05
街の騒乱を背に、ジンガとミササギは屋敷へと戻ってきた。
高い石塀に囲まれた中庭はひっそりと静まり返り、つい先ほどまで耳を満たしていた怒号や悲鳴が嘘のように遠い。
玄関扉に手をかけると、古びた蝶番がかすかに鳴り、重い木の板が軋んで開いていく。
漂ってきたのは乾いた木材と、古い調度に染み込んだ香り。
外に充満していた煙と血の匂いとは対照的に、ここには自分たちの「居場所」の匂いがあった。
「おかえりなさい!」
レイラが銀髪を揺らしながら駆け寄ってくる。眉根を寄せた顔には、出迎えられた安堵と、まだ拭えない不安が同居していた。
「おー! ちゃんと帰ってきた!」
クルスは大げさに胸を張り、にかっと笑ってみせる。陽に焼けたアーキ色の短髪が、彼の腕白さを際立たせていた。
「ただいま」
ジンガは短くそう告げ、靴底を鳴らして玄関を踏み越えた。張り詰めていた肩が、わずかに緩む。
「騒ぐな。帰ってきて当然だ」
ミササギは面倒そうに吐き捨てながらも、目元にはほんのわずかな柔らかさが宿っていた。
「ミレイとエリシアは?」
迎えに来たのは二人だけ。パーティは六人――ジンガとミササギを除けば、四人いるはずだ。玄関に顔を出さないのは珍しくないが、つい気になってしまった。
「ご夕食をつくってます」
レイラは控えめに答える。
「エリシアが新しい料理にチャレンジしてる」
クルスは楽しげに続けた。
「あー、なるほど」
ミササギはすぐに合点がいった様子で声を上げた。ミレイがエリシアに料理を教えている光景が、自然に頭に浮かんだからだ。
「そっか。じゃあ、楽しみだな」
ジンガの口元に、心の底から待ち遠しいという色がにじむ。戦場の緊張をひととき忘れるように。
四人で廊下を進むと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
厨房からは鉄鍋の音と、湯気に混じった香草の香りが漂ってくる。
弾むエリシアの声と、それに応じる落ち着いたミレイの声が重なり合い、まるで姉と妹のようなやり取りを思わせた。
「ほら、やっぱり新しい料理だろ」
クルスが鼻をひくつかせ、にやりと笑う。
「匂いでわかるの、すごいです」
レイラは呆れ半分、感心半分の眼差しを向けた。
ジンガは小さく笑みを浮かべ、その光景を眺めながら足を止める。
外で嗅いだ血と煙の匂いが、胸の奥からようやく洗い流されていく気がした。
「……行くぞ」
ミササギが短く促し、厨房の扉を押し開ける。
中では、エリシアが大きな鍋と格闘していた。
両手に木べらを握り、必死にかき混ぜる額には汗がにじんでいる。
隣のミレイは穏やかな笑みを浮かべ、手際よく皿を並べていた。
「あっ、おかえりなさい!」
エリシアがぱっと顔を輝かせる。
「もうすぐできますから、座って待っていてください!」
「おかえり。今日の進捗は後で聞かせてね」
ミレイは普段通りの口調で応じ、変わらぬ調子でミササギを抱きしめた。
「ん……」
ミササギも無造作に彼女を抱き返す。
「「「……」」」
ミササギが帰ると、ミレイは当たり前のように彼にハグをする。
だが結成したばかりの仲間にとっては、その距離の近さはまだ目新しく、どうしても気まずい空気を生んでしまう。
「いつものことですよ」
レイラは元より二人と行動を共にしていた。だから、真新しさは感じなかった。
「じゃあ、食堂で待ってて」
ミレイはさらりと言い、再び手を動かし始める。
ほどなくして、食堂の長い卓に料理が並んだ。
焼き立てのパン、香草を散らした煮込み、野菜をふんだんに使った彩り豊かなサラダ。
揺れるランプの灯りに照らされ、古い屋敷はひととき宴の場へと変わった。
「おおーっ、すげぇ!」
クルスが椅子に飛びつき、思わず手を伸ばしかける。
その瞬間、ミレイの視線が鋭く突き刺さった。
「手を出すのは、皆が揃ってから」
「……はーい」
渋々肩をすくめて手を引っ込める。
やがて、エリシアが仕上げの皿を抱えて小走りに現れた。
熱気に頬を赤く染め、髪の先には湯気がまとわりついている。
「お待たせしました!」
ぱっと大皿を置くと、卓は一気に華やかさを増した。
「おおっ、最後の一品!」
クルスが目を輝かせる。
香草の香りが立ち上り、色鮮やかな料理が並んだ光景に、自然と全員の視線が集まる。
「それじゃ、いただきますしようか」
ミレイが静かに声をかける。
「いただきます!」
六人の声が重なり、温かな食卓の時間が始まった。