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ラウ・ファミリア ~正しさよりも、共にある温もりと優しさを~  作者: 言ノ悠
第二話 パーティの行末、そして日常
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「ここら辺で、俺たちも切り上げよう」

 庭中を出ていくジンガの背を横目に、ミササギはオルトリアへ声を掛けた。


「……ああ、そうだな」

 オルトリアは大きく息を吐き、剣を下ろす。

 肩で呼吸を整えつつ、額ににじんだ汗を手の甲で拭った。


「じゃあ、俺も行ってくる。守りは任せた」

 短く言い残し、ミササギは剣を収めて庭を後にする。


 疲労からか、オルトリアはその場に腰を落とした。

 彼の背が見えなくなるまで、視線だけは静かに追い続けていた。


「オルトリアさん、お疲れ様です」

 エリシアが歩み寄りながら、水の入ったコップを差し出した。


「ありがとう。エリシア殿」

 オルトリアは素直に受け取り、乾いた喉を潤すように口をつけた。


「毎日、精を出されていますね」

 エリシアは微笑みながら、オルトリアの隣に腰を下ろした。

 今日は陽射しが元気で、地面は心地よく温められていた。


「服が汚れてしまうぞ?」

 オルトリアは横目でエリシアを見やり、わずかに眉をひそめた。


 彼女が身にまとっているのは、白いブラウスに深紅のロングスカート――土や汗で汚すには惜しい装いだ。

 一方のオルトリアは、革鎧に動きやすいズボンという冒険者らしい格好であり、多少の汚れなど気にならない。


「これくらいは気にしていないので。

 ……さすがに泥沼に飛び込めと言われたら嫌ですけど」

 エリシアは小さく笑い、スカートの裾をそっと押さえた。


「それは誰だって嫌だろう」

 オルトリアは思わず苦笑した。肩の力がわずかに抜けた気がした。


「でも、どうして戻ってきた?」

 ふと疑問を覚えたように、オルトリアはエリシアへ視線を向けた。


「少しオルトリアさんと話せるかなと思って」

 エリシアは柔らかな笑みを浮かべ、オルトリアの普通色の瞳を覗き込む。


「私と?」

 オルトリアは素直に驚いた。


 エリシアは魔術師の見習いとも呼べる立場であり、オルトリアはそれなりに場数を踏んだ剣士である。

 同じパーティとはいえ、深く語り合うような関係でもなければ、長く語らう議題もなかった。


「はい、あまりお話したことなかったかなって」

 エリシアの声は軽やかであり、柔らかかった。

 ジンガやミササギ、ミレイほどの尊敬があるわけではないが、仲間として気になる存在であることに変わりはなかった。

 それは、年頃ゆえの素直な関心でもある。


「何か聞きたいことでもあるのか?」

 オルトリアは空を仰いだ。

 風が吹き抜け、髪が柔らかに揺れる。


「他の方があまり聞かれないので気になっていたのですが、なぜオルトリアさんは冒険者に?」

 エリシアは首をかしげ、まっすぐに問いかける。


「なぜ……なぜ、か」

 オルトリアは言葉を探すように間を置き、視線を遠くへ向けた。

「冒険者が、一番楽に稼げると思ったから……だろうか」

 そう口にしてみたものの、自分でも確信は持てなかった。

 仕事に就く理由など、深く考えたことがなかったからだ。


「楽……ですか?」

 エリシアは興味津々といった様子で、真っ直ぐに問いかけた。


「楽と表現すると、色々と語弊があるのかもしれないが……そうだな」

 オルトリアは短く息を吐き、言葉を選ぶように続ける。

「私が選べた仕事の中で、最も自由な時間が多かったのが冒険者だった。少なくとも、選んだときはそう思った」

 その選択が悪かったとは、今も思わない。


「今は違うのですか?」

 エリシアが問い返すと、オルトリアは小さく頷いた。

「今は《ミスリル》ランクだからな。下級の階級とは違って、高難度な仕事や長時間の拘束も増える。しかも、赤の他人と共に仕事をするから、気苦労もそれなりに多い」

「大変……なのですね」

 エリシアは小さく目を瞬かせ、素直に言葉をこぼす。


「そうだな」

 オルトリアは頷き、わずかに表情を和らげた。

「その点は《ラウ・ファミリア》に所属できたことで、かなり改善されたと思う。ジンガ殿には感謝しかない」

 依頼を共に受ける相手が赤の他人ではない。それだけでも大きい。

 もちろんまだ期間は短く、周囲の仲間が絶対に裏切らないと断言はできない。

 だがミササギの存在が、自分に不思議な安心を与えていた。

 不満があれば率直に口にし、追い出す気ならば遠回しではなく直接手を下すだろう――そう思えるからだ。


「エリシア殿は、なぜ冒険者に?」

 ここまで話してきて、逆に気になったオルトリアは彼女へ視線を向けた。


「私は……成り行きです」

 エリシアは小さく笑みを浮かべた。

「ジンガ様が冒険者になられるときに、一緒に」

 ジンガとの旅の途中、身分証が必要になり、冒険者ギルドに登録した――それが始まりだった。


「よくある理由だな。冒険者ギルドの登録証は、一定の階級以上なら各国で身分証として機能する」

「そうですね。それ以上でも、それ以下でもなかったです」

「今はどうなんだ?」

 オルトリアは問いながら、じっとエリシアを見やった。


「今も変わりませんよ。私のランクは、各国で身分証として使える最低階級の《アイアン》のままですし。上げる気もありません」

 エリシアは柔らかく微笑みながら、あっけらかんと言い切った。


「この《ラウ・ファミリア》というパーティがある間は、それでもいいが……」

 オルトリアは小さく息を吐いた。

 このパーティでは、依頼を受けたり遂行したりするのはジンガやミササギの役割であり、それは彼女も理解している。


 だが、もし自分がパーティを抜ければ、すべては自分の力でこなさなければならない。

 その時のために、階級は上げられるうちに上げておくのが、本来は望ましいのだ。


「ジンガ様を振り向かせられないと、完全に諦めがついたらそうします」

 エリシアは冗談めかすように笑ったが、その瞳にはほんの少しだけ本気の色が混じっていた。


「……いいな、そういうの」

 オルトリアはぽつりと漏らした。ほんの少しだけ、その情熱が羨ましく思えたのだ。


 剣に生き、剣に死ぬ覚悟はある。だが、人を想うことにまったく興味がないわけではない。

 初めてミササギと語った折、「お前も人を愛したらわかるよ」と言われ、手合わせを断られたことも鮮明に覚えている。


「オルトリアさんも、良い出会いがあるといいですね」

 エリシアには、すでに自分が良い出会いをしたという自負があった。だからこそ、その言葉は迷いなく口にできた。


「良い出会い……か」

 オルトリアは小さく繰り返すと、その場にごろりと寝転がった。

 ほんのりと温もりを帯びた土の感触が心地よかった。


「若輩者の意見ですけどね」

 エリシアは照れ隠しのように苦笑した。


「いやはや……応援している」

 オルトリアはふっと目を閉じ、エリシアの想いが成就することを、願わずにはいられなかった。


「戻りましょう」

「そうだな」

 お互いに頷き合い、その場で立ち上がる。

 屋敷へと並んで歩き始めた。

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