37
新たな仲間たちの歓迎会を終えてから、三週間という長いようで短い日々が流れた。
「エリシア、溶媒槽の温度は?」
研究室の一角に据えられた水槽へ視線を向け、ジンガは確認の声をかけた。その水槽には小さな子供の姿が収められている。
「はい。先日お教えいただいた熱の術式を使って……現在も水温は三十六度を保ってます」
エリシアはそばに置かれた温度計を水槽へ差し入れ、数値を確かめながら答えた。
「そっか、指示通りにやってくれてるな。完璧だ」
ジンガは手でグットサインを出すと、次いで、薬品を調合しているアストレイに視線を向ける。
「……どうしたのかしら?」
その視線に気づいたアストレイが、逆に問いかける。
普段なら作業に没頭して気づかないはずの彼女が、先んじて応じたのは珍しいことだった。
「いつ頃できそうだ?」
「今日中には仕上がるわ。ただ、今すぐというわけにはいかないけれど」
ジンガの問いに、アストレイは手を止めることなく答え、わずかに首を振った。
「そう言えば、アストレイ。前に教えた空間魔術について……術式も含めて伝えたけど、使えそうか?」
ジンガは時折、アストレイにも自分の術式を教えることがある。
その中でも、彼が特に身につけてほしいと考えているのが、空間に作用する術式だった。
「ほんの少しだけなら、空間は作れるようになったわ。……でも、あなたほど大きなものは無理」
アストレイは自分の力不足をはっきりと自覚していた。
できることとできないこと、その境界を見極める姿勢は潔い。
「そうなんだ。やっぱり空間系は難易度が高いんだな」
ジンガは自分以外の術者の水準を正確には把握していない。
自分ができることの全てを、他者もできるとは思ってはいない。
だが、それがどこまでの差なのかまでは掴み切れていないのだ。
「あなたの基準がおかしいのよ。前にも言ったけれど、空間系の魔術は最高難度なんだから……」
アストレイは小さく肩をすくめ、ため息まじりに言った。
「むしろ、少しでも真似できたことを喜ぶべきなのよ」
「……参考になる。世間知らずだから」
ジンガは素直にそう口にした。
この世界の事情に詳しいわけでもなく、この世界の常識を備えているわけでもない。異世界人なのだから。
「貴方が私と話すことで、あそこで嫉妬してるエリシアさんなら……もしかしたらできるかもしれないわね」
アストレイは視線を横に流し、からかうような声音を混ぜた。
「……っ」
エリシアはむっと唇を噛み、頬を赤らめて視線を逸らした。
否定したい気持ちはあっても、言葉がうまく出てこない。
「確かに、色々と覚えてきたエリシアに新たな術式を教えるのはアリだな」
エリシアには短い期間ながら、すでに基礎的な魔術について多くを説明し終えていた。
ジンガの言葉を耳にした瞬間、エリシアの瞳がぱっと輝いた。
胸の奥からあふれる期待を隠しきれず、小さく拳を握りしめる。
「そんなに喜んでくれるなら、教えるかいもあるな」
ジンガは微笑みながら、エリシアの頭をぽんぽんと撫でた。
「アストレイも来るか?」
「私はいいわ」
アストレイは視線を薬品に戻し、淡々と答える。
「そっか。じゃあ、任せた」
ジンガは軽く手を挙げて告げると、エリシアと並んで研究室を後にした。
残されたアストレイはひとつ息を吐き、再び黙々と作業に戻っていった。




