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ラウ・ファミリア ~正しさよりも、共にある温もりと優しさを~  作者: 言ノ悠
第二話 パーティの行末、そして日常
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「入ります」

 エリシアはジンガの書斎──もとい研究室に足を踏み入れた。


 既に陽は落ち、そろそろオルトリアの歓迎会が始まる頃合いだった。


 奥ではアストレイがひとり黙々と作業をしていた。

 白衣の袖を少し捲り、細い指先で器具を操る姿は、どこか繊細で静かな気配を帯びている。

 青白い溶媒槽の光が横顔を照らし、研究室の沈黙をいっそう際立たせていた。


「アストレイさん?」

 エリシアはおずおずと声をかける。

 小さな声は静寂に溶け込み、背を向けた彼女に届かない。


 アストレイは反応を示さず、真剣な横顔のまま、指先の動きを一瞬たりとも止めなかった。


 返事がないことに気付いたエリシアは、しばらくその背中を見つめたのち、そっと歩を進める。

 周囲の器具を倒さぬように、できるだけ足音を殺す。


「アストレイさん?」

 視界に入る位置まで近づき、今度は気付いてもらおうと小さく手を振った。


「……エリシアさん、どうしたの?」

 ようやく気付いたアストレイは、手に持っていた器具を丁寧に机へ置き、視線を彼女に向けた。


「実は……」

 エリシアは新しく加わったパーティメンバーの歓迎会が、まもなく始まることを説明した。


「……私は参加しない」

 アストレイは短く告げると、静かに首を横に振った。


「でも……」

「悪人に同情はいらない」

 食い下がろうとしたエリシアに、アストレイはきっぱりと言い切った。


 彼女の声は冷たく、感情の揺れを一切含まない。アストレイの視線が、研究室の青白い光に照らされた幼子の入った槽へと向く。


 一つの都市を機能停止にまで追い込み、目の前の子供を含め、数々の外道じみた実験を繰り返してきた。そんな者に、公の場で同情や配慮を与える理由はどこにもない。

 必要なのは処罰か隔離か。ジンガの意志で生かされているという事実は、彼女にとってはこれ以上に許容できる余地がない「偶然」に過ぎなかった。


「同情じゃないです」

 エリシアは棘のある口調で告げた。


「……何が言いたいの?」

 アストレイはわずかに眉をひそめる。


「私だって、アストレイさんみたいに頭が良かったら、同じことをしていたかもしれない。だから、同情じゃないです」

 誰もが苦しみを抱えて生きている。上手くいかないこともある。

 エリシアもそうだった。その苦しみから救ってくれたのはジンガで、だからこそ彼女は彼を心から慕っている。大好きになってしまった。


「あなたは私とよく話すからね。そういうのは……情が移ったって言うのよ」

 アストレイは諭すように、宥めるように言葉を重ねた。


「じゃあ、アストレイさんが参加してくれないなら……私はここで泣き叫びます」

 エリシアは頬をふくらませ、真剣とも冗談ともつかない調子で言い放った。


「えっ? ……えっ!?」

 アストレイは目を瞬かせ、器具を持つ手を止めた。

 その反応は、冷静沈着な彼女らしからぬものだった。


「みんな子供扱いするんです。めちゃくちゃムカつくんです」

 エリシアは声を震わせながら言葉を重ねた。

「だから……アストレイさんに八つ当たりします!」


 唐突な宣言に、アストレイは目を丸くした。

「……は?」

 思わず素っ頓狂な声が漏れ、指先が宙で止まる。


 エリシアは顔を真っ赤にして、ただ睨みつける。

 震えてはいたが、その気迫は充分に伝わった。


「ほ……本気みたいね」

 アストレイの口元に、かすかな苦笑が浮かぶ。


「本気ですよ」

 即座に返すエリシアの瞳は揺らがなかった。


 アストレイは小さく息を吐き、観念したように視線を外す。

「……そこまで言うなら、仕方ないわね。少しだけ顔を出すことにするわ」


「私の勝ちですねっ!」

 エリシアは飛び跳ねんばかりに両手を掲げ、ぱっと笑顔を咲かせた。

 その無邪気な歓声に、アストレイは小さく肩をすくめるしかなかった。


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