近悳に託すもの
鶴ヶ城はいつもより、ひっそりとしていた。
近悳は促されるままに、進む。
容保が江戸に帰ったのが三日前。
藩主がいる間、城は幾分華やかな雰囲気に包まれる。それが嗣子であっても同じこと。
だからこそ、出立した直後は沈んだ雰囲気になるが、すぐに日常を取り戻す。
それが平素のことだった。
右筆に促されて万喜御殿に上がれば、しばらく前に会った真紀があの時と変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
「近悳どの、お呼び立てして申し訳ない」
「いいえ。お召と伺い、参りやした」
深々と頭を下げる近悳を、近くまで招き入れて開口一番、真紀が言う。
「容保どのに続いて、私も明日、発つことにしました」
「それは……次はどちらへ」
「一度江戸に向かい、容敬どのに会おうた後、長崎に向かいます」
思いもしなかった地名に、近悳は顔を上げる。
「長崎、でごぜえますか」
「ええ。ですが以前のように清国に渡るのではなく、書状を知己に届けるためです。そののち、諸国を回って江戸に戻るつもりです」
近悳は真紀の言葉を図りかねて、首を傾げた。
「あの、お召は」
「ああ、そうでした。近悳どのに内密に頼みたいことがあるのです」
さらりと告げられた内容に、近悳は顔色を変えて、しかし強い決意で頷いた。
「わかりやした。早急に準備いたしやす」
「うん。でも、早急も必要だけれども、熟考も忘れぬようにね」
いずれ、近悳どのが家老職を継いだ時には、必ずや役に立つでしょう。
真紀の静かな言葉に、近悳は再び頭を下げた。
「だけんじょ、御方さま」
「はい」
「何か、起こるのでごぜえますか」
「ええ」
真紀は笑顔を消した。
「起こる、はずです。その時に備えて、会津が先手を打つことが必要になってくる時があるやもしれませぬ。そのための、準備です。心して、かかられよ。立ち向かうのは老若男女須らくだが、思いを馳せるのは若きものから。これは定石にて」
「………はい」
「会津のために、容敬どの、容保どののために」
「勿論のことでやす!」
近悳は力強く言った。
「会津は、殿さま、若殿さまを心よりお支え申し上げやす。何が起きても!」
真紀は満面の笑みで応えた。
「ならば、よし」




