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foundation  作者: なみさや
京都
26/81

黒谷にて





会津藩本陣として定められた黒谷・金戒光明寺こんかいこうみょうじに、容保率いる会津藩兵千名が入ったのは文久二年の歳晩(さいばん)が押し迫った頃のこと。

真紀は東海道を進む本隊と駿府城で別れ、京都に先行した。京都の騒乱は、真紀の想像を超えていて、先発して京に入っていた家老の田中土佐から話を聞けば、真紀は嘆息せざるを得なかった。

「これほど酷いとは」

「所司代の牧野さまも手をこまねいていたわけではないようですが、もともと帝は攘夷をお命じになられたほどの夷狄嫌(いてきぎら)い。薩摩浪士の攘夷派が久光公に打ち取られたとは言え、長州、土佐をはじめとする西国の者たちが、朝廷に意見せんと集まるうちに、ただただ不逞を働く(やから)も集まり始め」

公卿(くぎょう)ならずも、目明かしまでも(くび)(さら)すとは(きわ)まったようですね」

静かな真紀の言葉に、土佐は頷く。

「御存知でしたか」

「京都に入る前に茶屋で聞きました。とにかくこの治安を守ることが第一義。同格に朝廷の扱いを定めなくてはなりますまい。帝に近しい親王はいらっしゃいますか? 幕府講和を望まれる宮さまがよいのだけれど」

「ならば、やはり中川宮がよいかと。既に先月から謁見を願い出て、数日前に御話し申し上げましたが……その、なんとも不思議な物言いをされやすな、都人とは」

「?」

聞けば、中川宮は非常にやんわりと自分の直領が少なく、帝に献上したいものがあるのに、献上できず不忠義と感じると言ったのだと言う。

真紀は小さく笑って。

「で、土佐どのは何とお答えしたのです?」

「……どのようなものを献上されたいかお伺いして、こちらで準備いたしますので御心配なくと」

そのように手配して、明日には宮の元にお届けするつもりでやした。

土佐の言葉に真紀は思わず吹き出した。土佐が渋面で真紀に問う。

「わしはなんぞ仕出かしやしたか?」

「そうね。でもまだ間に合う。その品届ける時に、一緒に届ければよいものがあるだけ」

金十両ほど御包みなさい。真紀の言葉に土佐は数回瞬いて、

「それはつまり」

「無心まではいかないけど、そういうことでしょう?都人は本音と建前を使い分けるのに()けているから」

「そげなものでやすか」

ため息交じりに土佐が愚痴る。

田舎者と一言で評するのは簡単だが、会津の気質きしつと都のそれは違う。会津は愚直と言われるが、それは頑固なまでの真っ直ぐな気質。片や、京都のそれは千年の長きにわたり繰り返された騒乱から、処世術しょせいじゅつを学び、本音を真綿で包むように表現することで生き延びてきたもの。たおやかでしかし、したたかな気質は朴訥ぼくとつな会津には理解しがたいだろう。

「なれば、秋月の言う通りでごぜえますな」

突然の名前だったが聞き覚えのある名前に、真紀は笑う。

「秋月どのは、なんと?」

「御方さまと同じに申しました。しかし、先方が無礼なと言われたらどうすんべと話になりやして」

秋月悌次郎(あきづきていじろう)はまだ若いが、早くから西国を遊学で巡り、人脈も広い。土佐の話では中川宮との渡りをつけたのも秋月だという。だが、会津の考え方では無礼にあたると判断されても、都人は違うと説いたらしいが、

「御方さまがそう仰有おっしゃるならば」

土佐たちの会津らしい考え方と、秋月の考え方、両方が妙に微笑ましくて、真紀はにこやかに言う。

「試しにそうなさい。したらば判ることもあるでしょうから」

「殿のお越しは一両日になりそうで」

土佐の言葉に真紀は頷く。

「準備はととのえられるだけ整えた方がよいでしょう。公卿のみならず、必要と思える方には早めに連絡を取りなさい」





先触れを受けて、すぐに静かな容保の足音が響く。一同と同じく真紀も平伏するが、微かに乱れた容保の足音に一瞬怪訝(けげん)な表情を浮かべるが、誰の目にも届かない。

いつもとは違い、とさりと身体が重そうに上座に座る様子も容保の常ではなかった。

「殿、なじょなりやしたか」

「……御衣ぎょいを、たまわった」

(ささや)くような応えに、面を上げた一同がざわめく。

「なんと」

「それに心頼しんらいに相応しき、との御言葉を頂いた」

重ねた主税の言葉に、土佐は感涙せんばかりに平伏する。

「なんと、幸甚こうじんなる御言葉……」

京都・黒谷に入ってすぐ年が変わった。それでも御所参内はくと促されたために正月入ってすぐに衣冠を改めて、横山主税を伴って参内していったのだが。

「遠き都まで参った甲斐がごぜえやした」

内蔵助が感慨深げに何度も頷く。

側仕えが恐る恐るの体で白木の長三方を容保の前に置き、乗せられた紫帛(しはく)をゆっくりと広げると鈍緋(にぶあけ)の色が見えた。

「御衣である」

一同は再び平伏して。容保の声が江戸上屋敷ほどは広くない広間に響く。

「御衣は陣羽織に仕立てよとの御言葉であった。修理」

「はい。それでは早速に」

「……さて。何よりも、早急に決めねばならぬことが往々(おうおう)にして多いが、まずは御所を安んじ奉ることを一義とせねばなるまい」

容保の言葉に、主税がもう一度平伏して、

「おそれながら殿。江戸出立前に申し上げました儀、さっそくに整えまする」

「公用局なる新たな職制のことか」

容保は鷹揚に頷いて、

「任ずる者にも内示済みか」

「江戸、大坂、長崎など、他国で学んだ者を多く呼び寄せました。ほとんどの者が十日の内に上洛しやしょう。しかし」

「何か」

「は」

内蔵助がちらりと真紀をみやって、

「今更ながら、若輩とは言え、学問を修めた者たちを登用なさいとは、万喜の御方さまが御進言なされたとお聴きしやした。したが、その」

「……若者が多くては問題ですか?」

真紀の静かな言葉に、内蔵助は眉をひそめる。

「名家でなくてはならぬとは申しやせぬが、若輩者は逸ることも多く、京に蔓延る不逞浪士も、調べれば藩にあっては低い身分の、部屋住みが多いと聞き及びやす。なれば」

「なればこそでもあります」

真紀はあくまで静かに問う。

「内蔵助どの。低い身分の、まして部屋住み。学問こそが身を立てる者たちを今こそ道を開いてやるべきです。会津の者はもともと忠義に頼る者が殆どでしょう?他国のように脱藩する者など皆無に近い。違いますか?」

「それはそうでやすが」

「その為の、あくまでも一次的な職制と聞いております。ですが、公用局で優秀な人材を見つけることができれば、部屋住みのみならず、養子縁組を望む名家の方々にもよいかと」

内蔵助が漸く思い至る。

家老職の家柄であっても娘ばかりで養子縁組で跡を継ぐ話はいくらでもある。しかし、家柄だけで選んでも限界がある。他国にもあるように会津にも藩士のなかでも歴然たる階級制が存在するのだ。

内蔵助の心配は階級制の維持だったのだが、真紀の思いはその先まで至っていることを思い知り、内蔵助は慌てて平伏する。

「申し訳ないことを申し上げやした」

「良いのです。ですが、人材不足はこれで少しは補えましょう」






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