大阪にて
寛永と年号が変わって数年。
容敬が病死し、容保が家督を相続、会津藩九代藩主となった知らせを、真紀は大阪で聞いた。
「それはいつ」
「閏2月には代変わりがあったっちゅう話やけど」
何度か出入りしていた適塾で知り合った本莊精太郎が不思議そうに真紀を覗き込んだ。
「なんや、会津とつながりでもあるんかい」
「まあ、親戚がね」
「さよか」
それまで黙していた八木道悦が口を開いた。
「会津は、藩政改革をしとると聞き及ぶが」
「改革?」
「うむ、詳しくは知らぬが代替わりした途端、藩政改革するとは準備のよかことじゃ」
本莊も八木も、適塾の塾生、それも塾頭代理を務めるほど、蘭語指導に長けていると自負していたつもりだったのだが、長崎から届いた蘭語の新書は見慣れぬ単語がいくつもあり、解読に頭を抱えていたところに、塾長・緒形洪庵の知己だと現れた真紀が、さらりと解読してしまったことから、真紀と知己になったのだ。
数年置きにふらりと現れる総髪の、しかし不詳なことが多すぎる女性が、珍しく興味深そうに聞き耳を立てたのが会津の話で、二人は意外な思いを持ちながら言う。
「人材登用から始めたっちゅう話やったな?」
「うむ、若手を置いたと聞く。代替わりの少し前から、適塾や長崎の塾へ若かもんを遊学に出すことが多くなったようには思うておったが」
「会津も、洋学がこれからは必要やって分かったんかいな」
「であろうの」
二人の話を聞きながら、真紀は口の端で小さく笑った。それを八木は見逃さない。
「どげんした」
「いや、確かに長崎の青穣堂で会津弁を聞いたような気がしたのを、今思い出しただけ」
青穣堂といえば、蘭語の通詞を育成する私塾である。
「会津は自前で通詞を持つ気か?」
「いやそれがね。青穣堂では最近、英語も教えているのよ」
「まことか」
「こっそりと、ね」
本莊と八木が驚くのも無理はない。外国語といえば蘭語か漢語。そう幕府が定めて数百年。新しい異国の知識を知りたくても、入ってくるのは蘭語のものばかり。だから、本莊も八木も蘭語を学ぶことを選んだというのに、大阪より異国に近い長崎では英語を学べるという。
「だから、ご禁制だって」
「だが、英語を学べるとは、なして」
「ここだけの話」
真紀が声を顰める。
「どうやら、オランダ船と称して、英語を喋る国の船が長崎に来るらしい」
話の内容に本莊も八木も眉を顰める。
「なんやきなくさい話やな」
「英語といえば、イギリスか。あそこは清国を手中に収めただけはたらんか」
「さて……英語を話す国は他にもあるからね」
本莊が真紀の言葉に瞠目する。
「アメリカか!」
適塾の塾生だけあって、世界地図は頭に入っている。そして少し遅いとはいえ、世界情勢も。
「だが、アメリカが何をしようと?」
「さて。私にもわからないけれど」
真紀は小さく微笑みながら、一つ溜息を落とした。
「日本の外では、世界が動いているみたいね」




