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foundation  作者: なみさや
遭逢
11/81

容保との出会い




その夜。

容保は、緊張していた。

何度も細く深く息を吸い、吐き。

入国以来、傍近く仕える神保修理(じんぼしゅり)が微笑ましそうに言うのを聞いた。

『若殿さま、万喜の御方さまはそれほど堅苦しい御方ではありませぬよ』

『だが、その、土津公ゆかりの御方と聞く』

容保にとっては、養父より、一度だけ拝謁した将軍よりも遠い存在に覚えて、緊張ばかりが増してくる。

『お会いした父の話では、穏やかな御方と聞いでおりやす』

数日前に、領内巡回中に家老に言われた。

『恐れながら、若殿さま』

『ん?』

『阿多の関より、万喜の御方入国の知らせを頂いておりやすが。御方の御意向により、巡回はこのままお進めになり、鶴ヶ城入城の際、お会いしたいとのことで』

養父に告げられた『万喜の御方』の名前の重さを一瞬にして思い出して、内心だけで動揺する。しかし、言葉をもう一度反芻すれば、領内巡回のあとで城にて待つという意味だと理解して、慌てて頷く。

『では、そのように』

『は。御方にお伝えしやす』

そして、巡回から帰って来たのが昨日。

万喜御殿に伺いを立てたところ、

「お疲れをゆっくり取られてから」との答えだったという。

しかしそうも行くまいと膝を上げた容保に、神保修理が言った。

『若殿、万喜の御方は若殿に無体を強いてまでお会いするおつもりはありません。歴代の藩主さまもそのようにされておりやした。今日はごゆるりとされて、明日、むかわれて如何でごぜえましょう?』

そして、翌日。

夕刻にと御殿からの言葉に従い、初めて入った万喜御殿は、意外にも小さく、幾分古びていて。しかし、容保はそれに気を向けることなく、掌にじわりじわりとわく汗に困っていた。

養父の言葉が脳裏を過る。

『万喜の御方の言葉は、土津公の言葉として聞け』

家老たちの穏やかな言葉も浮かぶ。

『万喜の御方は、お優しい御方でやす。しかし、そのお言葉は千金の値にて。よぐよぐお聞き逃さぬように、噛み締めてお話しなせえませ』

その時。

障子が静かに開いた。

「お待たせしました」

上座に座る容保の前に、黒紅色の着物を纏い、しかし打ち掛けは羽織らずに進み出た女人がゆったりと下座に座り、頭を下げた。

一柳真紀(いちりゅうまき)と申します。お初に御目見えいたします」

ゆったりと、しかし見事な所作に一瞬見とれていた容保だったが、あわてて立ち上がる。

「容保どの?」

「し、失礼しました。どうぞ上座に!」

「いいえ」

静かな声色に、容保は立ち上がったまま動きを止めた。

「いいえ、容保どの。ここは鶴ヶ城。容保どのの上座に座るのは、容敬(かたたか)どののみです。どうぞお座り下さい」

穏やかな言葉。しかし、有無を言わせぬように聞こえて、容保は力なく座る。

そして慌てたように声をあげた。

「失礼した、それがしは松平容保にて」

「はい、存じ上げていますよ。御年はおいくつになられましたか?」

「十四にて」

「そうですか」

ふと、真紀は近悳のことを思い出した。近悳は二十歳、その近悳が『小さな背中』と呼んだ、容保の小さな身体がそこにあった。

幾分面長だが、端正な顔立ち。まだまだ細いとしか例えようのない、小さな体躯は居心地悪そうな様子だが、精一杯に背筋を伸ばして座っている。

「容保どの」

「はい」

「領内巡回は、入国されてどれほど行かれましたか」

「三度ほどです」

「なるほど。では巡回して、何を思われたか聞かせていただけませんか?」

「え?」

「なんでも。思ったことを教えてください」

容保は数回瞬いて、それからゆっくりと言葉を紡いだ。

「自分は江戸しか知りませぬ。生父は美濃高須の藩主を務めておりますが……美濃も生父の話を、ぼんやりと覚えているだけなのです」

「つまり、領地を見るのは初めてだと?」

「はい。会津に下る際、様々な藩領を見て参りました。道中ですので、しかと見たわけではありませぬ。ですが……会津はその藩領のいずれよりも、豊かだと思いました。そして、領民の顔が違うのです」

幾分意外な答えに、真紀は微笑む。

「領民の顔、ですか」

「はい。どう例えてよいか……穏やかなのです。道中の藩領では領民は、幾分疲れた顔をしていたように思えたので」

家老たちのことだ、先触れして若殿が来ることを知らせて回っているとは、真紀は思わなかった。あるがままの、領民の様子を見せることが、藩政を学び始めた容保には必要なのだから。

「五代・容頌(かたのぶ)どのの頃に、何度も押し寄せる飢饉と百姓一揆への対策として、藩政改革が行われたことは?」

「もちろん、聞いています」

容保は小さく頷いて、藩政改革の骨子を説明する。真紀は相槌を打ちながら、自分が見聞きした事実を合間で語る。容保はそれに耳を傾ける。

「左様でございましたか……つまり、藩政改革が成功した証が、あの領民たちの顔なのですね」

実りを垂れた稲穂に喜ぶ、若者。

幼子の手を引く、老人。

道中、何度も聞いた子どもの書物を諳んじる声。

それらが穏やかに、会津の日常を示しているようだった。

容保が言うと、真紀は一瞬瞠目したけれど。

すぐに笑んで言った。

「それはよかった。それこそ、土津公が望んだ会津のあるべき姿です」

「え?」

「飢えに苦しむことなく、子ども年寄りに優しく、民草であっても学問に精進できる領地になればよい、と言っておいででした」

突然、目の前の真紀が姿を変えたように、容保には思えた。

藩祖・土津公の言葉を示されて、容保は動揺しそうになったけれど、小さく息を吐いて堪える。

「代々の藩主が、会津を良かれと思う先へと導いてきました。そして、藩祖が望んだ領地になった。土津公もお喜びのことでしょうね」

「はい……」

「容保どのも、会津を良かれと思う先へお導きください。そのためであれば、この身、この知識、いくらでもお貸しいたします」

「よろしく、ご指導ください」

容保が深々と頭を下げれば、しかし意外な答えが返ってきた。

「指導などとは。私は知ることを容保どのにご披露するだけ。選ぶのは容保どのですよ。容保どのが藩主となるべき御方なのですから」






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