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「……奇っ怪な剣だな」
ミササギが抜いた刀を見て、オルトリアは特異なものを目にしたかのように瞳を細めた。
庭の中央、陽光を受けた芝の上に、二人は向かい合って立っていた。
静けさの中で、互いの視線が鋭く交錯する。
「見たことがないのか?」
ミササギは肩越しに軽く問いかける。
「……まあ、そうだよな」
この世界の武器ではない、そんなことを口にする必要はなかった。
「その剣も業物だな」
オルトリアが抜いた剣を一目見て、ミササギはすぐにそう断じた。
「ありがとう。ダンジョンで手に入れたのだ」
彼女の手にあるのは、漆黒の両刃の長剣。
迷路のように入り組んだ通路と階層、魔物と罠がひしめく危険地帯――人々がダンジョンと呼ぶ場所で、数多の死地を越えて得た戦利品だった。
「……ダンジョン、か」
ミササギは小さく呟いた。
これまで一度も足を踏み入れたことのない領域。
その名だけは耳にしていたが、自らの戦いの舞台とするには縁遠い場所だった。
「オルファリオン王国にはダンジョンが存在しないからな」
オルトリアが言葉を継ぐ。表情は落ち着いていたが、その声音には冒険者としての矜持が滲んでいた。
「もし遠出する機会があれば、行ってみても良いかもしれない。それなりに楽しいぞ」
「旅行するなら、ありかもしれないな」
この先ずっと王国に留まり続けるつもりはない。そんな人生は息苦しく、退屈だ。
ダンジョンに行ってみるのも悪くない。ミササギは、そう素直に思った。
「旅行……と呼べるほど、安全な旅にはならないと思うが」
オルトリアがわずかに眉を寄せ、真剣な声音で応じた。
「あー……まあ、そうかもな」
ミササギは肩をすくめ、どこか聞き流すように言う。
「そろそろ、始めようか」
握る刀を軽く構え直し、切っ先をまっすぐにオルトリアへと向けた。
「ああ、待ち望んでいた」
オルトリアも漆黒の剣を正面に掲げ、切っ先を彼に向ける。
やがて、その視線は審判役を務めるジンガへと移った。
「じゃあ、始めるぞ」
ジンガはどこからともなく銀貨を取り出した。
「今からこれを空に投げる。地面に落ちたらスタートだ」
説明は簡潔だった。彼は銀貨を一瞥してから、そのまま空へ放る。
銀貨が宙を舞った。
陽光を反射しながら、きらりと光の軌跡を描く。
視線は誰もがその一点に釘付けになり、刹那、時の流れすら遅くなったかのようだった。
金属の小さな輪郭が地面に近づいていく。
土とぶつかる寸前、空気の張り詰めた音が耳を刺した。
──カランッ。
乾いた音が庭に響いた瞬間、緊張の糸が切れたように、二人の剣士が同時に踏み込んだ。
空気が裂け、芝が抉れ、刃と刃が正面から激突する。
耳をつんざく金属音が庭に響き渡り、火花が散った。
刃と刃が噛み合い、二人の顔が至近に迫る。
オルトリアは唇を噛みしめ、全身を込めて押し込む。
対するミササギは、ただ静かに息を吐きながら、最小限の力でそれを受け止めていた。
「……っ、重い」
オルトリアの瞳がわずかに揺れる。
押しているはずなのに、押し返されている。
力で負けているのではない。支点も体重移動も、すべてを読まれて封じられている――そんな錯覚が背筋を走った。
次の瞬間。
ミササギは押し返すのではなく、ふっと力を抜いた。
重心を預けていたオルトリアの身体がわずかに前へ流れる。
「……っ!」
体勢を崩したと悟った時には遅い。
ミササギの刀がわずかに回転し、オルトリアの剣の軌道を外へ弾き飛ばした。
ほんの一拍の隙。
その刹那に、ミササギの刃は迷いなく彼女の喉元に迫っていた。
オルトリアは崩れた勢いを殺さず、空いていた手を地面についた。
身体をひねり、宙を回すようにして正面へと向き直る。
無駄のない見事な動きだった。
だが、それでも後手に回らざるを得なかった。
ミササギの刃を辛うじて受け止めたものの、その一撃はあまりに重い。
足元の土が抉れ、衝撃が全身を突き抜ける。オルトリアの身体は大きく後方へ弾き飛ばされた。
空中でわずかに身をひねり、地面に叩きつけられる直前で肩を落として転がる。
芝と土を蹴り散らして勢いを逃し、受け身を取りながら素早く片膝を立てた。
荒い息を吐きつつも、その眼差しは揺らぐことなく、まっすぐにミササギを射抜いていた。
その瞬間、庭の端で見守っていた《ラウ・ファミリア》の面々から、大きな拍手が巻き起こった。
(……大袈裟だ。彼はまだ本気ではないのに)
片膝を立てていたオルトリアに、ミササギは追撃を仕掛けなかった。
それはつまり、彼が明らかに手を抜いている証だった。
だが、そのことに腹を立てるほど、彼女は己を見誤ってはいない。
(彼は間違いなく、私より強い)
その事実を静かに呑み込み、オルトリアは深く息を吐くと再び立ち上がった。
剣を握る手に力を込め、真っ直ぐにミササギへ駆け出していく。
空気を裂くような踏み込みとともに、漆黒の剣が閃いた。
ミササギも一歩も引かず、刀を横薙ぎに払う。
鋼と鋼がぶつかり合い、甲高い金属音が庭に響き渡った。
刃と刃が噛み合い、火花が散る。
(いい剣筋だな。……根が真面目なんだろう)
ひと振りごとに受け止めながら、ミササギは彼女の積み重ねた鍛錬の重みを確かに感じ取っていた。
刃が弾け、甲高い音が庭にこだまする。
互いの腕に伝わる衝撃をものともせず、二人はすぐに次の一手へ移っていた。
ミササギは踏み込みと同時に斬り下ろし、オルトリアはそれを受け流すように剣を滑らせる。
受け流された勢いを逆に利用し、今度は彼女が鋭い突きを繰り出す。
だが、ミササギは半歩だけ体をずらし、その突きを紙一重で外すと、返す刀で横薙ぎを放った。
鋼と鋼が擦れ、火花が散る。
だが次の瞬間、ミササギの刀がぐっと押し込まれた。
力任せではない。角度と刃筋を巧みにずらし、ほんの一拍でオルトリアの剣を絡め取ったのだ。
「……っ!」
抵抗する間もなく、オルトリアの手から長剣がはじき飛ばされる。
「……あっ」
黒い刃は弧を描き、一直線に仲間たちのもとへ飛んでいった。




