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ラウ・ファミリア ~正しさよりも、共にある温もりと優しさを~  作者: 言ノ悠
第一話 パーティ結成、そして事件発生
7/41

07

 やがて寝室の扉に手をかける。

 軋む音とともに中へ入ると、そこには既にミレイの姿があった。衣服を整えたまま寝具に腰掛け、まるで戻ってくるのを待っていたかのように視線を上げる。


「陵、お疲れさま」

 ミレイは小さく微笑み、両腕を広げて彼を迎え入れる。


 陵――この世界に来る前の、ミササギの本当の名前だった。


「……美玲が待っててくれて、嬉しい」

 ミササギはわずかに目を細め、彼女の腕に身を預ける。

 抱きしめ合ったまま、二人の身体は自然と寝具へ傾き、そのまま静かに倒れ込んだ。


 美玲――かつての彼女の名。

 今は二人だけが口にし、互いにしか許されない特別な呼び方だった。


「もう……甘えん坊なんだから」

 彼を抱きしめ、その温もりを確かめながら、ミレイは苦笑する。


「いつもありがとう」

 ミササギの口からこぼれたのは、飾らない感謝の言葉だった。


「ううん。私こそ、いつもありがとう」

 囁くように返し、ミレイは彼の唇に口付けを落とす。


 この世界に突然連れてこられた二人には、右も左もわからなかった。

 日本の神――天照大御神の加護はあったが、それでも戦わざるを得なかった。


 ミレイは彼の逞しい身体を抱きしめながら、胸の奥で改めて思う。


 彼はこの世界に来る前から「神源流」と呼ばれる、紀元前より続く武術の使い手であり、次期当主候補だった。

 その積み重ねがなければ、とっくに命を落としていたに違いない。


 すんなりとそう思えてしまうほど、この世界には危険が溢れている。

 魔物、宗教、治安――どこを歩いても、命の危うさが隣り合わせだ。


 ふと、ミササギの肩がわずかに揺れる。

「……えっと?」

 戸惑いを含んだ声が漏れる。ミレイの手が、彼のシャツの下へと滑り込んできたからだ。


「陵に、触りたかったの」

 恥ずかしいような、けれど隠す気もない。思ったままを口にした声音だった。


「……この雰囲気でそんなことされたら」

 ミササギの指先が、静かに彼女の身体へと伸びていく。


「まあ……嫌じゃないし」

 ミレイは視線を逸らしながらも、声は揺れなかった。


「へえ……」

 彼の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。





(……まあ、二人は放っておくのが一番だな)

 ジンガは厨房に立っていた。


 いつもなら調理はミレイとエリシアがやっている。

 だが今はそのどちらも姿がなく、炉の上にはまだ使われていない鍋が置かれているだけだった。


 彼は何も言わずに袖をまくり、冷蔵庫擬きから食材を取り出す。

 これは金属製の箱に、氷を発生させる術式を付与したものだ。


 包丁を手に取ると、刃がまな板を叩く音が静かな屋敷に規則正しく響き始めた。


 玉ねぎを刻むと、鼻をつく香りが広がり、油を熱した鍋に放り込めばじゅっと音が立つ。

 火と香りが立ちのぼるにつれて、先ほどまで胸に残っていた剣呑な空気が、ゆるやかに解けていくようだった。


 その時――

「……えっ?」

 小さな声が背後から漏れる。


「おはよう、エリシア」

 足音で誰が来たのか、何となく予想はついていた。


「おはよう……ございます。ジンガ様」

 エリシアは恐る恐る、ジンガの背に視線を向ける。


「……ジンガ様が、料理を?」

 驚きと戸惑いの入り混じった声音。

 旅をしていた頃には見慣れた光景だった。だが、今は屋敷での生活――その役目は専らミレイや自分のものであり、ジンガが台所に立つことなど思いもしなかった。


 ジンガは肩越しにちらりとも振り返らず、淡々と包丁を動かし続ける。

「まあな。久しぶりだと、ちょっと鈍ってる感じするけど」

 ミササギたちと行動するようになってから、殆ど包丁には触らなくなった。


「……そんなふうには見えません」

 エリシアは思わず漏らし、はっとして口を押さえた。

 だがその目には、懐かしさと安心の色がわずかににじんでいた。


「……わ、私も手伝わせてください」

 その声音には、驚きと戸惑いだけでなく、懐かしさに似た温もりが混じっていた。


 ジンガは手を止めず、わずかに顎をしゃくって返す。

「なら、そっちの野菜を頼む」


「はいっ」

 エリシアの声が少し弾む。

 まな板に並べられた野菜に手を伸ばす姿は、旅をしていた頃の光景を思い起こさせるものだった。


 エリシアは慣れた手つきで野菜を切り始める。包丁の刃が軽快にまな板を叩き、その音が静かな厨房に心地よく響いた。

 ジンガは隣で鍋をかき混ぜながら、ちらりと視線を向ける。


「手際、良くなってるな」

「……毎日続けてますから」

 エリシアは照れたように微笑む。


「あの時も助かってたよ」

 二人旅の時も、クルスを迎え入れて三人旅になった時も、エリシアは色々と手伝ってくれていた。

「私もです。ジンガ様がいなければ、とても……」

 言いかけて、エリシアは小さく首を振る。

「いえ、今は料理の話ですね」


 ジンガはふっと笑い、鍋の蓋を軽く押さえた。

「まあ、どっちの意味でも助かってたよ」


 エリシアの手が一瞬止まり、頬にかすかな赤みが差す。

 だがすぐにまた包丁を動かし始め、その表情は真剣なものへと戻った。



「エリシア、ジンガにベタ惚れだよなぁ……」

 扉の陰から覗き込みながら、クルスはしみじみと呟いた。年相応の無邪気さはそこにはなかった。


「ジンガさんがエリシアさんの命を救ったって聞きました。……なら、そうなっても当然です」

 レイラもまた、淡々と分析するように言葉を重ねる。その表情は子供らしい照れも笑みもなく、妙に落ち着き払っていた。


 子供二人。

 大人びた彼らは、うんうんと頷きあった。

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