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foundation  作者: なみさや
遭逢
13/81

輝く湖面





天色の着物に、憲法黒色の馬乗り袴。

真紀の出で立ちに、容保は数回瞬いて。

「今日はお供しますよ」

穏やかな物言いで真紀は、容保の後ろに馬をつかせた。

首だけで振り返り、容保は声を上げる。

「よいのですか?」

「よいもなにも、私も少し出かけたい気分だったものですから」

入国以来、忙しい日々を過ごしていた。

家老たちから藩政の手解きを受け、夜には書物を読むか、万喜御殿で真紀の話を聞いて。

追い立てられるように、二月が過ぎた頃。

修理がある晩、言い出した。

『若殿さま、明日は馬駆けいたしやしょう』

『いやしかし』

『家老さまたちも、少しお休みくださいと仰せでやした。朝餉を持参して行けば猪苗代の湖までは参れましょう』

『……よいのか』

『はい』

幾分目を輝かせたのは、やはりまだ幼さを残しているということだろう。修理はそれを微笑ましく感じながら、では明日はそのように準備いたしやすと頭を下げた。

一日ぐらい休ませて、少し遠出をさせてみてはと修理に言い出したのは、真紀だった。側仕えでしかない修理が、容保の幾分かの休養を家老たちに進言するには聊か問題があるのではないかと考えていた頃だったので、修理は真紀の言葉を有り難く家老たちに伝えた。とはいえ、連日の講義で休息が必要だったのは、家老たちも同じようで。

「良い天気になりやした。万喜の御方さま」

「ええ。今年は長雨だったから。これで米がよく育つでしょうね」

容保は自分の背後で真紀と修理が交わす会話に耳をそばだてる。

「去年は不作だったと聞くけれど」

「不作と言うても、飢饉とまでは。領民たちもある程度の蓄えで乗り切った由。今年が豊作であれば、十分備えることができやしょう」

真紀は馬を容保の横に並べた。

「容保どの」

「はい」

「猪苗代の湖は行ったことはおありですか?」

「巡回の際、山の上から少しだけ。湖が光っているのが見えました」

真紀はちらりと容保の顔を覗き込む。

「楽しみ、ですか?」

「それは勿論。海のようだと、聞いているので……海を見たことはありませぬが」

容保が問う。

「万喜の御方は、海をご覧になったことは?」

真紀は突然の問いに一瞬言い淀むが、

「もちろん。これでも諸国を放浪しているので」

「どのようなものでしょうか。湖と何が違いましょうか?」

「大きな違いは……水が塩辛いことでしょうか」

「よく聞きますが、どれほど」

例えを促されて、真紀はさすがに考え込む。

「う~ん、舐める程度は構いませぬが、飲み込むとなると喉がつまります」

「それほど塩辛いのですか」

驚く容保に、真紀が言う。

「いつか海を見ることが出来るやもしれませぬ。でも今日は猪苗代の湖をお楽しみくださいね」

「もちろんです」

いつもと違う、容保の横顔を見遣って、真紀はちらりと修理に振り返れば、満足そうな表情を浮かべる修理と目が合った。

馬子に引かれながらの、のんびりとした道行きだった。

先触れもしていないので、通りすぎる農民たちは立ち止まり、一行が通りすぎる間頭を垂れる。通り過ぎたあと、農民たちは囁いた。

「どこの若さまだ?」

「馬の拵えも、お召も上等だべ。お城の人かの?」

「さあての」

峠にさしかかり、容保が歓声をあげた。

「あそこに見えるのは!」

「ああ、見えましたね」

陽光を浴びて、遠く見える湖面が瞬くように輝くのが真紀にも見えた。

「広い……」

「見事ですね。お天気が良くて本当によかった」

遅めの朝餉を峠で平らげて、輝く湖面を眼下に見ながら一行は猪苗代湖に向かう。湖畔に着いたのは午の刻を幾ばくか過ぎた頃だった。

「これほど大きいとは……湖とは、波立つのですね」

馬を降り、水際まで歩み寄り容保はそこに広がる風景を、幾分呆然としながら見つめる。真紀は容保の傍らに立ち、辺りを見回した。

「どうですか、容保どの」

「不思議です。これほどの湖があるとは……美しいですね」

「あそこに見えるのが丸山、あちらが金山。あの辺りには湖畔沿いに田が広がっています。いずれ巡回で回りましょうが、それは見事な田ですよ。この辺りは湖の恵みで暮らしていけます」

「海のように魚が漁れるのですか」

「もちろん。先の藩政改革の折、魚の養殖などの提案もされたそうですが、何より寒さに強い米苗を普及させるのにこの湖は役立ったと聞いております。だからこそ、田が多いのです。どんなに水枯れの夏でもここだけはいつも水を湛えておりますから」

「若殿、御方さま。ご休憩されては」

修理の声に振り返ると、修理が広げた毛氈の上で昼餉が整えられていた。

「容保どの」

真紀が促すと、湖面を見つめていた容保がぼそりと言った。

「……万喜の御方」

「ん?」

「初めてお会いした時、御方は仰った。会津の志を持つ者が、土津公の子孫であると」

真紀は踵を返して、再び容保の横に立つ。

「言いましたね」

「会津の志とは、それがしの根源、起源、原始であると」

「……ええ」

「時を少しいただきましたが、それがしには未だわかりませぬ。ただ、それがしがわかっているのはいずれではなく、既に会津はそれがしが背負うものである、ということです」

「ええ」

「領民の生活、家臣の生活、そして思い……まだまだ、分からぬことが多いのです」

容保の視線の先には、キラキラと雲母のように輝く湖面が目を射る。

真紀は一歩、二歩下がり。

微笑んだ。

「まだよいのです。会津の志がいかなるものか。会津がいかなるものかを、容保どのが理解するには、いまだ時が足らず、容保どのの知識が足りませぬ」

「知識」

「はい。だから申し上げましたね。そのために、家老たちが、家臣たちが、そして私がおります。時をかけて、知ってください。会津とは会津の志とはいかなるものかを」

容保は振り返り、真紀を見上げた。

真紀は笑んだまま、続ける。

「迷ってもよいのです。悩んでもよいのです。迷い、悩み、その先にこそ答えはありましょう。それは容保どのが自ら見つけなくてはなりませぬ。ですが、そのための助け、支えなど、容保どのが頭を下げずとも、少なくとも私はあなたのそばにいます」

「真紀、どの」

初めて名前を呼ばれて、真紀は満面の笑みを浮かべて。

「私は、容保どののそばにおります。だから、迷い、悩みなさい。それがよりよい答えのための糧となりましょう」

「……どれほど時がかかりましょうか」

「私は、時知らずの身ですよ?」

真紀は小さく頭を下げた。

「お待ちします。いつまででも。迷われた時、悩まれた時、容保どのが寄り掛かれる支えとなりましょう。手を差し伸べます。それでよいのです」

真紀は手を差し出した。

容保は、それを握る。

真紀の暖かな手を。力強く握って。

「………頼む」

小さな容保の声に、真紀は頷いて。

「お支え、しましょう」

力強く、応えた。






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