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重たい金属音が響き渡る。
「今日もやってるなぁ」
「ですね」
庭中に足を踏み入れたジンガとエリシアの視線の先では、ミササギとオルトリアが剣を打ち合わせていた。
鋼が鋼を叩くたび、火花が散り、張りつめた空気が庭に満ちている。
「ジンガ様も、たまにご一緒されてますよね?」
隣を歩くエリシアが、小首を傾げながら問いかけた。
その声音には、尊敬と好奇心が入り混じっていた。
「ほんとに、たまにだけどな」
ジンガは肩をすくめ、気恥ずかしそうに笑った。
「それでもすごいです。私の領地にも魔術師はいましたが……皆さん、剣は握ることすら嫌がっていましたから」
エリシアは小さく微笑み、どこか懐かしむように目を細めた。
「エリシアは……帰りたいか?」
ジンガはふと真顔になり、隣を歩く少女に問いかけた。
稽古場の剣戟の音が遠くに響く中、その声だけが妙に静かに届いた。
「いいえ。……完全に無いかといえば嘘になりますが、戻れば継承争いに巻き込まれますし」
エリシアはかすかに視線を伏せ、苦笑に似た表情を浮かべた。
故郷への想いと、そこに待つ現実。その両方を理解しているからこその言葉だった。
「そっか。何もかも、うまくはいかないよな」
ジンガは小さく息を吐き、エリシアの横顔に視線を落とした。
慰めではなく、ただ現実を受け入れるような言葉だった。
「それでも、ジンガ様に出会って……私は大分うまくいったと思ってますよ」
エリシアは恥ずかしそうに微笑み、けれどその瞳はまっすぐにジンガを見ていた。
その声音には感謝と、少しの誇らしさが滲んでいた。
「さあ、ジンガ様。新しい術式を教えてくださいな」
エリシアは軽やかに笑みを浮かべ、気持ちを前へと向けるように言った。
その瞳は期待に輝き、子供のような純粋さと決意が同居していた。
「くっ……」
振るう剣先は一度も届かない。
時折、彼の刃に受け止められることはあっても、それすら必要ではないかのように思える。
――この人は、剣など握らなくても、私を制してしまえる。
オルトリアは全身で、その現実を突きつけられていた。
(規格外すぎる……っ!)
全力で剣を振るう。だがミササギは、ほんのわずかに身をずらすだけで難なく躱してしまう。
オルトリアは《ミスリル》ランク、ひいては《オリハルコン》ランクに匹敵するだけの力を持っている――そう自負していた。
だがその自信すら、この男の前では無力だと思い知らされる。
「力み過ぎだ」
再び剣を受け止められ、ミササギから叱責を受ける。
「っ……!」
オルトリアは歯を食いしばり、押し返そうと力を込めた。だが刃は動かない。まるで見えない枷に縛られているかのように、ミササギの剣はびくともしなかった。
「えっ……?」
ふとした瞬間、視線がミササギの背後へと逸れる。そこに映った光景に思わず息を呑んだ。
「戦闘中に余所見をするなっ!」
次の瞬間、ミササギの蹴りが容赦なく腹に突き刺さる。
「がはっ……!」
衝撃で身体が宙を舞い、オルトリアは地面に叩きつけられるように転がった。
土埃が舞い上がり、肺の奥から空気が一気に押し出される。
「あいつらがどうかしたのか?」
ミササギはちらりと背後へ視線を流し、すぐに前へと戻した。
ミササギの背後では、ジンガとエリシアが何やら術式を組んでいた。
二人との間にはそれなりの距離があり、オルトリアがそれに気を取られて攻撃を躊躇うなど、到底考えられない。
だからこそ――何に意識を奪われたのか、とミササギは彼女に問いかけた。
「げほっ……」
オルトリアは咳き込みながら、恨みがましい視線をミササギに向ける。
ふらつく足取りで、なんとか立ち上がった。
腹部に受けた一撃は、まだ鋭い痛みとなって彼女を苛んでいた。
「あの術式……早すぎる」
辛うじて吐き出された言葉は、エリシアが行使した術式への苦言だった。
先ほど、オルトリアの瞳に映り込んだのは、空間が歪む異様な光景。
空間系の術式は、あらゆる魔術の中でも最高難度を誇る。
ゆえに、魔術を学び始めて間もない少女が、その片鱗すら形にできるはずがなかった。
「ジンガが教えてるからだろ」
ミササギはあっさりと言い放った。
空間系術式の難易度など知らないし、魔術に明るいわけでもない。
それでも、ジンガが関わっているならば、と納得できてしまう。
「そんな……単純な話ではないと思うのだが……」
息を整えながら、オルトリアは腹部を押さえつつ言葉を続けた。
「じゃあ、エリシアに才能があったんだろ」
ミササギは肩を竦めてみせた。
「……それにしたって、おかしい。
空間系の術式は、優秀な宮廷魔術師が修練しても使えないのだぞ……」
オルトリアは力なく肩を落とす。
そして彼女は、《ラウ・ファミリア》というパーティについて、あらためて理解させられた。
――常識が通じない。
目の前のミササギも、ジンガの操る術式も、オルトリアの知る戦士や術者の在り方とは決定的に違っていた。
他の仲間たちもまた、どこか普通ではない。
子供たちは外見に似合わぬほど大人びた思考を持ち合わせている。
そしてミレイも、一見すればお世話係のように見えるが、おそらく怒らせれば最も恐ろしいのは彼女なのではないかと感じさせるほどだった。
「そんなに言うほどなのか、あれは。……ふーん」
オルトリアの常識に触れ、その先に広がる世界の基準に、ミササギはわずかに興味を抱いた。
もっとも――だからといって、自ら何かをするつもりはなかったが。
「まあいい。オルトリア、続けるぞ。まだ終わってないからな」
ミササギは軽く刀を構え直し、当然のように稽古を再開させようとする。
オルトリアは息を呑み、疲労の残る身体にもう一度力を込めた。




