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「アストレイも来たんだ。良かった」
円卓に食事を並べていたミレイは、普段は顔を出さない彼女の姿に気付き、わかりやすく目を丸くした。
「……別に、特別なことじゃないわ」
アストレイは淡々と答えつつも、視線をほんのわずかに逸らす。
その横顔には、さっきまで研究室で押し問答をしていたエリシアの影響が色濃く残っていた。
「ふふっ、でも来てくれて嬉しいよ」
ミレイはにっこりと微笑み、皿を置いた手を軽く叩く。
「さ、せっかくの歓迎会なんだし。今日はいっぱい食べていって」
アストレイは小さく息を吐き、空いていた席に腰を下ろした。
その動作はどこかぎこちなかったが、隣に座るエリシアは満面の笑みを浮かべている。
ジンガはその様子を見守りながら、静かに口元を緩めた。
無理に誘わずとも、こうして輪に入ってきた。
その事実が、彼にとって何よりも大きな一歩に思えた。
「今回の歓迎会、そこにいらっしゃるオルトリアさんと、アストレイさんのためでもあるのですよ」
エリシアは声を落とし、そっと隣のアストレイに伝えた。
「えっと……な、なんで私も?」
アストレイはわずかに目を伏せ、硬い声を絞り出した。
その表情には驚きだけでなく、居心地の悪さと戸惑いが濃く滲んでいた。
「どんな来歴であれ、仲間に変わりはないですから」
エリシアは真っ直ぐに言い切った。
「……エリシアさん、その考え方は危ないと思うわ」
アストレイは目を伏せ、苦い声音で応じる。
「今回は……話を受けるけれど、私みたいな人を、無条件に受け入れるものじゃない」
「アストレイの言う通りだと、俺も思う」
ジンガは口を開き、二人の間に落ちた空気を受け止めるように言葉を紡いだ。
「……その上で、エリシアの気持ちや考えもわかる。難しい話だよ」
アストレイの隣、エリシアの斜め正面に腰を下ろしながら、静かにそう続けた。
「貴方が……私を殺せば良かっただけでは?」
アストレイは視線を伏せ、低く問いかける。
出会ったあの時に悪人を殺していれば、善人が思い悩む必要などなかった。
難しい話になることも、こうして居場所に戸惑うこともなかった。
「殺す必要が無いのに殺すのは……人としてどうなんだ?」
ジンガは静かに言った。
それは正義を振りかざすでも、理屈を押しつけるでもない。
ただ、彼がずっと抱え続けてきた揺るぎない感覚を、そのまま口にしただけだった。
「……だから、私が悪人……罪人なのでは?」
アストレイの声は意外なほど静かだった。問いかけというより、自分自身への独白に近い。
「罪人が良いことをすることもあれば、善人が悪いことをすることもある」
ジンガは小さく息を吸った。
「死んで楽になりたいのか?
なら、生き続けること自体が罰になるだろう」
その瞳は、冷たく澄み切っていた。
「少なくとも、エリシアに流されて表に出てくるだけでは、償いにはならない。苦しんで足掻きながら生きろ」
そう告げると、ジンガは椅子から立ち上がり、オルトリアとレイラが談笑している方へと歩いていった。
「……はあ、手厳しい」
楽になりたい気持ちを、自分の心の奥底を見透かされるようで。
アストレイは小さく呟いた。わずかに目を伏せ、その横顔には苦笑にも似た影が差している。
「そうですね。でも、私も同じ気持ちです」
エリシアは真っ直ぐに返した。言葉に力はなかったが、その瞳は揺らいでいない。唇をきゅっと結び、小さな身体でありながら、正面から受け止めようとしていた。
「……ジンガ様と一番長く一緒にいるのよね?」
アストレイが目を細める。感情を悟らせまいとする硬い声音だったが、内心は探るように揺れている。
「そうですね。……それが?」
エリシアは小さく首をかしげた。迷いを含みながらも、その瞳には確かな誇りが宿っている。
「……そういう考え方になるのだな……と」
アストレイは小さく息を吐き、ほんのわずかに視線を逸らした。
その横顔には、諦めとも羨望ともつかない複雑な感情が滲んでいた。
「それは……ちょっと嬉しいですね」
エリシアは頬をほんのり赤らめながら微笑んだ。
アストレイの言葉が、まるで自分がジンガに似ていると肯定されたように響いたのだ。
アストレイは一瞬だけ驚いたように目を瞬き、やがて小さく肩を落とす。
「……そう受け取れるあたり、本当に……貴女らしいわね」
口元に浮かんだのは、わずかながらも柔らかな笑みだった。
「私も、明日からまた頑張らないと」
視線を落とせば、実験の犠牲となった子供がいまだに眠り続けている。
だからこそ、アストレイは子供を目覚めさせることに全力を注ぐと決めていた。
罪人だからこそ、まずはひとつ罪を償わなければならない。
それを果たしてこそ、初めて新しい人生のスタートラインに立てるのだと――彼女は静かに思った。




