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作者: 泉夏

女の友情とはなんと脆いものか。

私はこの女の悪い癖を知っていたはずなのにこの様だ。

しかも裏切られたのは私の方なのに、裏切った女の方が泣いているって何?

あくまでヒロイン気取り?寒すぎる。


「泣くのやめてくれない?うっとおしいんだけど。」

「っうぅ・・・。ご、ごめ、・・・んなさい。樹里(きり)、ちゃん。」


どもりながら泣き謝ってくる女―――美奈(みな)

その隣には気まずそうに立ちすくむ男―――情けない事に私の彼氏であるはずの(たけし)


これはまさに修羅場というやつなのだろうか。

周りには少しずつギャラリーが集まりだし、恥ずかしい事この上ない。

そりゃあ大学構内でこんなことしてたら人が集まるってものだ。

全くなんてことを仕出かすんだこの女は。

ギャラリーはなんとなく美奈が悪いというのを察しているのに、主に男たちが同情の目を美奈に向け、私には非難の目を向けてくる。

これで私が悪者扱いだなんてたまったもんじゃない。


まだ泣き続ける女と役立たずな男はもう放置でいいのだろうか。

ていうか私にどうしろと?

こちらが違う意味で泣きたくなってきた。

ちょっと健、アンタなんとかしなさいよ。






私と美奈の出会いは高校の時だ。

小柄で華奢な美奈は可愛らしいことで有名だった。

男子からはすこぶる人気で、女子からはすこぶる嫌われていた。

女子の大半はやっかみだろうが、まあ・・・なんというか彼女自身にも原因があるのだ。


美奈は女子から“キラー”という嬉しくない称号を得ていた。

なにゆえキラーなのか?

それは人の彼氏を落としてしまうというなんとも迷惑な所業のせいだ。

私の知り合いにも5人ほど被害者がいた。

美奈本人にはその意思がないと泣いて否定していたらしいが、意思がないのならなおのことやっかいだ。


ついでにおどおどしている彼女の振舞いも嫌われる原因のひとつ。

小さい声で話し、人と目を合わせることはめったにない。

誰にでもそうなら、多少仕方がないのかと周囲も思いそうなものなのだが。

そのくせ男相手となると、どこか目をトロンとさせて上目使い。

何気にボディタッチという高難度の技をやってのける。

恐ろしすぎる。


ある時、美奈がびしょ濡れで泣いていたところを私が発見してしまったのが付き合いの始まりだ。

今考えると後悔の嵐である。

真冬だったため、さすがに哀れに思った私は部活用のタオルを彼女に差し出した。

美奈はこれでもかと目を見開き驚いていた。

そしてまた泣きだした。

勘弁してよと面倒になった私は慰めもせずにその場を去り、これで終いだと考えていたのだが甘かったようだ。

次の日、嬉しそうにタオルとお礼のクッキーを持って私のクラスにわざわざやって来た。

まるで今から告白でもするのかと頬を染めて。

それからはまるで金魚の糞のように私の後に付きまとった。


「樹里ちゃんは私の唯一の友達!!」


そう宣言された時は正直ぎょっとした。

悪いが、私としては全くそんなつもりはなかったから。

とりあえず私に美奈がひっついていることで、周りが私までどうこうするということはなかったのでそのままにしておいた。

時々「大変だね」「アンタいつから男になったの?」なんて逆にからかわれていた。

なぜかその頃から少しずつ美奈の最早病気といわれる所業はなくなっていたので、卒業する頃にはある程度他の女子とも少しは交流があったようだ。


同じ大学に進学し、そのうち私には彼氏が出来た。

目敏い美奈は私に健を紹介してくれと頼んできたのだが、私はその時彼女の目に何かを感じ取った。

気のせいだといいけどと思いながらも紹介し、時々3人一緒に行動するようになった。

だが徐々に美奈の行動に確信する。

また病気が再発したと。


私はどこか冷静な目でそれを観察していた。

3人で食事をすれば、なぜか美奈が健の横に座る。

彼女いわく私と健がお互い顔を見れた方がいいだろうとのことだ。

3人で夢の国へ行ってアトラクションに乗れば、きゃあきゃあと言って健にしがみ付く。


「樹里ちゃんこういうの平気でしょ?私苦手なんだ。だから健くん貸して?」


だったら初めから来るな、ていうかついてくんなと内心思った。

しかしここまで来ればあっぱれと言うしかない。

もうどうしようもないなと私は観察を続ける。

健も私にはない可愛らしさを持つ美奈にデレデレしていた。

これだから男ってのは・・・。


私の気持ちはとっくに離れていたのだが、まめに健と会って一緒にいるようにしていた。

美奈の出方を窺うためだ。

次第に健との間に距離を感じ始め、決定的だったのがメールだ。


健が席を外している時に美奈からのメールがきた。

見るつもりはなかったのだが、このままされるがままでは私の気持ちが収まらない。

ボタンを二回押しただけでいとも簡単にその内容が見れた。


『健くん早く会いたいよ。

 昨日も一緒にいたけど全然足りない。

 もっといっぱい一緒にいたいよ。

 ぎゅって抱きしめて欲しい。

 大好きだからね。

 美奈♡』


私はその内容を見ても悲しく思わなかった。

むしろ―――


「・・・気持ちわる。」


私は健が戻ってくる前にその場から立ち去った。






その日から健とは全く会わず、その代わりに美奈は健とべったりだったところを私が「どういうつもり?」と声を掛けて今に至る。

人通りのあるところではやめるべきだったかと後悔するが、もう後の祭りだ。

ふと私はあることを思いついた。

そうだ、私も泣いてやろう。

泣く美奈にうっとおしいと言っておいてなんですけど。

このままでは私の負けになってしまう。

ちょうどいいというべきか、私は目の前にいるやつらが見たくなくて俯いていた。

何か泣けそうなことを思い出そう。

私は女優、私は女優、私は女優・・・。


「っ。」


肩が震え始め、涙もじんわり滲んでくる。

私は手で口元を押さえるが、嗚咽が少し漏れてしまう。

なかなかいい感じ?

波に乗ると、次々と涙が溢れてくる。


私が泣きはじめるという異例の事態に健は大いに動揺したようだ。

男の前でめそめそ泣くようなタイプではないから驚いているんだろう。

どうせ柄じゃありませんよ。


「・・・樹里・・・。」


健は恐る恐る私に近寄り、肩にそっと触れてくる。

「なに触ってるの?やめてくれない?」と冷たくあしらいたいところだが、ここはぐっと堪える。

周りもざわざわし始めた。


「ごめんな、俺が悪かった。」


包み込むように私の体を抱き寄せ、震える私の頭を宥めるように撫でた。

そして何度も謝罪を繰り返す。

触れられているのがだんだん気持ち悪くなってきて、私はぐっと健を押しやった。


「・・・やめて。もう、いいから。」


弱々しく首を横に振り、健を拒絶する。

それに傷ついたような顔をした彼に呆れかえる。

許すと思ったか、馬鹿め!!

私は放置していた美奈を見た。

こっちも驚いた顔をして、すっかり涙も止まっている。

私はまだまだ止まらず、今もなおポロポロ頬に伝い地面をも濡らしている。


「美奈のこと友達だと思ってたのに・・・。」


本当はこれっぽっちも思ってなんかないけど、アンタが言ったんだからね「友達」って。

全くアンタの言う友情ってのは素晴らしいものですね。

互いにそれっきり何も語らず、ただ見つめ合う。

すると騒ぎを聞きつけたのか、私の高校からの女友達が3人、人垣を掻き分けて駆け寄ってくる。


「樹里!!」

「やだ、アンタが泣くなんて・・・。よっぽどつらかったんだね。」

「もう大丈夫だから。」


彼女たちも私の涙を見て大層驚き、慰めてくれた。

そして美奈をきっと睨む。

最早健は眼中にないらしい。

哀れだ。


「アンタまじ最低。人の男取るのまだ止めてなかったんだ?本当好きだね。」

「しかも樹里の彼氏。信じらんない。友達って言ってなかったっけ?」

「樹里にはもう近づかないでよね。ほら、樹里行こう?」

「・・・うん・・・。」


俯く私を3人が庇うようにして、その場を離れる。

ギャラリーの反応を窺うと、どうやら美奈がちゃんと悪者になったようだ。

私が悲劇のヒロインにならないとね。

よかったよかった。

泣いた甲斐があったってもんよ。

女の武器はいざという時に使うべきよね。

私は鼻をすすりながら、内心ほくそ笑むんだ。






私と美奈は接触することがなくなった。

学部が違うから、元々会おうと思わなければ会わないのだ。

時々一般教養の授業や学食で見かけたりすることはあったが、ただそれだけ。

すっかり女友達からは敬遠され、周りに侍るのは見るからに軽そうで馬鹿な男ども。

健とはどうやら上手くいかなかったようで、一緒にいるところはあれ以来見ていない。

まあどうでもいいけど。


え?私?

もちろん健とは別れて、新しい彼氏候補が出来ました。

私が泣いている姿に惚れしたんだって。

普段しっかりしていて気の強そうな私の涙にやられたそうだ。

ギャップってやつかしら?

いやぁ、泣いてみるもんね。本当に。

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