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foundation  作者: なみさや
江戸
21/81

波瀾の蠢動





真紀はそのまま、大広間に座り続けた。

容保(かたもり)が下城したのは、(さる)の刻の少し前だった。

平素からあまり足を踏み鳴らして歩く(たち)ではない。静かに大広間に入れば、真紀と修理が出迎えた。

「お帰りなさいませ」

「……うむ」

「控えの間に皆揃うておりやすので、呼んで参りやす」

修理の言葉に首肯(うなず)いて、容保は上座に座った。

深いため息に真紀は幾分目を細めて。

「お疲れのご様子ですね」

「………正直、どうすれば」

「京都、でございますか」

真紀の言葉に、(こめ)かみを触りながら幾分俯いていた容保が顔を上げた。

「真紀どの」

「お約束は、お守りいただけましたか?」

静かな真紀の言葉に容保は力強く首肯した。

「話を伺っている最中に、真紀どのの言葉を思い出した。何度か辞したが、春嶽公(しゅんがくこう)は受け入れてくださらぬ。よって、持ち帰り家臣とともに定める故にと下城を許された」

「ようございました」

真紀のいつもと違う微笑みに、容保が何かを言おうとした時、まるで駆け込むように家老たちが大広間に駆け込んでくる。

「殿!」

「如何なご用向きでごぜえましょうか?」

「うむ……揃うたか。皆、よく聞け。松平春嶽公直々に打診を受けた。今年冬にも京都に上洛し、京都に蔓延(はびこ)る過激な不逞浪士(ふていろうし)を取締り、朝廷を安堵さらしめ、公方さまご上洛の準備を致すようにと、京都守護職なる役目を打診された」

一斉に大広間の空気が冷えた。

「きょ、京にごぜえますか」

「………我が藩は砲台守備と修復、安政地震での出費が大きく、また国許(くにもと)もこれによる出費の底支(そこづか)えに困窮(こんきゅう)しているゆえに、新たなお役目は無理と、お答えしたのだが」

容保の言葉に、苦渋が見えた。

家老の一人がおそるおそる声を上げた。

「殿、その、お受けしたわけでは?」

「何度もお断りした。お話を頂いた時に、真紀どのの言葉を思い出した。故に上屋敷に持ち帰る、相談の上、返答するとだけ」

家老たちから安堵のため息が漏れた。

「万喜の御方さまは、これを予想されて」

「まさか。事態が風雲急の時期です。何を容保どのが受けられても、即答だけは避けねばならぬとだけは思っただけです」

真紀の静かな答えに、家老たちは何はともあれ、辞退せねばと顔を付き合わせる。

真紀はゆっくりと立ち上がり、容保に一礼した。

「私はこれで下がらせていただきます」

あまりにも穏やかな引き際で容保は首を傾げたが、真紀が末座に座る修理に声をかけたのを見て、一瞬だけだが眉を顰めた。

「何か」

大広間の外で待っていた真紀に後から出てきた修理が声をかけると、真紀は小さく頷いて、

「国許に使者を立てなさい。早急に今日のことを知らせるのです」

「もちろんでごぜえますが……御方さまは何ぞ名案がごぜえますか? この御役目、受ければ会津は」

「……さて。如何したものか……分からぬけれども、国家老を呼び寄せた方がよい」

修理は真紀の思案顔を見つめて。

「受けた時のため、ですか」

「………」

踵を返し、真紀は小さく嘆息する。

「修理どの」

「はい」

「会津は、死なせない」

小さな声。

しかし、重い言葉に修理は瞠目し、その場に膝をついた。

「御方さま」

「会津は、死なせないから」

それだけを呟いて、真紀は姿を消した。






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