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foundation  作者: なみさや
遭逢
17/81

見聞の網





夜半。

修理は真紀の部屋に明かりがともっているのを見て、障子越しに声をかけた。

「御方さま、修理にごぜえやす」

「どうぞ」

障子を開ければ、修理は思わず息を飲んだ。

畳の上には大量の料紙(りょうし)が乱雑に広がっている。その一枚一枚に何かが書き連ねられていて、修理は自分が座る場所を確保するためにその数枚を手に取った。

そして書き連ねられた文言を見て、再び息を飲む。

「これは」

「ああ、申し訳ない。散らかしているけど、その辺に座ってくれる?」

「御方様、これは如何なる」

「見ての通りよ。熟考するために、書き出しているだけ」

幾分判読できない言葉がところどころに見受けられるが、尋常ではない名前を見つけて、修理は眉を(ひそ)めた。

「御方様、これは如何なるものなのですか」

「だから書き出しているだけよ」

「だけんじょ、ここに書かれし御名は」

我が殿の御名を書かれて、如何なる所存にごぜえますか。

修理の言葉に、それまで一心に筆を走らせていた真紀が顔を上げた。

容保(かたもり)どのの御名を書くのはおかしいかしら」

「……万喜の御方さまならば、許されましょうが」

容保だけでない。将軍どころか、御三家・御三卿(ごさんきょう)など徳川宗家に繋がる名前がずらりと並べられている。

「御方さま」

再度の修理の呼びかけに、ようやく真紀が筆を置いた。

「教えてくださりませ、これは」

「これは家定公の後継者騒動を考え直すためにしていることよ」

思わず瞠目する。

そう言われてもう一度料紙に目を通せば、分かりやすく、しかしあまりにも詳細に書かれた勢力図に修理は眉を顰めた。

「御方様、このようなお話、なしてご存知でごぜえますか」

「それはね、それなりの網が必要なのよ」

「網」

真紀は散らかした料紙を拾い集めながら、

「網を広げ、見聞(けんぶん)という魚を採る。それが真実か、虚偽かはこちらが選びとらなくてはいけないけれど。網を広げていれば、必ずや必要な見聞が入っているもの」

修理が初めて真紀に会ったのは、容保が嗣子となって初めての会津入国の時。

夜半に呼び出され、語られた内容を今でも覚えている。

真紀は揺らめく蝋燭(ろうそく)の灯りの下で、今と同じ笑みを浮かべながら、

『見聞こそ大事。自ら(つか)み取る見聞も大事だけれど、人から与えられる見聞も、これも必要。だから間違って取りこぼさぬように。容保どのの側仕えならば、容保どのに必要と思える見聞は余さず容保どのにお伝えしなさい』

「御方さま」

「ん?」

「網は、如何して広げるのでごぜえますか」

「……そうね、ただ広げるだけでは真も嘘も一緒に入ってくる。だから、真が多い供給元を取捨選択していくしかないわね」

「難しいですね」

「うん。でも十割真ということはありえない、ということだけ理解なさい。あと、与えられたなら、同価のものを返すことを忘れないこと。それが網を維持することに繋がるから」

料紙をまとめて、真紀が呟くように言った。

「その見聞の網、修理どのが持ちなさい」

「私がでごぜえますか」

「いずれ必要な時が来る。そのために、膳立が必要だから」






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