04
ジンガは両手をわずかに広げ、静かに応じた。
「誤解だ。俺は、この痕跡を確かめていただけだ」
「痕跡だと? 怪しい言い訳を!」
「ならば、お前がその“何者か”でないと、どう証明する!」
騎士たちの声は剣呑さを増していく。
ジンガはしばし黙し、視線を煙の向こうへと向けた。
「……証明はできない。ただ一つ言えるのは――俺は人を救うためにここへ来ただけだ」
その冷静な声色に、一瞬だけ空気が揺らいだ。
しかし次の瞬間には、さらに剣が迫る。
「退け!」
「捕らえる!」
緊張が弾けようとした、その時――
「――たかが騎士風情が、調子に乗るな」
低く、凄烈な声音が割って入った。
煙を裂いて現れたのはミササギだった。
すでに血を払って刀を鞘に納めており、その歩みは静かだ。
「俺の名はミササギ。ブラックランク冒険者だ」
彼は冷ややかな眼差しで騎士たちを射抜く。
「この国にも時折、指南役として手を貸してきた。
……お前ら、俺の仲間に刃を向けるってことが、どういう意味か本当に理解しているのか?」
その言葉に、騎士たちは息を呑んだ。
互いに顔を見合わせ、剣を握る手が震える。
「……ブラック、ランク……?」
「まさか、本当に……」
ミササギの名は既に彼らの間でも噂となっていた。
神をも斬るとまで囁かれる剣客――その本人が目の前にいる。
騎士たちはやがて剣を引き、膝を折る者まで現れた。
「……失礼をいたしました」
「我らの早計でした。どうか、お許しを」
だが、ミササギの瞳は氷のように冷えたままだった。
「許す?」
低く落ちる声が、むしろ背筋を凍らせる。
「次に刃を向けたら――一族共々、皆殺しだ。覚えておけ」
騎士たちの顔から血の気が引き、誰もが息を呑んだ。
「ミササギ、待った」
その横からジンガが声をかける。
「彼らは仕事をしただけだ。そんなに怒ってやるなよ。……俺は大丈夫だからさ」
ミササギはわずかに目を細め、口をつぐんだ。
納得してはいない。だがジンガの言葉を前に、それ以上は追及しなかった。
「ほら、今のうちの逃げな」
それからジンガは、騎士たちに向けて手をひらひらさせる。
「ひっ……!」
「し、失礼を……!」
恐怖と安堵の入り混じった顔で、騎士たちは散り去っていった。
「……はあ」
ミササギは大きくため息を吐いた。
「ああいうヤツらは、自分が力を振るうことの危険性を理解してない。なんなら、この場で斬ってもよかったくらいだ」
視線をジンガに向け、淡々と告げる。
「その気持ちも、言いたいこともわかるよ。わかってるけど──」
ジンガは一拍置き、真正面からその言葉を受け止めたうえで続けた。
「──俺は、優しくなりたいから」
「……はあ」
ミササギは短く息を吐き、刀の柄に指をかけたまま、わずかに肩を落とした。
「わかってるよ。わかってる……。
俺たちは、そんなお前に助けられたんだからな」
「ミササギも優しいと思うけどな」
ジンガは肩を竦めた。
「うっせえ。……俺のは優しさじゃなくて、ただの甘さだ」
ミササギは吐き捨てるように言ったが、その声音にはわずかな和らぎが混じっていた。
ジンガは小さく笑い、肩をすくめる。
「家に帰ろう」
その一言に、ミササギは黙って頷いた。
二人は炎と血の匂いが残る街を背に、屋敷へ向かって歩き出す。
「……っと、待って。証拠品だけは持ち帰らないと」
ジンガが足を止め、散乱する瓦礫の中へ視線を向けた。
「はあ……最後までしまらねえな」
ミササギは頭を押さえ、深いため息をついた。