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foundation  作者: なみさや
江戸
19/81

文久2年、始まりの時





「江戸へ、来るか」

「ええ。間違いないでしょうね。勅使(ちょくし)を伴って江戸に上ることになりましょう」

真紀の言葉に、容保(かたもり)は眉を(ひそ)めた。

「低い官位しか持たぬ一介(いっかい)の藩主の父が帝に奏上(そうじょう)したか。それが(まか)り通るとは、世も末に思えるが」

「薩摩の横暴だけとは言い切れないでしょう。薩摩の権勢を利用したい公家衆(くげしゅう)、京都所司代の弱体化……いろいろございましょうけど」

一番は、公方(くぼう)さま御継嗣(ごけいし)のことから始まっていると思いますが。

さらりと告げた真紀の言葉に、容保は頷く。

「幕府が黒船来航により、力を弱らせたのが一番の動因(どういん)か」

「いいえ、御継嗣のことはその前からあった問題です。朝廷の許可なく条約を結んだこと、安政大獄、井伊どのの謀殺(ぼうさつ)、すべてを(さかのぼ)れば御継嗣問題に行き当たるでしょう」

全国で見聞したことを容保に伝えるのが、ここ数年来の真紀の習慣になっていた。先代・容敬(かたたか)の時は洋行で十年開くこともあったけれど、ほぼ毎年の訪れである。真紀から伝えられる情報は以前に増して微に入り細に入ったものとなっている。

「私が京を発ったのが五月の朔日(ついたち)でしたから、何らかの動きが京では起きていると思うのです。勅使が出るなら、先触れが来るはずだからそろそろ」

照姫が下がった後に、真紀が告げたこと。

薩摩藩主・島津茂久(しまづしげひさ)の生父である島津久光が上洛するという情報を真紀が得たのは、大阪だった。適塾(てきじゅく)で知り合った八木道悦(やぎどうえつ)が薩摩藩大阪屋敷に勤めていると知って訪れた時、道悦が内密の話と伝えてくれた。何故の上洛かと問えば、道悦は言葉を濁したけれど、どうも御所(ごしょ)に向かわれるらしいとだけは教えてくれたのだ。

四月半ばに入京する薩摩藩の道中揃(どうちゅうぞろ)えを見て、真紀は早急に江戸に向かった方がよいのではないか、と考え始めていた矢先、

「奏上の内容と、それに対する御所の答えだけは確かめた方がよいと思うていた頃に、薩摩の粛清(しゅくせい)を聞き及んで」

「粛清? 随分きな臭い話だな」

「ええ。過激な尊王攘夷(そんのうじょうい)を唱える藩内の者を、京の街中で切り捨てたとか」

尋常ならざる話に容保は再び眉を顰めた。

「……先走る過激派を切り捨てるか」

京都市中に一斉に広がった話をそのまま聞いただけなので、真紀にも真偽の確証はない。ただ久光の命を受けて寺田屋で切り捨てられたのは、倒幕・尊王攘夷を声高に叫ぶ、長州藩脱藩浪士に間違いない。そして、寺田屋襲撃を命じたのが島津久光であることも。ということは、

「久光公の狙いが、特定できません」

真紀の静かな言葉に、容保が真紀を見つめる。

「狙い、か」

「倒幕か、尊王攘夷か。どちらの気炎(きえん)を静めたかったのかがよく分からないのです。行き過ぎた尊王攘夷を鎮めたかったのならば良いのです。久光公はあくまで先代である斉彬公(なりあきらこう)の遺志を継ぐという意図を見せてきましたから、攘夷のために朝廷を引っ張り出すという意思表示ならば構いませんが、もし倒幕であるならば」

「少なくとも、薩摩ではその欠片(かけら)醸成(じょうせい)されているということか」

容保の言葉に真紀は頷いた。

『時』は近づいている。

そのためにも、今は薩摩の動静から目を離せない。

だから。

「容保どの」

「?」

「しばらくの間、江戸に逗留(とうりゅう)しようと思います。できれば何か役職をいただければありがたいのですが」

珍しい真紀の言葉に、容保は数回瞬いた。

真紀から何かねだられたことなど、記憶にない。

だが、『役職』をねだられる理由を容保はすぐに理解した。

「江戸で、何かあるのか」

「かもしれません。ですが、容保どのに申し上げ、誰かを動かしていただくよりも、私自身が動いた時が早い。その程度で済めばよいのですが」

「ふむ……ならば側仕えよりも、若年寄か、いや」

容保は数度頷いて。

「朱子学者という触れ込みで、家老補佐の役職を構えよう。それでよいか」

「ええ。そのように」





その夜。

真紀は右筆(ゆうひつ)に頼んで、髪を切った。

今までは役職もない身だったから、総髪(そうはつ)に結った髪はそのまま流し、伸ばし放題だったので腰のあたりまであった。総髪にしたり、髪を結わない者は浪人にもいる。だがそこまで長い髪はやはり珍しく、風体(ふうてい)と声ですぐに女性と知れることが多かったけれど、それでも真紀は構わなかった。だが、家老補佐という役職を与えられれば、身嗜(みだしな)みもそれ相応に整えなければならない。

「よ、よいのでございますか」

真紀付きの右筆・由樹が手にした髪鋏(かみばさみ)を何度となく握り直しながら問う。

「このような、豊かな髪を落としてしまうなど、あまりにも」

「よいのです。総髪らしい長さに整えてください。落飾(らくしょく)するわけではないですから」

女にとって、髪とは命だ。大切になさい。そう昔言われた記憶が微かに蘇る。

声色も、言った曾祖母の顔も、もう思い出せないほど遥か昔に言われた。

しかし真紀にとっては、髪はそれほど意味を持たない。相応しくないと言えば、切ればよいこと。それだけのものだ。

「また伸びるでしょう? 髪は」

「ですが」

「はい、切って」

「……はい」

ざくりざくりと鋏の音が聞こえる度に、首筋が幾分軽くなっていく。

真紀はゆっくりと目を閉じて。

これで、いい。

『時』は近づいている。

自分は出来ることをする。

会津のために。

翌朝、容保は家老たちを前に宣言する。

一柳真紀(いちりゅうまき)を、家老補佐役として置くことを。





薩摩久光が藩兵千と、勅使を伴って江戸に入府するのは翌月のこととなる。






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