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5.予想外の幕引き

 私たちは旅を続け、また元の町に戻ってきていた。私がベネディクトに出会った、あの町だ。ディルの屋敷から一番近い町ということもあって、ちょっと落ち着かない。


 町に着いて宿を取るなり、カシアスが困ったような顔で私に言った。


「ルーナ君、君はここで待っていておくれ」


 そこにベネディクトが割って入る。こちらは、やけにこわばった表情をしている。


「父さん、ですがここは、彼女の証言があったほうが……」


「それはそうなんだが、さすがに少々酷な気もしてね……」


 親子は顔を突き合わせて、何やら妙なことを話し始めた。証言。酷。どういうことだろう。けれどやがて、ふたりは同時に私のほうを向いた。


「もし君が、ディルの家の人間に対してひとかけらでも愛着を抱いているのであれば、ここに残りなさい」


 そうしてカシアスが、ひどく重々しい表情で言った。なぜここでディルの名が出てくるのか。返答できずにたじろぐ私に、ベネディクトがそっと声をかけてくる。


「父さんはああ言っているけれど、僕としては……君も一緒に来るべきだと思う」


 彼は目を伏せて、辛そうな声音で続ける。


「そうすれば君も、過去のしがらみからきちんと解き放たれるような気がするんだ」


「過去の、しがらみ……」


 どうやらこれから、彼らはディル家に向かうのだろうなと、ぼんやりとそう感じた。だから、私を連れていくかどうかで悩んでくれているのだとも思う。


 その気遣いが、嬉しい。それにベネディクトの口ぶりからすると、私は彼らと行動をともにしたほうがいいと、そんな気がしてならない。


「……私も、行きます。これから何が起こるのか分かりませんが、この目で見届けたいと、そう思いました」


「そうか。決めたのなら、もう止めないよ。ベネディクト、彼女についてやっていてくれ」


「もちろんです、父さん」


 それから彼らは、とても機敏に動き始めた。カシアスにベネディクト、それにメイドと使用人のみんなが、見慣れない服に着替えたのだ。貴族の正装……に見えなくもないけれど、もっと飾りが少なくて、どことなくいかめしい。


「さあ、迎えが来たよ」


 まごついていたら、カシアスが優しくそう言った。宿から出ると、見慣れない馬車が三台ずらりと並んで、私たちを待っていた。


 しっかりとしたつくりの、箱形の馬車だ。引いている馬も、とてもたくましい。馬車や馬具は華美ではないものの、きっちりとした雰囲気の、厳かな印象を与えるものだった。


 ベネディクトに手を引かれ、馬車に乗り込む。やはり訳も分からないまま、馬車に揺られて運ばれていった。ディルの屋敷へ向かう、あの道を。




 やがて、ディルの屋敷が見えてきた。とたん、気分がずうんと重くなるのを感じる。


 久しぶりに足を踏み入れた屋敷の中は、かすかに甘い、奇妙な香りがした。なんだろう、この臭い……どこかでかいだような……?


 カシアスがゆったりと進み出て、出迎えの執事に何ごとか話した。すると執事は真っ青になって、屋敷の奥にすっ飛んでいく。


 少しして、両親とライザ、それにショーン様が奥から姿を現した。四人はきちんと並んでいるカシアスたちを見てけげんそうな顔をしている。


「えっ、ルーナ!?」


 ベネディクトの陰に隠れるようにして立っている私に気がついたライザが、すっとんきょうな声を上げる。両親も驚きに目を見張り、ショーン様も面白そうに目を細めていた。


 しかし四人がそれ以上何か言うより先に、カシアスが声を張り上げる。彼は書類のようなものを両手で掲げ、四人に示していた。


「ディル男爵夫妻、娘ライザ、そして婚約者のショーン」


 普段の彼からは想像もつかない、威厳のある声が、玄関ホールに響き渡る。


「あなたがたには、禁制の薬草の売買に関わった疑いがかけられています。取り調べにご協力願います」


 彼の宣告に、四人はすっかり圧倒されてしまっているようだった。私もただぽかんとしながら、今聞いた言葉を頭の中で繰り返していた。


 禁制の薬草。いつの間に、そんなものを。ついこないだまでこの屋敷で暮らしていたのに、全然気づかなかった。


 いやそもそも、カシアスはどうして、そんなことを言いにここに来たのか。


「何を言っているの、そもそもあなたたちは誰!? まずは名乗るのが礼儀というものよ!」


 混乱しきっている私の耳に、母の金切り声が飛び込んでくる。


「王宮より派遣されてきた役人でございます。王命により、みなさまのことを探っておりました」


 さらりとカシアスが答えた言葉に、さらに混乱が増していく。商人じゃなくて、役人!? しかも、ディルの家のことを調べていた!?


「あらそう。でも悪いわね、それは勘違いよ。そんなもの、この屋敷にはないわ」


 堂々と言い返す母に、カシアスは不敵な笑みで答えた。


「しかしこの屋敷の中には、薬草の臭いが漂っていますが?」


 すると、母の笑顔がわずかにぐらついた。


「そ、それは……たまたまでしょう! 先日お茶会を開いたから、そのときの残り香かもしれないわ!」


 母のうろたえっぷりに、気がついた。そうか、おそらくこの甘い臭いが、ご禁制の薬草の臭いなのだろう。


 納得した拍子に、ようやく思い出した。この臭い、かつてライザが投げつけてきたあの毛布から漂っていたのと同じものだ。


「しかしこの屋敷から持ち出された毛布には、たっぷりと薬草の臭いが染みついておりましたが」


 私が毛布のことを考えていたまさにそのとき、カシアスが背後の使用人を振り返った。使用人は携えていた袋の中から、見覚えのあるぼろ毛布を取り出し、掲げた。……あれ、捨てたとばかり思っていたのだけれど。


「ここまではっきりと臭いが移るには、それこそひと月やふた月ではきかないでしょう。それだけの長い間、この屋敷には薬草の臭いが満ちていたということです」


 その言葉に、こっそりと首をかしげる。となると、私がここにいたころから、屋敷の中に薬草の臭いが漂っていたことになる。ならばどうして、私はその存在に気づかなかったのか。こんなに臭いのに。


「あなた方は、ずっとこの臭いの中で暮らしておられた。だからこそ、今ここに漂う臭いにも、この毛布に染みついた臭いにも気づかなかった」


 するとカシアスが、朗々と言った。ああ、そういうことか。私はここを追い出されたから、このおかしな臭いをかぎとれるようになったのだろう。


 父はぐっと眉間にしわを寄せて、ぼろ毛布を食い入るように見つめている。その口から、独り言がもれていた。


「あの毛布、物置の木箱を隠すのに使っていたものだろう。どうして、そんなものが……」


 それを聞いたライザが、そっと手で口を押さえている。その顔が、みるみる青ざめていった。


「ライザ、まさかあなたが……」


「ご、ごめんなさい、お母様……」


「物置に入ってはいけないと、きつく言っていたでしょう! それなのに、まさか毛布を持ち出すなんて! どうして、そんなことをしたの!」


 恐ろしい剣幕で怒鳴りつける母に、ライザがびくりと身をすくめる。


「だって、ルーナがぼろ毛布をかぶった宿なしになればいいなって、そう思ったんですもの……ちょうどいい毛布がなかったから、探しにいって……それで、物置に……」


 ライザが目をうるませ、いやいやをするように首をふるふると振っている。


「まあまあ、ライザも悪気があったわけじゃないんだし……そう、怒鳴らなくても……」


「悪気がないから問題なのよ!」


 取りなす父と、さらにがなる母。しかしライザは、間違いなく私に対して悪意があったけれど……まあ、そこについては置いておこう。


 それよりも、両親は気づいているのだろうか。これでは、禁制の薬草が物置に隠されているのだと白状しているも同然だということに。突然のことに、気が動転してしまっているのだろうか。


 あきれつつ三人を眺めていたら、母がふと何かを思いついたようににんまりと笑った。


「ライザ。あなた、ひとつ間違えているわ。あなたはいつもルーナが使っている毛布を、そのまま渡してあげたのでしょう? ここを出ていく彼女への、せめてもの気遣いとして」


 その言葉に、ライザや父だけでなく、カシアスやベネディクトまでもが目を丸くしていた。ただショーン様ひとりだけが、面白そうに笑っている。


 母は周囲の反応に気をよくしたのか、少し弾んだ声でさらに語る。


「あのときは、その娘がショーン様をたぶらかしたせいで、あなたはすっかり頭に血が上っていた。だから、記憶がちょっぴり混乱してしまった。そうでしょう、ライザ?」


 ライザはまだ話についていけていないらしく目をぱちぱちさせていたけれど、母の気迫に押されて小さくうなずいていた。


「ほら、見たでしょう! 悪いのは全部、その娘よ! 私たちは無実だわ!」


 勝ち誇ったように笑う母に、カシアスが疲れたように肩をすくめた。


「あいにくと、ルーナ君はここを追い出された直後から、私どものもとに身を寄せております」


 ため息まじりに、彼は続ける。聞き分けの悪い子どもを相手にしているような、そんな口調だ。


「そしてその間も、この屋敷にご禁制の薬草が運び込まれ、また運び出され続けていることを確認しました」


 彼の言葉に、はっとする。つまり、彼らがあちこちの町を次々と回っていたのは、ただ商売のための地固めだけではなく、それとなくディル家を監視し、薬草の取引に目を光らせるためだったのだ。


「彼女は、この件について関わっていません。僕たちが保証します」


 どことなくむきになったような声で、ベネディクトが言葉を添えてくれた。私をかばうように、半歩進み出て。


 今まで、私はたったひとりで、家族からの敵意に耐えていた。肯定の言葉だけを口にして、波風立てないように生きてきた。


 でも、彼らは私を守ってくれる。もうひとりじゃないのだ、ひとりで耐えなくてもいいのだと実感できて、胸が熱くなる。


「……まったく、こんな形で、ばれてしまうなんて……ああもう、忌々しいったら!」


 感傷に浸っていたら、母の叫び声に現実に引き戻された。


「いや、ご禁制の薬草でもうけようと言い出したのはお前だろう……そもそもお前が、そんなことを言い出さなければ……」


 きいきいと金切り声を上げている母に、父が小声で口をはさんだ。


「ちょっと、そこで私のせいにするの!?」


 そのことがよほど気に入らなかったらしく、母がさらに目をつり上げた。恐ろしい形相だ。


「あなたのところにいざ嫁いでみたら、あきれるくらいに貧乏で……ドレス一着新調するにも、あれこれ悩むはめになるなんて、思わなかったわ」


 一転してどすのきいた低い声で、母は言い放つ。その視線は、父にひたとすえられていた。


「『うるさい母もいなくなった、これからは君に素敵な暮らしをさせてあげるよ』って言ったのは誰だった? この甲斐性なし!」


 もともと気弱な父は、すっかりすくんでしまって何も言えなくなっている。


「お母様、お父様! 落ち着いてくださいませ!」


 それを見たライザが、必死にふたりをなだめていた。けれど母の金切り声は止むことがなかったし、父は頭を抱えてうずくまってしまった。


 どうしようもないと判断したのだろう、ライザがすがるような目でショーン様を見た。


「ショ、ショーン様! 助けてくださいまし!」


「いや、そう言われても……私はただ、この家がこっそりと甘い蜜を吸っているって知って、その仲間に加えてもらおうと思っていただけだからね」


 しかしショーン様は、平然そのものの顔でとんでもないことを言ってのけていた。


「そのために、君に近づいた。ご両親は私のことを警戒していて、中々屋敷に上がらせてもらえなかったけれど……ようやく近づけた矢先に、こうなってしまうなんてね。ああもう、計算違いだよ」


「そ、そんな……」


 あまりのことに、ライザが凍りついている。彼女には構わずに、ショーン様がカシアスに向き直った。


「ああ、役人さん。聞いてのとおり、私は禁制の品の取引には手を染めていない。取り調べにも喜んで協力する。だから減刑の口利きのほう、よろしく頼んだよ」


 さらりと吐き捨てて、ショーン様は屋敷の奥へと戻っていく。


 その場には、なおもぎゃあぎゃあと言い争う両親と、その隣でおろおろするライザが残された。三人とも、もう私には目もくれなかった。


 ずっと私を虐げてきた人たち、私が恐れてきた人たち。けれど今、目の前にいる人たちはとてもちっぽけで、滑稽だった。


 そのさまを見ていたら、ずっと胸の奥で渦巻いていた暗い思いが、ゆっくりと薄れていくのを感じた。


「お父様、お母様、ライザお姉様」


 進み出て、口を開く。三人が目を見開いて、私を見た。

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