10 少し厄介な昼休み
最近、山本には少し気になっていることがある。
それは、斜め前の席に座る朝倉さんのことだ。
きっかけは、あのバレンタインの出来事だった。
社内でバレンタイン禁止令が出たにもかかわらず、「これはバレンタインじゃありません。日ごろの感謝です」と言い張って渡されたチョコレート。
そのお返しという形で、二人で昼食をとった。
駅前の路地裏にある、小さな和食屋だった。
それで終わるはずだった。
ただの、少し変わった出来事として。
けれど気づけば、それから二週に一度ほどのペースで、朝倉と昼を共にするようになっていた。
最初は「お礼の延長」だったはずだ。
しかし今では、山本のほうが密かに予定を気にしている。
午前中、ふと視線を上げると、モニター越しに朝倉の横顔が見える。
淡い色のネイルをした指先が、軽やかにキーボードの上を跳ねている。
何かを話して笑うとき、目尻がきゅっと下がる。
若い。
まぶしい。
自分とは違う季節を生きている人間だ。
だから、なるべく見ないようにしている。
それでも、気がつくと視線が向いている。
「山本さん、今日どうします?」
昼前になると、朝倉が椅子をくるりと回して声をかけてくる。
その声を聞くだけで、胸の奥が少しだけざわつく。
「どうします、とは?」
山本はわざと素っ気なく返した。
「ランチですよ」
「今日は忙しいのでは」
「山本さんに断られたら忙しくなるかも」
いたずらっぽい目で言う。
山本は小さく息をついた。
「……行きますよ」
言った瞬間、なぜか朝倉のほうが嬉しそうに笑った。
自分は何をしているのだろう、と山本は思う。
年齢も、立場も、きっと釣り合わない。
彼女にとって自分は、少し面倒を見たくなる会社のおじさんに過ぎないはずだ。
それでも。
定食屋で向かい合い、湯気の立つ味噌汁をすすりながら他愛のない話をする時間は、思っている以上に心をほぐしてくれる。
ある日、朝倉が言った。
「山本さん、最近ちょっと顔色いいですよ」
「それはあなたの錯覚です」
「私の健康プロジェクト、成功ですね」
そう言って笑う彼女を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
最近、気になっているのは朝倉の存在そのものではないのかもしれない。
彼女と一緒にいるときの、自分のほうだ。
コンビニの総菜パンで十分だと思っていたはずの男が、次のランチの予定を少し楽しみにしている。
それが――いちばん厄介だった。




