1.否定しない私
「ルーナ、あたしの部屋を掃除しておいて!」
豪華なドレスをまとった令嬢が、あごをつんとそらして言い放つ。
「はい、分かりました」
粗末なワンピースをまとった私は、表情を変えずに淡々と答える。
「それが済んだら、あたしの装飾品を磨いておいてね!」
「はい、分かりました」
逆らわない私に、彼女はさらに言いつける。
「一時間以内に、全部済ませるのよ。お母様が、あなたに言いつけたいことがあるっておっしゃってたから」
得意げに笑って、令嬢……姉は去っていった。悠々とした、満足げな足取りで。
掃除道具を取りに廊下を歩きながら、そっとため息を押し殺す。
私は、一応このディル男爵家の娘だ。しかしいろいろあって、十七歳になった今では、ほぼメイド同然の扱いを受けていた。
私の不運の原因は、私の見た目が亡き祖母にそっくりだったことだ。
先代当主だった祖母はとても厳格で、一族をきっちりとまとめていたらしい。ただそのぶん、彼女のことを煙たく思っていた人間も多かった。私の両親、ディル男爵家の現当主夫妻も、そんな人間たちのひとりだった。
そもそも祖母は生前、父が当主の座を継ぐことにずっと反対し続けていたらしい。彼は間違いなくこのディル家を傾けると、祖母はそう主張していたのだとか。
で、祖母が亡くなったことで、父は念願だった当主の座を手に入れて、幸せいっぱいに暮らしていた。ずっと恋仲だった女性を妻とし、娘ライザも生まれ、この世の春を謳歌していたらしい。
ところがその平和も、三年後に私が生まれたことで終わりを告げた。日に日に祖母に似ていく私を見て、両親は嫌悪感と、恐怖を抱くようになったのだ。
私は祖母譲りだという銀の髪に、青い目をしている。物憂げな面差しに、細身の体つきだ。何から何まで、両親とも姉とも似ていない。
さらに、ライザが父親そっくりの華やかで社交的な娘に育っていったことが拍車をかけた。両親は私から目を背けるようにして、ことさらにライザを溺愛するようになったのだ。ライザはライザで、両親の態度を見習うようにして、私のことを見下すようになっていた。
日に日に、私の立場は悪くなっていた。家族の前に顔を見せると怒られ、食事はひとりきりでとるようになった。
ある日、屋敷の片隅の小さな部屋に押し込まれ、ここがお前の部屋だと告げられた。それからはずっと、着るものはメイドたちのおさがりになった。しかも、できもしない家事を言いつけられ、ぐずぐずしていると叱られるようになった。
小さなころは、隠れてずっと泣いていた。私だってライザと同じこの家の娘なのに、どうして私だけこんな扱いを受けなくてはいけないの、と。
時折、私に同情してくれるメイドや使用人もいた。けれどそういった者たちは、私に親切にしていることがばれると、すぐに解雇されてしまった。
やがて私は、泣いていても誰も助けてくれないのだということを、自分が強くなるしかないのだということを、理解した。理解するしかなかった。
それからは理不尽な扱いを嘆き、逆らうのではなく、最小限の労力で受け流すことを覚えていった。
メイドたちの動きを必死に観察して家事を学び、メイドと同じようにふるまう。決して口答えはせず、顔を上げずに、目立たないように息を殺し続ける。
そんな努力が実を結び、最近では家族……家族と呼んでいいのか、少々疑問ではあるけれど……からの風当たりも弱くなっていた。元々自分はメイドだったのだと思えば、どうということはないと思えるくらいに。
あれこれ思い出しながら、掃除道具を手に戻ってくる。ライザの部屋の扉を開け、苦笑した。
豪華なものであふれかえった部屋は、あきれるくらいに散らかっていた。確かおととい片付けたはずなのに、どうしてこの短期間でここまで汚せるのか。
この部屋を片付け、装飾品の手入れをする。しかも、それを一時間で。ライザとしては、無理難題を言ったつもりなのだろう。けれどあいにくと、これくらいは朝飯前だった。
どうやら、私には家事の才能……のようなものがあるようだったのだ。最初のころこそ手こずっていたものの、本気を出して取り組んだら、掃除も洗濯も楽々こなせるようになっていた。
……本当に、生まれるところを間違えたかもしれない。この家にさえ生まれなければ、この能力を活かしてのびのびと生きられたかもしれないのに。
そんな感傷は胸の奥に追いやって、手早く部屋を片付けていく。脱ぎ捨てられた部屋着や下着は所定の位置にしまって、汚れ物はかごに入れる。窓や机にはたきをかけて、ほうきで床を掃く。これくらいなら、あっという間だ。
本気を出せば、もっと素早く片付けられる。しかしそのことをライザに知られたら、さらに面倒くさい命令をぶつけてくるに違いない。だから、『全力で命令をこなしているふり』をすることに決めていた。
あらかた部屋も片付いたので、そのまま装飾品の手入れに移る。銀磨きの布を取り出して、ライザの装飾品をひとつずつ磨いていった。
きらきら光る宝石がはまったペンダント、花の形のブローチ、ガラス細工の髪飾り。壊さないように気をつけながら、手の中の輝きを楽しむ。
絶対に、絶対にライザにはばれないようにしていたけれど、私はこの作業が好きだった。きっと私には一生縁のないきれいなものを、堂々と手に取ることができるから。
最後のひとつを宝石箱に戻したところで、入り口の扉がきいと音を立てて開いた。ライザのものとは違う、低い女性の声が耳に飛び込んでくる。
「まあ、この程度の掃除に一時間もかかるなんて……ルーナは、本当にどんくさい子ね」
振り返ると、ライザと母が並んで立っていた。ライザはここぞとばかりに浮かれた様子で、部屋の中央に進み出てくる。
「そうね、お母様。きちんとこなせているか、確かめなきゃ」
あわてず騒がず壁際に移動して、床を見つめながら静かに待った。彼女が私のあらさがしをするのは、いつものことだから。
視界の端に、ライザがクローゼットを開けたりベッドの下をのぞき込んだり、せわしなく動き回っているのが見えた。けれどやがて、彼女はぴたりと動きを止める。
「……ふ、ふん! ルーナにしては、まあまあやるじゃない!」
偉そうにライザが言い放ったけれど、その声には悔しさがありありとにじみ出ている。というか、そのせりふはおとといも聞いた。
ちょっとだけ出し抜いてやれたことを嬉しく感じていたら、母の冷たい声がした。
「それじゃあ、ルーナ。次は庭の落ち葉掃きをしてきなさい。それが済むまで、夕飯はなしよ」
もう夕方近いし、秋も終わりに近づいていて落ち葉は多い。あれを片付け終わるころには、辺りは真っ暗になっているだろう。
さすがの私も、その命令にはちょっぴりうんざりせずにはいられなかった。もっとも、それを顔に出すとさらに面倒なことになるから、無表情のままうなずいた。
「はい、分かりました」
ああ面倒くさいと思いつつも、感情を出さずに淡々と答えてのける。そんな私を見て、母がちっと舌打ちをした。どうやら私の反応は、母の期待していたものとは違っていたらしい。
抜けているライザとは違い、母は手ごわい。そして、容赦なかった。
母はかつて、父との結婚を熱望していたのに、祖母が絶対に許さなかった。こんな女を入れては、ディル家は終わってしまいますから、と。何をもってそこまで反対していたのかは知らない。
ともかく、そんないきさつもあって、私のことを一番嫌っているのは、実は母なのだ。
父は祖母を嫌いだったけれど、根は能天気だ。ライザは私を見下しているけれど、物事を深く考えるほうではない。だからこのふたりをやり過ごすのは、そこまで面倒ではなかった。ただ母の相手は、どうにもやりづらかった。
仕方ない、もうひと働きしよう。母とライザに向かって深々と頭を下げ、掃除道具を手に部屋を出ていった。
どうにかこうにか掃除を終えて食事をとり、寝床に入ったときはもうくたくただった。
いつまで、こんな生活が続くんだろう。どうか明日は、面倒ではない用事を言いつけられますように。
しかしそんな私の祈りもむなしく、朝一番にライザが私の部屋まで押しかけてきたのだった。
そうして彼女は、面倒このうえない命令を叩きつけてきた。
「ルーナ、今すぐクッキーを焼きなさい!」




