見聞の網
夜半。
修理は真紀の部屋に明かりがともっているのを見て、障子越しに声をかけた。
「御方さま、修理にごぜえやす」
「どうぞ」
障子を開ければ、修理は思わず息を飲んだ。
畳の上には大量の料紙が乱雑に広がっている。その一枚一枚に何かが書き連ねられていて、修理は自分が座る場所を確保するためにその数枚を手に取った。
そして書き連ねられた文言を見て、再び息を飲む。
「これは」
「ああ、申し訳ない。散らかしているけど、その辺に座ってくれる?」
「御方様、これは如何なる」
「見ての通りよ。熟考するために、書き出しているだけ」
幾分判読できない言葉がところどころに見受けられるが、尋常ではない名前を見つけて、修理は眉を顰めた。
「御方様、これは如何なるものなのですか」
「だから書き出しているだけよ」
「だけんじょ、ここに書かれし御名は」
我が殿の御名を書かれて、如何なる所存にごぜえますか。
修理の言葉に、それまで一心に筆を走らせていた真紀が顔を上げた。
「容保どのの御名を書くのはおかしいかしら」
「……万喜の御方さまならば、許されましょうが」
容保だけでない。将軍どころか、御三家・御三卿など徳川宗家に繋がる名前がずらりと並べられている。
「御方さま」
再度の修理の呼びかけに、ようやく真紀が筆を置いた。
「教えてくださりませ、これは」
「これは家定公の後継者騒動を考え直すためにしていることよ」
思わず瞠目する。
そう言われてもう一度料紙に目を通せば、分かりやすく、しかしあまりにも詳細に書かれた勢力図に修理は眉を顰めた。
「御方様、このようなお話、なしてご存知でごぜえますか」
「それはね、それなりの網が必要なのよ」
「網」
真紀は散らかした料紙を拾い集めながら、
「網を広げ、見聞という魚を採る。それが真実か、虚偽かはこちらが選びとらなくてはいけないけれど。網を広げていれば、必ずや必要な見聞が入っているもの」
修理が初めて真紀に会ったのは、容保が嗣子となって初めての会津入国の時。
夜半に呼び出され、語られた内容を今でも覚えている。
真紀は揺らめく蝋燭の灯りの下で、今と同じ笑みを浮かべながら、
『見聞こそ大事。自ら掴み取る見聞も大事だけれど、人から与えられる見聞も、これも必要。だから間違って取りこぼさぬように。容保どのの側仕えならば、容保どのに必要と思える見聞は余さず容保どのにお伝えしなさい』
「御方さま」
「ん?」
「網は、如何して広げるのでごぜえますか」
「……そうね、ただ広げるだけでは真も嘘も一緒に入ってくる。だから、真が多い供給元を取捨選択していくしかないわね」
「難しいですね」
「うん。でも十割真ということはありえない、ということだけ理解なさい。あと、与えられたなら、同価のものを返すことを忘れないこと。それが網を維持することに繋がるから」
料紙をまとめて、真紀が呟くように言った。
「その見聞の網、修理どのが持ちなさい」
「私がでごぜえますか」
「いずれ必要な時が来る。そのために、膳立が必要だから」




