われていた。

「異国の商人に(つて)があります。私が言った方がよいでしょう」

かつて十年に及んだ外遊でそれなりに異国の言葉も理解できると真紀が言えば、容保は一瞬だったが、何か言い淀んで、しかし平素のように頷いた。

「わかった」

「御方さまと修理は用向きが片付き次第京に戻りますが、その他の者は数ヶ月、そのまま留め置くつもりにて」

頼母の言葉に容保は数度頷く。

「遊学させるということだな」

「はい。遊学する者は既に上洛しておりやすので、支度が整い次第出立しやす。船が確保出来ておりやすので、明日にでも」

「そうか」





それから数刻。

真紀は雅長に伴われて、容保の部屋に向かった。ところがいつもの部屋ではなく、雅長は寝所に向かい始めて、真紀が咎める。

「雅長どの?」

「実は、皆には殿から口止めされておりやすが、お帰りの折より熱がおありで」

「……ああ、なるほど」

得心したように真紀が頷けば、幾分驚いたように雅長が声を上げた。

「御存知でしたか」

「広間で、容保どののご様子が妙に感じたのでね。熱は高いの?」

「先程までは。今は大分お下がりになりやした」

その内に寝所に通され、几帳の向こうに雅長が声をかける。

「殿。御方さま、お通ししました」

「……うむ」

衣擦れの音を聞きながら、真紀はするりと入り込んだ。案の定身体を起こして、手近に置かれた羽織に手を伸ばそうとする容保に、真紀が声をかける。

「容保どの。無理はいけません、どうぞ横になって」

「しかし、」

言い募ろうとする容保の言葉が止まる。真紀が容保の額に手を当てたからだった。

「…ほら、まだ熱が」

自分の体温よりも冷たいその(てのひら)の心地よさに、容保は一瞬目を閉じるが。すぐに手は離れて。

容保は大人しく横になる。

「謁見から帰られた時、幾分辛そうだとは思いましたが。熱ならば大人しく寝ていて下さい」

真紀の静かな言葉に、しかし容保はため息を吐いて。

「あの場で、言い出すのはなんとも」

「分かります。ですが、身体第一です。無理はいけません」

「………」

容保の肩が冷えぬように掛け布団を引き上げる真紀の顔を見上げながら、容保はぽつりと呟いた。

「真紀どのは、何故何も言わぬ」

問われた意味を図りかねて、真紀は小首を傾げた。

「なんのことですか?」

「……真紀どのは、京都守護職拝命をあれほど反対された。なのに頼母の暴言も聞き流し、あまつさえ上洛まで伴ってくれた」

「はい」

「なにゆえ、会津のためにそこまで尽くされる?藩祖・土津公の願いであられたと聞き及ぶが」

「……なぜでしょうね」

真紀は近くにあった水盥(みずたらい)で手拭いを濡らし、容保の額に乗せた。

「理由はあります。ですが、それはまだ容保どのでもまだ、明かせぬのです」

「まだ、ということはいつか明かしてくれるのか?」

不意に容保と真紀の視線が絡んだ。だがそれは一瞬で、顔を背けたのは真紀だった。

「ええ、いつかは」

「……そうか」

「明日の出立は早朝になります。容保どのはこのまま安静になさい。明後日には後見職が二条城にお入りになるのでしょう?お迎えしなくては」

「……ああ」

「では」

立ち上がろうとした真紀の手を不意に容保が掴んだ。

「!」

「あ、済まぬ」

「…いいえ」

真紀はもう一度座り直して。

「お眠りになるまで、そばにおりましょう。容保どの」

「いや、そのようには」

先程変えたばかりの手拭いを外して、真紀は自らの右掌を容保の額に乗せた。

「真紀どの」

「こちらの方が心地よいでしょう?お眠りになるまでおりますよ」

「………済まぬ」

容保は促されるままに目を閉じる。

やがて静かな寝息が聞こえ始めた。

真紀は新しい濡れ手拭いを容保の額に乗せて、寝所を出た。

「御方さま」

雅長がそっと寄り添う。

「熱は幾分下がったようですけど、明後日には二条城に赴かねばならぬのでしょう?無理はいけません、主税どのだけでも御話し申し上げなさい」

「はい、そういたしやす」

雅長の部屋まで送るという言葉を断って、真紀は部屋に帰った。

障子を閉めて、深く嘆息して、自分の右手を見つめる。

もう残っている筈もないのに、そこにはまだ容保の熱があるように思った。

気づいていた、つもりだった。

何時の頃からか、容保の眼差しが時折熱を帯びているのを。

だが、あえてそれに気づかぬふりを通すつもりだった。

容保は、『会津藩主』。

自分は、『会津の守護者』。

あくまで『会津藩主』に助言を与え、来るべき『その時』のためにいるだけの存在。

容保が何も言わぬなら、それでもいいと思う。そう心に定めた、つもりだった。

なのに。

熱に潤んだ双眸は。

確かに、違う熱を帯びていて。

何よりも、自分の定めた筈の心が揺らぐのを感じた時、無意識に容保の額に手を乗せていた。

少しでも、一時でも、自分がいることで安らげるならと。

本当はもっと話さなければならないことがあった筈なのに。

自分の感情が、定めた筈の心が、見て見ぬふりをすることで封じて、いつか感じなくなるだろうと思っていた『思い』が。

堰を切ったかのように、溢れそうで。

真紀は右手を見つめながら、呟いた。

「………どうすれば、いいの?」

答えを返す者はなく。

真紀の中にも、答えはなかった。






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